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1月7日

二章 すがるヨスガ、天のアマツ


 年が開けて新年になり、そしてそれから更に一週間が過ぎて、学校が始まった。母によると俺の大殺界はまだ抜けていないらしいが、占いなんて非科学的なものを信じない俺には露程も関係のないことだ。

 昨年の後半、怒涛のように押し寄せた不幸は、今ではすっかりナリを潜め、世はすべてこともなし。不安なものといえばついに来年に迫った大学受験くらいだろうか。それとて、別に俺は身に過ぎた大学を志望しているわけではないので、そこまでというほどでもない。本屋に行くと無駄に参考書を買ってしまったり進研ゼミの漫画を熱心によんでしまう程度だ。いつもの通学路をてくてく歩き(バイク通学は懲りた)、見慣れた校門をくぐり、座りなれた席に座る。無意識にでもできそうな決まりきった日常であるけれど、それはそれで、やはりいいものだ。事件やイベントを味の濃いおかずだとするなら、この日常がお米と言えるだろうか。刺激は欲しいが、やはりこれがなくては始まらない。つまるところ日常最高! 日常イェー! あー将来はルーマニアでティーンズ向けファッション誌でも作りながらルー川のほとりでティー字型定規喉に詰まらせてンーンーあえいでいたいなぁハハハ! まぁ何が言いたいかっていうとルーティーン最高! ってことね! ハハハ分かりづらい!

「……ソーちゃん」

 俺がそんな輝かしい将来の展望を思い描いていると、前の席から気だるそうに彰が話しかけてきた。あれ? 俺の前の席は角谷君の席だったはずだが……まぁ細かいことはいいか。

「ウザいからあんまニヤニヤしてんなよな……全く、ガッコーが始まって何がそんなに嬉しいのやら……」

 幽鬼のように俺を恨みがましく見る彰を、俺は鼻で笑いふふんと言った。

「んー分からんか。まぁしょうがないなぁ。若者には分かんないよなぁ、この日常の良さ。ていうか俺の前の席に座ってるんだから、普通にしてたら俺の顔なんて見えないじゃん。前見てろよ前」

「はぁ……」

 低血圧な夜の皇帝は、心底気だるそうに頭をかく。

「なんつーか、前見てても後ろでソーちゃんがニヤニヤしてる、ってだけでウザいんだよね。空気感染? でもしてんじゃねーの。ソーちゃんのウザさ」

「してません。ちなみに風邪も空気感染はしませんお大事に」

 ふぇぇ、それは意外。と彰はあくびをしながら言った。本当に朝はダメなんだなぁ。

「はー……でもウザい、なんかウザイな。なんでこんなにウザくなっちゃんだろうねソーちゃん。やっぱあれかなぁ……女ができちゃったことが原因かなぁ」

 背中に氷柱でも突っ込まれたかのようにドキリとした。

「ちょ、バカっ! 荊原はそんなんじゃなくってだなぁ!」

 慌てて抗弁するも、彰は口の端を少し歪めて、ニヤリと笑う。

「ふーん。本当に女か。いや意外意外。しかも相手はあのデスモスチルス女か、趣味ワリィね」

「カマかけられた!」

 ていうかデスモスチルスってなんだろう。地学の時間に聞いたような覚えがあるんだけど、なんかカバみたいな古代生物だっけ。カマだけに。ハハハ!

「それでかぁ……いや実は今日来るとき偶然あの女に会ったんだけど、そういえばアイツもなんかくっそうぜぇオーラだしてたもんなぁ……。この間まであんなにギラついてて面白かったのになぁ。はぁ……どいつもこいつも、幻滅したよ俺は」

 肩をすくめて残念がる彼を見ていると、なんとなく申し訳なくなってきた。ていうか今の俺はそんなにウザいのだろうか。会長のお株を奪ってもまずいし、気をつけなければ。「でも少し驚いたな。彰って意外と、リア充は爆発しろってタイプなんだ」

 いんや、と彰は首を振る。

「それとは少し違うかな。別に俺はソーちゃんが何人の女と遊んでたって別に構いやしないんだけど……。たださぁ、女をヤルだけの目的じゃなくて、なんか愛とか言うキメェ妄想持ち出してラリッちゃう奴らいるじゃん? 俺はアレが嫌いなんだよね。なんか二人だけで世界閉じられちゃってて、俺が全然面白くないからさぁ」 

「うーん分かるような分からないような……っていうか今の俺、そんな感じなの?」

「……ああそうだねウザいウザい……けど、別にいいけどね」

「結局別にいいんかい!」

 今までの全てをぶん投げる皇帝の開き直りに、恐れ多くも反射的にツッコんでしまった。

 しかし、意外にも彰は、はたかれた右腕に構うことなく続ける。

「うんまぁ、そういう奴らはそういう奴らで、そのちっちぇ世界がぶっ壊れたときが面白いから。俺は愉しみ方を変えるだけなんだ、実際」

「さいですか……」

 なんつーかポジティブだけども、なんかポジティブとは言いたくないような……いうなれば暗黒のポジティブシンキングをする彰に俺は少し呆れた。そんな俺の様子をみて、彰は今日何度目かしれないため息をつく。

「はぁ、どうしてわかんないかなぁ。結局この宇宙も、最後にはぶっ壊れて、なんもなくなっちゃうんだよ?」

 ならさぁ――と彰は続ける。

「今何かがあるその意味なんて、壊れた時の愉しさ以外に見出しようがないんじゃないかなぁ」

 

 ○

 

 ちょうど、俺が彰の破滅的な人生観に口を出そうとしたとき。

 突然、教壇の上に備え付けられたスピーカーが注意をうながすキンコーンという音を発し、その後からボソボソとなにやら、男性教諭の物と思われる声が聞こえてきた。休み明けで音量の調節がまだだったのだろう。声が小さくて内容が聞き取れなかったが、不承不承友達との会話を打ち切った学級委員が音量を調節するダイヤルを右周りにぐいっと回すと、さっきまでの反動か、少し大きすぎるくらいの声が聞こえてきた。

 それは切迫した、若い男の声で――。

「……く、繰り返します。本日の始業式は急遽、中止と言うことになりました。生徒の皆さんは順次下校を開始してください。尚本日は正午以降学園への進入が完全に禁止となります。それに伴い部……」

 ここまでを聴いて、俄かに声が起こった。大勢を占めるのは突然の休校を喜ぶ声。もちろん、部活や受験に血道を上げているわけでもない俺も、その多数派に属して喜んでいるべきだったが――。

 占いに凝っている母親によれば、俺の大殺界はまだ終わっていないらしい。

 新年早々、嫌な予感しかしなかった。

「なぁ彰、これって――」

「んん?」

 俺の呼びかけに振り向いた彰の顔は、さっきまでの気だるげな様子とは一転し、歓喜の色に染まっていた。いや、コイツも学校が好きなタイプの人間ではないし、喜んでいるのは当然と言えば当然なんだけど――。

 何か喜び方が、周りの級友達のように無邪気じゃないと言うか、なんとなく、邪悪な気がする。いや俺の勘なんて夜になるとどこからか出てくる、駅前の露天占い師並みにアテにならないものだけど……。

「くくく……いやぁソーちゃん。楽しくなってきたね……!」

 いやそうであってほしいなぁ。でも望み薄いなぁ。

 愉しげな彰とは対照的に、日常大好きっ子の俺は頭が痛い思いだった。わざわざ登校させた生徒を帰すくらいだから、それなりの事態が発生したのだろうことは確かだけれど、一体何が起こったのだろう。ことによっては俺も降って湧いた休日を心置きなく楽しめるのだから、なんとしても確かめたい。ただ単に、理事長のドラクエのデータが消えたとか理事長のウルトラシークレットレアカードが無くなったとかならいいのだけど。

 ふと俺は、こういうとき会長が言ってた《学校裏サイト》なるものに登録しておくと便利なのかもしれないな、と思い立った。こういう疑問を持っている奴は、俺以外にも大勢いるだろうし……そうだ。

「彰さぁ、この学園の裏サイトに登録してたりしない?」

 悪いことしてる奴は大体友達であろう彰なら、と思って聞いてみたのだが、彼は気怠そうな様子で、

「んん? 裏サイト? ……俺は興味ないねぇ」

「へぇ、意外だな。不良なのに」

「今時不良って……近所のババァかよソーちゃん。まぁいいや。んー裏サイトだっけ、ウチはそういう電子系の悪さする奴らとは毛色違うからなぁ。どうしても見たいってんなら、なんとかなると思うけど」

「ああいや、そこまででもないんだ。ありがとう」

 ちょっとだけ興味あったんだが残念。後は会長に電話でもすれば詳細が分かるかもしれないけど、今忙しいかもしれないしなぁ。

 ぐじぐじと悩んでいると、突然ズボンのポケットに入れてあった携帯が震えだした。あまりにもなタイミングの良さに、俺は必要以上にドキリとさせられた。

 嫌な予感がする。さっきからそればっかりだけど。冬場なのになぜか、掌にうっすらと汗がにじんでいた。恐る恐るポケットから携帯を取り出し、二つ折りになっているのを開けて、耳に当てる。電話口の相手は、まるで相手の状態など考慮することなく、張り詰めた口調で一方的に言った。


「蒼司さん――事件はまだ、終わっていませんでした」


 どうして俺の悪い予感は、こうも当たってしまうのだろうか。



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