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1月18日 未明 言葉を失った夜

 一月十八日 未明





「ん? よく見たら蒼司じゃない。帰ってきたら部屋の隅に人影が見えるなんて、さすがの私も一瞬心拍数上がったわよ。遂に幽霊でも見えるようになったのかとわくわくしちゃったじゃない」

 ……。

「それにしても電気もつけないで、お前はアレなの? 私が使った分の電気代をいちいち払わせるようなせせこましい女だとでも思っているの? それとも節電への意欲を示してでんこちゃんの気でも惹こうとしているの? ……なぁにお前、今日はやけに無口じゃない。それに、なんだってこんなにびしょびしょなの? 今日は雨なんて降ってないでしょうに」

 ……。

「ふ……、なるほどね。柄にもなくに落ち込んでいるってわけ。じゃあ電気はつけないでおいてあげましょう。その方がそれっぽいし。ああでも、服は脱いでおきなさい。もう慣れていてそんなに冷たく感じないでしょうけど、これから気化熱で体温を奪われることを忘れてはいけないわ。最悪、死んでしまうわよ」

 ……。

 それもいい。

「脱がないなら脱がせるわよ。そーれすっぽんぽーん! ってはぁ、虚しいわね。しっかし、ひどい濡れ方じゃない。それに、なぁにこの匂い……潮……ね。お前、この時期の海に飛び込むなんて、かなりハイセンスな遊びをしているじゃない。ヤーさんの事務所が入ってるビルでロシアンピンポンダッシュのほうが、まだ生き残れる可能性高いわよ。こういう遊びは、若いうちだけにしておきなさい。さぁ、下も脱ぎなさい。脱がないなら問答無用で剥くわよ」

 ……。

「……こいつ、結局全部脱がされても声一つ挙げない……。つまらない、つまらないわ。全く、今回はひどくやられたみたいねぇ。これは、四年前の全日本カート以来?」

 ……。

「ふ……あの時お前は、言ったわよね。『僕は凡人だ。今日から僕はその運命を受け入れることにする』って。賢明な判断だったと思っていたのだけれど。多くを望まなければ多くを失わない。大海を知らなければ蛙は幸せ。事実、あれ以来お前は挫折しなかった。そのお前が、どうしたことなの、これは。今のお前は、まるで大切にしていたものを失ったように見えるわよ、蒼司? そんなものを持たないようにするというのが、お前の人生哲学じゃなかったの?」

 ……俺は、

「ふ……、そんな顔をしなくてもいいわ。言葉はただ言葉。それに感じ方を縛るだけの拘束力なんてない。どう生きようと思っても、生きられるようにしか生きられないものよ。私はお前に失望なんてしていないわよ、蒼司。正直に言えば、逆に安心したくらい。拘りを捨てたお前には、爆発的に友達ができたから、私との同盟なんて、もう形骸化したと思っていたわ」

 ……、同盟。

「悲しい時、お互いがをお互いを慰める、相互補完同盟」

 ああ、そういえば。

 そんなことも、あったな。

「天才でも凡人でも、人間は平等に一人では生きてゆけない。なら、生きていくための最低の単位として、二人で同盟を作ろうと言い出したのは、確かお前からだったわね。ふふ、今思えばとんだマセガキ……いえ中二病だけれど、当時は嬉しかったものね。……よいしょっと」

 しゅるりと、衣服を脱ぐ音。

 お互い一糸を纏わぬ姿で、俺とアマツは対峙する。

「悪いけど、エアコン何て文明の利器はないの。だから、原始以来の伝統的方法で我慢しなさい……なんて。ふ……、全てを曝け出しておいて、今更格好をつけるのも無粋ね。今だけは夢幻のことと思って正直になってあげましょう。――本当に悲しいとき頼ってくれるのがまだ私で、嬉しいわよ、そうちゃん」

 しなだれかかってくる、柔らかく、そして温かい体。

 その温かさで、凍りついた体が溶けてゆくような。

 いや、もう考えるのはよそう。

 今はただ、何も考えず、この温かさに甘えたい。

 ……………………。

 …………。

 ……。



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