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一月二十五日 死者からのメール

 一月二十五日

 


 アマツに慰めてもらったものの、情けない話まだ復調とは行かなかった俺は、しばらく学校を休んだ。けれど途中で、学校を休んだところでどうにかなるものではないことに気づき、普通に学校へ行くことに決めた。多分この痛みは、どこかで劇的に何かが起こってどうにかなるものではなく、決して癒えず、一生付き合っていかなければならないものなんだろう。情けない姿を晒していては、荊原にも、アマツにも悪い。

 久しぶりに登校してみると、学内はある不思議な噂で持ちきりだった。

 いや、噂というのは少し違うか。なにせ、それを実際に体験した奴の数は、学園生の半数に上る。噂よりも、もっと現実的な……そう、怪奇現象などと言うのが、近いのかもしれない。

 それは、死者からメールが届くという怪奇現象だった。

 概要は、こうだ。

 毎日午前三時きっかり、死者から恨みが込められたメールが送られてくる。届かない奴には一通も届かないが、一度でもそのメールが届いた奴には、たとえアドレスを変えようと届き続けるという。携帯を解約しても、パソコンの方に届いたという話もあった。結構本気で怖がっている人も多いようだ。

 しかしもちろん、そんなのはただの怪談だと当初俺は鼻で笑った。ありえないことだ。ふふん、高校生にもなってチミたちは恥ずかしくないのかね、とも言った。

 でも、ほんの少し。

 ほんの少しだけ気になったから、俺もあの日以来電源を落としていた携帯を、久しぶりに起動させ、どれ、俺にもその『死者からのメール』が届いてないかな、とメール受信フォルダを開いてみた。すると、

 危うく、心臓が止まるところだった。

 ついさっき鼻で笑ったばかりなのに滅茶苦茶格好悪いが、でもこれは、仕方ない。

 念のため、自分も届いたと言う級友に、そのメールを見せてもらい確認する。うん、やはり、このアドレスは。

 荊原の、ものだ。

 この死者からのメールは間違いなく、荊原ゆうひが生前使っていたアドレスから送られてきていた。

 しかし、死者からのメールは荊原だけのアドレスから送られてきているのではなかった。他にも二つの謎のアドレスから、同様の恨みが込められたメールが送られてきている。二件……これはまさか、

「そう、そのまさかなんですよ。残りの二件は、中尾冬馬、矢代環のアドレスから送られてきています」

 授業の合間の休み時間、二階の廊下で階枝さんを捕まえて聞いて見たところ、彼女はそう言った。どうでもいいが、今日は冷静なモードらしい。

「これを死者からのメールだと信じ込んでいる人たちは、何の根拠もなくただそう信じているわけじゃありません。死んだ本人のアドレスから送られてくるメールだからこそ、怖がっているのです」

 ふむ、なるほどな。荊原のはともかく、中尾君とエリュシオンのアドレスを知ってる奴はゼロというわけではなかったろうし、これが適当な迷惑メールやチェーンメールではなく、紛れもない『死者からの』メールであることは、すぐ知れ渡っただろう。死んだと聞いた人間から突然メールが来れば、そりゃ当然驚く。事実さっき俺も心臓止まりかけた。そんなショックな出来事はそのまま自分の胸のうちにだけしまっておけるものじゃない。怖いから誰かに話してみたところ、お、そんなメール俺の所にも来てたぞ、となって爆発的に話が広まっていったのは当然と言えるだろう。でも……

「アドレス偽装してメール送るなんて、すこし詳しい奴なら普通にできるんじゃないですか? 例えば階枝さんなら、このくらいお茶の子さいさいでしょう?」

「え、無理無理! 無理ですよ、私なんかじゃ!」

 階枝さんは両手をぱたぱたと振って否定する。かわいいけど、これも演技だと思うと萎えてしまう繊細な男心。ていうかあれ? この間ハッキングとかクラッキングとか得意気に話してなかったっけ? よくわからないけど、そういうのとこのアドレス偽装は違う分野の話なのかな。

 いやでも、俺が中学生の時、確かそういうアドレス偽装結構流行ってたし、階枝さんにできなくてもできるやつは必ずいるはずだ。思い出したくもないが、俺もそれで一杯とは言わず二杯くらい喰わされた覚えがある。確かその時は、そういうことができるサイトかなんか、あったんだっけ。

 まぁ手段はどうでもいい。そんなことに俺の興味はない。

 気になるのは、誰がやったか。

 中尾君やエリュシオン……そして荊原の名を騙った、恐ろしく不謹慎で低俗で趣味の悪い、悪ふざけ。このメールを出している奴だけは、どうしても許せそうにない。

「で、階枝さんはこの悪ふざけの犯人、どう見てます?」

 こんな流行り物に会長が食いつかないはずはない。大方俺がいなかったから、階枝さん当たりに捜査を頼んだろうと思って、質問してみた。

 しかし階枝さんは、思案顔で、

「悪ふざけ……ですか」

 と、ポツリと漏らした。

 “悪ふざけ”そこに引っかかる要素なんてどこにもないように、俺には思えるのだけど。

意を決してそのことを聞いてみる。すると、

「私も……今回の事件、単なる悪ふざけだと思っていました。つい、さっきまでは」

「ついさっき?」

「ええ、三篠君。さっきの貴方のお話を聞いて、私の推理は根本から崩れました」

 え?

 俺!?

 俺は、階枝さんの推理を覆してしまうような、そんな大層なことを言っただろうか。全く心当たりがないのだった。

「いいですか? 中尾冬馬と矢代環、この二つのアドレスが正真正銘本人達が使っていたものだということは、裏づけが取れていました。だけれど、これは知ってる人もいるだろうし、三篠君が言う通りアドレス偽装なんてものは――私にはできませんが――簡単にできます。だから、ここまでは私も、この事件はどこかの誰かがやっている『悪ふざけ』だと思っていました。犯人は中尾冬馬と矢代環のアドレスを知っている人物、と目星をつける事もできていました。けれど、」

 階枝さんが、俺と目線を合わせる。

「三篠君が、流通していた三つ目の謎のアドレス。これを正真正銘荊原さんのものであると証明してしまいましたから、全てはご破算になってしまいました」

「え――?」

 なんでそれで、ご破算になってしまうのだろう。俺は少し恥ずかしいながらも、正直によく分からないことを告げてみた。階枝さんは、アマツとは違い、すいません分かりにくかったですね――と恐縮なことを言ってくれた。いや本当にいい人ですよこの人。これが演技だとしても、もう騙されてしまいたいなぁ。

 しかしそう思ったのも束の間。階枝さんは、次の瞬間とても失礼なことを言った。

「あの……ですね。荊原さんのメールアドレスなんて、三篠君しか知らないんですよ」

 ん!? んぅ、まぁ、そっスね……。アイツ、この時期になってもクラスメイトにすら存在を認識されてなかったくらいだからな……ってなんで突然死者に鞭打ってんだろこの人。

「いいですか? いくら偽装ができても、元のアドレスを知らなければ意味がありません。私はてっきり、三つ目のアドレスは適当なダミーだと思っていたんですが、まさかこれも本人のものとは……。これで、私はこの事件がただの『悪ふざけ』であるのか、それとも『怪奇現象』であるのか、分からなくなってしまったんです」

 ふむ。なるほど。ようやく理解が追いついた。

 アドレスが偽装できるのはいいとして、勝手に他人のアドレスを抜くのなんて、そんなことはできない。そんな奇跡のツールがあったら、大好きなあの子のアドレスを聞きたいけど聞けないという世界三十億の男達が抱えるあの業病を淘汰した業績で、ノーベル医学賞が与えられてしまう。

 つまり、この悪ふざけはありえないことなんだ。

 それが本当に、『死者からの』ものでない限りは。

 全く、荊原が空前絶後のぼっちだったせいで、単なる悪ふざけがこんなにも難解な事件になってしまうだなんて、冗談みたいな話だ。

 けれど笑うべきところなのに、俺の頬は引き攣っていた。

 俺にとっては全く『冗談じゃない』



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