1月8日 5
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うん、ごめんな。本当にすまないと思っている。俺は何も知らずドアを開けて室内に入ってきた荊原に、深く頭を下げた。
「何いきなり頭下げてんスか蒼司さん。ちょっとお嬢様の帰宅を出迎える執事っぽくて、胸にこみ上げるものあったじゃないですか」
「お前が、荊原ゆうひね?」
「はぁそう……スけど」
荊原は、怪訝そうな顔付きでアマツを見る。どうみても初対面の奴に、なぜか名前を知られていたら、そういう反応になるよな。同じ事をやられているからよくわかるよ。
やっぱり荊原とアマツ、この二人はよく似ている。
「よろしく。私はアマツ。姓を名乗る必要はないわね?」
差し出された手には一瞥しただけで触れず、荊原はアマツを、推し量るかのような鋭い目で見据える。
「アナタが……蒼司さんが言ってた『名探偵』さん、ですか」
「……ふ、そうね、確かに。部分的には、そうよ」
「部分的には?」
持って回った言い回しに、うんざりと言った顔を向ける。何か荊原さん、今日は虫の居所が悪いらしい。口調こそ普段どおりだが、握手を黙殺したり、いちいち喧嘩腰だ。まだ特にアマツは何もしてないのに、一体これはどういうことなのだろうか?
アマツは、そんな敵対的な態度に対抗するように、上から目線でふふんと鼻を鳴らす。
「それだけの存在ではない、と言う意味よ。私は蒼司にとって名探偵であり、超えられない壁であり、可愛いアンチクショウであり、神であり、愛人二号なの」
二号はお前だったのか! なら一号はだれだよ……というか愛人ってことは、まだ本妻までいるじゃねーか!
荊原はもうはっきりと敵意を顔に貼り付けつつ、微笑を返した。
「それで、泥棒ネコ……じゃなかった。名探偵さんは、どういう風の吹き回しで学園に来たんスか? 下らない理由だったら、すぐに守衛室に駆け込みますが」
「ふ……、愚かね」
アマツはそう、荊原を斬って捨てた。通報されたらお終いだって言うのに、この余裕は大したものだと思う。
「分からないの? 端女。名探偵がわざわざ現場に臨んだのよ。それが事件解決のためで、ないわけがないでしょう?」
「はっ! 大きい口を叩きますね。自分から名探偵と名乗るだなんて」
「私には、そう言う資格がある」
ふ、ふふふふと両者笑い合う。顔は全く笑っていないが。どうやらこの二人の相性は最悪らしい。それは彼女達の背景に、雷鳴轟く中争い合う竜と虎がみえるほどの修羅場だった。あまりに息が詰まるのでもう見ていられず、俺は会長と顔を見合わせる。女って怖いね。
荊原がふーと深く息をつき、針のむしろのような沈黙を破った。
「じゃあ、泥棒ネコ……じゃなかった、アマツさん。そこまで言うからには、もちろん犯人なんて、とっくのとうにお見通しなんスよね?」
「モチのロンよ。既に私は天和でアガっているわ」
マジかよ! この間は分からんって言ってたのに! 学園に滞在していた僅かな時間で、足りないピースを集め終えたと言うのだろうか。俺が驚いてあんぐりと口を開けていると、それまで黙って二人の衝突を楽しんでいた会長が、ちょいちょいと俺の袖を引いてきた。
「あのさぁ蒼司君、天和ってなにかな? 僕、麻雀知らなくて」
まぁそうだろう。高校生で麻雀の役なんて覚えてる方がダメだ。俺は丁寧に、天和の意味を会長に解説した。ごほん。
天和とは、牌を配られた段階ですでに役が出来ているという超珍しい役のことだ。恐らくアマツは、この事件の概要を俺から聞いた時点で既に真相は分かっていた、と言いたいのだろう。多分俺にしか伝わってないと思うが。ちなみに天和で上がるのはロンではなく、ツモだ。分かりづらいボケだよ全く……ってあれ? そういえばこいつ、俺が初めに頼んだときには犯人分からないって言ってなかったか? さては、ノリで喋ってやがるなコイツ。驚いて損した……というかその調子だと、犯人が分かったっていうのも嘘か? だとしたらマズイ。荊原に通報されてしまえば、俺共々一巻の終わりだ!
「ははは! なぁアマツ、もう気はすんだだろ? そろそろ帰ろうぜ!」
窮地を悟られないよう元気良く、早くウチに帰ってスマブラをやりたい小学生みたいなノリで、俺はアマツの手を取って歩き出す。荊原が、あまりの無邪気さに見逃してくれればいいが……。
「待ってください」
まぁ、ですよね……。
アマツの手を引いている方とは反対の手を掴まれ、俺はしょうがなく振り返る。荊原は、思いの外真剣な眼をしていた。
「自分は、アマツさん。アナタのことは全く、これっぽちも、全宇宙に比した時の私の存在くらい極小にしか信用してませんが――アナタを選んだ蒼司さんのことは、全宇宙に比した時の、超銀河団くらい信頼してます」
うん、なんだろう。全宇宙比較シリーズは規模が大きすぎてイメージしづらいので止めてくれ。素直に喜べない。
「だから――アナタのことも、ちょっぴりは信用してあげてるんです。アナタはさっき、犯人が分かったと言っていましたね。それも、信じています。嘘偽りではないと」
だから――と荊原は言葉を続ける。
「っておいお前! なにやって……」
俺は、思わず声を出してしまった。
「私なりに思いの強さを、形に表したまでです」
荊原は、いきなり床に正座し、流れるような動きで頭を下げる。土下座――したことはあっても、している奴を見るのは初めてだった。
「犯人を、教えてください」
「ふ」
アマツはそれを見て、小さく口角を上げた。
「お前、見所があるわね。目的のために手段を選ばないっていうのは、得がたい才能よ」
けれど――とアマツは、手のひらをひらひらさせて言う。
「そんなことをされても、私の心は動かないわ。私に加虐趣味はないし、それならまだ、足蹴にしてくれた方がマシというものね。アレは気持ちいいし」
……真面目な場面だから口には出さないけど、もうこいつを踏むのは止めようと思った。
「……」
すっと、荊原は頭を下げたときの動作を巻き戻すように立ち上がって、ぱんぱんとスカートについた埃を払う。
「無駄頭を下げましたね」
荊原は苦虫を噛み潰したような顔で、目を瞑って言う。ところでこんな表現は初めて聞いたのだけど、本当にこんな日本語があるのだろうか。俺は寡聞にして知らない。無駄足を踏むの親戚なんだろうな、たぶん。
「なにニヤニヤしてるんスか蒼司さん! あーもう怒った。守衛室じゃなくて警察に電話しちゃいますからね! また臭いメシを食らうがいいんだ!」
「またじゃねぇよ! 人を前科者みたいに言うな!」
この間のアレは、あくまで事情聴取だ。ていうか真剣な場面で変な造語使っちゃったからって照れ隠しで通報するな! ……いや、しないでください。おねがいします。
「まぁ、待ちなさい」
アマツの一言で、携帯を取り出した荊原の動きが止まる。
「早まらないで。私は、『私の心は動かない』と言ったの。元より私は、お前を助けるつもりでいたとしたら、どう?」
アマツの一言で、一気に場が締まった。荊原は携帯を――今気づいたが、コイツ生意気にも最新型のスマートフォンだ――しまい、再びアマツに向き直る。
「つまりアナタは、元より私に犯人を教えるつもりでここにきた……と?」
「違うわね」
私は助けるといったのよ――とアマツは肩をすくめてみせる。
「与えられた答えで満足していては、いつまでたってもくだらない生き物から脱皮できないわよ?」
「通報しますよ?」
「三つ、ヒントをあげるわ」
「……」
荊原は押し黙った。アマツを通報したところで、荊原には少し(かなりかも)爽やかな気分になる以外のメリットはない。だから直接犯人を教えられなくても、こう言われては通報されない、というわけか。『荊原は復讐のためにはなんだってする』のだから。それに加えて、自分のメンツまで守っているのだから、この応答は完璧だ。さすがはアマツと言うべき、こすズルさ。
勝利を確信したのか、アマツは余裕の笑みを浮かべる。
「ヒントを元に――無能同士仲良く雁首揃えて、うんうん言いながら考えてればいいのだわ」
「もしかしたら、少しはマシなものに進化できるかもね」
つづく。




