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企画参加作品

NINJA

作者: 白桔梗

 こちらは 犬吉杯ネタ、フライング作品です。需要はありませぬが――。

 

 ラストウ城の中庭。その片隅に私は蹲っている。何をしているのかって? 昨夜開かれた煌びやかな晩餐の残骸処理だ。

 光の下には必ず影が付きまとう。豪華な晩餐の後には樽に溢れんばかりの残り物。それらは中庭を彩る花々の栄養素となる。

 残り物を粉砕し土を混ぜ、いい具合になったそれを花壇に撒き散らしていた時だ。


「お前、そこで何をしている!」


 凛とした声が頭上から響いた。ビクリと仰いだ先に朝の陽を背にした騎士が仁王立ちしていた。



 *****



「ここの暮らしには慣れたのか?」


 騎士――マフリカオに問われ思わず私は俯いた。

 巡回中のマフリカオには私の行為が不審な行動に見えたのだろう。事情を知った後は、深夜まで及んだ片付けと、早朝から働いていた私への同情からなのか、私は騎士の詰め所へ(いざな)われ、この地特有の苦い液体を振る舞われていた。


「はい……どうにか日課通りに寝起きできるくらいには……」 


 覇気のない声に聞こえたのだろうか。マフリカオは小さな吐息を漏らした。


「俺とて城に仕えるようになってまだ日が浅い。与えられた役割は城外の見回りがせいぜいだ。なに、後ろ盾がなくとも、料理長が認めたのだ。精々励めばよい。さあ、遠慮はするな、飲め」 


 勧められた液体から立ち昇る湯気に顔を近づけた私は、手を滑らせ器を落とした。

 静寂をかき消す器が床に落ちる音。ゴトッと鈍く響いたそれに、マフリカオは瞬時に身を躍らせた。


「うむ?! 気づいたか!」


 気づかないわけがない。住む地が変わろうと、師匠に真っ先に仕込まれた知恵。何ゆえの仕打ちかは分からずとも、湯気に混ざり放たれた独特の毒臭を見分けるは容易いこと。

 私はマフリカオと同時にイスを蹴り飛ばし、後方へと背を丸めながら宙返りで飛び退いた。


「ならば遠慮はせん! 何処(いずこ)とも知れず突然現れ、のうのうと厨房に居座るなど! 王の側近達が見逃すとでも思ったか!」


 マフリカオは腰にあった剣を抜き、刃先を私に向け叫んだ。マフリカオの全身から漂う確かな殺気。ここは退くか……。私は懐中から取り出した飛礫を投げつけた。煌々と湧き立つ煙幕がマフリカオの視界を遮った。その隙に戸口へ向かった私の脳裏に言い知れない無念がこみあげた。



 *****



 私がこの地に存在するのは私の本意ではない。

 あの時――あの瞬間――そうだ、全てはあれから始まったのだ。


 葉摺れ音を立てず、木々の枝から枝へと移動する修行に励んでいた私に生じた一瞬の隙。運悪く足を踏み外した場所は険しい崖上であった。

 我が身は空を舞った。もはやこれまでか! と覚悟を決めた矢先、訪れるはずの衝撃はなく、ふわりと身体を包んだ感触に戸惑った私が目にしたものは、異形の世界だった。


 身体を受け止めた厚い布から飛び降りる。八角形に広がった布の中から、見た事のない異国の服を纏った人間が飛び出してきた。いや……あの場合異国の成りをしていたのは私だっただろう。

 注がれる驚愕の視線から逃げるように走り去り……私は見知らぬ世界で途方にくれたが、腹が減っては良い知恵も浮かばない。人気のない場所まで辿り着くと、そこは草木が茂った山林だった。

 あの時私が持っていたのは数個の飛礫と一本の笛のみだった。 

 山林に入った私は食べられそうな物を探した。食べ慣れた山菜によく似た木の芽。手触りと匂いを頼りに物色する。歩き廻るうち湧き水も見つかった。


 ――これならなんとか暮らして行けそうだ。


 やがて日が暮れ……なかった。空にある陽は沈まない世界らしい。だが、陽の光に強弱があるようで、同時に気温も変化した。涼しさを帯びた薄暮の中に身をおいて、私は気を静め、慰め、置かれた状況を冷静に考えるため、笛を吹いた。深と静まった空気を震わせ流れる落ちる音色。

 奏でるため指先に注いだ集中力。効果はあった。ありすぎた。私は周囲の気配へ残すべき配慮を怠っていた。



 *****



 マフリカオは追って来なかった。どうやら人目にある場所で私に危害を加えるつもりはないらしい。何事もなかったかのように私は厨房へと戻った。


「クーノ、やっと戻ったか。どうした? 随分時間がかかったじゃないか? 朝食が冷めてしまうぞ」


 年老いた料理長が愛しげな面差しを私に向けた。それに私は精一杯の笑みを返す。


「花に……朝露に輝く花々につい見入ってしまいましたがゆえに……」


 異世界で迎えた最初の夜、私の命を救ってくれたその姿に敬意をこめ答えた。



 *****



 笛の音がどこまで響いていたのか――気づいた時、私は数人の怪しげな人相の男達に囲まれていた。


『剣術は戦い技。身を守る技と人を傷つける技は異なるもの。お前はまだまだ半人前にも及ばぬ。先に身につけるは己を守る技じゃろうが』


 お師匠様は剣技の教えを施してはくれなかった。手裏剣に手を触れる事さえ許さなかった。だが、衆人の中で気配を消す事、悟られず特定の人物を観察する事、どういった状況でも数日生きるため自然を利用する(すべ)、予想外の事態に対処できる程度の武術は教え込まれた。


 に……しても、数が多すぎる。


 笛を懐中に終い、私は天を指差し、あらん限りの大声で叫んだ。


「おおおっっぅぅうう! あっあれわぁぁああ! なんだっっぁぁあああ!」 


 この異世界らしき空間に於いて、私は孤独ひとりだ。お師匠様も同輩も存在していない。呼べども無駄。ならば――ならば…………逃げるが勝ちというものだっ!!


 男達が天を仰いだその隙に、私はその場から一目散に走り去っていた。脳裏に浮かんだ言葉はただ一つのみ。

 おお、ここは我が言の葉が通じるのかぁ!



 *****



「クーノ……食べるか泣くか……どっちかにしたらどうだ……」 


 無残にも敗走するしかなかったあの時。思い出すと悔しさで涙が止まらない。その直後、野草摘みをしていた料理長に拾われた私は、こうして王宮の厨房で下働きをやっている。


 奏でた笛音だけで私を受け止めてくれたお方。


「透明な心持は透明な音になるものだ」


 そう言って私を拾ってくれた料理長をお師匠様と思うことにした。生れ落ちた雛がはじめに目にしたものを親と思い込むような心境だったのだ。藁にも縋るとはああいうものだろう。

 だから誠心誠意勤めようと決心した。


 マフリカオが猜疑心を抱くのも道理だろう。王の側近達がマフリカオを差し向けるのも、忍びとしてお師匠様の下で育った身であれば、頷けるし、理解もしよう。厨房は王とその世継ぎたちが直接口にする食事を作る場所なのだ。どこからか突然現れた素性が定かでない私に、不審の目が注がれるのは当然であろう。


 だが私は所詮下働き。食材はおろか煌びやかな食器、使用する道具一つにさえ手をかける機会はない。残り物を処理しながら、料理長の手元を食い入るように見て、その技を脳裏に刻み付ける日々。今こそ私は真に心を決めてやろう。

 

 マフリカオと王の側近達よ、覚えておけ。私はお前達が舌を巻くような存在になってみせよう。

 いずれ私は料理長を凌ぐほどの料理人になり、この城になくてはならぬ存在になってみせよう。

 食は人が生きる源である。逞しい身体を造り心穏やかな一時を過ごす。食とはそういうものであろう。美食と飽食は違うのだ。

 食する人の命を守るという願いを込め最高の料理を創り、国を司る王に捧げよう。師匠と仰ぐ料理長のように。

 私は王と子孫の繁栄の一端を担うため、残りの時間を費やしてみせようぞ。



 こうしてラストウ国で生きる決意をした私が、後々、総料理長となり、マフリカオと追いつ追われつしながら、結ばれるのはまた別のお話し。



 崖下から異世界に迷い込んだ【NINJA】、くのいち【クーノ】のお話しは――


 【おしまい】 

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― 新着の感想 ―
[良い点] クーノのこれからに期待させる良い終わり方でした。 [気になる点] 『剣術は戦い技。身を守る技と人を傷つける技は異なるもの。~ 戦い技、誤字かな? [一言] mahuカリ、いやマフカリ…
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