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十二月十八日 二

 さてここで、俺達がなぜわざわざ貴重な昼休みを潰して中等部棟くんだりまで来ているのか、その訳を説明しようと思う。

 ひょんなことから、この訳の分からん事件を解決する為に動かざるを得なくなったわけだが、さてどういう風に動けば解けるのかしらん、と俺は昨日首を捻っていた。というか早くもやっぱ無理なんじゃないかと思い始めていた。だって仕方ないじゃん? 犯罪者集団の捕まえ方なんて学校で習わなかったんだもん……なんてゆとり丸出しの言い訳が、俺の頭の中に踊っていた。同時に、『凡人のくせに、頭で考えようとするんじゃないわよ』といつか姉に言われたことを思い出す。至極ごもっともである。

そうなのだ、こちとら痩せても枯れても不甲斐ない凡人だ。凡人レベルを名前で表すと大木凡人……は一般的ではないな。うん、佐藤一郎レベルだ。天才的な閃きなど、俺の頭脳では絶対に導き得ない。だから、まずは地道に、情報を整理することから始めよう。汗水たらして泥臭く、凡人らしくいこう。

 その点、『放課後殺人クラブ』を探すことに一日の長がある荊原は役に立った。なんと、既に荊原は昔放課後殺人クラブが起こしたと思われる事件の詳細を、調べ上げていたのだ。しかし、常に事故や自殺など、事件性のないものとして処理され、人の記憶以外に記録を残さない放課後殺人クラブの犯行は、すぐに風化してしまうものだった。そんな訳で、荊原の二年にわたる調査でも、詳細を知れたのは直近の五件の犯行だけ。しかもかなり曖昧で、不確かな情報なのだった。以下、荊原からの又聞きであるが簡潔に概要を述べていこう。

 第一の事件……それはもちろん、知りうる限りのという意味だが、それが起きたのは八年前のある冬の日。学園のプールで水死体が発見された。殺されたと思われる曜日はもちろん、スイサツ――水殺――の水曜日。性別は女だったことは分かったそうだが、詳しい氏名、年齢などはなにぶん昔のことゆえ、分からなかったという。

 次に、第二の事件が起こったのは五年前、今度は夏の日のことだったそうだ。早朝、部活のためにでてきた生徒が、校庭の真ん中で黒焦げになった死体を発見した。大変な騒ぎになったそうだが、例のごとく警察は動かず、焼身自殺として処理された。これも被害者の身元は学園生であることは確かなようだが、その他は一切不明。今度は性別すら分かっていない。殺されたと思われるのはやはりショウサツ――焼殺――の火曜日。どうやら曜日ごとに決まった殺し方があって、それを絶対に守らなきゃいけないという噂は、何の根拠も無いわけではないようだ。

 第三、第四の事件は三年前、この年は、立て続けに二件が起きている。第三の方はヤクサツ――薬殺――月曜日に、中等部で出された学食に毒物が混入されていて、女一人が死亡。これは学食を出していた会社の業務上の事故として処理される。そのわずか一月後、第四の事件が起きた。首を絞められて息絶えたと思われる無残な死体が、出入り不可能なはずの屋上で見つかったという。発見されたのは土曜日の早朝、殺されたのはヒトデナシ金曜日だと思われる。

 そして――第五の事件。その事件にさしかかったとき、それまで朗々と語っていた荊派の口が一度、ぴたりと止まったのを覚えている。そう、二年前の第五の事件の被害者こそが、荊原の実の姉、『荊原あさひ』なのだった。彼女が殺されたのはヒトデナシの金曜日。校舎近くに備えられている花壇に、首を突っ込んだ状態で発見されたらしい。死因は頚椎骨折。これは屋上からの投身自殺として処理された。

 ……ふぅ。

 これが、今迄起こった事件の詳細だ。まぁこんなところだろうか。多分、俺が調べればもう少し詳しく正確な情報を集められるのだろうが、なにぶん時間がないし、それに、実を言うと、過去のことがどれだけ今回の事件に関連しているのかは、疑問なのだ。というのも、この中にでてくる人死にが、放課後殺人クラブの仕業だという証拠などどこにもない。もしかしたら単なる事故や自殺を、放課後殺人クラブという伝説と勝手に関連させてしまっている可能性も、なきにしもあらず、というか俺は大分そうなのではないかと思う。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、ともいう。一連の事件が、本当に『一連』かどうかは、まだ断定できない。しかし、その点で荊原は冷静でなかった。どうしても『放課後殺人クラブ』に縛られた考え方をしてしまっている。仲の良かった姉がひどい死に方をしたのだから、無理も無いことだけれど。

 でも、『今回の』事件解決のためには、放課後殺人クラブの一連の犯行という考えを捨て、あくまで独立した事件であるという、しごく平凡で一般的な考えに立つことが重要じゃないかと、やはり俺は思うのだ。そうでなくては、見失ってしまう視点がある。即ち――

 犯人の犯行動機という視点。

 放課後殺人クラブという、無軌道に殺人を犯し、愉しむという犯人像を拭い去れば、そこには当たり前に、『なぜこのひとは殺されたのか』という疑問が湧き上がって来る。通常、人が人を殺すのには深い理由があるものだし、そういう理由が生じるには、その人と深く関わることが必要だ。つまり、犯人は被害者の近くにいる人間、というのが定石なのだ。

 凡人は凡人らしく、自分で考えるのではなく、当たり前を当たり前に。そういうわけで今日は、殺された……えーと『中尾冬馬』君と親しくしていた人に話を聞きに来たわけだが、事態は思わぬ方向に転がっていた。



 普段はあまり使われていないという、社会科準備室のスチール製のドアを開けると、猿ぐつわをかませられ、手錠でパイプ椅子に縛り付けられている少女二人の姿が目に飛び込んできた。  

 なんだこれ、許せない犯罪だろ倫理的に考えて。俺はこんないたいけな少女を、乱暴にも監禁する犯人を思い、正義の怒りに震えていた。くそっ! なんとしても捕まえてやるからな。待ってろよ変態ロリコン監禁犯! もとい……

 俺!

 俺!?

 ……そうなのだった。俺が彰に岡部君を紹介してもらい、その岡部君に「ちょーちょー君悪ぃんだけどさー、この間亡くなった中尾君と親しい人いたらちょっち話したいんで、都合付けといてくれる? よろ☆」などと軽い調子で頼んだせいで、この事件は起きたのだ。つまり犯人、俺。ヤバイ。マジヤバイ。折りしも児童ポルノ規制法が国会審議を通過しようという今日、ロリコンに対する世間の目は軽くペンギンも凍死する温度になっている。そんな時に、手下を使って中学生女子を手篭めにしようとした男子高校生(17)なんてものが現れたら、みせしめとして死刑になってもおかしくはない。ああ、悪気はなかったんや……。せめて『過失』の二文字を付けてくれるよう裁判所では最後まで争いたい。

 ――いや、待て?

 生存本能が、普段はあまり使われない俺の頭脳をフル回転させる。そして、あろうことか、最低にみっともない起死回生の一策を閃いてしまう。

んーでもいい案ではあるけど、こんなことしちゃいけないよなぁ。なんというかこれ、人として最低だよ。いくら命がかかってるって言っても、超えちゃいけないラインが――しゃらくせぇっ!

 逡巡は一瞬。保身のために、俺は悪になることを決意する。

 俺はさも何も知らぬ一般人が、たまたまこの事態を目撃したかのような顔をした。まず驚いて、そこから義憤に燃える正義漢の顔に。

「コラお前ら! 一体全体、何をやっているんだー」

『いるんだー』のところがちょっと棒読みっぽくなってしまった。なにぶん演技は苦手だ。少女達を監禁していた岡部君の手下……というより彰の手下は、驚いて口を開けている。

「ちょ、なーに言ってんスか蒼司センパァイ? アンタが中尾のダチ拉致ってこ――」

「ホワタァッ!」

 口封じ、もとい正義の怒りに燃える俺は悪漢Aこと望月君の顔面に拳を叩き込み、天誅を下したのだった(棒)。許せ望月君。中学生ならまだ言い訳も立つだろうが、高校生はシャレにならんのだ。最近少年法も厳しくなったしな!

 俺はもうなんか破れかぶれで、そのまま上着を脱ぎ捨て、今考えたかっちょいいファイティングポーズを取って、意気を上げる。

「いたいけな女子中学生に対してこの仕打ち、天が許してもこの俺は許さねぇ……ッ! テメェラ、死にたい奴から前へ出ろオラァッ!」

 オラオラとシャドーボクシングをして悪漢どもをビビらせる。それを見て女子中学生たちを見張っていた望月君たち……じゃない悪漢どもは「あれはやべーよ。昼間っから蒼司センパイ完全にキマっちゃってんよ」「早く逃げねーと俺らの身がアブねーぞ」などと口々に言い合いながら、そそくさと部屋を出て行った。どうやら違う意味でビビらせてしまったらしい。それでも望月君達は部屋を出るとき「失礼しました」という挨拶を忘れなかった。礼儀正しいやつめ。俺は、もうなんていうか泣きたいくらい自分が情けなかったが、そこは舞台の上では決して泣かないプロ根性。もう安心ですよと爽やかな笑みを浮べながらお嬢さん方の拘束を外す。見破られてはいないかとハラハラしていたのだが、意外にも、お嬢さん――のうちの一人――は潤んだ瞳で俺を見上げる。

 そして、

「来てくれると、信じていました我が聖騎士よ」

 と言った。

 作戦大成功! 全くバレてないぜ! イーヤッフー! と快哉を上げたいところだったが……。

 聖騎士?

 なんでしょうそれは。寧ろ自分の保身の為に仲間に拳をいれる暗黒騎士なのですが……というのは置いといて、そもそも普通、人を『~騎士』と呼ばないということこそが重要だ。

 ……あまり良い予感がしないのは、最近悪いことしか起こらないせいなのだろうか。


 ○


「それで、聖騎士よ、わたくし達になにか協力して欲しいと先ほど申していましたが、具体的な話を聞きましょうか。乙女の純潔を守った忠義に応えんが為、わたくし達はできるだけ貴方に協力することをお約束します」

 最近どうも、変人を引き寄せる引力みたいなものが俺からはでているらしい。会う人会う人個性が豊か過ぎて、凡人の俺には付き合うのに非常な苦労が課せられる。というか個性尊重が叫ばれる昨今、逆に凡人って絶滅危惧種なんじゃないだろうかと思えてきた。恨むぜ文部科学省。あと手遅れにならないうちに俺を保護しろ環境省。

 場所はそのまま、埃っぽい社会科準備室のなか、二人の中学生はさっきまで縛られていた椅子に座り、俺達三人――俺と、荊原と岡部君――は彼女達に相対する形で立っている。

 省庁の失策に怒ってばかりで何も言わない俺にしびれをきらし、荊原が少女に応えた。

「それはありがたいな。単刀直入に言うが、私達は亡くなった中尾とかいう男についての情報を欲している。何でもいい、知ってることを話してくれ。お前たちは中尾と親しかったらしいな?」

 いくら年下だからといって、初対面の人間に随分と尊大な物言いだな、と思った。女生徒Aも同感らしく、眉をひそめる。

「何ですか、貴方は」

「私か? 私は荊原ゆうひという。そうだな、一応お前たちの名も教えておいてくれ」

「嫌ですわ」

 女生徒Aはさも不快そうなに眉をしかめる。

「貴方の名前なぞ、わたくしは知りたくありません。そういうことではなく、何の権限があって、わたくしにそんな不遜な問いを投げるのかと聞いているのです」

 はぁ、と荊原は息をつく。

「お前、言ってること無茶苦茶だぞ。さっきは全面的に協力するって言ってたじゃないか」

 確かにな。女心と秋の空というけれど、さっきの発言から二分も経っていないのに宗旨変えとは、さすがの秋の空も周回遅れだろう。

 しかし、女生徒Aは堂々とした態度のまま、

「わたくしは、聖騎士様に協力することを誓ったのです。断じて、貴方のような街娘に対してではありません!」

 街娘!

 俺は思わずプっ、と吹き出してしまった。じろりと荊原が俺を睨んでくる。おのれ、街娘風情が。

「はぁ……なんか力抜けちゃいました。ご指名は三篠さんらしいスよ、代わってください」

「うむ、露払い御苦労街娘」

 後ろに下がりがてら、荊原は俺に肘鉄を喰らわせていった。もうふざけるのはよそうと思わせるほどの強さで。うん、そろそろ真面目にやりましょうかね。

「……で、そうだな、やっぱり名前を知らないとやりづらいし、まずはそれを教えてくれるかな?」

「はい聖騎士様、喜んで」

 荊原のときとは百八十度違う対応に、俺はニヤついて荊原のほうを向きたいと思ったが、すんでのところでやめておいた。男心はそう簡単に変わらないというか、痛さで覚えた教訓は簡単に忘れられない。人、それをトラウマという。

「わたくしの名は《()(ごう)(きょっ)(こう)》ヴィンスマリア。そしてこちらが――」

「……《有限なる永遠》エリュシオン」

 それまで黙りとおしだった女生徒B――改め、エリュシオンも喋ってくれたのは収穫だったが、うん……なんというか、その名で呼べと俺に言うのか。というかかっこつきで二つ名を披露するのは止めてください嫌な記憶が蘇ってしまいます。

 俺の窮状を知ってか、それまで黙っていた岡部君が口を開く。

「……ふざけるのも大概にしとけよ安藤。それに矢代も」

「岡部君、知り合いなの?」

「はい……今は全然接点ないんですが、昔なじみで。その良く喋るのが安藤美咲。もう一方が矢代環です」

 それを聞いて、俺は改めて二人に目線を移す。よく見れば二人とも可愛い部類に入る女の子だ。

《無劫の極光》ヴィンスマリアこと安藤さんは、明るく染まった程よくウェーブした長髪が、その女性的な柔らかさを備えた丸い顔立ちと相まって、いかにも良家のお嬢様と言った風貌だ。眠そうなタレ目もまたツボをついてくる。性格がこれでなければと思う気持ちが抑えられない。

 対して、《有限なる永遠》エリュシオンこと矢代さんは、理知的な黒髪のショートボブにその幼い顔立ちが合わさり、どこかミステリアスな雰囲気を帯びた女の子だ。体躯が小さいのもまたよし。なんというか、中二病……もとい妄想癖が強いのも、外見的に納得できる人だ。決して一般受けはしないだろうが、一部マニアには熱狂的に受けそうである。全く、彼女たちのような美少女と昔なじみだなんて、岡部くんは羨ましい……。

 というのは置いといて、だ。

 俺は頭を切り替えて、では――と口火を切る。

「安藤さん、中尾君のことについて、何でもいいんで話してくれませんか」

 二人に問いかけるも、しかし。

「……」

「あの、安藤さん?」

「……」

「じゃあ、矢代さん?」

「……」

 何も答えてくれない。もしやこれはアレなのか。それは私の名前ではありませんという意思表示なのか。

 荊原が、耳元で囁く。

「三篠さん、郷に入っては郷に従えといいます。ここは、彼女達に合わせるほかないス」

 業に入っては業に従えだと!? 俺は自らが持つ(カルマ)に目眩がした。未だに中学時代の自分を思い出しては枕に顔を埋めてバタバタしている俺にとって、これは酷過ぎる。あの非現実的な名前で呼びかけろというのか……。

 ――けれど――。

 俺の口から乾いた笑いが漏れる。

「フッ」

今はそうするしか他に、道がないというのなら。

――いいさ――。

 俺はこの呪われし宿業を受け入れ、封印した力を解き放とう――。

「ハァ――ッ」

 長い息を吐き、眼を閉じる。やるからには、徹底的に。中学時代の、末期中二病患者だったころの自分を呼び覚ます。

 今、再び。

 逆巻く烈風に乗じて来たり――わが身に宿れ。

 姫を守る聖騎士よ――!


 ………………………………

 ………………

 ……

 長き眠りから解き放たれた俺は、その真紅の瞳を開いた(イメージ映像です)



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