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一月二十五日 5 姉えもん

 ○



 西園寺にはそこで別れを告げ、俺は一旦家に帰った。管理人が告げた時刻、夜十二時にはまだ充分な余裕がある。俺は制服から動きやすい私服に着替え、バイクに乗った。目指すのはアマツのボロアパートだ。十二時までにどうしても、確かめておかなきゃいけないことがある。

 途中のコンビニで軽い手土産を調達し、アマツの部屋へ到着した。ノックをしようとして、そういえばこの間ノックは止めろと言われたことを思い出す。もう習慣化してしまっているので、やらないと少し気持ち悪いが、そのままドアノブを引っ張って開ける。

 すると、

 今まさに着替えている最中といった様子の、下着姿のアマツの姿が目に飛び込んできた。

「の、ノックぐらいしてよねっ!」

「陳腐!」

 廊下を歩く音が聞こえてくるとか言ってたし、絶対わざとだろ! 全く。昭和の少年漫画のお色気シーンじゃないんだぞ。

「ちっ……、やっぱり下着くらいではこのエロ群雄割拠時代平成では通用しないか。止むをえないわ」

「これ以上脱ごうとするな! そういうことじゃねぇよ! 過激さとかそういうのじゃなくて、ドア開けたら着替え中っていうシチューエーションの方だよ! あと寧ろ昔の少年漫画の方がエロへの規制は緩かったよ!」

 普通に乳首とか出てたりな! ってはぁはぁ……。西園寺ばりにエクスクラメーションマークを多用したので疲れてしまった。声を張るのって、結構疲れるなぁ。

「ふむ。思い返すに、ドアを開けられての第一声がイマイチだったわ。次は『エッチ、バカ、変態! 信じらんないっ!』にしようかしら」

「そのセリフは大好物だけれども!」

 今度もう一回やる前提で反省会をするな! ん? 心の声と実際声に出した発言が逆なような気がするな。まぁどっちでもいいや、こいつどうせ聞いてないし。

 ていうか例のごとく、こんな掛け合いをやってていい場面じゃない!

「なぁおい、もういいか? 毎度申し訳ないとは思っているんだけど、また折り入って相談が……」

「キリのないおべんちゃらは、私に勝ってからにすることね……行くわよッ!」

「なんで頑なに少年誌のノリなんだよ!」

 こっちは少年誌っていうより正念場だよっ!

 心中で叫ぶと、アマツの動きがなぜかぴたりと止まった。

「む……お前なんか今、うまいこと言ったわね」

「え? 『なんで頑なに少年誌のノリなんだよ!』のことか? そんなにうまいとは思えないけど」

 どっちかっていうと、うまさより勢い重視だな。しかしアマツはふるふると首を振る。

「違う。お前がさっき心の声で出したツッコミのことよ」

「なんで俺の地の文を読めてんだよ!」

「ふ……愚問ね。知っているかしら? 実の姉弟だと遺伝子共有率は二十五パーセントに上るのよ。つまりお前は四分の一スケールHG三篠アマツということね」

 う……なんかそう言われると地の文くらい読めそうな気もしなくもな……いや、待てよ?

「だとしたら、お前の地の文も俺に読めなきゃおかしいじゃないか」

「ふふ、不平等条約って知ってるかしら」

「日米和親条約!」

「姉より優れた弟など存在しないわっ!」

「ジャギ!」

「実際学問の世界でも、長子の方が社会的な成功を掴みやすいことがは確かめられているのよ? ハーバード大学の学生に占める長子の割合は六割を超えるらしいわ」

「なんと! ジャギは正しかった!」

「の割には末っ子のケンシロウが正統後継者だったりするけれど」

「アンタは一体、どっちの味方だ!」

 はぁはぁ……。なんで俺はこんなところで疲れているのだろう。アマツに関わると、思うようにいかない。

「まぁしかし、この辺で許してあげるわ。先ほどうまいことも言えたようだし。それで? 今日はどういう用件で来たのかしら愚弟」

「はぁ、それがですね……」

 ていうか、上手いこと言えれば本題に入れるんだな。お前は俺を芸人として鍛えてくれているのか。姉さんじゃなく姐さんなのか。いや、アマツは心の声も読んでくるのだった。下手な脱線を促す思考は漏らさず、俺は当初の目的を思い出す。

 そう、今日この時、ここにきた理由は一つ。

「答え合わせをしたい」

「答え合わせ……ふーん」

 アマツは腕を組んで薄く笑う。長身のアマツがそれをやると普段ならなかなか格好いいのだが、今は下着姿なので締まらない。

「姉えもんに頼ってばかりだった愚弟も、少しは成長したものね。善哉善哉。けど、言ったはずよ愛弟。この事件はもう終わっている。自傷癖があるなら話は変わるけれど、真実を知るのは止めておいた方が身のため。そこにはお前なりの意味はあるのでしょうけど、果たしてその意味に価値があるかしら?」

 その問いかけには、断言できる。

「あるさ。人一人分、地球より重い価値が」

「ふーん? なるほど、この数日の間に事態が動いた……いや、違う」

 アマツは、本気モードになりかかっている。その虹色の脳細胞の中で、どんな運動が起こっているのかは悲しくも不平等条約のせいで知れないけれど、どうやらこちらが喋らずとも、何かを悟ったようだ。

「蒼司お前――気づいたわね」

「やっぱり知ってたな。随分とひどいじゃないか」

「ふ……、許しなさい。お前みたいな三流役者が筋を知っていると、観客が冷めてしまうのよ。恨むなら自分か脚本家様にしなさい」

「……そうだな。また俺の人生に黒歴史が増えてしまった。この責任は……取って貰わないといけないよな」

 その為にも、逃がすもんか。死なせはしないし、もう俺の傍から離れることさえ、許さない。

 その為の、最後の詰め。

「アマツ、事情は察してくれたんだろう? もう犯人が分からないなんて言わせない。さぁ答えろよ『絶対解答者』」

 挑むような目付きでお互いを射抜き合う。

 アマツは俺を、量っている。

「知は快なるものだけれど、その本質は毒。許容量を弁えろと私はいつも言っているわね? そこに価値が生じるなら、そしてその毒を飲むことをお前が望むなら、私ははお前にそれを与えてもいいとは思うのよ。けれど、くどいようだけれど、その決意の深さを再度問うわ。その真実で人一人の命が救えるとしても、それでお前が壊れるなら、差し引きはゼロ……いや私も連鎖的にファイヤーするのだから、マイナス一。釣り合わないのよ?」

「俺は壊れない」

「絶対に?」

「絶対だ」

「親友でしょう?」

「ブラザーだ」

「なら」

「でも」

「今は愛が勝つ」

 アマツは、口の端だけで器用に笑んで、

「ふふ……、それは力ある言葉ね。思春期の少年が語る愛は、何にも勝る説得力を持っているわ」

 そんなことを言う。

「お前にしては、珍しく綺麗な物言いじゃないか」

「愛――すなわち性欲。思春期の少年は股間の紳士が本体みたいなものよね。ふふ、愛に全てを――なんて、公共の場で犯行声明出して、よく逮捕されないと思わない?」

「さいですか……」

 なんというか、期待を裏切らないお人ですこと……。

「でもまぁ、これならば」

 アマツは俺に正対して、微笑する。

「さぁて、救命胴衣は確認したわ。最早自由で優しい曖昧さ(だいち)では満足できないというのなら、重く苦しく不自由な真実(たいかい)へと――突き落してあげましょう」


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