一月二十五日 6 絶対解答
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「成程。どこのどいつの入れ知恵だか知らないけれど、大筋においてお前は真実を捉えているのね。私に期待するのは枝葉末節の補完、とそういうこと。なぁに構わないわ。細部にこそ魂が宿る。大筋における理解なんて、あってなきようなもの。ふむ、まずは最初の事件のことね、なぜ中尾冬馬を殺したのが矢代環だと分かったか……か。はぁ」
なにか可哀想なものでも見るみたいにアマツは俺を見る。ええい、できるやつには、できないやつの気持ちなんかわからないのだ。思えば、俺はいつもアマツにこんな目で見られている。
「まず私が注目したのは、放課後殺人クラブが犯したとされる事件の規則性。第三、第四の事件を除いて、三年周期で、しかも一年に一人殺されているのは哺乳類ならどんな種でも見抜けるわね。そして霊長類であるならば、この第三と第四の事件がどういうイレギュラーなのかを推察できるでしょう」
「あの、俺、霊長類に達してませんでした」
ていうかその判定厳しくないか? 俺お猿さんですらないのかよ。
「……はぁ、胡乱だこと。注目すべきは、第三の事件――『ヤクサツの月曜日に、薬で殺された』ということよ。この問題点はわかるわねポチ?」
「……分からないです」
「分からないワン、でしょう?」
ぐっ……こいつ……っ!
「いい? ヤクサツ――薬殺なんて言葉は、『日本語にはない』のよ。それを言うなら『毒殺』でしょう。ヤクサツは『扼殺』と書いて、『縊り殺す』という意味。この第三の事件は、そこを読み間違っているのね。そこで……はい、そこのアルマジロ君に質問です。ルールを作った当人、放課後殺人クラブがこんな失笑物のミスをするでしょうかぁ?」
「……しないと思います」
「しないと思いますギリギリーィ、でしょう?」
しらねぇよアルマジロの鳴き声なんて。
「つまりここから、この殺人を犯したのは『放課後殺人クラブではない』、ということが分かるわ。イレギュラーなのも当然ね。そもそも、違う人間の犯行なのだから。そしてこの年だけ連続して起きた第四の事件、これみよがしに首を絞められて殺された死体は、おそらくこの模倣犯のものだったのでしょうね。模倣犯による犯行と、殺人クラブによるそれの断罪。第三、第四の事件の特異性は、これで説明がつくわ。そしてここから、放課後殺人クラブの犯行は三年周期という仮定が、証明される」
「そして去年は、殺人クラブが人殺しを行う年ではなかった……」
つまり、最初から、この事件が殺人クラブによるものではなく摸倣犯の犯行であることは、アマツには分かっていたんだ。
「事件は摸倣犯によるもの、その前提を踏まえたうえで、中尾冬馬殺害事件を見てみてみなさい。ここからは中学生の浅知恵よ。そのくらい看破して頂きたいわね線虫君。いい? 綻びは犯行声明を書いたカードの存在、それが置かれた意味にあった。――ミスディレクションよ」
「ミスディレクション?」
手品の用語よ、と溜息混じりにアマツは教えてくれた。……普通、知ってるものなのか?
「ミスディレクションは、ネタから気を逸らすための手法のこと。不良達にリンチされ、公園に倒れていた中尾を殺した犯人は、このままでは自分に累が及ぶことに思い至った。犯人は中尾を殴り殺すのではなく、なにか他の手段で殺してしまったのでしょうね。刺し傷は目立つから、多分扼殺でしょう。ま、それはいいとして、その時犯人は思いついた。この死体が殴殺されたものだと誤魔化せれば、不良達に罪を着せることができる、そして折しも今日は木曜日、学園に伝わるあの伝説を使えば……ということに。そう、そのためにカードは書かれたのよ。人というものは常に第一印象に振り回される。学園に伝わる不可解な噂。その存在を名乗るカード。噂に即した殴殺の木曜日の記述。実際ひどく腫れあがっている死体の状況。これだけ揃えば、案外早計に人は判断してしまうものよ、その先入観によってね。犯人はカードを置くことで『死因を誤魔化し、容疑を他へ向けた』」
少し納得できなくて、俺は口を挟んだ。
「……俺は確かにそれに騙されたけど、警察が検死すれば死因なんて一発なんだぞ? そんなカード一枚で死因を誤魔化そうなんて、考えられない」
アマツは笑う。
「ふふふ、警察は全ての死体を検死するとでも思っているの? 現場の人間がその必要を認めなければ検死なんてされないし、刑事は神様じゃない。犯人はそこらへんも織り込み済みだったのでしょうね。まぁ、博打であることは否定しないけれど」
……つまり犯人は、最初から警察を相手取って戦っていたのか。ハナから殺人クラブなんてものが信用されるとは思っていなくて、ただ人の心理を揺さぶるための道具として、その名前を使ったに過ぎないのか。
「……やっと気づいたようね蒼司。そう『放課後殺人クラブ』はただのジャブにすぎないわ。それが信用されるなんて初めから考慮の外。これはフットインザドアと呼ばれる、初歩の交渉テクニック、その応用ね。これは『一回敢えて嘘を見破らせる』ことで、『その奥にある物を真実と過信させる』テクニック。だいたい人間は裏の裏までで満足してしまって、裏の裏の裏まで頭を働かせようとはしないでしょう? この場合は『放課後殺人クラブの犯行ではない』ということを敢えて見破らせて、満足させて、その先に到達する『不良少年たちによるリンチ』に真実味を持たせるというのが犯人の狙い。まぁ捜査側が図らずも残念な名探偵様だったから、ジャブも相当効いたようだけれど……最終的には犯人の思惑通り、『不良三人組を捕まえたことでお前たちは満足し、捜査を打ち切ってしまった』わけね」
それに関しては返す言葉もない。俺たちはあの時、完全に事件は終わったものだと考えてしまっていた。
けれど、
「それじゃ質問の答えになっていないんじゃないのか? アマツ。俺が聞きたいのはなんで犯人が矢代環だと分かったか、ということなんだぞ。そんなの、特定の個人に結びつくはずもない、ただのトリックじゃないか」
アマツは、大げさに肩を竦めてみせた。
「ふ……事を急くのではないわよ蒼司。さっき私が言った言葉を覚えているかしら? 私はさっき、『刑事は神様じゃない』といった。それは当然、犯人にも当てはまること。犯人は神様じゃない。血の通った、生臭い人間よ。それを念頭に置いてほしいわね。たしかにさっき説明したのはただのトリックかもしれない。それは無記名で放り出されたただの道具であるかもしれない。だけれど、それが人の作りしものである以上、そこには『作り手の癖『というものが、どうしても刻印されてしまうものなのよ。ましてや、足りない頭を限界稼働させて捻りだした乾坤の一策、それが無味無臭でいられようはずもない。私はお前から話を聞いた時点ですぐこのトリックを看破したわ。その癖を念頭に置いていたの。そうすると、このトリックと同じような供述をした人間に思い至るでしょう?」
……エリュシオン。そういえば彼女は最初『闇の軍勢』なる殺人クラブと酷似した空想の団体をだして、それを荊原に追及されて初めて、塔矢君たちのことを話したのだった。虚言の二重構造。明け透けな嘘の裏に、ありえそうな嘘を隠して、真実から目を逸らさせる――。
「大体ねぇ、不良たちのことを知っていたなら、なんでまず最初にそのことを言わなかったのかしら。なぜ『闇の軍勢』なんてものを最初に出さなければならなかったのかしら。まぁ盤外からで悪いのだけれど、お前たちはそこを突くべきだったわ。その不自然に当然気づくべきだった。所詮は中学生の浅知恵、こんなトリックから思考の癖なんて読みとらなくても、それで矢代環が十分に怪しいと勘づける。いや、そこで終わっていたでしょうね」
――全く、退屈極まる事件よとアマツはこの第一の事件に評価を下した。確かに、結果だけ見れば、それはなんて瑣末で杜撰で陳腐な事件だったろうか――しかし現実に、俺はそんなつまらない事件でさえ、露ほども真実に至ることができなかったのだ。
「そして、先の放課後殺人クラブのルールが分かっていれば、当然次は矢代環が殺されるということは予想できる。これで私がお前から最初に相談を受けたとき、『事件は既に終わっている』と言った意味が分かったでしょう? そう、矢代環が死んだ時点で、人殺しを誘発する因果は全て終わっているの」
なのに――、とアマツは続ける。
「ありえないはずの、第三の事件が起こった。いいえ、もう気づいているのだったわね。この事件は、実は起こっていない――『殺人クラブの名を騙る者は、殺人クラブに殺される』。そのルールに気づいた復讐鬼が、殺人クラブを炙り出すために打った、狂言芝居」
「そうか、やっぱり」
「ええ」
「荊原ゆうひは、生きているわ――」
これで、全ての辻褄が合う。メール事件においてどうしても超えられなかった矛盾、『俺にはサイトに登録する前に死者からのメールが届いた』というのもこれで解決する。つまり、メール事件の首謀者――裏サイト管理人が、『荊原』だとするなら、俺のアドレスを知っていて当然だし、誰も知らない荊原のアドレスからメールが来ることも、問題でもなんでもなくなる。そして『俺にはサイトに登録する前に死者からのメールが届いた』ということを知らない限り、『サイト管理人が荊原である』ということは結論できない――。
これで、確信できた。
放課後殺人クラブが誰かと言うことも、決着の舞台がどこかと言うことも。
「ありがとう、アマツ。助かったよ」
俺はそう言って、部屋を出る。時間までになんとかして荊原をみつけ、放課後殺人クラブとの対決を阻止しなければ!
「でもそれって、余計なお節介という奴じゃないかしら?」
うぉ、もう既に部屋を出ているのに、さっきまでと同じようにアマツの声が聞こえた。どんだけ壁薄いんだよこのアパート! ていうかお前の読心能力の効果範囲はどこまでなんだ! 口に出してないぞ、俺!
「殺された姉の復讐がようやく成就する。お前にそれを止める資格があるのかしら? そうすることが正しいのかしら? 誰がそれを望んでいるのかしら?」
……確かに。『自分を殺してまで』見つけた犯人にようやく手が届くといったところで、それを俺に止められたら、あいつはそれをどう思うだろう。いや、どう思うだろうなんて話じゃない。絶対恨むに決まっている。でも、
「なぁアマツ。俺は最初の問いと、二番目の問いには答えられない。資格とか正しさなんて、凡人の俺にそんな抽象的な思考は理解不能だ。ただ、三番目の問いだけには、即答できる」
他の誰の気持ちなんて、知ったことじゃない。
「俺だ! 他の誰でもなく、どんな論理に従ってでもなく、どんな正しさに拠るでもなく、俺が、そんなのは嫌だと感じてる! だから止める。――文句が、あるか?」
「……それは、普通にあるのだけど」
そこはないって言ってくれよ……。
「まぁでも、いいわ。熱血系は私の趣味ではないし、面倒くさいし、どこへなりと行ってしまいなさい。ふわぁあ」
話しながらあくびでるくらい面倒くさいなら黙って行かせてくれよな……。全くこいつは。
いや、これも。コイツなりの照れ隠しなんだろうか。極度に分かりにくいツンデレだからなぁ、アマツは。
「聞こえてるわよ。誰がツンデレよ、誰が。べ、別にお前のことなんて心配してるわけじゃないんだからっ! 勘違いしないでよね!」
「ツンデレじゃねーか!」
しかも伝統を重んじる古流の!
忘れてた。こいつは心の声も読むのだった。読むというより聞いているようだが。
はぁ、こんな時だと言うのになんとも締まらない。
けど、まぁ。
それが俺達らしいのかもな。




