帰還
あの頃が懐かしい。
昔を思い出す時間が増えてきた。
私はもう長くは生きられないかもしれない。
あの子たちに心配掛けたくなく、残っているだろう時間はいつもとかわらなく見えるよう振舞っていた。
思い出すのは、この世界に来る前の世界のことだ。
そう、異世界に迷い込む前の世界。
あの懐かしく優しい世界!
私は日本で生まれ、7歳の誕生日がもうすぐな小学生1年の夏休みまで育った。
一人っ子だったので、父や母がすっごくかわいがってくれた。
誕生日が来ると写真館に写真を撮ってから外食して帰る。
夜は丸いケーキとご馳走とたくさんの誕生日プレゼントをもらった。
そんな楽しみなイベントを心待ちにしていたのに、小学校へ登校日のため出かけたのが父と母を見た最後となってしまった。
登校日の朝は夏休みでだらけっきてしまい、母に怒られながら支度をした。
それを見ていた父も、会社に行く支度をしながら笑っていた。
そして1学期と同じようにこの日も母に玄関で行ってきますを言って、会社に行く父と家を出た。
途中まで一緒に行って、父に行ってきますと言いわかれる。
すこし道を歩いて、角を曲がる前にもう一度振り返り、父に手を振って曲がった。
そう、ここまでは一学期と同じ。いつもしていることだ。
父もわかっているから、別れたところでしばらく立ち止まってまっててくれる。
違うのは、まがって少し歩いてから。
私の後ろのも登校途中の子供がいた。
私の前にも、登校途中の子供と1学期にも見た登校中にいる『見守り隊』の橙色のベストを着た大人がいた。
大人は子供に何か言われたらしく、ちょうど私がいるほうに背をむけ、指を学校に向けながら喋っていた。
そんなときだ、私が淡い光に包まれたのは。
強烈な光ではなく、本当にごくわずかの淡い光だったので不思議に思っただけだった。
周りをキョロキョロしたときに後ろにいた子と目があったのを覚えている。
その子も不思議そうにしていた。
そして突然、視界が切り替わった。
そう、本当に突然だったのだ。
あまり車の通らない住宅道路から、森の中へ。
その時には淡い光も消えていたが、わけがわからなかった。
恐怖しながら父と母を呼ぶが誰も助けにはこなかった。
帰りたくて、森を彷徨った。
おなかが空いて、のどが渇いたがどうしてよいのかわからなかった。
疲れて座り込んで、泣いた。
そして帰りたくて、彷徨い泣いた。
どのくらいそれを繰り返したのだろうか?
がさがさと音がしたので、怖かったが近寄っていった。
もしかして誰かいるのかと思ったのだ。
でも、いたのは手負いの魔物だった。
この時は魔物とはわからず後で知ったのだか、私にはダラダラと血を流す魔物が怖く小さく悲鳴をあげた。
それによって、魔物は私を襲おうと突進してくる。
逃げようにも怖くて腰が抜け動けず、いよいよ死んでしまうと恐怖で目を閉じたところで『どさり』と音がした。
恐る恐る目を開けれ見れば魔物は倒れ、剣を持った変な格好の男の人がいた。
金の髪に茶色の瞳の外人さんだった。
この人が倒したのだろうか?
何か言いながら近づいてくるが、剣には血が付いていて怖かった。
「×○※□※○?」
金の髪=外人さんと思っている私には、何を言っているのか言葉がわからない。
怖いけど、お母さんのところに連れて行ってほしくて頑張ってジェスチャーをした。
日本語で言いながら、言葉がわからないこと、家に連れて行ってほしいことを訴えた。
相手も言葉がわからないことが分かったのか、ジェスチャーで一緒に来るかと誘ってくれる。
それから言葉がわからないながらも、お互いに意思疎通をはかった。
その男の人はジェスと言う名前らしい。
私も何とか自分の名前をわかってもらい旅をした。
ジェスは何かを言って手から火を出してり、飲み水を出したりしていた。
テレビでみる魔法みたいだと思った。
そんな旅の4回夜を迎えた次の日、私は大きな街についた。
ぐるりを周りを囲う大きな壁。
入口にはこれまた変な格好をした人たちが順番に列を作っていた。
私たちもそれに並び、順番で街に入る。
ここは外人さんの街らしく、黒髪の人なんていなかった。
言葉も当然わからない。
そんな中ジェスに手を引かれ、ある建物の入っていく。
ジェスは中にいた女の人と何かを話していた。
言葉はわからない私は、キョロキョロと周りを見ていた。
古ぼけた石作りの建物。
薄暗くちょっと怖い。でも、外からは子供たちの遊んでいるだろう楽しそうな声が聞こえてきている。
話していたジェスの声が聞こえなくなったので、振り返ってジェスを見ると何か言ってきた。
何を言っているのかわからず、首をかしげていると手を振りながら去っていく。
私はおいて行かれたら困ると、慌てて追いかけようとしたが、ジェスと話していた女の人に肩をつかまれ止められてしまった。
あれからここで言葉を覚え、私は育った。
言葉を覚えてから知ったのだが、ここは孤児達を引き取る教会だったのだ。
魔法を覚え、この世界のことを知り、ここが私の暮らしていた日本ではなく異世界だと知った。
戻れる方法もわからないことも知る。
日本であまやかされて育っていた私には、苦労することがいっぱいあった。
この世界では珍しい黒髪にいじめられた。
なんとかして家に帰る方法を見つけたい私は、いっぱい勉強した。
そしていつの間にかこの国で一番の魔法使いとなっていた。
適齢期になっても結婚もしなかったが、家に帰る方法を探して世界中を旅してまわった時に拾った子達2人を弟子として育てている。
家族に会いたい、家に帰りたい気持ちは昔から変わらないが、今ではこの弟子たちが私の家族だ。
なんど、このさみしい世界で慰められてきたことだろうか。
あぁ!そんな子達を残してもうすぐ旅立たねばならない日が近づいている。
後に残す子供達が心配で、悲しまなければ良いと思うが・・・死ねば元の世界に戻れるだろうか?
楽しみで、待ち遠しくてたまらない。
試せなかった魔法だ。これが最後の希望。
人が死ぬ瞬間に出はじめる特殊な魔力の力を借りての帰還方法。
完全に死ぬ前に発動させなければならい。
だから自殺でも、何かの拍子で死ぬのもダメ。
戻った瞬間で死ぬかもしれない。
自然に老衰で死んでいくのがよい。
自然に死んでいくものには、事前に特殊な魔力が現れ始めてくる。
そのため、周囲に死期が近いことが知れわたる。
この期間で、思い残すことがないように、周囲の者も自分も色々と準備するのだ。
その特殊な力を利用する。
本来徐々に出る特殊な魔法を魔法陣に閉じ込め発動させないと意味がないのだ。
だからいつでも発動できるように、帰還の魔法陣を刻み込んだネックレスを服の下に身に着けて準備していた。
ネックレスに閉じ込めるため、周囲の者に死期をしられることもない為、心の準備等させる機会を奪ってしまうが、私は待ちどうしいのだ。
ネックレスにはあの日、あのとき、あの子供の姿に戻るように魔法陣に刻み込んでいる。
もうすぐ戻れる!
残すあの子達には悪いが、その瞬間が待ち遠しい。
もうすぐだ!