1月7日 4
反則的名探偵、「アマツ」に事件を解決してもらおうと訪ねた蒼司であったが……?
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俺がこれまでに得た情報を、砂漠に水を垂らすように一滴の漏れなくアマツは吸収した。そう、こいつはやればできる子なのだ。人をからかうことしかしない普段の状態とは対照的に、一度集中を始めたら貪欲なまでに情報を呑みこみ、その問題が解けるまでは決して思考を止めず、確実に真実を見つけ出してくる。その姿は一度投擲すれば必ず敵を突き刺して戻ってきたというグングニールのよう……っていうのはかっこよすぎるな。その上すこし恥ずかしいな。けど、信頼性で言えばそんな神槍に勝るとも劣らないくらいだ。アマツは確実に虚構を殺し、その死骸から凄惨たる真実を暴く。そこに例外はありえない。
……はずだったのだが。
「――くだらない」
アマツは長い黙考の後、そう吐き捨てた。くだらない、くだらないとはどういうことなのか。そんな名前の登場人物がいただろうか。俺は焦る気持ちを抑えて、アマツに問いかける。するとアマツは苛立たしそうに答えた。
「ふん……愚物が。私がくだらないと言ったらくだらないのよ。私は真実しか言わないのだから。寧ろ真実とは『私の言葉』ということを表す代名詞と言っても過言ではないくらいよ」
いやそれはさすがに過言だろうよ、とツッコミを入れたかったが、確かに本気モードのアマツの言葉は殆ど真実を語る。だが、この大掛かりな事件がくだらないとはどういうことなのか。さっぱり分からない俺は、アマツに説明を要求した。
「はぁ、理解が及ばないのね……そのままの意味なんだけど。……いい蒼司? すでにこの事件に、まともに取り上げるだけの価値なんてないのよ。くだらないとは、そういう意味」
まだ分からない。俺の表情に理解の色が見られなかったのだろう。つまるところはね――とアマツは呆れ顔で続ける。
「もうこの事件は、終わっているのよ」
「は――?」
理解できるどころか、余計に意味が分からない。この状態のアマツがふざけることはないはずだが――。
「……ああ、ごめんごめん謝るわ。最近俗人とはとんと関わってないものだから、貴方達の頭がどれくらい悪いかすっかり忘れてしまっていたわ。分かるまで付き合ってあげるから、質問してみなさいなお猿さん」
いろいろ言いたいことはある……が、ここはぐっと堪えて、
「……そいつはあり難いな。じゃあまず犯人から教えてくれ」
「ああ、犯人は分からなかったわ」
え――?
あまりにもあっさりというので、俺は耳を疑った。
「……嘘だろ?」
聞き返すも、ふるふると首を振って――というより畳に擦りつけてアマツはいいえ本当よと言った。
「全く、責めるような目で見ないでちょうだい。これは全面的にお前のせいよ。いかんせん情報が少なすぎて、これだけじゃ犯人の確定には至らないのよ。まぁ自己弁護する気はないけれど、部分的には分かった……とも言えるのだけどね……それは置いておきましょう。たいした意味はないわ」
重要なのは――とアマツは続ける。
「二件目の人死に、あれは純粋な意味で殺人ではないと言うことよ。いえ、刑法上そう言えるかは疑問符がつくけれど――私の定義では違うわね。それどころか私的には、犯罪でもない。つまりは当然の――」
「待て」
俺はぺらぺらと板に水を流すように話すアマツを遮った。
「ぜんっぜん理解できないんだが。お前、本当に説明する気があるのか?」
アマツはふんと鼻息を吹いて、憤りを露にした。
「あるのだけれど、一応。まぁお前を傷つける真実は、意図的に避けているけれどね。私が恨まれたらかなわないから」
「そんな気遣いはしなくていいよ、アマツ。お前に頼んだ時点で、覚悟はしてきてる」
「ふ……格好のいいことね」
アマツは笑う。背伸びする子供を見て微笑むように。全く失礼な奴である。……まぁ覚悟はしてるといっても、内心びくびくはしてるんだけどさ。
「私もねぇ、事件がもう終わった物でなければそんな過保護はしないのだけれど。価値をなくした事件の破片で、指を切るのも無益でしょう? まぁいいわ。ぼかした言い方では理解できないと言うなら、私はお前が知るべき一つの優しい真実だけを、述べましょうか」
アマツはそう言うとふーっと息を吐いて伸びをする。まるで昼寝後に起き上がる直前の猫みたいに。ただアマツの場合、そんなことをしても両の足で立ち上がるわけではなく、ごろんと転がって体勢を変えるだけだった。
うつ伏せから仰向けに。
露になったアマツの顔と、初めて正対する。
真正面から見ていて、見られている。
こいつと顔を合わせるのはかなり苦手だ。どうしても、瞳を通して心を見透かされてしまっているように思えてしまう。いや何か悔しいので、自分から目線を外したりはしないが。しかしそんな強がりさえ読まれているのか、ふっ――とアマツの相好が突如崩れて、その唇が滑らかに動く。
紡がれるのは優しい真実。
「喜びなさい蒼司。もう人が死ぬことはないわ」




