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十二月十八日 三



「そうですわね……冬馬とは、昔馴染み……。初めて会ったのはそう、転生前――私が神界テセウスアヴァランチの姫であった時のこと。流れの剣士としてわが城に冬馬が流れついたときでしたわね。懐かしいわ……」

 ヴィンスマリアは元々お喋りな性格なのだろう、俺を同類と見なすと嬉々として話し出した。

「え? 前世はともかく今生の話をしてくれ……ですか。はい、仰せのままに聖騎士様。今生の冬馬は、そう、変わった人間でした。恐らく、今生においては別の次元存在に産出されたのでしょうね。前世での、どこか落ち着いた賢者のような性格は消え失せ、道化師のように場を騒がせる人間になっていたのです。いえしかし、変わってるというのはネガティブな意味合いだけではなく、そう、明るい人間とも言い換えられるようなものですわ。実際、彼の周囲には常にたくさんの朋輩も囲んでおりましたし……自殺なんて、とても考えられない男でした」

 どうやら、対外的には今回の中尾君の事件も、自殺として処理されているようだ。この目で死体を見た俺には、はっきりとそうでないと分かるが。

 俺は、物憂げに右手で顎をさすりながら言った。

「では、姫よ。貴女は中尾君が殺されたと申されるのですかな?」

「はい」

「その割には官憲の動きが鈍いようですが?」

 そのことについては、いかにお考えですかと水を向けた所、それまで黙っていたエリュシオンが口を開いた。

 ぼそりと、か細い声で。

「…………《闇の軍勢》」

「はい?」

「ダーク・アルメリア、ね。エリュシオン。この学園を覆う瘴気。悪逆の子供達」

 唖然としていた俺をしり目に、ヴィンスマリアは訳知り顔で付け加えた。その設定、今考えてないだろうな。

ヴィンスマリアを無視して、エリュシオンは再び重々しく口を開いた。

「…………《闇の軍勢》は、警察をも支配下に置くもの。《闇の軍勢》の悪事に、警察は決して動かない。動けないとも言える。それは姿なき上部存在。世界の法則であるから。ただ人は、《闇の軍勢》に媚びへつらい、祈るしかない。自らが標的にならないように」

 ヴィンスマリアの説明よりスケールが大幅アップしていた。学園を覆う瘴気じゃなかったのか。まぁ、それはいいとして。

「人間にはどうにもできない絶対存在……それはつまり、神のようなものだと?」

 俺の問いかけに、エリュシオンは首肯する。

「…………私達は、神という言葉を悪性存在にもちいないが、神道の教義が根深く残るこの国では、そう呼称するのも妥当かと思われる」

 つまり警察でも太刀打ちできない《闇の軍勢》なる存在が殺したから、捜査が行われなくても不思議じゃないと。それではまるで、放課後殺人クラブと同じだ。いやもっと悪いか。実体がない神のようなものとされているんだから。全く、そんなことを言い出されたら、埒があかないのだった。さながら、機械じかけの邪神とでもいうべきか。

 ……ふぅむ。

 俺はここら辺で考え始めた。この二人とこれ以上話しても無駄なんじゃないかと。彼女達は、真実なんて語る気がないように見える。それにもし彼女達が実は真実を語っているとしても、それを彼女達の妄想から区別することは不可能に近い。嘘をつき続ける狼少年は信用されないという奴だ。彼女達が発する言葉全てが、それも妄想ではないかと疑えてしまう。というか、いくら知り合いが少なかったとはいえ、もう少しマトモな奴はいなかったのか。彼女達は考えうる限り、最悪の証人のように思える。恨むぜ岡部君。

 ……いや待て、矛盾していないか?

 ヴィンスマリアの話によると、殺された中尾くんは『人気者』だったように思えるのに、岡部くんは『友達が少ないケチな奴』と彼を評していた……。どういうことだ?

 俺が腕を組んで考えにふけっていると、同じく痺れをきらしたのだろう、それまで彼女たちとの会話を俺に任せていた、荊原が口を出してきた。

「中尾冬馬は超常の存在、《闇の軍勢》に殺された」

「…………その通り」

「だとしたら、なんで中尾の死体は、まるで酷く殴られたような状態だったんだ?」

 荊原は、挑戦するような眼をエリュシオンに向ける。

「私は――中尾の死体を直接この目で見ているんだよ矢代。それはひどい有様だったさ。顔中に殴られた痕があってな、どう見てもあれは数人でリンチされたとしか思えない状態だった」

 デリカシーのない発言、殺された少年の友人であった少女に、その死体の状態を語るなんて。

 しかもそれは真っ赤な嘘でもある。死体を発見したのは俺で、荊原にはそのときの状況を伝えたにすぎない。どういつもりなんだ。エリュシオンの表情が少しでも曇ったら、俺は荊原を腕ずくでも止めるつもりだった。

 けれど、

 心なしか、エリュシオンは微笑んでいるように見えた。

「なぁ教えてくれないか。神やらなにやら、そういうオカルトな存在でも、人を殺すにはそんな野蛮なやり方をするものなのか?」

 エリュシオンはじっと荊原を見つめたまま、答える気配がない。最初と同じように、荊原の発言は黙殺か――と思いきや。

「…………殺したのは《闇の軍勢》の代行者」

 ぽつりと零した。

 エリュシオンは、もう今ははっきりと断定できた。彼女は、笑っている――。

「…………私は知っていた。冬馬を苛むもの、忌み嫌うもの。そしてそう、私は知っている――貴方も、その一つだということ」

 エリュシオンの細い指が、俺を――いや違う――俺の背後にいる人間を、指し示している。

 示された方向へと振り返ってみる。

 すると、目が合った。

 そこにいた、岡部塔矢君と。

「ハッ――」

 一気に全員の視線を集めた岡部君は、エリュシオンの発言を鼻で笑った。

「何を言っているんだかさっぱりわかんねぇぞ矢代。ごっこ遊びに俺を巻き込むのはやめ――って、なんて顔してるんですか先輩方。まさかこんな電波女の言うことを、信じるわけじゃないでしょう?」

 バカバカしい。岡部君はそう吐き捨てた。確かに、エリュシオンの発言を裏付けるような証拠は何もないし、今までのような妄言と考えるのが妥当なのかもしれない。彼女は狼少女。信用に値するとはとても言えない人間だ。

 だけど――俺は気づいてしまった。

 俺は首を戻し前を向き、再び少女達と向き合う。

「……話は変わるが――ヴィンスマリア。貴女は普段、エリュシオンのことをなんと呼んでいるのですか」

 ヴィンスマリアは、急に水を向けられ戸惑ったような顔をした。

「これは異なことを。彼女をその名で呼ばずして、なんと呼ぶのです。ねぇ『エリュシオン』」

 念押しに、俺は聞く。

「エリュシオン、お前も同じか?」

「…………ふふっ、肯定する。私はヴィンスマリアを『ヴィンスマリア』と呼ぶ。友人だから」

 やはり、そうなのだ。

 安藤美咲は矢代環のことをエリュシオン、矢代環は安藤美咲のことをヴィンスマリアと、それぞれ彼女たちが決めた真名で呼び合う。友達だから。

 ならば、なぜ――

「岡部君」

 俺は堅い声で言った。

「正直に、俺の目を見て話してくれ。彼女たちは本当に『中尾冬馬』の知り合いなのか」

「そんなの、当たり前じゃないですか。どうして三篠先輩は、俺をお疑いなんですか?」

 岡部君は冷静に、動揺を見せず俺の眼を見て話す。ここまでは。

「それはね――」

 ことさらに注意を引くため、間を作る。見極めるのは、次の一瞬の反応。

「彼女たちは友達を愛称で呼ぶからだよ。中尾君のことは『冬馬』と呼ぶのにね」

「――っ!」

 一瞬、瞳が揺らいだ。俺はそれを、見逃しはしなかった。

 そうあってほしくはなかったが、やはり岡部君は――


 嘘をついている。


 皆呆然としていて、静かになっていた室内に突然、エリュシオンの甲高い哄笑が響いた。

「アハハッ! …………私たちの言うことなど誰も信じないと思ったか? それとも昔馴染みのよしみで助けてもらえるとでも? ハハハ傑作じゃないか岡部! その傲慢さが、裏目に出たようだな?」

「テメェッ!」

 岡部君は弾かれたように足を踏み出し、エリュシオンに向かって拳を振りかぶる。俺は突然の事態に反応が追いつかない。中等部を仕切る豪腕が、エリュシオンの小さな顔に命中する――。

 その瞬間。

 荊原が動いた。

「あぐっ」

 殴った当の岡部君自身が驚いている。確実にエリュシオンを捉えた拳は、寸前で止められていた。いや、『止められた』なんて、そんな格好いいものじゃない。実際、思い切り右頬のあたりを殴られていた。但し――荊原が。

 そう、違ったのは狙った対象だけなのだ。決死の顔面ディフェンス。自己犠牲、といえばまだ面目もたつが、なんともみっともなく、荊原は下級生を守っていたのだった。俺はそんな光景を目の当たりにして、笑いたいような泣きたいような、複雑な感情のうねりに不覚にも襲われた。

 全く、そんな場合じゃないってのに――!

「大丈夫か! 荊原!」

「自分はいいス……早く、捕まえて!」

 言われて、俺は呆然と立ち尽くす岡部君に目線を移す。そうだ、これだけの反応、もう彼は犯人以外ではありえない。荊原を助けるのもそうだが、ここでコイツを逃すわけにもいかない。

「岡部ッ!」

 叫んで、俺は手を伸ばす。

 岡部は反射的に身をかわして、ファイティングポーズのまま後ずさる。

「くそっ! なんでこんな……」

 自分の背後にあるドアと、正面の俺を交互に見やりながら、岡部は呟く。俺が一歩踏み出そうとすると、牽制の左ジャブが飛んでくる。

「三篠先輩、俺は先輩に恨みがあるわけじゃありません。怪我をさせたくない。いいですか、絶対に追ってこないでください。追ってくるなら、俺も本気にならざるをえません」

「……逃げ切れると、思ってるのか」

「――いいですね、先輩!」

 彼の動きは俊敏だった。背中を見せた、と思ったらつぎの瞬間にはもう、社会科準備室の外にいる。

「ヴィンスマリア、荊原を頼む!」

 あんなことを言われても、追わないわけにはいかない。俺は負傷した荊原をヴィンスマリアに任せ、中等部棟二階の廊下へと躍り出る。岡部は、すでに五メートル以上先にいた。キツいハンデだが、中学生と高校生には歴然とした体力の開きがある。まだいける、と俺は判断して駈け出した。

 何も考えず、無人の廊下を疾走する。廊下を踏み鳴らす荒々しい音が、不気味なくらい静かな授業中の校舎には、とてもうるさく響く。

 着実に。

 差は、少しずつではあるが縮んでいった。

 心なしか時折後ろを振り返る岡部の顔が、焦っているかのように見える。いいぞいいぞ。焦れ焦れ。そして転べ。

 残り三メートルまで詰めた時、岡部は急に右へと曲がった。階段を下るためだ。中等部棟の廊下は階ごとに輪をなしていて、それで完結している。つまり廊下を走っているだけでは、ぐるぐると同じところを回る事になるのだ。逃げるなら、当然階段を下らなければならない。

 しょうがない。

 俺も、せっかく作りだした速度を下げて、右へと曲がる。岡部の姿は既に見えなくなっていたどころか、もう足音すら聞こえない。直線はそこまででもないが、階段を下るのは恐ろしく速い奴だ。

 フン、と俺は鼻で笑う。少し愉しんでいた。

 あがいてみせろ、一階で勝負を付けてやる、と。

 いつものことだが、俺はこと競争となると頭に血が昇ってしまう。姉はよく言っていた。『お前を見てると、男って言うのは所詮獲物を追うための機械なんだってことが、よくわかるわね』と。

 ――ああ、しかし、後悔はいつも後になって訪れる。

 今思えば、そこでもう少し冷静になって、考えるべきだった。

 足音が消えた意味。

 下り階段の一段目に足を踏み出そうとした時、不意に背後で音がした。反射的に音の方向を首だけ曲げて、見る。そこには。

 嗤う、岡部塔矢の姿があった。

「だから言ったのに」

 体ごと振り返る前に、俺の背中には、なにか重い一撃が加えられた。蹴られたんんだ――と認識できた時にはもう、足は地面を離れていた。

「あっ――」

 奇妙な浮遊感が体を覆う。

 マズイ――とかつてないほど強く思ったことだけは、覚えている。



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