十二月十七日
三 十二月十七日
放課後殺人クラブとは、いわゆる学校の七不思議であるらしい。
なんでも、この学園が建っている土地は昔、神域――神が住まう場所――というものであったらしく、そんな土地を壊して立てられた学園に、そこに祀られていた神が呪いをかけたという。おいおい神のくせになんて器量が小さいんだと思わなくはないが、その手の話に詳しい奴に聞くと、日本の神様なんてものは元来そんなものらしい。良きにつけ悪しきにつけ、それが人の範疇に納まりきらない強大なものであった場合、それが神と呼ばれるのであって、そこに『善』や『秩序』などのニュアンスは一切なし。つまりただ単に「すげぇ!」とか「ヤベェ!」って感じの言葉だったんだろうな、神って。今ならアッコさんとかも神になりそうだ。そんな一芸入試な日本の神様だから、呪ったり恨んだりは当然するわけで、そういうのに絡まれると、俺みたいに校則違反で三日間警察に拘留されたり……
『鬼』に変えられたりする。
そう、話を戻そう。学園ができたせいでご立腹なされた土地の神様は、この土地に住まうものを毎年一人、鬼に変えるという呪いをかけた(という話だ)。まぁ、ここは学園だから住んでる奴なんていないが、神基準は柔軟だ。それは長い時間ここで過ごしてる生徒達が対象になった。つまり毎年一人生徒が鬼に変えられるようになったというわけだ。鬼に変えられたものは、外見にこそ変化はないが、心はもはや人のそれではなくなり、人殺しに快感を得るようになるという。つまりは殺人鬼ってことだな。
そして、ここでやっと話が放課後殺人クラブに関わる物になってくる。
そう、そんな誰にも知られず学園に潜んでいる鬼達によって秘密裏に結成されたクラブが『放課後殺人クラブ』なんだよ!
……。
うん。
なんだってー! とか、本当かキバヤシ!? とか色々言いたいことはあると思うが、俺のリサーチによるとそうらしい。なんでも、日中は必死でその殺人衝動を抑えている鬼達は、放課後一人で残っている学園生を見つけると、歓喜の声を挙げながら惨たらしーく殺すという。ぼっちだけを殺す怪物なのだ、放課後殺人クラブは。ああ、だからあいつは……と思ったり。
ただ、『鬼』や『怪物』というと、理性も何もなく本能に任せて殺すようなイメージではあるが、どうやらそういうわけでもないらしい。そんな外道のクラブにもちゃんと会則があるらしく、クラブ員は絶対にその殺しの規則を破らないのだとか。
聞いた話によれば――
ヤクサツ月曜日。
ショウサツ火曜日。
スイサツ水曜日。
オウサツ木曜日。
ツイラク金曜日。
と、曜日ごとに定められた殺し方があるという。まるでゴミ出しの決まりのように。
……ここらへんで、どうしても俺は馬鹿らしくなってしまう。
最初に言ったように、『放課後殺人クラブ』はただの怪談だ。こんなルールなんてあったところで、それは何処かの暇人が暇にあかせて創りだしたもので、真剣な検討に値するものじゃない。誰も高校生にもなってこんな話を信じている奴はいない。
……とは言い切れないのか。
正確に言うと、そんなものの実在を信じている奴は、一人しかいない。
荊原ゆうひ。
あの変な女だけは、それを姉の仇として、本気で探している。うっかりこちらもその存在を信じてしまうくらいの熱意で。
けど、冷静になった今は思う。
恐らく、姉が殺されたというのは事実なのだろう。でも、それと放課後殺人クラブが実在するかどうかは別問題だ。姉の死にまいっていた荊原が、たまたま出回っていた怪談を聞き、それに姉を殺した正体不明の犯人を結び付けて考えてしまった妄想というのも十分……というかマトモに考えれば真実はそうとしか考えられない。
でも……。
そう一蹴するのもなにかひっかかるんだよなぁ。
現に、警察の捜査本部が謎の解散をしていたりするのだ。
それに、あの色紙……。
あれには確かに『放課後殺人クラブ オウサツの木曜日』と書かれていた。
あれは何を意味しているのか……?
そういえば死体は酷く殴られていた。そして思い返してみるに、あの日は確かに木曜日だった。
オウサツ……殴殺。
まさかとは思うのだけれど……。
○
昼休みの、二―三の教室の中、久しぶりに座った自分の席でぼーっとそんな考えに耽っていると、見知った顔が近づいてくるのが横目で見えた。
「災難だったみたいじゃん」
気安く声を掛けてくる。そう、昼間の彼と俺は、気安い仲だ。
彼は、俺の近くまで来ると、そのすらりとした長身を屈め、俺の前の席にどっかと腰を下ろす。そこは勿論、彼の席ではない。無断で座る。というか、ついさっきまでその席には角谷君が座っていたはずだが、それは俺の記憶違いだろうか?
いや、もちろん記憶違いではない。
角谷君は危機察知能力に長けている。付いたあだ名は『人間レーダー』。そう、角谷君は彼の接近を知り、はぐれメタルよろしくすたこら逃げだしたのだ。どたどたどた。まさに動物的勘と言える。角谷君がいきなり山に逃げだしたら、それは地震がくる合図と見ていいだろう。
そんな事情も知らず、彼は、角谷君から奪い取った席に深々と座り、話し出す。
「ソーちゃん自慢のゼファー、学校に盗られたんだって? あー……くそ、あのジジイ。俺のダチに今度手ェ出したら容赦ねぇぞってあれほど言ったのになぁ……。うん、今度と言う今度は俺もキレちゃったよ。もう兵隊呼べるだけ呼んで、理事連中全員血祭りにあげちゃわない?」
恐ろしいことを、低血圧のダルそうな口調で言う。
しかも本当に恐ろしいことには、それが決して、はったりとか虚勢ではないということだ。彼はそういう男だし、そうするための力も、十分すぎるくらい持っている。
そう、彼はこの辺一帯では知らぬもののないやんちゃ坊主(婉曲表現)なのだ。低血圧なのでまだ昼間は――話す言葉こそ恐ろしいが――かっこいい金髪の美少年というカテゴリにぎりぎりなんとかどうにかして詰め込めんでおけるお人だが、血の巡りがよくなる夜からは、まさに暴君と化す。彼がどういう規模の軍団を従えていて、どこまでの町――もしくは県が――彼の支配下にあるのかは、大きすぎて分からない。ていうか知りすぎると抜けれなくなりそうで怖い。
彼の名前は諏訪彰。彼のせい――じゃなくて、おかげで、俺の友達にはちょっとやんちゃな(婉曲表現)人が多い。そんな交友関係を持っているから、よく誤解されてしまうのだが、俺自身はやんちゃではないことをここで明言しておく。高校生でバイク乗ってるからと言って、俺は健全で安全な好青年だ。自分で言えちゃうのだから間違いない。
「なぁソーちゃん、今夜暇じゃない? やっちゃおうよ。ソーちゃんもさぁ、バイク使えないと困るっしょ?」
いやまぁ、困ると言えば困るけれども。やっぱり人命には代えられない。命は地球より重いとは言わないが、さすがに俺のバイクよりかは重いだろう。
俺はさりげなく、話題を変えることにした。
「ははは、まぁたまには歩くのも悪くないもんだし、俺はそこまで気にしてないよ。……ところでさ、彰は『放課後殺人クラブ』について何か知らないか?」
「……んぅ? なんだそりゃ。新しいチームの名前か、なんか?」
「まぁチームといやぁそうなんだけど……。うん、知らないならいいんだ。気にしないでくれ」
「ふーん?」
疑惑の目を向けられた。怖い。
彰は顔を殆どくっつけるようにして俺の表情を覗う。親しい友人とは言っても、大勢の人間を束ねるカリスマのオーラに、俺ごとき小物は呑まれてしまう。怖い。ていうか近い。
「……なんか、厄介ごとに巻き込まれたみたいじゃん。んー女関係と、みた」
惜しい、というか正解というか。夜の帝王はなんとも言えない洞察力を示した。俺は曖昧な表情をして返す。にへら、と。
「まぁ、俺になんかできることあったら言ってよ。お代は……またレース出てくれればいいからさ――ってバイクがないのか。……あのクソジジィ。やっぱ今日当たりさっくりいっとくかなぁ」
またも不穏な発言をする彰に、またもや俺が人命救助のため骨を折ろうとした瞬間。
教室のドアが、大きな音を立てて開かれた。
反射的に目をやるとそこには見慣れた……というのもおかしいが、強烈な印象を与えられすぎて、初対面からまだ一日しか経っていないなんて、とても信じられないくらいの人がいた。
荊原、ゆうひだ。
というかなぜゆえに、この教室に来たのか。
硬直する俺をよそに、荊原はさも当然のような顔をして、カツカツと俺の前まで来る。もっとなんか、照れや逡巡とかないのか、上級生のクラスに入るにあたって……。
「さんささささん。お久しぶりス」
「わざとなら怒るよ?」
俺の名前が、適当に入力したロープレのキャラみたいになっていた。
「いえ、今日一発目の発声なんで、上手く言えなかっただけです。怒らないでいいと自分、思います」
時刻は今午後一時二十分。今日一発目の発声がこの時刻とは……。俺は不意に目頭が熱くなるのを感じた。それにしても俺の名前は三篠で『み』ささなのに、なんでさから始まったんだろう? 話し言葉で読み間違えるなんて事が今日一発目の発声だとありえるのか……。
そんな微笑ましい後輩とのやり取りのなか、不意に不穏な声が前方から聞こえた。
「……んだこのみすぼらしい女は」
彰の声だ。
俺はハッとした。
ヤバイ。
ただでさえ彰は難しいお人なのだ。この、コミュニュケーション能力を母親の胎内に置き忘れてきたような女と接触させるのは、子供を地雷原で遊ばせるようなもの。見ていてハラハラなんてレベルじゃない。
しかし荊原はそんな俺の心配をよそに、地雷にネリチャギを喰らわせる勢いで、
「なんです? この失礼な外国人は? よければ自分、入国管理局に電……」
「うわぁっ! ばかばかばかばか!」
俺は反射的に荊原の口を押さえた。
「むふぅっ! ぬぁにするんでひゅかみささしゃん!」
「口押さえられてるのに問答無用で喋るな! あったかい息がかかって気持ち悪いだろ! つーかすぐ黙れ今黙れ。もしくはここにおわすお方を神かなんかだと思って接しろっ!」
「この外国人で鼻をかめというんですか三篠さん?」
そりゃ紙じゃねーかってオイ!
俺は過呼吸になってしまうのをどうにか抑えながら荊原の肩をがっしと掴んだ。
「お前そういうのマジで笑えないから。マジで。迅速に頭を深々と垂れろ。そして謝れ。今ならお前の親族くらいは助かるから」
「~♪」
「鼻歌で誤魔化せると思うな!?」
なんとまぁ古い表現だった。埒が明かないので俺は無理やり荊原の頭を下げさせようとする。しかし、意外に強靭な背筋で荊原は抵抗してきた。
「屈しないス……! 何者にも縛られず、自由である為に……! 既存の権力構造に唾を吐き続ける……それが私のジャスティス」
「馬鹿! 誰もが通る道だけどぶつかるならもちっと柔らかめの権力にしとけ! 町内会とかに! これじゃ字義通りの意味で当たって砕けちゃうぞ!」
「――まぁその辺にしとこうよソーちゃん」
それまで黙っていた彰が声を発した。
一声で、今まで浮ついていた空気が締まる。まさに王の貫禄だ。俺はなにか、恥ずかしくなった。
「誠意のない謝罪に、意味なんてないしね。……おいションベン小僧」
なんかさっきより荊原の呼称が酷くなったようだが、これは更に悪印象をもたれたということなのだろうか。俺の心配をよそに、荊原は呼び出しを食らった中学生みたいなふてぶてしい態度で「なんスか」と答えた。俺の胃は軋んだ。
「媚びねぇっていう態度は……上等だ。肥溜めの中では上物の部類だよ、オマエ」
「それは自分、褒められてるんスか?」
「都合のいいように解釈しとけよ大便女」
もうなんか見ていられないので目を閉じているが、険悪なワードに想像力を掻き立てられて、余計始末が悪いことに今気づいた。ていうか段々荊原の呼称がひどくなってるのは気のせいじゃないみたいだ。
「ただな……俺は子犬が狼みてーに吠え立てるのは好きじゃない。分かるか大便女……? 大きい口を叩くなら、それに見合う力を持ってることをな、示さないといけないってことだ」
「あーでも自分、乙女なんで腕力とかないんスけど」
「オマエが男でなくビッチとして産まれた以上、腕っ節に期待できねーなんてことはわかってるよ。力っつぅのはなにも腕力だけじゃねぇ……俺がすげぇと思えばそれが力だ。時に――」
彰は俺の方へと振り向く。荊原と話しているときとは、露骨に声が変わる。
「この大便女とは、どういう関係なのソーちゃん?」
よし、人命のためにここはしょうがない。嘘を吐こう。
そう決心して俺が口を開く前に、荊原が答えた。
「親友……ッスかね」
反射的に俺の口が動いてしまう。
「いや、昨日が初対面の名も知れぬぼっち女だよ。付き纏われてうんざりしてるんだ」
「酷くないスか三篠さん! ほとんど真実だけれど!」
「――てめぇに発言を許可した覚えはねぇぞ大便小僧――まぁ、ソーちゃんの女じゃないんなら俺も気兼ねなくできるから、良かったよ」
厳しい目線が荊原を再び射抜いた。俺は遅まきながら自分の失策に気づく。嘘でも俺の女って言っとけばノーマルエンドくらいにはなったのに荊原のせいで……!
ぴっ、と彰は荊原の目の前で一本指を立てる。
「とりあえず一週間だ。一週間以内に俺に力を示せなければ、大言のツケを払ってもらう――いいな?」
死の宣告にも等しい王の無理難題をしかし、荊原は平然とした顔で受け止め。
「合点承知の助……ッス」
と茶化して答えた。
ある意味コイツは大物だと思う。
「あ、自信がないわけじゃないんスけど、もし達成できなかったら自分、どうなるんスか?」
ははっ、と彰は爽やかな笑みを浮かべる。
「そうだな――とりあえず千人で三日三晩犯し抜いて、そっから――はソーちゃんどうしたい?」
もうやだおうち帰りたい。
○
無常にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、なぜだか彰は嬉々として去っていった。
そしてまた無常なることに、次の時間は体育で、級友達は俺が必死で人命救助を行っている間に残らずいなくなっていた。
まぁ状況が状況だけに、彼らを薄情と謗ることはできないけれど。怖かったもんなぁ、彰。
遅刻して体育にいこうかどうしようか悩んでいると、ふと俺はまだ教室内に荊原が居ることに気付いた。変な女のくせに、その影は恐ろしく薄い。危うくあいつの目の前で体操着に着替えてしまうところだった。
というか、荊原といえば、そうだ。
「お前さぁ、そういえば何しに来たの?」
さすがに変な女といっても、何か用がなければ上級生のクラスに入り込みはしないだろう。断言できないのがコイツの怖いところだが。
「……」
そう聞くとすこし何かを思い出すような顔をした後、荊原は言った。
「あ……そうだ自分、生徒会長に頼まれて三篠さんを呼びにきたんスよ」
「会長に?」
「あれ、お知り合いじゃなかったんスか? すごく親しげな感じでしたけど」
「いや、友達ではあるんだけどさ」
けど分からないのは、何で俺とお前が知り合いだということを会長が知っているのか、ということだ。本当にそうは思えないのだけれど、昨日知り合ったばかりのはずだ。
最近本当にツイてない。
だから、なんとなく嫌な予感を感じてしまう。
しかし毎度のことながら、俺の憂いを少しも共有することなく、荊原は能天気――なのかどうか。こいつの表情は中学生が初めて書いた長編小説並みに読みづらいのだけど――な顔で言った。
「しかし三篠さん、ただの好青年かと思いきや意外とやるんスね」
「おお、なんかお前に褒められると格別だな。でも、何が?」
「交友関係、ですよ。随分有象無象の俗物とお知りあいなようで」
「……お前自分が友達いないからって僻んでるだろ」
「――ぜっ、全然そんなことはないっス! つーか寧ろ友達とかいらなくないスか! 居る意味あるんスか! 人生の貴重な時間を自分のために生きなくて後悔しないんスか!?」
分かりやすい奴だ。なにか小動物でも眺めてるときのような、微笑ましい気分になる。
だから、つい、世話を焼きたくなる。
「よかったら、お前も会長の所行くか? 今更教室へも帰りづらいだろうし」
ぱっと花が咲くように、荊原の表情は明るくなった。
「え――いいの?」
語尾に『ス』がつかない、素の声。初めて聞いたその声は、可憐な少女のそれだった。
微笑ましくて、つい笑いかけてしまう。
「当たり前だろ。『放課後殺人クラブ』はともかく、お前の社会復帰は手伝ってやるって言ったはずだ」
荊原は、照れくさそうに頭を掻いた。
やっぱりこいつ、普通にしてれば可愛いよなと思ったりしたのは、内緒の話だ。
○
この学園の生徒会室は、普段授業などを受ける本部校舎の中ではなく、わざわざ別に建てられた生徒会棟の中にある。生徒会というものは普通の部活みたいに、入部した奴だけが所属する組織ではなく、生徒全員が入学と同時に強制加入させられる組織だから、一般生徒でもこの生徒会棟を自由に使う権利はもちろんある。あるのだけれど、この生徒会棟にはあまり一般生徒は寄ってこず、事実上生徒会執行部メンバー専用棟になっている。
それはなぜかというと、この学園にはある伝説……というか噂があるのだ。
曰く、『生徒会には近づくな』
まぁ、ここでいう生徒会とは生徒会執行部のことなんだろう。生徒全員が生徒会に属しているという情報は広く認知されていないし、とゆうか、そういう意味での生徒会なら、近づくなも何も、遠ざかりようがない。これも『放課後殺人クラブ』のような学校の怪談の一つ、といえるだろうか。どうもこの学園にはそういうものが多い気がする。校則が厳しい反動なのだろうと俺は見ているが……。
まぁそんなわけで、そんな噂というか掟のようなものを、信心深いものは怖がり用心深いものは触らぬ神になんとやら、大多数を占める一般人はそんな奴らの様子を見て、あれ? ここ入っちゃいけないとこなのかな? と勘違いして、この生徒会棟には近づかない。荊原はそんなことを全く気にしていないようだが、こいつは友達がいないからそもそもそんな掟を知らないのだろう。かえすがえすも不憫な奴。
まぁ俺はそんなもの、生徒会棟を自分たちで独占したいと思った、昔の執行部メンバーが言い出した、一般生徒を遠ざけるための噂だと睨んでいるので、なんとも思わないけれど。
生徒会棟入り口にある木製の大きな扉を開くと、大正時代の西洋風舞踏場を思わせる、瀟洒なラウンジが目の前に広がる。いつも思うことだが、この棟を使わない学生はすごく損をしていると思う。なんというか、結婚式場としても通用するような豪華さだ。この贅沢な設備を使っても使わなくても学費は同じなんだからなぁ。
初めて生徒会棟を見たんだろう。荊原は目を丸くしてきょろきょろと辺りを見渡して、
「な、なんなんスか、これ……」
呆然と呟いた。ふふん、
「驚くのはまだ早いぞ」
珍しく一般的な反応をした荊原に、俺はなぜだか誇らしい気持ちになり先を急がせた。俺を呼び出した人物が待つであろう、生徒会棟の最奥部、生徒会長室のこれまた大きな木製ドアを開く。
そこには、
「これはもうなんというか、許せないスね」
だろ? と俺は荊原に同意して苦笑する。
もはや一国の長とかでもないかぎり使用を許されないような、一般的サラリーマンの生涯年収じゃ賄いきれない一部屋がそこにはある。ふっかふかのソファーに、壁にはめ込まれた六十インチの超大型プラズマテレビ。部屋にちりばめられた絵画はどれも名の知れた芸術家のものばかりで、部屋の中全てが滑らかにきらめいている。
一般人の常識が通用しない『変な女』荊原ゆうひでも、ここに使われたであろう生徒達の学費を思って義憤に燃えてしまう。そんな、無駄に贅の限りを尽くした部屋。
その奥で、俺をここに呼びつけた張本人が――これはいつものことだが――にやついた笑みを浮べていた。
会長は俺に目線を合わせながらおもむろに立ち上がり、歓迎を示すのだろうか、芝居がかった大げさな仕草で両腕を開いた。
そして声高に宣う。
「おぉ、そこに見えるは我が友にして、勇者の血筋を引く聖剣の担い手三篠蒼司! 我が神殿に足をお運びになられるとは、ふふふ、今日は一体全体どんなご用向きで? いやそんなまさかまさか――魔界とこの世をつなぐ幽世門が開いたのでは――」
「――ストーップ!」
会長は第一声からトップギアだった。というか、この人にはトップ以外のギアがない気がする。俺は付き合っていられないので、作った低い声で戯言を吐き続ける会長を、大きな一声を出して止めた。やれやれ、これもいつものことだが、部外者が居ると恥ずかしい。
会長はこれまた芝居じみた肩をすくめる所作で、『やれやれ』としてみせた。
「なんだ、つれないな蒼司君。いつもはノってくれるのに。毎度のことだけれど、君は女の子の前だと本当の自分を出さないね」
「ああいう中二病ごっこに興じるのが本当の俺のように言わないでください! 誤解を招くでしょう!」
荊原が人生酸いも甘いも噛み分けたクラブのママみたいな声で言った。
「……男ってみんなそう。いつまでたってもガキなんだから……」
「完全に誤解された!? ていうかお前はわかったような口を利くなぼっち女!」
今度は児童番組に出てくるお兄さんのような声で会長がはしゃぐ。
「はいはーい! 今から国語の勉強をするぞ蒼司君! 僕が言う言葉の対義語を述べてくれたたまえ、いっくぞ~」
ていうかなんなんだこの怒涛の流れは。会長は俺に有無を言わせず続ける。
「『闇』」
「うーん……『光』?」
「『無限』」
「『刹那』……かな?」
「『罪』」
「『蜜』」
俺がそう言った瞬間、会長はおもむろに立ち上がり拍手を始めた。
「はっは、ハラショー! やっぱり君は僕の同類だよ!」
「え、なんでですか!? 心外です!」
荊原がはぁ、と深く息を吐いた。
「……三篠さん、素でそれなのだったらたいした『漢』ですよ、あなた。罪の対義語に蜜と答えるのは、世界であなたと太宰治くらいです。ていうか、無限の返しもちょっと臭います」
茨原は蔑むような目線を向けてきた。それを見て会長は「よきかな、よきかな」としきりに頷きながら笑っている。いやもうこれは爆笑していると言った方が正確か。俺はなにか、とても恥ずかしくなってきた。
そんな俺の様子を見て会長は、
「ハハハ! 恥じることはないさ同志ミササンスキー。完全なリアリストなんて動物と同じさ。夢を見られるから人間は霊長なんだと、僕は思うよ。つまりなにが言いたいかって言うとイェー中二病イェー! そう、夢見がちな僕らこそ人類の最先端であり急先鋒! 明日を開く明星なのさ!」
「会長……!」
俺は何故か胸に熱くこみあげるものを感じた。落とされてから上げられるのは不覚にも心に来るものだ。
「……聖戦士ミササよ、会長とは僕の世を忍ぶ仮の名前。お互い真名で呼び合おうじゃないか」
「……ああ、そうだったな。暴竜帝ゴッドエンペラー武蔵よ」
「それ会長さんの名前なんスか……」
俺と武蔵が異世界の礼に従い呪文を唱えて挨拶をしていると――
「それで会長、三篠君をどんな用件で呼んだのですか?」
冷ややかな、第三者の声が室内に響く。
いやここにはさっきから俺、会長、荊原の三人がいるから、第四者と言ったほうが正しいか――って第三者ってのはそういう意味ではない――。いや今そんな言葉の正しさを云々している場合ではそもそもないのだ! 今がピンチで中二が俺で、気になるあの子が羞悪極まる我が恥部をその白皙の容貌に影を差しながら冷たい刀刃のような瞳の中にしかと刻んで――なんで美文調なんだ!
冷静に考えると、俺は混乱していた。いやなんで混乱しているのに冷静に考えられるんだと言われると、「ぐぅ」としか言いようがないが――って違う! ぐぅの音も出ない、というのが正しいのか。いや、言葉が正しいとか正しくないとかいう問題ではなく――うぐぅ。
俺は客観的な説明を諦めた。
あの、この人の前でだけは、かっこよくありたいってのあるじゃん? そんな人の前でさ、ちょっとひどい状態の自分を見られると、一時的に思考が加速する感覚……思春期を潜り抜けた戦士達には分かると思うんだ、うん。俺が今伝えたいのはそんな感情なんさ。
会長がさも楽しげにかんらかんらと笑いながら囃す。
「おー、織遠ちゃん! 蒼司君が君にありのままの自分もとい恥ずかしい痴態を一部始終余すことなく鑑賞されていたことを知って悶絶してるけど何かコメントよろしくー!」
「……そうですね、別に、気に病むことはありませんよ三篠君。全て――」
そう言って第四者――今日も端正な美貌に眼鏡が麗しいクールビューティ、階枝織遠女史は、俺にぎこちないながらも精一杯の笑顔を向けてくれた。
「予測の範疇ですから」
「最初から見限られていた!?」
もう駄目だと悟った俺は手じかに丈夫な綱がないか室内を見渡した。もちろん首を吊るためだ。
「ちょーちょー、何横領した会社の金二千万を競馬ですっちゃった中年男みたいな顔してんの蒼司君。わかった、やめやめ。みんなーもう蒼司君かららかうの禁止なー?」
「「はーい」」
おい今二人分の声がしたぞ。荊原はともかく階枝さんも共犯かよ。最近のいじめは傍目からは分からないようになってるって本当だったんだな。神は死んだのだ。
「そんな顔するなってー、うーん、こりゃ駄目か仕方ない。おーい織遠ちゃんちょっとー」
「はい?」
俺が分かるのは、会長と階枝さん二人でなにやらアイコンタクトをしているということだけだ。なにやら異様にぱちぱちしているがなんなのだろう。
そう思いながら眺めていると、不意に階枝さんが俺の方を向いた。
「『三篠君私……貴方はこんなところで終わる男じゃないって、信じてるから』」
普段より硬質で、冷たい声。しかしそれは酷薄には響かずなかに強い信頼を感じさせて――。
いや、
演技だとは分かっている。だけど、その俺の好みド直球の熱演は、俺のいじめにより深く凍りつかされた心を溶かし去っていった。
「「……男って単純よね……」」
ぼっち女と会長がなぜかハモっていたが気にしない。なんとでも言え。というかぼっち女は利いた風な口をきくな。お前の男データ収集元百パー父親だろ。
俺はもうなんかふっきれて言う。
「ていうかもういいですから、早く用件を言ってくださいよ。まさか俺をからかう為だけに呼び出したわけじゃないでしょう?」
「はっはー実はそのまさかなのだぜ! ……ってうそうそ! うそぴょんちゃんだから、その振り上げた拳を開いて僕と握手しようぜ!」
面倒くさいので握手してみた。なぜか指を下に向けて握手するギャングスタ流握手。
それで会長は満足したかのように、豪奢な自席に座る。
「コホンっ、オーケーじゃあそろそろ本題に入ろうじゃないか我が友よ。実はね、僕は君に事件を捜査して欲しいんだ。君が第一発見者になったという、あの事件をね」
あの事件、と言われて迷うはずもない。殴られて、紫色に顔を腫れあげた死体、謎のメッセージ、そして俺のバイクが没収された原因であるところのあの事件だ。
しかし、それは分かるが、
「何で俺が事件を捜査しなくちゃならないんです?」
当然の疑問だろう。俺は名探偵ではない。とゆうか探偵でもない。頭脳は子供、体も(何処とは言わないが)まだちょっと子供のただの学生だ。実は昔高校生探偵として有名だったり、じっちゃんが名探偵だったりもしない。めだって頭がキレる訳でもないし、荊原みたいにこの事件と関わる因縁があるわけでもない。
「俺以外に適任の奴が腐るほどいるでしょう。てゆうか会長、アンタがやれ」
恐らくこの学園一の暇人だろう。今だって授業中なのに当然のようにいるし。
「ハッハーまぁ僕も協力くらいはするつもりだけどねー。しかし君は自己評価が低すぎるぞ蒼司君。この事件を解決するのに、君以上の探偵はまず考えられないくらいだよ。これはプロを雇うことも含めて考えたうえでね」
「……そんなおだてられたって、木に登る俺じゃありませんよ」
「うん、謙遜は美徳だけどねーってその顔は本当に信じてない? しょうがないなぁ」
再び会長は階枝さんとぱちぱちとアイコンタクトをする。この二人はこれだけで一体どれだけの情報量を伝えているのだろう。
通信が終わったのだろうか、階枝さんが、その冷たく澄んだ瞳を会長から俺に転じる。
「『僕が言っても胡散臭く感じるだろうし、どうせ褒められるなら織遠ちゃんからのほうがいいでしょう』ということで、会長から説明の任を私が引き継がせて頂きます」
すごいなアイコンタクト! 四十五文字も伝えたぞ!?
しかしそれはともかく、会長も粋な計らいをするものだった。いつもからかわれるが、こういうところがあるから憎めない。階枝さんは小さく咳払いを一つして、説明を始めた。
「いいですか? まず、三篠君が第一発見者であることが、探偵として推挙した理由として挙げられます。なぜならば、警察が事件としての捜査を止め、情報を開示することがなくなった今、その当時の現場状況を知るのが三篠君ただ一人であると言うこと。正確な情報無くしては、どんな名探偵も事件を解決することはできません」
それは最もだと思う。しかし、
「でもそれなら、俺がその名探偵に余さず自分の知っていることを喋ればいいんじゃない?」
それで俺の優位性は消える。現に、荊原にはもう俺が知っている全てを話している。
「なるほど確かに。ですが、それだけではありません。君が第一発見者になったことには、何か意味があるのかもしれないと私は考えているのです」
「ん……と、いうと?」
残念ながら理解が及ばなかった。つくづく探偵には向いてない頭脳だ。しかし階枝さんは表情を曇らせることなく、説明を続けてくれた。
「死体は、学校裏の公園の奥に、無造作に捨てられていたのです。あの公園は、公園とは名ばかりの雑木林ですよね。うちの学園生が使うことは滅多にないし、近隣住民からはどうも、あれを学校の施設だと勘違いしている人が多くて、散歩などに使う人もほぼ居ません。公園なら、近所にもっといいのがありますしね」
ですから――階枝さんは強調するように、声を落とした。
「……中途半端、なんです。隠すならもっと埋めるなりなんなりの努力をするべきですし、発見して欲しいならせめて公園のもっと手前に置かないと、誰にも見つけてもらえない可能性がある。一見意味の分からない行動ですが、しかしそこに三篠蒼司という要素を絡めると、一つだけ理に叶う解釈をすることができるのです。すなわち、犯人は三篠君にあえて発見させる為にあそこに死体を置いたという解釈です」
「俺に……ですか?」
「そうです。三篠君があそこに毎朝バイクを隠してから登校するというのは、君の知人であれば当然のように知っている情報。だから、そういう可能性も考えられます」
そんな、だとしたら犯人は俺に近しい人ということか。俺の脳裏に、友人達の顔が浮かぶ。
普段の明るい仮面を外して、冷たく俺を嘲笑う顔、顔、顔。
いや……。
「いや、そんなはずはないですよ」
一瞬でも友人を疑ってしまったことに対して、自己嫌悪する。俺の近くに、人を殺してあまつさえそれを見せ付けるような悪党はいない。いるわけがない、と断言できる。
今まで説明を階枝さんに任せていた会長が口を開いた。
「うん、君は眩しいね。それだけ純粋に友人達を信じられること、僕はそれに対して憧れに近い感情を抱いてしまったよ。ただ、君は理解できないだろうが理解すべきだ。そんな眩しい君だからこそ、みんな最上等の仮面で君と接するということを」
「皆俺の前では嘘を吐いてるってことですか」
「ああ、君が女の子の前でクールぶるようにね」
こんなときに茶化さないでくださいと、俺は怒ろうとも思ったのだが、なぜか会長は寂しそうな顔をしていたのでできなかった。
「まぁ織遠ちゃんには悪いのだけれど、僕自身は今回の事件で君の周囲に犯人がいるとはあまり思ってないよ。無視できない可能性であることは認めるけどね。僕はそれも含めて、君の総合力に期待しているのさ。唯一事件現場をその目で見た人間であること。人脈が広く、情報収集が容易に行えること。しかも君は、危なくなったら諏訪君に守ってもらえるしね。ミイラ取りがミイラになる確率も低い。君が最適任だよ、探偵としてはね」
「それはまぁ……なんかありがとうございます。でも――」
俺の表情を読んで、会長が言葉をかぶせてくる。
「――ああ勿論、タダとは言わないさ! 報酬として、学園のなかでの便宜ならなんだって図ってあげよう! さぁ君は何を望む? クラス分けのズルかい成績表改竄かい? 指定校推薦枠を奪い取ってくることもできるよ!」
うぉ、なんて魅力的な。やはり会長には俺という人間を余さず把握されている。来年は階枝さんと同じクラスになりたいし成績は芳しくないし勉強しないで大学はいりたい!
でも、
「本当にそんなことできるんですか? 会長?」
怪しい。生徒会長といえど独裁者じゃないのだ。精々一般生徒に毛が生えたくらいの権力しか持ってないはずだが……会長は胸を張る。
「できるさ! 会長としては無理だけれど、学園創設者直系子孫の力を使えば造作もない! それが証拠に、僕は入学試験抜きでこの学園に入っているんだぜ!!!」
うわぁ、なんというダメ人間であろうか。そんなエクスクラメーションマーク(!)を付けて発表できることではないと思う。
俺は心底軽蔑しきったという目で会長を睨んで、
「おお蒼司君、やってくれるね!」
なんでこの表情でそんな結論になるんですか。そんなわけないでしょう。あなたには失望しました――
と、
確かに言おうと思っていたのだが。
「必ずや期待に応えて見せましょう! ……ってあれ?」
口は思ったように動かず、造反した右手は会長としっかり握手を交わしていた。指を下に向けた、ギャングスタ流シェイクハンドで。
○
「最低ですね三篠さん」
生徒会棟からの帰り道、蔑んだような目で俺を睨みながら、荊原は言った。
「ばか、お前、最低はいいすぎだろ。いって中の下だろあれは」
大体だな、と俺は付け加える。
「俺は会長のご褒美にだけ釣られてこの件を受けたわけじゃない。この事件を解決すれば、彰がお前に課していた『力を示す』っていう難題も一緒に片付くな~なんて考えがちらりと頭をよぎったから、受けたんだぞ」
荊原はえっ、と目を丸くする。驚いていた。
「……あれ、もしかして冗談じゃないんですか?」
一瞬、立ち眩みがして、体がふらふらとよろめく。
「大丈夫ですか三篠さん。ハンチントン舞踏病ですか?」
「んな奇病にかかってるわけあるかこの馬鹿! ――ってぇかお前今迄冗談だと思ってたのかよ! 彼は一度口に出したらたとえ神が止めようと実行に移す男だよ悪鬼羅刹だよ! もし力を示せなければお前の貞操はハリウッド大作なみのスケールで蹂躙されるよ全米とお前の親御さんが泣くよ!」
はぁはぁ。あまりの平和ボケ振りに熱くなって息が上がってしまった。これだから戦争を知らない子供たちは困る。しかし熱弁には多少なりとも効果があったようで、荊原はただでさえ白い顔を一層白くしていた。戦慄ファンデーションと俺は名付ける。
「あわあわ……でも……あれスよね。処女膜って人間とモグラにしかないらしいですし、別に無くてもよくないスか。つーかある意味あるんすか? RPGで言えばやくそうぐらいの価値じゃないんですか?」
――全くこいつは! 瞬間湯沸かし器並の速度でまた俺は熱くなる。
「ばか! お前一度捨てたら二度と手にはいらない上に店じゃ売ってないんだぞ! ラストエリクサーくらいの価値はあるぞ!」
青い顔で虚勢を張る荊原も、この一言でさすがに折れたらしい。店売りじゃない消費アイテムってほんと使いづらいよな。
「ど、どげんしよう」
「お前実はまだ余裕あるだろ」
「い、いやそんなことはないス。放課後殺人クラブを捕まえるのはいいとしても、一週間以内というのはキューバ危機の最中に大統領がネトゲにハマるくらいやばいです」
その時代にそんなものはないだろ、とツッコもうと思ったが、そんな例えが浮かんでしまうくらいヤバイということか。理解した。
「自分は――そもそも入学以来ずっと放課後殺人クラブについて調べているんです。ここにきてまた動き出したとはいえ、一週間は現実的じゃないス。朝起きたら空が緑色になってるくらい現実的じゃないス」
「とりあえず落ち着け」
混乱してさっきから変な例えを連発している荊原に、俺はできるだけ安心できるような声色をつくって言う。
「実はな――そう心配する事もない。もしもの時は、俺に名探偵の知り合いがいるからな」
そう、実を言うと、俺は知っているのだ。
前人未到、完全無欠、天上天下に比することのない、活殺自在の絶対解答者。どんな難事件であっても、適切な情報さえあればカップラーメンができるより早く真実を見つける。まるでチートの権化のような、文字通りの名探偵を。
……ただ。
できれば、それが許されるうちは。
「だから変に気負わず、一週間は二人で頑張ろうぜ。一人じゃだめでも、案外二人ならなんとかなるかもしれない」
荊原は――少しだけ表情を緩めて、俺を見た。
「――ですね。三篠さん、よろしくお願いします」
――でも一つだけいいですか、と断って、荊原は続ける。
「なんで今すぐ、その名探偵さんに依頼しないんスか? 自分は正直、この手で殺人クラブを捕まえたいというのがありますが、三篠さんにそういうこだわりはないでしょう」
俺は苦笑して答えた。
「あるんだな、それが」
こだわり、というか意地というか。それは荊原のように格好良くはないものだけれど。
「嫌いなんだ。機械仕掛けの神ってさ」
キザいなぁ、俺。繰り返すが、自覚はあるのだった。
つづく。
長い! 驚きの長さ! こんな長いものを御読了いただきありがとうございます!
感想とかくれてもいいのよ!