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一月二十五日 2 あざとさと愛しさと心強さと

 ○




「やい犯人」

「ほぇぇ? それは私のことですかにゃあ?」

 中等部の出口で辛抱強く待っていたところ、やっとお目当ての人物が出てきたので俺は声を掛けたのだが、容疑者は脳に響くアニメ声で平然とこう返した。誰に聞かれているわけでもないのに、異様に恥ずかしい。お前、いつか昔の自分を思い出して「ぐぁああああ」とか言いながら枕に顔を埋める日が来るからな。

「ちょ、ちょちょっとやだやだ、誰かと思ったら三篠先輩じゃないですかにゃあ! 奇遇! これは運命の神フォルトゥナの作為的なものを感じますです! ……いや失礼、先輩はこの路線お嫌いでしたね! いやぁでも重畳重畳、もう二度と交差することのないだろう二人の運命が交錯してしまうあたりがこのヒューマンスクランブルの面白さといいますか! いやいや、言わなくてもいいんですよ? 正直になるなら私も高等部の先輩が中等部くんだりまで偶然に来ることなんてまずないし、そこから運命の神ならぬ小児性愛者の作為的なものを感じないわけではなかったのですが、そこは私も弁えておりますゆえ、あくまで『よっ、偶然じゃん!』的なノリを保つのにやぶさかではありませんよ? でかい! 私百四十前半の身長しかありませんが器はデイダラボッチですよ! 別に友達は多い方ですけどね! いやでも、あいつら腹の底ではなに考えてるか分かんないとこあるからなぁ、私達本当に友達なのかなぁ、友達と他人の境界線ってひどく曖昧で、脆いものですよね……あー、あいつらトイレで絶対私のグチとか原稿用紙十枚分くらいはパーデイで喋りまくってるよ真剣十代グチり場だよ女子トイレは魔境だよ! で、私が何の犯人なんですか!? あー分かった分かってない分かっちゃった! にはは! ええしょうがない認めましょう、貴方の心を奪った罪を! ああ、私魔性の女! 美しいという名の罪! 愛という名の罰! またねルパァン!」

「どっせぇいっ!」

 喋っている間にさりげなく西園寺の後ろに回りこんでいた俺は、その腰をはっしと掴み、バックドロップを仕掛けた。

「ぎゃぁあああああああ」

 異様に高い断末魔が、俺の脳とだだっぴろい校庭に響く。

 いや、意外といけるもんだねバックドロップ。たぶんコイツの体重が恐ろしく軽いためだと思うが、さほど腕力に自信のない俺でもキレイに決められた。しかしやり過ぎの感は否めないよね。西園寺、犬神家よろしく校庭に突き刺さってるもんな。俺は流石に良心が痛んだので、すぐに西園寺を引っこ抜いて助け出してやった。

「ごほっげほっ! ……三篠先輩、これ、シャレになってないんですけど……」

「あー悪いな。でもなんかこの流れお約束と化してきたからさぁ、俺も張り切っちゃって」

 言いながらふきふきと、顔面に付着した埃を洗顔用のウェットペーパーで落としてやる。ちょうど五枚くらい使ったところで、元の状態に回復させることができた。

「うぉわ、いたい! うぅ先輩、冬の寒空にこの清涼感はもう拷問の領域ですよぉー」

「まぁ思春期の脂ぎった少年達のお顔を、一拭きで超爽快クールにしてしまうものだからな、耐えてくれ」

 てゆうか今気づいたんだがこれ、ボディ用だったな。そりゃ季節関係なく顔に使ったら痛いわ。……西園寺には言わないでおこう。

「あぁスースーする……。んで、なんなんですか先輩、私が犯人って」

「おう、それな」

 俺は今回の『死者からのメール』事件の概要と、荊原のアドレスは知られていないはずなのに、そこからもメールが送られてくる、という難点を説明した。

「なーる。それで三篠先輩以外にゆうひさんのアドレスを知ってる可能性があるこの私に話を聞きに来た、と。ていうか既に犯人扱いしてましたよね」

 西園寺は意外と物分りがよかった。まぁ会話文が長いからそのくらいしてもらわないと釣り合いが取れないから助かるけれど……なんだ。俺がイマイチ理解に手間取った部分だから、少し癪ではあるなぁ。

「ふっふっふっでも残念ショーですね! 私もゆうひさんのアドレスなんて知りませんよ!」

「……本当に?」

「逃げも隠れもするが、嘘はいわねぇ西園寺葉音はのんです! ほらっ」

 そう言って携帯のアドレス帳を開いて、俺に手渡してきた。こいつ会話文の長さと、あざとすぎるキャラ以外はほんといい奴だな。普通赤の他人に携帯の中とか見せないし、突然大技仕掛けられたら怒るぞ。

 俺は礼を言って、渡された携帯をそのまま返す。

「ふにゃ? 見なくていいんですか?」 

「ああ、うん。お前は犯人じゃないよ」

 最初に不意をついて質問した時点で、それは分かっていた。隠していた真実を突かれたら、岡部君の時のように、一瞬でも表情に歪みが出るはずなのだ。

 昔レーサーを志していた俺は、動体視力、観察力だけは人並み以上に自信がある。だから、絶対に見逃してなんかいないと断言できた。

 つまり、コイツは犯人じゃない。

 よって、また振り出しに戻る……というわけでもあるが。

 なんとなく天を仰いでしまった俺に、西園寺はなぜかおずおずと、らしくもない調子で話しかけてきた。

「私からも質問、いいですか」

「うん? いいよ」

「あの、ゆうひさんも放課後殺人クラブに殺されてしまったって、本当なんですか?」

「……」

 例のごとく、表向き荊原ゆうひは『失踪』として処理されている。西園寺に真実を教えるべきか……俺は少し迷う。

 真実。

 夜の海に浮かぶ溺死体。

 べたりと頬に張り付く、艶を失った髪の隙間に見えた。

 荊原の顔。

 生気を失ったその表情。

 残酷な真実。

 伝えるべきか否か……いや、西園寺は見かけによらず物分りがいい。この逡巡の間で、悟ってしまっただろう。

 俺は西園寺を見る。

 こいつの悲しそうな顔は、初めて見た。

「ゆうひさんの仇……取るんですよね」

 それは……どうだろう。俺にそんな力はないし、なにせ本人にそれを止められている。関わるなと言われてしまった。

 ……いや、

 そんな後ろ向きな思考は、もう捨てたんだ。

 これはできるできないではなく、俺がやりたいかやりたくないかの問題だ。

「あのっ、あのっ……私でよければ、なんでも手伝いますからっ、言ってくださいね!」

「……ありがとう」

 ほんといい奴だよな、こいつ。


 意外と好きかも。



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