1月18 続昼 その幻想を破壊する
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一晩経って、冷静さを取り戻した俺はそんなことをアマツに語ってみたんだ。
そしたら、
「……」
うぉ、なんかすごい目で見られた。呆れているような、蔑んでいるような、それは特殊な業界では至上のご褒美になるはずの視線だった。
たっぷり五分は睨みつけた後、溜息とともにアマツの口は開かれた。
「……まぁ、言葉に出せるようになったというのは大きな進歩ね。言葉にできない心の傷が、精神病として現れてくるのだという話を聞いたことがあるわ。ふむ。精神病棟の予約をキャンセルしておきましょうか」
「こんなときだけ手回しがいいな、オイ!」
ていうかまずは心療内科とかにしてくれ。なんでいきなり精神病院送りだよ。
「ていうかアレよねぇ……お前、全然厨二病完治してないわよねぇ……」
「おいアマツ止めろよ。俺は俺なりに真剣に話したんだぜ? ちょっと真面目な話を入れるとすぐ厨二病扱いされるこの風潮、ファックだね」
「ねぇ、聞きなさいよ蒼司。いくらタウンページめくっても、厨二病特別外来がある病院が載ってないのよ。すぐ予約しなきゃいけないのに、参ったわね」
「俺は厨二病なんかじゃないっ!」
「いいえ、厨二病よ」
アマツは、真剣な目で俺を射るように見る。
「しかも死に際の、末期患者ね、お前は」
「はっ!」
俺はいつものようにつっこむ。
「厨二病に末期も初期もあるか! 大体、厨二病じゃ人は死なないだろ」
「死ぬわよ」
「ふざけてるん……だよな?」
アマツは、いつものように人を小馬鹿にした薄ら笑いをしていない。俺には分かる。これは本気モードの表情だ。俺は場の空気が読めなくて、少し不安になった。冗談じゃ……ないのか?
アマツは、空気を切り裂く冷たい言葉で語りだす。
「それが絶望に通じるなら、どんな病だって死に至る。蒼司、お前の思想は危険すぎるわ。全て運命を受け入れて、強かに生きる。そうお前は言うけれど、しかしそれは強かなんじゃない。それはただの諦め。この世界を全てが決まりきったものと断じるなら、最早そこに自分が生きている意味は無くなる。その生き方は、絶望の果ての死。そんな救えない終着点にしか繋がっていないわ」
いい――? とアマツは続ける。
「私が言えることは一つだけ。ただ、あがきなさい。結果なんて知らない。保証なんてあるわけない。もしかしたらお前の言うとおり、全ては決定されているのかもしれない。ただ、それでも生物が生きる意味と言うのはただ『あがく』ことだわ。生きているなら動きなさい、掴みなさい、喰らいなさい、考えなさい、話しなさい。生きているというのはそういうことよ。つまりお前の思想は無価値。それを本気で信じているなら、もはや生きている必要はないわ。死こそお前の思想の体現。なら、なんで生きているの、お前。可及的速やかに死ね」
「……ひでーこと言いやがる」
ボッコボコに論破された。なんで生きてるのとか言われた。というか最後なんのオブラートにも包まず『死ね』と言われた。しかも可及的速やかになんて副詞までついていた。
ひどいなぁ。
ただ、なんでだろう。
いま少し、アマツに感謝したい気分だ。
「デレは?」
俺はアマツに注文する。
「お前ツンツンしてばっかりで、肝心のデレないんだけど。そんなんじゃこの業界でやってけないけど、お前それでいいの?」
アマツは――
「は、馬鹿を言わないで。私をそんじょそこらの量産型萌え記号どもと一緒にしてもらっては困るわ」
アマツは、いつもの表情に戻っている。人を嗤うような、ニヒルな微笑。
「ただまぁ、お前が死んだらいよいよ私の正気がやばいかもしれないということは、付言しておくわ」
「えーそれデレなんすか」
極薄だった。お前のデレはケチで有名な森里君の家に遊びに言った時に飲んだカルピスより薄いな。とツッコもうとしたが、出されたものにケチつけるのもあれなんで、喉元で抑えた。
まぁこれもこいつなりの照れ隠しなんだろうけど。こういう時ぐらい、ベタベタでも本心でぶつかって欲しいものだ……って。
そこで気づいた。
どの口が言うのか――ということに。
自分のことは、自分では確かによくわからないものだ。俺も今正に、わざとふざけて、照れ隠しをしているじゃないか。『こういう時ぐらい、ベタベタでも本心でぶつかって欲しいものだ』。自分の思考が、ブーメランのように返って来る。そういえば、昨夜からアマツには世話になりっぱなしだし、俺も素直にならないといけないかなぁ。
――よし!
俺は意を決し、無防備なアマツに抱きついた。思えば恥ずかしがることもない。昔はよくやっていたものだ。そう、今だけは十数年前の俺に戻る。あのころの純真さで、感謝しよう。
「本当にありがとう。やっぱり、僕、お姉ぇちゃん大好きだ」
二章すがるヨスガ、天のアマツ 終




