1月17日 4 うる西園寺
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いつしか日は傾いて、体は氷のように冷たくなっていた。体が冷えて、頭も少し冷静になったのだろうか。よく考えてみると、人ん家の前でずっと立ちすくんでるのって、滅茶苦茶怪しくないだろうか、と思い始めてきた。
しかも一人で。
しかも男が。
嫌な予感がしていた。これはもう既に関係当局に通報されていてもおかしくないな……。
まぁ部屋の前で立ってなくても、このアパートの入り口が見えてればいいわけだし、移動するか。
そう思いたって、一心不乱に見下ろしていた中央広場から三時間ぶりくらいに目線を動かすと、
女子中学生がこちらを見ていた。
渡り廊下の先、十メートルくらい離れたところから、めっちゃ見ていた。
いつから見られていたのだろうか、案の定、怪しまれている。俺の中で通報→投獄→処刑のイメージ映像がめくるめくように展開した。
……やばい!
危機に瀕した俺の頭脳は、きりきりと音を上げて全力回転を始めた。どうしよう。こういう時って、自分から弁解した方がいいのだろうか。「いやいや僕怪しいものじゃなくてですねはははー!」って感じに。いやこれ逆に怪しい気がするぞ。どことなくセリフが会長っぽいのが原因だろうか。だったら見なかったことにするか? なんにも言わずさりげなく横を通りすぎて逃げる? 駄目だ、余計警戒させてしまう。あー、こういうときタバコとか吸ってると様になるのになぁ。なんか黙って立ちすくんでてもハードボイルドって感じ。まぁ制服でそんなことやってると普通に補導されちゃうけど。
「にゃははは! あのぉ~?」
「近っ!」
対応策を思案しているうちに、女子中学生は俺に近づき、あまつさえ話しかけてきた。普通女子中学生が見ず知らずの人に話しかけたりしないだろうし、これは怪しまれている! 怪しい人には寧ろ積極的に声を掛けて『お前の顔覚えたけぇのぉ』というアピールをすることによって犯罪抑止に効果があるとかなんとか! とりあえず黙っていてはダメだ、何か、言わないと!
俺は極力、怪しくない風を装って、
「何ネ私、怪しい者ちがうアル!」
「はにゃ? そうなんですかぁ? だったらなんで速習で日本語を覚えた華僑みたいな喋り方なんですぅ?」
しまった! 混乱し過ぎて怪しくない言動リストからじゃなくて怪しい言動リストからセリフを選んでしまった! ていうかコイツ語尾に「にゃ」とか「ですぅ」とかあざといな。 そしてそんな九十年代の美少女ゲームのヒロインかと思えるくらいあざといキャラしてるくせに、やけにツッコミが的確だ!
「あざとい」
「えっ」
俺は口に出した覚えはないのに、中学生は俺の心を読んだ様な発言をした。そしてそのまま、なぜか猫がゴマをするようにべたべたと擦り寄ってきた。
それは全く脈絡もなく唐突に、
「ふにゅうう、お兄ちゃん、葉音はお兄ちゃんに一目惚れしちゃったみたいなのだぜ! えへっ!」
「あざとっ!」
この女子中学生はそこそこの美少女ではあるのだが、萌えというより戦慄した。戦慄し過ぎて素直な感想を声に出してしまった。どうやら俺はメイド喫茶とかを素直に楽しめるタイプではないらしい。
しかし中学生は別段気落ちした風もなく、ハイテンションのまま、
「やっぱり! こういう路線は嫌いなんですね先輩! 今時珍しいお方!」
「いやお前みたいなあざといキャラの時代は二十世紀とともに終了してるから。今は多少人間味ないとダメな風潮だよ」
「でも私のこれは全部演技ですよ!?」
「人間味ありすぎる!」
断言してやる。そんなキャラが来る時代は未来永劫ねぇよ!
「ていうか先輩、ゆうひさんに何か用なんですか!? いえあの人に友達なんて考えられないし、いや失礼、これは別に悪口と言うわけじゃないんですよ!? 寧ろ個として確立しててステキ! きゃー! 的な羨望も多少入ってはいなくはないんですが、うーん、どうしても私は他人からチヤホヤされるのが大好きな人間なもので、相容れないなぁとは感じているんですよね! だから先輩は特に知りもしない女子高生の部屋に突撃しちゃう情熱的なお方なのかなぁとお見受けしてるわけですが、どうなんです? いや別にそれが悪いと言ってるんじゃないんですよ!? そういう後先考えない直情的行動ができるって若さゆえの美徳だと思いますし、女子って基本そういう強引さを求めている節もありますし、最近草食系なんてのが流行ってますが、私としてはそんなのより先輩の猪突猛進さを買いたいな、と思ってるわけで! まぁただいきなり家っていうのも危ない人だなぁと思わなくもないですが、この人とは別れ際こじれそうだなぁと正直思ったことは告白しなければいけませんが、そういうところちょっとアブってる……あ、これ私が考えた造語なんですが、アブノーマルの略で、ちょっと変態っぽいなっていうひとを形容するときにアイツ、アブってね? みたいに使って下さい、無断使用歓迎! 繰り返す、無断使用歓迎! ところで先輩、いや変態!」
「ていっ!」
「あがぁっ!」
俺は壊れたレイディオみたいにひたすら喋り続ける女子中学生を、頭頂部に強めのチョップをすることで止め、た。そして、
「誰が変態やねん!」
とツッコんでみた。いや、ツッコむべきところはもっとあるはずなのだが、あまりのマシンガン長台詞に最初の方とか忘れていた。というか、
「お前どんだけ一人で喋るんだよ!」
これだ。一番のツッコミどころ。普通会話はラリーで展開して行くものなのに、コイツは一人で鬼のように壁打ちしているのだ。会話がスカッシュとかどういうことだ。
女子中学生は口をへの字に曲げて憤慨した。
「それにしても、ぶつことないじゃないですか!」
「ああごめん、でもこうしないと止まらない気がしてな」
ほっといたらどこまで続くのか見て見たい気もするが、地球の森林資源が無くなるまで喋り続けたらどうしよう。
「というか君、荊原と知り合いなの?」
「はいっ!」
「あら珍しい」
というかいたんだな。俺達以外の荊原の知り合い。類が友を呼んだのは間違いない。
まぁそれはそれとして、今荊原の知り合いに出会えたのは素直に有難い。俺は頭を切り替えて、中学生に向かった。
「君……葉音ちゃんとか言ったか。荊原とはどういう知り合いなんだ?」
「あーこれですよぉ」
ビシリと、葉音ちゃんは荊原の部屋の隣にある部屋、その表札を指差す。『西園寺』と書かれているが。
「ここ、君の家なの?」
「はいっ! 西園寺葉音です、以後おみ知りおきをっ!」
葉音ちゃんは、そう脳に響く甲高い声で自己紹介をした。ていうかこの子『!』多用する上にマシンガントークでやかましいことこの上ない。俺は心の中で「うる西園寺」とあだ名をつけた。
「うちのお母さん世話焼きでして、よくゆうひさんを夕飯に招待してるんですよ! ご近所のよしみ~、とか言って! 実はアレ若い女の子が大好きなだけなんですけどね! あ、そういえば最近ゆうひさん、家に帰ってきてないみたいってお母さんがっくししてましたがどうかしたんですか!? もしやお母さんのセクハラに耐えかねて実家帰っちゃったとかですか!? あちゃー、だからあんなドレス着せて外出すなんて私反対だったのになぁー、うー、うちの母何年くらいぶち込まれちゃいますかね? あーやだなー性犯罪者の娘という肩書きー、さすがにこれはイジメられますよいくら私が萌えキャラと言えども、いや、萌えキャラだからこそ! 普段から男子の人気を独り占めしている私を蹴落としたがってる女子はいくらでもいる! 男もつらいだろうけど女も辛いよ! 女のイジメは陰湿だよ! お、そこへ行くとあなたは高等部の先輩であらせられる! ここは一つ哀れな私めを守っては下さらぬか! なーに噂に高い三篠先輩ならば、鶴の一声でイジメなんて止まっちまいまさぁ! ねぇ、助けてくれればいい感じの妹分がごろごろにゃーんって先輩を慕いそして崇め奉っ」
「でぇいっ!」
「ぶべらっ!」
俺は際限なく話し続ける西園寺を止めるために、延髄にハイキックをかました。西園寺は衝撃で汚い床に倒れこんだが、不思議と罪悪感はない。
寝転んだまま顔だけ上げて、西園寺は唸った。
「何するんですか先輩! 人によっては一生味わうことのないほどのダメージですよ!」
「ああ、悪い。なりふり構ってられなくてな」
俺は西園寺に手を貸しながら、気になった点を質問する。
「荊原が最近家に帰ってないって、本当か?」
「うぇ? は、はい」
「そうか……」
これは、もう逃げられない。認めなくちゃいけない。荊原は、今確実に何か異常事態に巻き込まれているということを。
「あと、それともう一つ」
俺は西園寺の服についた汚れをを払ってやりながら、聞いた。
「何で君は、俺の名前を知ってたんだ?」
名乗った覚えはない。彰なら有名だからまだ分かるが、なぜ西園寺は俺の名前を知っていたのか。
「なんでって……」
西園寺は怪訝な顔で俺を見る。
「有名人じゃないですか、先輩」
「えぇ?」
俺が?
「この間も、警察がサジを投げた殺人事件を解決したとか! ネットじゃ学園が誇る天才って有名ですよ?」
何たる事実無根。警察がサジを投げた事件で骨を折りかけたのは事実だけれど。しかし……ネット? それはまさか、
「学校裏サイトで、俺の話題が出てるってことか?」
西園寺は、呆れた顔をする。
「はぁ、裏サイト……また偏見に満ちた呼称を使いますね……っていうのはおいといて、その質問に対する私の答えは“いえす”です。サイト管理人が三篠さんのファンらしくて、個人を名指しした発言とかスレは即消去されるのが決まりなんですけど、三篠さんのだけは消えないんですよね。それでいて三篠さんの悪口はすぐ消えるし、なんか特別扱いって感じで! そんなわけでサイトユーザーからしたら、三篠さんは有名なんですよね! 私も負けてられないから女の武器有効活用して一躍時の人に……ひっ!」
蹴り足を構えると、西園寺は止まった。どうやら体に教え込むことに成功したらしい。
しかし、なんで俺がネットなんかで有名なんだ。殺人事件を解決したとか天才だとか、色々脚色入ってるみたいだし……、一体誰が、何の目的でそんなことを。
いや、今はそんなことどうでもいい。
今は荊原を見つけることだけを考えるんだ。
「ありがとう西園寺、色々助かった」
「うっ、えっ! さっきまで葉音ちゃん呼びだったのに、なんて他人行儀! 深まる溝! どこだ、どこで選択肢間違えた私! ていうか先輩人に質問するだけして私からのはめさくさ無視しててひどくないですか! 結局先輩とゆうひさんってどういう関係なんですか!? あ、ちょっと! 先輩! もとい変態!」
俺はぎゃあぎゃあと喚きたてるうる西園寺を無視して螺旋階段を下る。なんて近所迷惑な奴だ。一階についても奴の声が聞こえる。
しかし改めて問われると、難しい質問だな、と俺は考える。
荊原と俺は一体どういう関係なんだろう。
気づけば友達とか、仲間とか、そんな言葉じゃ少し満足できない自分がいた。




