1月17日 3 天才性の悪平等
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教師に見つからないよう注意しながら、校門を出る。荊原の下宿先であるハイツ高峰は、ちょうど学園とその最寄り駅の中間くらいにあるらしい。自慢じゃないが、方向感覚は結構ある方だし、迷うことは無かった。
実にあっさりと、着いてしまう。
心の準備を待つことなど無く。
……荊原の下宿は、アマツのそれとは違い、大変に贅をこらしたものだった。建物の入り口には大理石に金字で『ハイツ高峰』と大書されているし、建物の形からして、ただ住むためのものというわけではなさそうだ。俺には良く分からないが、なんらかの芸術性が込められている感じがする。こういうのをデザイナーズマンションというのだろうか。中央の広場を囲むように部屋が配置されており、ちょうどローマのコロッセオのような作りになっている。あれの観客席の部分が、部屋になっている感じだ。中央の広場を潰せばもう一つ二つ部屋を増やせそうではあるが、ここの大家は実より美を取ったのだろう。多分、ここの一月の家賃で、アマツは半年ぐらい生きられるんじゃないだろうか。
……さては荊原のやつ、意外とお嬢様なのか?
そういえば目上の奴にこそ変な敬語を使うものの、格下と見るとすごい偉そうな口ぶりになるしな。そうそう、それでヴィンスマリアの機嫌損ねて、完全に無視されたなんてこともあった。あれは笑えたなぁ。
……。
荊原の奴、大丈夫なんだろうか。
会長のメモによると、荊原の居室は309号室だ。一階の各部屋が101~109なところを見ると、最初の数字は階層を表しているのだろう。つまり荊原の部屋は、三階だ。俺は広場の横にある、スチール製の螺旋階段を登り、309号室を探す。いや、探すまでも無く――。
廊下の終点、一番端に、それはあっさり見つかってしまう。
表札に住人の名前は書いていないけれど、金字で309と印字されている。
荊原の部屋。ついに……来てしまった。
その部屋は全ての窓に厚いカーテンが引かれていたので、外から中を探ることはできなかった。何かが動く音も聞こえないし、エアコンの室外機も止まっている。季節は一月、部屋の中にいて、エアコンを使わないなんてことがあるだろうか。
嫌な予感がしていた。
俺は恐る恐る、インターホンを押してみる。故障はしていないらしく、『ピンポーン』という間の抜けた音が、外まで響いてきた。
しばし待つ。
……。
中からは、何の反応も無い。
もう少しだけ、待ってみる。
……。
いや、まだアレだ。荊原も一応年頃の女の子だ。学校サボって町にくり出したい日も、そりゃあるだろう。今はただ、折り悪く外出中、携帯は酔っ払った拍子に川に投げ捨ててしまった、それもありえることじゃないか。これはまだ、『死』とか『生』とか、そんな重い言葉が関わる事態じゃないはずだ。普通の高校生がそんな言葉と関わるなんて、通常ありえないのだから。
――ただ。
荊原を『普通じゃない』と評したのは、他ならぬ俺だ。
普通な奴が普通のことに関わるのなら、普通じゃない荊原は。
異常な荊原は、異常事態を引き寄せてしまう――?
それは例えば、凡人の俺と同じ情報を持ちながら、異常な荊原は俺とは違う真実を見て。
凡人の俺が、動くのに躊躇するような恐ろしい組織にも、異常な荊原は単身で挑んでしまう。そんなふうに。
『何かをするということは、何かをしないということ。何かができるというのも、何かができないということ。そして、この場合私達天才が諦めなければいけないのは、“普通”。神は、平等なのね』
昔聞いた、姉の言葉を思い出す。聞いた当時はうぜぇと思ったものだが、今はその言葉の意味が分かった。できるから、できてしまうから、自分を更なる境地へと押し上げてしまう。凡人には図ることのできない、異常者達の世界で戦うことになる。
神は平等。
確かに。だけどこれは、
これはとんでもない悪平等だ。
本当にロクなことをしない。
くそっ……。
凡人の俺には、ただこの事態が平凡なものであることを祈って、待つことしかできない。




