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十二月二十日 二

 ○


「結局何がしたかったんだ……」

 散々人をイジるだけイジった後、会長は突然「それでは拙者ここらへんでドロンするでござる」とか酔っ払った五十台のサラリーマンでも最近はやらないであろう絶滅危惧ポーズ、なんといえばいいのか平成生まれの俺にはわからないが、そう、『にんにん』ポーズとでも言うべき仕種を最後に、部屋を出て行った。にんにん。

 しかしまぁ、一緒にいると疲れる人だが、その存在感が圧倒的なためか、いなくなったらなったで妙に寂しい気分になる。会長……君が帰ったら部屋ががらんとしちゃったよ……でもすぐになれると思う……だから、心配するなよ会長……。っていいかげん藤子プロに喧嘩を売るのはやめないとまずい。

 さて俺が、藤子プロに喧嘩を売る以外に何かいい暇つぶしの方法でもないかな、とぼぅ、と考えていた矢先。

 ガラッ、と病室の扉が開かれた。さっきの階枝さん登場シーンがフラッシュバックして、心臓に鈍い痛みが走る。ていうかノックくらいしろ。

 果たしてそこに現れたのは。

「……ども」

 荊原だった。勢い良くドアを開けたくせに、引きこもり暦五年のニートが正月親戚に挨拶するためにちょっと顔出したみたいな、微妙な表情。もちろん目線は合っていない。ヤツの視線は泳ぐのを止めたら死ぬ回遊魚みたいに部屋のあちらこちらをスウィムしていた。挙動不審にもほどがある。さすがにこれはちょっと何か言いたくなって、俺は口を開く。

「あのさぁお前、もっと景気良く入ってこれないの? そんなんじゃこの病院で非業の死を遂げた幽霊少女と間違われるぞ」

「はぁ……すいません。あまり日常生活で人と関わらないもので、対人コミュニケーション、苦手なんですよね」

「人と関わらないって……お前家族とも話さないのか?」

「あ、言ってませんでしたっけ、自分一人暮らしなもので」

「そうか……寂しいな」

「いえ、もう慣れました」

 こと事件のことになると異常なまでの行動力と勇気を示すのに、日常の場面ではどうしてこうなってしまうのだろう。あまり同年代の女子に対して抱く感情ではないが、不憫でならない。学校に戻ったら、せめて一人くらいは気兼ねなく話せる友達ができるように協力してやろうと、俺は改めて思った。

 あれ、学校と言えば、そうだ。

「お前今日、学校は?」

 会長と階枝さんにとってそれはあって無きが如くだが、今日は平日、一般生徒はそうそうこんなところにこれないはずだ。

 しかし荊原は悪びれる風もなく、

「ああ、三篠さん知らなかったんですか? 今日から冬休みですよ」

「それはまことか」

「こんなどうでもいい場面で嘘なんかつかないスよ」

 それもそうだ。どうも、入院生活というものは、時間の感覚をおかしくさせるようだ。もうそんな時期だったか。そういや、期末テスト受け損なったけど大丈夫なんだろうか……。

 多分大丈夫という言葉を拡大しないことには大丈夫じゃないだろうな、と俺が忘れかけていた俗世間の心配事に暗い気分になっていると、荊原がぽつりと零した。

「……もう学校がないと暇で暇で、自分、毎日三篠さんのお見舞いに来ちゃうかもしれません」

 なぜか荊原は俯いて、顔を隠すようにしていた。意味がわからないが、しかし荊原の挙動不審は今に始まったことではない。俺は素直に思ったことを口にした。

「おお、それは歓迎だな、入院っていうのは慣れちゃうと暇でさ」

 ぱっ、と荊原が顔を上げた。なんというか、捨てられた子犬が段ボール箱の中から通りゆく人を見つめるような、期待と諦めがないまぜになった表情をしている。

「……いいんですか? 自分なんかが来て。内心ウザがったりしてませんか?」

「どうしてお前はそうネガティブなんだ。全然してないよ。歓迎だって言ったろ」

「あ……じゃあ自分、毎日、来ます。絶対……!」

 荊原は再び俯いて顔を隠す。なにか知らんが、照れているようだ。

「こ、これってアレじゃないスか。通い妻……ってやつ」

「見舞い客だバカ」

 そう即答すると、荊原は楽しい遠足の最中に雨が降り出すのを見た子供みたいな表情をしてこっちを見つめてきた。いわゆるしょんぼりと言う奴だ。……ああ、バカは言いすぎたかもしんないが――ってなんか調子が狂う。荊原と俺とはもっとこう……なんだ。なんというか……

 そう、事件だ!

 俺と荊原の関係はホームズに対するワトソン。明智小五郎に対する小林少年。毛利小五郎に対するコナン……ってこれはちょっと違うか。なんか一番最後の例が一番ふさわしいような気もするが。

「そういやさ、あれから事件はどうなったんだ」

「事件……スか? もうあらかた話しているとは思いますが」

 なんでそんなことを今更、という目で見てくる。俺はなぜか必死で抗弁するように、

「いやほらアレだよ。名探偵としては、常に事件の最新情報が気になるわけだよ! 君には計り知れない奥深い思考が渦巻いているのだよワトスン君!」

「誰がワトスン君ですか。というかそれだと三篠さんはホームズですか。さすがにそれは役――」

 来た! こいつも文部科学省の姦計に乗り『役不足』を間違った覚え方してる人だ! 俺は哀れな後輩に正しい日本語を指導するべく、嬉々として次に続く言葉を待った――

 のだけれども。

「者不足っていうものですよ。あれ、そんなに落ちこまなくてもいいじゃないですか」

「うるせーおりこうさん」

 もしかしたら文部科学省のせいではなく、ただ単に俺が物を知らないだけだったかもしれない。ごめんよ文部科学省。

「で、ところで、事件のことですが、そういえば最新情報がありました」

「あー……聞いといてなんだけど、また面倒なことにならないだろうな?」

「そこは大丈夫じゃないスかね。最新情報といっても、もう事件は終わりっていう話ですよ。エンドクレジットみたいなものスね」

 荊原は、どこか残念そうに声を落として、続きを語った。

「捕まえられて彰さんに監禁されていた塔矢ですが、中尾冬馬を殺したこと、一緒にやった仲間、全部ゲロしました。本人たちは、最近調子に乗っていた中尾に少しヤキをいれるだけのつもりだったらしいですが、やりすぎてしまったらしいスね」

「え? ちょっと待て、殺す気はなかったっていうのか?」

「そう本人たちは言ってますし、たぶん本当にそうなんじゃないスかね。さすがに意図的に殺すだけの根性も、その理由もないだろうし、力加減を間違えて殺してしまったというのが一番ありえそうな気がします」

「……確かに」

 そう言われてみれば納得もできるのだけど、何か、ひっかかるような。

 まぁでも、俺の直感なんてよくラーメン屋にある一回百円の運勢占いマシーン張りにアテにならないものだからな……。凡人が名探偵ぶってもロクなことはない。俺は頭をぶるぶる振って雑念を追い出し、荊原に続きを促した。

「では。塔矢たち三人は……ってこれも言ってませんでしたね、塔矢含めて三人組みでやったらしいんですが、もう全員捕まりました。その三人のこの後の処遇ですが、彰さんは島流しにしようとしてます」

「え、普通に警察に引き渡すんじゃないのか?」

 荊原は呆れ顔で忘れてしまったんですか? と言った。

「警察は今回の件を事件扱いしてません。自殺、ということで処理してるんです。そんな中、実は犯人がいて、それを捕まえてきましたなんて言っても、取り合ってもらえるわけがありません。メンツが潰れますからね。正規のルートで罰を受けることはできないんスよ」

「……だから私刑に処す、と」

「三篠さんは反対ですか?」

「いや、いんじゃない? 俺も人殺しに同情する気はないよ」

 口で言うほど割りきれてはいないけれど、お咎め無しというのだけは許したくない。しかしそんな深層心理を当然見透かすはずもなく、荊原は能天気にうんうんと頷いて、ですよねぇと言い切った。

「しかも島流しと言っても、カニ食べ放題らしいスよカニ。いやー北の海でカニ食いながら船でクルージングなんて、羨ましいかぎりですねぇ」

 なにその地上の楽園、超行きたい。彰、俺も流してくれないかなと一瞬思ってしまった。

 が、しかし。

「いや待て、それ俺知ってるぞ。極寒のオホーツクでロシアの海軍とドンパチしながらカニ密猟して金稼ぐヤツだろ。波にさらわれるか撃たれるかの恐怖に毎日晒されながら! 全然島流しじゃねーじゃねーかばーか」

「語感がいいからって人を馬鹿にしないでください。それに、些細な違いじゃないですか」

「いや全然違うよ。普通島流しっつったらセントヘレナとかそういうの想起しちゃうだろ。なんか犯した罪を優雅に悔いる、みたいな? そういうのを表現するにはもっとエグイ言葉があるだろ、知らないけど」

 例えば奴隷送りとか? まだ生ぬるいような気がする。

「……でもまぁ、どんな過酷な環境下だって、生きていられるんだからそれでいいじゃないスか」

 荊原は、どこか寂しそうに零した。

 それは極論だけれど、そう言われると俺は、もう何も言えなくなってしまう。

 荊原の姉も、中尾なにがしとかいう少年も、もう生きることはできないのに、それを奪った奴らは生きている。それはそれだけで、過分なくらいのものだ。

「荊原さ、お前――」

 はい? と荊原は俺の方に顔を向ける。目と目はまだ合わないが、努力はしているのだろう。おっかなびっくり俺の目の周辺を荊原の視線がふらついている。

「もし仮に、お前の姉さんを殺した奴――『放課後殺人クラブ』でもなんでもいいが――を見つけたとして、そのときお前は、ソイツをどうするんだ? 警察に突き出すことはできないんだろ?」

「……そうスね――」

 きっ、とさっきまでふらついていた視線が一所に止まる。臆すことなく、いや寧ろ、自分の心を相手に見せ付けるような調子で、

 荊原と俺の、目と目が合った。

「その時は、邪魔しないでくださいね」

 もう胸の内が伝わっていることを前提にした、研ぎ澄まされた言葉。

 俺はそんな荊原に対して、何も言えなかった。

 いや、何か言える権利を持つ人なんて、きっといやしないのだろう。


 ○


 荊原が帰った後すぐ、遠慮がちなノックの音が俺の病室に響いた。こん、こん、こんと丁寧に三度。俺の知人にそんな礼儀正しい奴はいないから、これは看護士の人が様子を見に来たんだな、と思って、俺はよそゆきの「どうぞぉ」という声を出す。年上のお姉さんの前では格好をつけたい年頃なのだ。

 しかし、意に反してドアから覗くのは、爽やかな美青年の笑顔だった。

「やぁソーちゃん」

「彰!」

 そこには今回の件における一番の功労者。夜の街を統べる皇帝が、わざわざ見舞い用のフルーツ盛り合わせを手に立っていた。その、ノックをするところとか、土産をもってくるところとか、一々配慮が細かくて感動してしまう。やっぱり見舞いって言うのはこういうものだよなぁ。決して人を弄るために来たり、暇だから話相手を探しに来るようなもんじゃないよなぁ。   

 まぁそれはそれでいいんだけどさ。

「今、大丈夫? 邪魔だったら用件伝えてすぐ出るけど」

「いや全然大丈夫だけど……用件? 俺に?」

 はて何かしでかしましたでしょうか俺。恐る恐るお伺いを立ててみた。

「ん……コレね」

 そういって彰はポケットから鍵を取り出す。見慣れた鍵だ。これは……。

「俺のバイクの鍵? でも、何で」

 俺が頭を打ったことで記憶がどうにかなっていなければ、確か俺のバイクは学園……というより理事長に没収されていたハズだ。もちろん鍵ごと。それが今彰の手の中にあると言うことは、もしや……。

 俺はごくりと息を呑んだ。

 そんな俺を見て、彰は苦笑しつつ、

「なんとなく何考えてんのかはわかる。……ただ、そうじゃないから」

「マジで? 理事長死んでない? 学園に行ったら校庭の片隅に小高い山ができてたりしない?」

「……皆で飼ってたウサギさんじゃないんだから、そんなトコに埋めねーよ。……ってはぁ俺まで漫才の相方にしないでくれる?」

 彰は物憂げに肩を落とす。皇帝陛下は冗談がお嫌いなようだ。

「コレはさ、俺からって言うより生徒会長のヤローからの贈り物なんだよ……癪だけど。俺はそれを、ここまで持ってきただけ」

「会長が!?」

「ああうん、アイツ見かけによらずすげぇ力持ってるよ。……時にソーちゃん、ソーちゃん家ってさ、この街でなんか会社とかやってる? しかも大きいの」

「いや、全然。平凡な会社員だけど」

「ふーん」

 彰は興味があるのかないのか微妙な表情で病室内を見回した。一とおり見終わった後、口角が少し上がる。

「俺もさぁ、不良少年なんてやってるから、病院とは馴染みが深いんだけどねぇ。この病院の個室に入院してる奴ってのは初めて見たなぁ……。知ってる? ここの病院の個室って、ただ金積んだだけじゃ入れてくれないんだぜ?」

「それってもしかして……」

 会長が? あのひょうきん小僧が根回ししてくれた、ということなのか。

「ま、エラい奴と仲良くしてるみたいだねソーちゃん。うん、分かる奴には分かるんだなぁ。やっぱいいよなぁ、ソーちゃんは……」

 くっくっくっと声を殺して笑う彰は、昼間なのに夜の彰のような異様なオーラを発していた。いや、エラい奴なのは君もだよと言いかけたが、俺は空気を読んで一緒に悪役みたいに笑っておいた。くっくっく。

「……ん、じゃあ俺帰るわ」

「あ、もう?」

「結構待ってたからね。もう次の予定の時間なんだ」

「待ってた……ってまさか」

 そういえば荊原が出てすぐ、彰が来たんだった。なんて出来た人間なのだろうか、彼は。さすがは人の上に立つ男……俺の涙腺は感動で緩みだした。

「ううっ……ありがとうな、彰」

「いやいいんだよ。あのアメーバ女の方が先に病室着いてたし、それに、ソーちゃんも入院生活で色々溜まってるだろうしね。長くなるのは予想してたよ。どう? スッキリした?」

「……」

 やっぱり彼も、常識人とは言えないよなぁ、なんてことを思ったりしました。

 しっかしまぁ、俺の周りってすごい奴多いよな。これはこれで一つの才能かもしれない。昔からたった一つでもいいから姉に勝てる才能が欲しいと思っていたが、或いはこれが……。   

いや、多分。

こんなことを言おうものなら、鼻で笑われてしまうだろう。そして、『確かにお前の運の良さは認めるわ。なにせ私の弟として生を受けたのだから』位のことは言いそうだ。

うん、そうだな。先の思考は訂正しよう。

 俺の周りにはすごい奴ではあるが、変な奴が多い、と。

 


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