一月二十五日 4 PCの中の戦争
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二人で画面を見るには携帯では小さすぎるので、俺と西園寺は学園のコンピューター室へと場所を移した。コンピュータ室は授業で使用されていない限り原則開放されているが、今は俺と西園寺以外に人はいない。これなら、会話をしてもいいだろう。
「しかし、なぁ西園寺」
「はいですぅ?」
「ネット上で俺が殺人クラブだーなんて名乗り出しててもさぁ、普通誰も信じてくれないんじゃないか?」
「ふみゅ。まぁそれはごもっともな疑問ですね。あ、ほら、先輩が言ったようにこの自称殺人クラブさん、相当叩かれてますよ」
指し示された画面をみると、自称殺人クラブ、発言番号『583』は掲示板荒らしとして非難されていた。管理人に排除を要求する声も上がっている。しかし、どうにもひっかかるのが『管理人、お前は私に会いたいんじゃないのか?』という文言だ。こんなこと、ただの愉快犯が言うだろうか? サイトの管理人が放課後殺人クラブに会いたがっているなんて、どこからそういう考えが出てくるのか。
いや、実を言うと俺も、そうじゃないかと思ってはいる。
さっき纏めつつあった推理、それを正しいと仮定するならば、これは明らかなことなのだ。
だからこそ、気になる。
俺と同じ推理をしている、コイツは何者だ?
「先輩」
「ああ、見てるよ」
自称殺人クラブが、間隔を開けて再度発言した。
【疑われるのも無理はない。管理人もまだ私を本物かどうか、疑っているようだ。ならばここで私は、身の証を立てよう】
俺達のように張り付いてこの流れを見つめているものがいるのだろう。その発言に、すぐさま返答が返って来た。
【身の証?】
他、同じような返答が四五通くる。再び少々の間をおいて、『583』は発言した。
【そう、身の証。しかしこんな匿名掲示板で、しかも表立っては語られない秘密クラブの会員であることを示すのは、難しいなんてものじゃない。生憎私は、犯行現場の写真や、使った凶器なんてものを保存して置く悪趣味も持ち合わせていないしな。だからまず断って置く。私が得たいのは、信用ではなく信頼なのだということを】
……なにが言いたいんだ、こいつ。横で西園寺が「先輩、信用と信頼ってどう違うんですかにゃ?」と聞いてきたが、無視する。そんなの、俺だって分からない。俺と同じような心境になったものは他にも大勢いるらしく、【一体何が言いたいんだ】といった旨の返信が、大量になされた。自称殺人クラブはそれらに律儀にも応対する。
【つまり、こういうことだ。私が今から身の証として披瀝するのは、いや披瀝できるのは《この事件の真実》だけだ。それは犯人と探偵しか知らない情報であるが、それだけでは私が犯人であることを確定する証明ではない。しかし、これをもって管理人には二分の一の確率の賭けに乗ってもらいたい。私を犯人だと信頼してね】
なるほど。奇怪な言い回しの意味はなんとなく分かった。確かに、この事件の真相を知るのは、アマツと放課後殺人クラブだけだ。面白い。予期せぬ答え合わせの時間に、俺は興奮してF5の更新ボタンを連打した。
【まず、最初の事件のことから話そう。中尾冬馬が学校裏の市営公園で死んだ、あの事件。分かっているとは思うが、あれは私達の犯行ではない。私達の名を騙る第三者……いや、名を隠す必要もない、中等部二年二組出席番号40番、矢代環の犯行だ】
……エリュシオン、が? 中尾君が放課後殺人クラブに殺されたのではないことは分かっていたけれど、その真犯人がエリュシオンだなんて、俄かには信じられない。俺は西園寺に頼んで『なぜそんなことが言えるんだ。理由を説明しろ』と反論してもらう。返信はすぐにきた。
【名もない学園生君。いい機会だから言っておくが、私はさきほど証明責任を放棄した。それもそうだろう? 私は探偵ではないのだから、そう言える根拠、理由を説明する必要なんてない。私が話すのはこの事件の真実、答えだけだ。それに、私が勝ち取りたいと思っているのはこのサイトの管理者ただ一人の信頼であって、君達全員を対象としてはいないことも、忘れないでほしい】
くっ……答えだけしか載せないなんて、学校で配られる問題集みたいな奴だ。しょうがない。分からないところは後でアマツに聞くか。しかし中尾君の事件は自分がやったのではないと言っているのだから、こいつ自身も何らかの情報を集め、そこからの推理によってこの答えにたどり着いたはずなのだ。それは公開してもいいような気がするのだけど……。
考えているうちに、画面は更新され、新しい書き込みが増える。
【では、次だ。次の矢代環殺しは、正真正銘私の犯行だ。凶器は拳、殺害方法は殴殺。殺害理由は、我々の名を騙って人を殺したこと。悪ふざけで放課後殺人クラブの名を騙った者は、このように必ず殺すことになっている。くだらない殺人犯と一緒にされては、誇りある我がクラブの名折れなのでね】
――ま、これは管理人、お前には分かりきっていることだろうが――と自称殺人クラブは発言を終える。“放課後殺人クラブは模倣犯を許さない”というのは新情報だ。それを念頭に置くと、三年周期の法則を外れた一年に二人が死ぬ事件は、模倣犯とその粛清ということで説明がつく。アマツが言っていた、『放課後殺人クラブの殺人ルール』とはこのことだったのか。
しかし、こんなことを知っているなんて、こいつ本当に犯人なんじゃないか。俺の中で、この自称殺人クラブの信憑性は格段に増した。
【それでは三番目、荊原ゆうひ殺害事件に移る。初めに言っておくが、この事件も私が行ったものではない。ここまでで、勘のいい者なら気づいていてもおかしくないな。私がこんな場所に現れた目的を。私の目的は、ここにいる君達とある意味では似通っている】
俺達と、似通った目的……? それじゃ、まさか。
【私は犯人を探している。荊原ゆうひを殺した犯人。そして、死者からのメールなどという悪ふざけを企てた、張本人を。なぁ見ているんだろう? そろそろ姿を現してくれないか、管理人さん。犯人が君だということはわかっている】
「管理人だって先輩! でもそれはおかしいって……」
西園寺が振り返って言う。そう、管理人が「幽霊メール」の張本人だとすると、登録前に俺にメールが届いていたという大きな矛盾が、目の前に立ちはだかる。
けれど、あるのだ。
一見ありえないように見えても、確かに成立している。
そんな、この矛盾点を超えられる鬼手が――。
その時。
『830 名前:管理人 [sage] 投稿日:2012/1/25(金) 19:23:21 IDULa128Ik0:』
『私が管理人です。質問させてください』
誘われるままに現れた管理人に、仮想の捜査本部は色めき立った。新着の書き込みが次々に現れる。しかし野次馬の有象無象は無視して、彼らは二人きりで会話をしだした。
【殺人クラブさん、貴方は、私の正体を知っていますか?】
【ああ、もちろん。そっちはどうなんだ? お前は私の正体を掴んでいるか?】
【残念ですが、今、確信しました】
【ほぉ、この大掛かりな仕掛けはただ証明のために用意されていたってわけだね。随分迂遠な真似をするじゃないか。なぜそんなことを?】
【人殺しに語る舌など持たない】
そんな、痛烈な言葉を最後に、管理者からの書き込みは止まった。しかしこんな中途半端で終わるはずもない。殺人クラブは管理者に会いたがっているし、管理者は殺人クラブに会いたがっているのだ。そしてその接点がこのサイト掲示板だけしかないとすれば、ここでどうにかして決闘の日にちと場所をやり取りするはずだ。俺も含め聴衆は、書き込みもせずただ固唾を飲んで画面を見守った。
その時――。
【今夜十二時。貴方がくれた思い出の場所で、待っています】
一見場違いとも思える書き込みが、画面に現れる。しかし、この書き込みは正真正銘、管理者が行ったものだった。『貴方がくれた思い出の場所』だなんて、この二人に個人的な親交でもなければ通じない暗号だ。
だけど、それに対し殺人クラブは、
【了解した】
と、ただそれだけを返信して、議場から消えてしまった。
果たして、決闘の場所はどこなのか。夥しい考察の書き込みが掲示板に上がる。しかし、俺はもう画面を見ずに、立ち上がった。
「先輩、もしかして場所分かってるんですか?」
正直に言えば場所どころか、全てがなんとなく掴めてしまった。
『なんとなく』。
そう、厳密な推理や、証拠によって分かったんじゃない。ただ、ぴんと来た。こういう閃きは天才の専売特許のはずだが、伊達に俺もアマツと実の姉弟ではないということか。
いや違う。
俺の勘が働くのは、嫌な時ばかり。望んでいないことが起きる時ばかり。
つくづく、神様には嫌われているらしい。
こんな真実なら、知らない方がよかった。




