1月7日 2
「なんだって!」
昼にはまだ大分早い、閑散としたファミレスで場所柄も考えず俺は大きな声を出してしまった。店員がうっとおしそうな顔を向けてくるも、彰が横目で睨むとすごすごと目線を外す。なにしてるんだ、俺は。冷静さを取り戻すと急に恥ずかしくなった。
「ごめん……驚いちゃって」
「いえ、無理もないス。自分も、それを知った時は驚きました。まさか――」
荊原は少し声を落として言った。
「矢代環――エリュシオンが殺されるなんて」
事態は――昨年末の俺たちの奮闘を、嘲笑うかのように最悪のものだった。また死者がでて、しかもそれが参考人として話を聞いた、エリュシオンだなんて。
「……死体が発見されたのは屋上でした。どうやら冬休みの間にはもう殺されていたようで、家族からは捜索願が出ていたようです。事件はまだ、終わっていなかったんです。私達は、間違っていた……」
「間違っていた?」荊原の言葉に反応し、彰が口を開く。
「そんなことはありえねーだろう。忘れたかプラナリア? 俺達は塔矢達が自白するのをこの目で見たはずだぞ」
「そう……なんスよね」
荊原は机に肘を突いて、頭を抱える。確かに、本気を出した彰の前で自白したと言うのだから、それが嘘である可能性は低い。まさか自分から冬のオホーツクでロシア人と一緒に蟹取りに行きたいなんて奴もいないだろう。それに、誰かをかばってのことだとしても、中学生三人が仲間割れもせず口裏を合わせているというのも、いささか考えづらいことだった。そこまでのカリスマを持った人物なんて、彰以外にはいないだろうし……。
なら、どういうことだ。俺は足りない頭を叱咤して無理矢理に動かす。
ふむ……真っ当に考えるならば、彼らは嘘を吐いていないということになるだろうか。その場合、二つの可能性が考えられる。彼らが彰の拘束から逃げ出してエリュシオンを殺したか、はたまた、彼らは自白はしているれど、実は犯人じゃないか……。
まず簡単に確認できるのは、前者の可能性だろう。俺は彰に問いかけた。
「なぁ彰、捕まえた三人のことなんだが、今そいつらどうなってる?」
「……ソーちゃん。俺がそんな下手を打つはずがないだろう?」
不良少年の王は俺の質問の先を見越して答える。彼の力は、物理的なものだけではないことを改めて実感した。いや寧ろ、頭の力の方が本分なのか。
「奴らをずっと倉庫に入れとくのもあれなんで、今は知り合いの事務所に預かってもらってるけど……まぁそこらへんの刑務所より脱走は難しいだろうね。なにせ奴らは、お優しい刑務官なんかと違って、人殺しを躊躇しない」
ふむ……。だとするとやっぱり、彼らは嘘を吐いていないけれど犯人ではない、ということになる。……なる……が、これはどういうことだ。自白しているのに犯人じゃないなんて、これじゃ矛盾じゃないか。
――いや、
待てよ。
彼らは、殺す気はなかったと言っていたんだ。最初の被害者――中尾君が、彼らのリンチのあと実はまだ生きていて、殺したのは別人だとしたら――?
これなら、《嘘を吐いていないけど犯人ではない》、という事態があり得るのではないか?
――よし。
我ながらこの推理は冴えている気がしたので、口に出して皆の意見を聞いてみた。
「なるほど」
荊原が、そのうるさいくらいに長い前髪の密林の中から、二つの鋭い眼光を向ける。
「確かにそれなら――というか、その推理を聞いてしまったらもう、それ以外考えられないスね。蒼司さん、意外に頭いいんだ」
「頭いいんだの前の三文字のせいで、あんまり喜べないぞ荊原」
「すいません、自分、正直なもので」
「だからそれだよそれ、余計な添加物ついてるよ。そこはすいませんだけでいいんだよ」
俺のツッコミに、えへへと荊原は年頃の女の子のように笑った。まぁコイツも一応年頃の女の子ではあるわけで、こんな表現は本当はおかしいのだけど、それくらい珍しかったのだ。彰の言うように、コイツも何か変わってきているらしい。これならすぐ友達もできるだろう――と俺は微笑ましく思った。
あ、マズイ。こんな風に暖かな気持ちになっていると――
やっぱりか。
顔を少し左に向けると、そこには案の定、すごく不機嫌そうな顔をした皇帝陛下が鎮座ましましておられました。
「あの……彰はどう思う? この推理」
「別に。それ自体は面白いとは思うよ。さすがソーちゃん」
滅茶苦茶感情のこもってないお褒めの言葉を授かった。それこそ、機会音声でももっと温か
みがあるくらいの。はぁ、やっぱり俺の推理なんてな……。
なんとなく気落ちした俺の心情を察したのか、彰は弁解するように口を開いた。
「……ちっ、面倒くせーな。感心したのは本当だよ。ソーちゃんの説を使えば、俺がずっとひっかかってた疑問も解消されるしね。ただこのアノマロカリスがウゼーからさぁ……」
「? 引っかかってた疑問というと、何スか彰さん。自分初耳なんですが」
さっきから自分が絶滅した古生物で表されているのを露ほども気にせず、荊原は質問した。気にならないものなんだろうか。それとも大物なのだろうか。彰は心底気だるそうに横目で荊原を見て、ため息混じりに答える。
「カードだよ」
「カード……というと、蒼司さんが中尾の死体を発見した時に見つけたって言うやつスよね? それがどうして?」
はぁ、と一息ついて、彰は哀れみの視線を荊原に向ける。
「気づいてなかったとはな……本当に萎えさせるなぁ、お前。色ボケが過ぎるんじゃねぇのか?」
「色ボケって――」
荊原の顔が、見る間に赤く染まる。
「……うっぜぇ。まぁ俺にはどうでもいいんだが、そんなついでの気分で捜査して捕まるもんなのかぁ? 『殺人クラブ』って奴は」
言われて、うっ――と荊原は押し黙る。俺にはなんのついでなのか分からないが、何か心当たりがあるらしい。
でも確かに、彰の言うことも最もだ。俺たちは学生であって、事件の捜査だけに専念できるわけじゃない。気を回さなきゃいけない厄介ごとは、荊原とて当然他にあるのだろう。
彰の辛口から発言が途絶え、沈黙が支配する捜査会議場。俺は感じ始めていた。
もうここらへんが、限界なのかもしれない……と。
俺は思い切って切り出してみた。
「二人とも聞いてくれ。もう……やめないか?」
突然の発言に、荊原はその瞳を大きくして俺を凝視する。対照的に、彰は白けた様に短く息を吐いて目を瞑った。
構わず、俺は続ける。
「俺は初め、『放課後殺人クラブ』なんてのは怪談でしかなくて、今回の件はそんなものとはなんの関係もない、単純な事件だと考えてた。今だから言うけど、正直捕まえられる自信も少しあった。学園の中で情報を集めるならいくらでもツテがあったし、彰の力を借りれば確保も簡単だろう……なんて。……ただ、俺は間違っていたんだ。根本的に」
そうだ。思い上がっていた。会長が言うように、心のどこかで非日常を楽しんでいたのかもしれない。初めからこの視点に立って、あいつを呼んでいれば、エリュシオンは殺されずにすんだかもしれないのに。
「『放課後殺人クラブ』はもしかしたら本当に存在するかもしれない。少なくとも、この事件は俺達の手に負えるものじゃない」
そして恐らく、この事件は警察の手にも余る。だから介入してこないのだろう。この事件を起こしているのは『放課後殺人クラブ』ではないかもしれないが――化け物であることは確かだ。
「手に負えないから、だから見過ごすって言うのか蒼司さん!」
詰るように、荊原は声を荒げて言う。机の上に乗せられた両の拳が、今にも掴みかかろうとぷるぷると震えていた。違う、そうじゃないんだ。俺もいきおい、語調が強くなる。
「俺は、この事件は俺達の手に余ると言ったんだ。誰も見捨ごすなんて言ってない」
「それは詭弁だろう! 警察が動かない現状、私達が手を引いたら誰が殺人クラブを捕まえるんだ!」
誰が? 誰がってそりゃ――。
「凶悪な犯人を捕まえるのは、名探偵の仕事だろ」
もしもの時はツテがある――と前に話しておいたはずなのだけれど、忘れてしまったか、それとも信用されていないか。
「いいか? 俺達はただ黙って、彼女に道を譲ればいい。本物の、名探偵に」
蛇の道は蛇。化け物に対抗できるのは唯一、天才だけなのだから。
また再び、静まり返るテーブル。沈黙を破ったのは、荊原のよくわからない一言だった。
「彼女……その方は女なんですか」
「は?」
流石に呆気にとられた。そうだけど、それが何か関係あるのだろうか?
「まさかお前、女に論理的な思考能力はないとか言っちゃうタイプか?」
男と女とでは脳の構造が異なっていて、能力に差がある云々という話を聞いたことがあるが、まさか荊原がそれを信じているわけもないだろう。こいつ自身、一応女なんだし。
案の定、荊原は小さな声で否定の言葉を口にした。
「そういうわけではないんスけど……あの、やっぱり今から部外者を加えるとなると色々……その、混乱しませんか!」
「混乱ねぇ……」
そりゃするだろうな。なにせ、彼女は俺の数多い変人の知り合いの中でも、段違いにイカれてる。話がややこしくなるので、そのことは今黙っておくが。
「やっぱり、事件の現場、その空気を感じていないと、推理なんてできたものではないんじゃないスかね? 現場に出向かない安楽椅子探偵なんて、好き勝手な妄想を並べるだけで役に立たないスよ!」
「まぁそれは……」
一理ある。部外者の彼女は事件の舞台である『学園』そのものに入ることはできないから、証拠を発見したり、現場を空間的に把握したりといった、推理に必要な情報を集める点で著しく俺達に劣っている。ならばと、俺達が言葉を尽くして情報を彼女に与えても、百聞は一見にしかずだ。それをありのまま、見てきたように彼女へ手渡すことなどできないし、彼女なら気づくものに、俺達は気づけないかもしれない。
だけどそれは、単なる理屈……常識だ。
アイツの前ではそんなもの、全く意味をなさない陳腐な概念でしかない。
ただ……それを、アイツと言う法外の化け物を知らない荊原に説明するのは難しい。荊原はもっともなことを言っているのだし……。
けれど、どうしても。
「荊原、お前の言うことはもっともだ。でも、それでも俺は、彼女がいないとこの事件は解決できないと思ってる」
「随分、ご執心なんスね。その『彼女』とやらに」
苦々しい顔で荊原は言う。まぁそんな顔をされても仕方がないのか。道理に合わないことを言っているのは俺の方だ。
俺と荊原、両者一歩も譲らない膠着状態が続く。折れるべきなのはこっちだということは分かっているけれど、大局的に見れば正しいのは俺の方のはずなんだ……ってなんか俺の言い分、カルト宗教に嵌った人みたいだな。いや科学的検証はさておき本当にこの壺を買えば健康になるんですよ! 実際私も体験してますから信じてください! みたいな。 ああ、肩身せめぇ……。
そんな膠着状態を破ったのは、まぁやはりというか、彰だった。
「ならさぁ、俺達二つに分かれればいいんじゃない?」
え――と俺と荊原は一瞬顔を見合わせた。皇帝は、口の端を少し歪めて、どことなく愉快そうに言う。
「おいイクチオステガ。お前は部外者が入って邪魔されるのが嫌なんだろ? だったら、チームを二つに分けて互いに独立して動けば解決だろうが。これならソーちゃんも、その『彼女』も自由に動けるわけだし、どっちも異存はないよな?」
「あ――」
確かにこれで、問題は一挙に解決するわけだが、何か――嫌だ。でも思考を巡らしてみても、彰の案を上回る解決策は思いつけない。元々無理を言っていたのはこっちだったわけだし。
「あ――ああ。それで……行こう」
嫌だという感情よりも、これで問題が解決するという理性に流されて、俺は彰の案を了解した。その直後、
「蒼司さん!」
バン、と机を叩き、荊原が身を乗り出してきた。暇そうにレジに立っている店員が、ビクっと反射的に顔を向けてくるも、すぐ目を背ける。皇帝がもはや隠そうともせず、歪んだ笑みをその顔に貼り付けていたからだ。
「ハッ――物に当たってんじゃねぇよフデイシ女。言いたいことがあるなら口で言え、口で。言えるならなァ――ハハハッ!」
荊原は急に俯いて、表情を隠してしまう。いや、顔は隠せているが、ぷるぷると小刻みに震える荊原の体が、その表情をありありと伝えてしまっているような。――あの、もしかして荊原さん怒ってるんじゃないですかね? それも阿修羅レベルで。
「――ああ、そうだ。そうスよ。二手に分かれて動いた方が効率はいい。うん。蒼司さんご自慢の『彼女』も、お邪魔虫がいないから悠々とお力を発揮できるわけだし。ああ、全く持って理に適ってる。最適で最短で最高だ。マトモな頭を持っているなら、この案に乗らないはずがない――スね、はは」
荊原は言うだけ言うと、すっくと突然立ち上がった。
「早速行きましょう彰さん。蒼司さん達に負けるわけにはいかないスから」
「え――おい、何怒ってんだよ荊原!」
俺も立ち上がろうとするが、いつのまにか立ち上がっていた彰に上から抑えられて、そうすることができなかった。
「話は決まったはずだろう――? 俺達とソーちゃんは、これから別チームだ。ま、払いは済ませておくから、もうちょっとゆっくりしてなよ」
彰はそのまますっと伝票を抜き取って、構わずずんずん先に進んでいた荊原の後を追う。まぁこれで万事うまく行くわけだけれど、なんとなく決まりが悪く感じた俺は、彰の広い背中に向かって口を開く。
「荊原を――頼むな、彰」
「ああ、うん――」
彰はくるりと振り返り、笑顔で、
「任せて」
と請け負ってくれた。
まぁ彰は俺なんかよりよっぽど頼りになる奴だし、実は面倒見もいいから、こんなこと言う必要もないのだけれど。なんとなく、そうだな。
寂しかったのかもしれない。
少し……アイツに頼んであっけなく終わらせてしまうのが、惜しいような。
でももう、そんな思考は許されないのだ。この事件は明らかに俺達の手に余るし、放っておけば……もしかしたら次に殺されるのは、俺達の内の一人かもしれないのだから。
そう。
エリュシオンが殺されたと聞いた時に、ふと頭をよぎった最悪の展開。それはあくまで可能性でしかなく、俺の勘なんてアテにならないものだから黙っていたが……。
もしかしたら、殺人クラブは俺達がクラブを探っていることを知っていて、その警告のために、俺達に協力したエリュシオンを殺したのではないか。探るのを止めないとお前達も同じ末路を辿ることになる……と。
いや、もしかしたら。
エリュシオンの死は、単なる開幕の合図でしかないのかもしれない。
これからお前達を狩りに行くぞ……という。
いや、確証はない。ただ俺がそう思ったというだけの話で、全く真実味は薄い。
けれども、俺の悪い予感は……当たるのだ。
俺達にもう、余裕はない。




