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十二月二十日 一

 五 十二月二十日


「なんとも、格好の悪いことだね」

「ほっといてくださいよ」

 俺はベッドから半身を上げて、見舞いに来てくれた会長を迎えた。

 階段を思い切り転げ落ちたにしては、怪我は大したことなかった。頭を打っているので、あと少しは検査入院が義務付けられているが、体の方はもうなんともない。よく眠れているので、普段より元気なくらいだ。

 それだけになんというか、会長の言うとおり格好悪い。

 事件は、名探偵が寝ている間に全て綺麗に解決されていたのだ。

 あの後――まず荊原が彰に連絡をし、それを受けた彰は即座に百人規模の捜索チームを結成、人海戦術で逃走した岡部を捜し回ったそうだ。昼日中から制服のまま街をうろつく中学生が目立たないはずもなく、あっさりとお縄になったという。『いや自分、あの人の怖さを思い知りました。ダークサイドに落ちたドラえもんというか、殺意の波動に目覚めたコロ助というか、もう羅刹スよ羅刹』とは事件後の荊原の談だ。うん、彼の怖さが分かったならそれはいいことだ。だがお前は著作権の怖さがまだわかってないようだな――なんて。

 回想にツッコミをいれていたら、ふと気付く。

 そもそも俺は別に探偵でもなんでもないんじゃん、ということに。

 荊原のように宿命があるわけでもなく、彰のようにカリスマ性があるわけでもなく、あの人のように頭が切れるわけでもない。

 そもそも凡人なのだ、俺は。

 そうさ、俺は気づいた。

 俺というキャラにはこんな役回りが一番あってるんだな、ということに。事件は自ずと発生し、事態はおのずと進展し、犯人は自ら瓦解する。俺はそれに時折ツッコミなどをいれながらも、基本見てるだけ。世界は俺を基点に回っているように見えても、その実際は、俺なんて関係なく回っていく。

 それが凡人、つまりは俺の役どころで。

 世界を鷲掴みにしてぶん回すのが、天才、名探偵の役どころ。

「役不足ってことなんでしょうね」

 俺は会長に向かって呟いた。会長は苦笑する。

「おいおいまたこれは、大きく出たじゃないか。知ってるかい? 『役不足』っていうのは力量に対して、役目が不相応に軽いって意味なんだよ?」

 ちょっと格好良く呟いたつもりが、普通に間違えていた。恥ずかしい。まぁでも、凡人が凡ミスをする分には、恥ずかしがる必要もないのか。

 そう、全ては自己評価の問題。

 嘆くことも恥じることもない。もとより俺は、こんなものなのだ。それを、自覚すべきだっただけ。まだ少し、自分と言うものを捉えきれていなかっただけ。

 決して会長の方に顔を向けておくのが恥ずかしかったからというわけではないが、俺はふと、窓の方に顔を向けた。

 冬の澄んだ空、それにここは病院の五階だからだろうか、ちょっと見たことがないくらい空の青が鮮やかで、俺はガラにもなく「ほぅ」と息をついてしまう。

 最近神には迷惑をかけられっぱなしだったが、まぁこれで許してやろうかと思ってしまうような、

 それは美しい、空だった――。



 完……といけばすこしは格好もつくのだが。残念ながら不格好なリアルは、体裁というものを知らないらしい。

 俺の感慨を、会長の一言がぶち壊す。

「しかしだ――」

「……唐突になんなんですか会長、今俺事件が解決した後の名探偵っぽく感慨にふけってたのに」

「知ってるよ。だから邪魔したんじゃないか」

 会長は意地悪い笑いを浮かべる。

 そして構わず、自分の喋りたいことを喋る。

「蒼司君が役不足だと断じたように、そうだね、この舞台は、演じる価値もないつまらないものだったね。正直僕はがっかりさ。もっと何か、胸躍るサムシングを期待してたんだがなぁ」

「不謹慎ですよ、会長」

「真面目だよな、君は」

 会長はにやついた笑みを浮かべる。これはいつものことだが。

「人死にを面白がってはいけない……確かにこれは道理だ。なんたって人が死んでるんだからな、冗談じゃすまない。命は何をしたって返らないし、だから傷はいつまでもふさがらない。蝶が羽ばたいただけで嵐が起こるこの世界だ、人一人の死が、どれだけ甚大な影響をもたらしたかは文字通り、計り知れない。冗談じゃないよねぇ、全く。……でも、だからこそさ、こうは思わないかい蒼司君?」

 会長は尚もにやけながら続けた。

「冗談じゃないからこそ、面白いんじゃないかと」

 俺は一瞬息を詰まらせた。何を言っているんだ、この人は。

 抗議の色を浮かべる俺に、またもお構いなく会長は続ける。

「おいおい僕らの仲で、そんなお行儀良く振舞わなくてもいいじゃないか。実際、楽しくなかったとは言わせないよ? 君は自分を起点にして起こる事件に、愉しみを見出していたはずだ。一連の事件を物語に見立て、自分をその主人公か何かだと錯覚して非日常に遊んでいたはずさ。いや別に僕は、君を責めようというのじゃない。ただ、正しく理解してほしいだけさ。人っていうのは、そういうものなんだっていうこと」

 いつものにやけ笑い、それはそのはずなのだが、今日は奇妙に歪んで見える。いつにもまして冷たく、常軌を逸しているような。怪物じみた笑み。

「手が届かないから美しい。そこにないから欲しくなる。冗談じゃないからこそ面白い。まさしく人は欲望の虜さ。そして、禁忌は何よりも望まれる――だから僕は、あの子を」

 その先に繋がる言葉を予想し、俺は息を呑む。まさか、まさか、まさか――会長が?

 しかし。

「プッ」

 必死にこらえていたのを我慢できなくなった。そんな笑いが、場違いにも漏れた。続けて会長は爆笑する。

「はっはははははは!」

 ここにきて、ようやく気づいた。くそうこの人は!

「はははは! そんな怖い顔するなよ蒼司君。君は本当に純粋だなぁ。それとも、僕の演技はそんなに上手かったかい? これこそ、『冗談』だよ」

 事件を解決した後の名探偵を俺が演じたのに合わせて、最後の最後で本性を現す犯人の役をしていたというわけだ。見事に担がれてしまった。

「……趣味が悪いですよ会長」

死体愛好者(ネクロフィリア)の君には言われたくないぁ」

「なに勝手にドギツイ趣味を人に押し付けてるんですか! ……まさかその根も葉もない妄言、他の人に――というか階枝さんに言ってないでしょうね?」

 会長はなぜかポケットに手を突っ込んでから答えた。

「あ、ごめん、その妄言ってなんだっけ?」

「だから、僕が死体愛好者だってことですよ!」

 会長はニヤニヤしていた。いや、この人の場合はニヤケ顔がデフォルトだから、なんというか、ニヤニヤニヤニヤニヤニヤしていた。通常の3倍ニヤニヤしていたということだ。

「僕は言ってないよ。僕は、ね」

「なんか意味深だな!」

 ふふふふふ、と暗黒面に堕ちたドラえもんのような――と、いけない――声を出しながら、会長はポケットから携帯電話を取り出す。

「最近の携帯は便利だねぇ。電話やメールだけじゃない。ボイスレコーダー機能なんてのもある」

 まさか――最悪の予想に、額から冷や汗が流れた。問答無用で俺から奪われていく熱は、もしかしなくても会長のテンションを上げるのに使われているのだろう。すこぶる愉快そうに彼は、そう、そのまさかだよ! と得意満面に言った。

「僕は言ってない、ただし、君は言ってしまったんだ。『だから、僕が死体愛好者だってことですよ!』とね! そして現在、そのボイスデータは不可視の電子の波に乗って今頃は……」

「あわわわわ」

 混乱して変な声が出た。けれど俺は冷静に、ボイスデータを送信したといってもそれはついさっきのことだ、つまり、今ならまだ空気中に情報が漂ってるわけだから、捕まえればいいじゃん! と思った。たも網とかでひょいっとすくえるだろ。たかがボイスデータひとつ、たも網で押し返してやる! ……やっぱり俺は混乱していた。

 そんな、俺が冷静と混乱の間(1対9くらいだろうか)で、まぁとりあえずということでたも網を探していたところ、病室のドアがすっと開かれた。

「あわわわわモ汐勃x・Eb}W)!ツサーCo�・Aqdw」

 混乱して変な声が出た、というか正気が飛んで行った。

 そこにいたのはじっとりと、蔑むような、あるいは哀れむような、この世の全てのネガティブな感情を巧みにブレンドしたような顔をした、階枝さんだった。

「おー、織遠ちゃん! 蒼司君が君に禁じられた背徳の趣味を知られてしまって悶絶してるけど何かコメントよろしくー!」

「……そうですね、別に、気に病むことはありませんよ三篠君。全て――」

 そう言って今日も端正な美貌に眼鏡が麗しいクールビューティ、階枝織遠女史は、俺にぎこちないながらも精一杯の笑顔を向けてくれた。――ってこのパターンは!

「予測の範疇ですから」

 もはや様式美ともいえる、洗練されたイジメは俺のガラスのハートを打ち砕くのみならず、その破片一つ一つを手作業でカチ割るような職人の汗が光る甚大なダメージを与えた。俺は手じかに丈夫な綱はなかろうかと辺りを見渡すも、そういえばたも網を探さなくちゃいけないんだったと壊れた思考の中で思った。えーとたも網たも網……と。ていうか(つな)(あみ)って同じ漢字なんだな。



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