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急募!無刃流後継者

作者: にせごるご

 月の輝く夜空。

雲による陰りもないため、月明かりはその下にいる物全てを明るく照らし、夜の暗闇などまるでないかのように視界は昼の様に開ける。

その中で一面に草の生い茂る草原に対峙して立つ者達がいた。

その手には降り注ぐ月明かりに煌きを放つ刀が握られ、互いに真剣な顔つきで相手から視線を逸らさない。

二人の間どころか、その周りの空気は既に張り詰めおり、草むらに住む虫達まで声も上げず潜んでいる。

結果、あるのは風の音だけだった。

だが、その静寂の時間もすぐに終わってしまう。

片方の男が口を開いたからだ。


 「・・・さて、最後の試練じゃ。分かっておるな?」


 「はい!全力で倒しに行きます!」


 「それでよい」


辺りが再び静まり返り、二人は無言で刀を正眼に構える。

伸びた白髪を無造作に紐で結び、おさげのように垂らす老人ムジンは次に来るであろう一手に備えるのに対し、そよ風になびくほど軽く金色に光る髪に意思の硬そうな面持ちの好青年クリフトは攻める最善の一手を模索する。

老人ムジンと青年クリフト。

覚悟を決めた表情の2人にまるで合わせたかのように突風が吹き、一面の草が風に踊った時だった。


 「行きます!師匠!」


 「全力で来い!弟子よ!」


クリフトがムジンの視界から消え去った。

とは言っても、実際には人外の速さで本当に消えた訳ではなく、特殊な移動法により相手の死角をついた移動のため、対峙した相手には消えたように見えただけだ。

ムジンも弟子の出す技だけあり、考えるまでもなく半ば反射的に判断を下すと、すぐに不自然に動く草むらの動きから回り込まれた事を察知した。

体を傾けて見た先には刀を構えて近づくクリフトの姿があり、ムジンはすかさず刀を振るった。

だが、その手には何かを斬った感触は伝わってこなかった。

ムジンが振るうのに反応したクリフトが咄嗟に地面を蹴り、飛び跳ねるように切り返したことで回避したからだ。


 「まだじゃ」


それにすかさず反応したムジンは振るった刀の柄を握りなおし、上半身の筋力だけでクリフトを追尾するかのように刀を振るう。

老人とは思えないほどの力強さだが、クリフトは反応すると力の弱まる瞬間を見極めてムジンの刀をいなして跳ね上げた。


 「フッ!」


胸元ががら空きとなったムジンへとようやくクリフトの一撃が振るわれる。

師であるムジンの斬撃と比べても威力、速さ共に申し分ないほどの一撃。

ムジンはそれに対し、跳ね上げられた刀での防御を瞬時に諦めると、上半身を反らしてかわす。

かわされた事を悔やむ事などなく、クリフトは続けてムジンと同じ様に柄を握りなおして追撃の一撃を放つ。


 「甘い」


ムジンの小さい呟きにクリフトは嫌な予感を覚え、次の瞬間にはそれを肌全体で感じていた。

まるで雪山の吹雪の中に放り出されたかのような寒気にも似た悪寒。

クリフトが意識した時には、ムジンの放った回し蹴りが胸へと直撃し、鈍い音を上げながらクリフトは吹き飛ばされていた。


 「ぐがっ!」


空中へと打ち上げられたクリフトへ、ムジンは体勢を戻すと同時に詰め寄る。

痛みに顔を崩しながらもムジンの動きに気づいたクリフトは、体を捻って動かし、強引に空中で体勢を整えなおす。


 「ぬ?」


クリフトの動きからムジンは追撃を止めた。

上にいられるのではどうしても有利なのはクリフトであり、例えムジンが刀の腕は上でもその差は埋まってしまう。

備えるムジンに対し、クリフトは落下する中で刀を振り下ろし、その切っ先はムジンを捉えていた。


 「はぁぁぁっ!」


落下しながらの気合の篭った一撃にムジンはあえて回避行動を取らず、その場から根が生えたように動こうとはしない。

口の端を小さく吊り上げて笑みを浮かべ、刀をクリフトに向けて構えた。

直後、あえて受けきる事を選択したムジンへとクリフトは飛び込んだ。

激しい金属音の後にとてつもない衝撃が重圧となってムジンを襲う。


 「ぬううぅぅっ!?」


体を押し潰そうとする力に両足は地面へと沈み、動く事もできはしない。

ただ、体中の筋肉と力を受け流す技術を用いてムジンは耐え、クリフトが地面へと着地すると同時に押し込む力は霧散した。

その隙を見逃さず、ムジンはクリフトの刀を弾き飛ばし、そのまま流れるように彼へ体当たりを叩き込む。

だが、咄嗟に反応したクリフトはかろうじて両腕でブロックし、直接的なダメージを回避する。

せいぜい吹き飛ばされた程度に留めたものの、その顔には焦りが浮かんでいた。


 「あれに耐えれるなんて・・・師匠、さすがです!」


 「ふぅ・・・老体には答えるわい。にしても、お前もあれほどまでに重い一撃を放つとは見事じゃ。かわさずに受けきってみせようとしたのをかなり後悔したぞ」


 「そう言いながら無事ですからね」


 「フン、当然じゃ。なんたってお前の師匠じゃからな。・・・さて、まだ終わりな訳があるまい。今まで培った物を全て吐き出してみせい!」


 「いきます!」


クリフトが刀を振るい、ムジンはそれに応じるかのように同じく刀を振るう。

刀が交差したのを合図に二人の激しい攻防は再び始まり、あっという間に時間は経って行く。

相手の放つ攻撃や威圧に体力と精神を削っていく闘いが始まってから、三十分程経過した時だった。

最初の時よりも格段にスピードの落ちた攻防ではあるが、それでも常人からすればとんでもない速さだ。

不意に互いの押す力によって弾き飛ばされ、適度な距離が開いたところで同じ事を考えたのか二人の動きは止まった。

見ればお互いの体にはいくつもの刀傷が出来上がり、息も上がりきっている。

限界が近いのは明白だった。


 「そろそろか」


 「え?」


 「・・・ふぅっ!次で最後じゃ」


ムジンの言葉の意味が分からなかったクリフトだが、ムジンが強制的に息を整え、腰の鞘へと刀を納めたことで彼は察した。

師匠へと返事を返すでもなく、彼も息を整え、腰の鞘に刀を納める。

それがムジンへの返事だった。

互いに身を屈め、中腰の体勢を取り、左手は鞘を、右手は柄を握る。

姿は違えど、全く同じ体勢を取った二人は意識を今までにないほどに集中させていく。


 「「・・・」」


無言のまま佇む二人。

今まで行ってきた高次元な攻防がまるで嘘であったかのように静まっているものの、その視線や感覚は先にいる相手へと全て向けられている。

構えを取ってから一分程経った時だった。


 「「ッ!」」


まるで示し合わせたかのように二人の姿が同時にその場から消えた。

そして、今までのとは比較にならないほど大きい金属を打ち合わせた音が辺りに響き渡り、次の瞬間には二人の姿が先ほど立っていた場所にあった。

ただ、ムジンが立つのはクリフトがいた場所、反対にクリフトが立っていたのはムジンがいた場所だった。

逆転した位置で互いに背中を向けたまま、二人とも刀を振りぬいた体勢のままで残心を行っていた。

すると、クリフトの空へと向けていた刀が半ばから折れ、折れた刃は天へと舞う。

対してムジンの刀は折れることもなく、美しい刀身は月明かりに映えたままだった。


 「・・・」


 「・・・見事じゃ」


一言漏らして倒れたのはムジンだった。

その顔は負けた事に対する無念さや屈辱などなく、むしろ安らぎや安心と言った感情に満ちていた。


 「師匠っ!」


クリフトは倒れたムジンへとすぐに駆け寄る。

ムジンを仰向けに起こすと、息も絶え絶えながらムジンは言葉を搾り出した。


 「よく、ぞワシを超えた。もう、教える事は、何もない」


 「師匠!」


 「これ、からは、お前が、無刃流を、つぎ」


 「ししょ、グァッ!?」


 「・・・クリフト?」


クリフトのムジンを支える手が緩み、ムジンは草の上に倒れこんだ。

何が起こったのか不思議でならないムジンは体をどうにか起こしてみると、そこには折れた刃が背中から突き刺さり胸から出ていたクリフトの姿があった。

咄嗟の事に何が起こったのか理解できないムジンの前で、クリフトは口から大量の吐血をしていた。


 「お、おい?何が!?」


 「・・・ゴフッ!す、すいません、師匠。僕は、これまでです。折れた切っ先が、突き刺さるまで、気づかないとは、僕もまだま、だ・・・」


 「そんな馬鹿な!なんでこんな!?お、おい、しっかりしろ!」


自分の怪我などそっちのけでムジンはクリフトに応急処理と施していく。

とは言っても、医師でもないムジンには手に負える怪我ではない。

懸命なムジンに対し、クリフトは小さく首を横に振った。


 「無駄、です。もう駄目、なのは、分かり、ます」


 「頑張れ!お前がいなくなったらだれがワシの跡を継ぐんじゃ!」


 「今まで、ありが、と・・・」


 「待てぇ!死ぬな!クソッ!」


体を奮い起こして立ち上がり、ムジンはクリフトの体を住まいへ移そうと引っ張った。


 「頑張るんじゃ!気力を振り絞れ!生きろー!」


必死に住まいを目指すムジンの下で、クリフトは緩やかに目を閉じていった。






 あれから3日が立った。

盛り上がった土の前でムジンは手を合わせ、静かに目を閉じていた。

土山の前には花が供えられ、両隣に立てられた蝋燭の先には火の揺らめきがある。


 「まさか、ワシじゃなく、お前が死んでしまうとは、な・・・」


深いため息と共にムジンは肩を落とした。

自分が倒れた後、無刃流の跡継ぎとしてムジンの名を継がせ、折った刀の代わりに自分の刀を渡す。

彼の中で何日もかけて練っていたプランはたった一つのイレギュラーによって完膚なきまでに叩き潰された。

予定とは違うまさかの展開にムジンは心の底から落ち込んでいた。


 「くそ!一子相伝だからって最後の試験が師匠と弟子の真剣勝負にしなくてもいいじゃろうに!」


消化できない苛立ちを吐き出すようにムジンは大声で叫ぶ。

ただ、人里からもかなり離れた山の中に住む彼の叫びなど、聞いている者は誰一人としていない。

空しく辺りが静まりかえるとまた肩を落とす。


 「はぁ・・・と言っても、もう終わった以上仕方がない。言ってもどうしようもないしの」


諦めがついていないようだが、どうにか腰を浮かせた彼は老化と怪我で衰弱した体を起こし、その場で立ち上がった。


 「新しい弟子を探しに行くとするか・・・」


足元にあらかじめ置いてあった荷物を取ると、ムジンは最後にクリフトの墓へと向き直る。


 「ゆっくり休め、クリフト」


クリフトの眠っている墓を後にムジンの当てのない旅は始まった。






 人里離れた自宅から2日かけてラール国の首都、オリバスにムジンはたどり着いた。

門をくぐれば、その目には中央にそびえ立つ立派な城が目に付く。

ムジンは昔見たのとまるで変わらない光景に違和感もなく、城へと伸びる大通りを歩く。


 「10年ぶりに来たがそこまで変わるものでもないか。ふむ、そういえば、クリフトと出会ったのもその時じゃったか」


昔の事を思い出し、干渉に浸りながら歩くムジンだが、道行く人や店の店員からは注目の的となっていた。

ムジンの今の姿は年季の入った半着に袴といった服装で、他の者達からすればまるで他国からの旅人のようだったからだ。

そこに刀の収まった鞘をぶら下げていたため、迂闊に声をかけようとするものもいない。


 「久しぶりに来たが、やはり街は人が多いな。これだけいれば誰か一人くらい無刃流を継げる者がいるかもしれんな」


人目を気にせず弟子を探そうとするムジンだが、それを止める様に腹の音が鳴る。


 「む?そういえば、昨日の野兎から何も食っていなかったな。まずは腹ごしらえといこう」


店に詳しいはずもないムジンは辺りを見回し、ちょうど目についた定食屋へ入ろうとする。

その途端、勢いよく中から人が飛び出していき、外の床の上で転がりまわった。


 「ぐへっ!」


咄嗟にかわしたムジンは困った様に頭を掻いた。


 「ふむ・・・近頃の飯屋は人が飛び出てくるのかの?」


飛んできた男は命に別状もなく、ただ気絶してるようであるため、ムジンは放っておく事にした。

人相的に言えば、チンピラとしか思えない男に関わるのもムジンは嫌だったようだ。

チンピラ風な男をまたいでよけると、ムジンは改めて中へと入る。

店内はそこまで広くはないものの、いくつかのテーブルと席があり、漂う香りは食欲を更に刺激するおいしさ漂う香りだった。

そこだけ見ていれば、ただの定食屋で終わる。

だが、さっき飛んできた男と言い、その男と同種類であるのが一目で分かるチンピラ達が店の席を埋めているのを見れば、いくら腹が空いていようとも誰しもがすぐに反転して出て行くだろう。

ムジンも何となく嫌な予感がし、別の店を探そうと反転した時だった。


 「っち!使えねぇ奴を叩きだしたと思ったら、今度はジジイが現れやがったぜ!」


チンピラ達の中でも一際大きく、ふんぞり返っている男が大声を上げる。

どうやら、その大男がボスなのだろう。


 「あ~、すまん。定食屋だと思ったんじゃが、ここは君達の溜まり場のようじゃな。邪魔者みたいじゃし、ワシは失礼するとするよ」


背を向けて出ていこうとするムジン。

その顔を掠める様にナイフが飛び、木造の柱へと突き刺さるとボスの高笑いが店内に響いた。


 「そう避けなくてもいいだろう?邪魔も何も俺達は暇なんだ、暇つぶしに付き合ってくれよ、爺さん」


足を止めたムジンと出入り口の間に手下のチンピラ達が回りこむ。

逃がす気がない事に対して、めんどくさそうな溜息をついて振り返るムジン。


 「それで?なんじゃ?お前さんたちが暇ならわしをどうする気かね?」


 「決まってるじゃねぇか!俺達の遊び相手・・・そうだな、サンドバックにでもなってもらおうじゃねぇか!」


体格のいいボスが凄んで立ちあがると、周りのチンピラ達も立ちあがり騒ぎ立てる。


 「ボス!さすがです!」


 「俺!俺が1発で終わらせてやる!」


 「いや、俺だ!ボス!俺にやらせてくれ!」


 「おうおう、爺のくせにすげぇ人気だな!よし、お前からだ!」


 「ヒャッホ~!死ねや、爺!」


指名されたチンピラの一人がムジンへと拳を振りかぶって襲いかかる。

普通に考えれば、老人と若者の喧嘩など若者の勝ちに大抵は決まっているが、生憎とこの老人は普通の老人ではなかった。

チンピラがムジンへと殴りかかったかと思うと急にその動きが止まり、殴りかかった拳はムジンの顔に当たる手前で止まる。


 「あん?おい、どうした?早くやれ!」


 「やれやれ、いつの時代もこういう輩は消えないもんじゃな」


溜息をつくムジンは、いつの間にか握った拳を繰り出し、チンピラの腹に深くめり込ませていた。

よくよく見れば、チンピラは既に白目を剥き、意識はない。

ムジンが軽く押すとチンピラは床に倒れこみ、体をびくつかせながらも完全に気絶していた。

ボスと手下達の間に戦慄が走る。


 「爺!てめぇ、やりやがったな!」


 「正当防衛じゃ。・・・おっと忘れておった」


そう言うとムジンはボスや手下たちをジッと見て回る。


 「な、なんだ!何見てやがる!」


 「てめぇ、俺達にガンつけてやがるのか!?」


ボスや手下が喚き立てる中、一通り見て回ったムジンは肩を落とし、またため息をついた。


 「・・・駄目じゃな、ロクなのがおらん。まぁ、素質があっても弟子にしたくはなかったがな」


 「何をゴチャゴチャと!お前ら、全員でかかれ!」


 「「「うおおぉぉぉーっ!」」」


チンピラ達は群れをなして襲ってきた。

その手には小さいナイフなどの武器も握られ、最早話し合いで収まるような雰囲気でもない。

ムジンは腰から下げていた刀を鞘をつけたまま柄を握り、正眼に構える。


 「まぁ、迷惑をかけてるようじゃし、ちょっとお仕置きじゃ」


ムジンは体に少し力を込める。

次の瞬間、走ってくるチンピラ達の隙間を一瞬で駆け抜け、ボスの目の前でムジンは止まった。

一瞬の出来事にボスも何が起こったかすぐには分からなかった。


 「・・・え?はっ?んなっ!じ、爺!てめぇ何時の間に!?」


いきなり目の前に現れたムジンにボスはたじろぐ。


 「お、おい、お前ら!こっちだ!爺はこっちだ・・・おい!?」


ボスは手下達に呼びかけたものの、手下達はボスの声にまるで反応が無い。

振り向きすらしない事に段々と恐怖を覚えたボスだが、今は何度も呼びかけるしかない。

ムジンは困惑するボスの前で鞘付きの刀を床に付き立てる。

その途端、手下達が持っていた武器が床へ全て落ちていき、全員が白目をむいて倒れていった。

最早、店内で立っているのはムジンとボスだけだった。


 「なぁっ!?な、なんで」


 「これに懲りたら人に迷惑をかける様な事はするんじゃないぞ、いいな?」


ボスの返答も待たず、頭へとムジンの振った鞘が落とされ、鈍い音を立ててボスは白目をむいて倒れた。

一仕事終えたようにムジンは首を左右に揺らすと、思い出したように腹の音がなった。


 「さて、邪魔者もいなくなった事じゃし、飯じゃな」


ムジンは刀をテーブルに立てかけ、隅っこで腰を抜かして震えていた店主に向かって叫ぶ。


 「店主!とりあえず何か定食を頼む」


 「・・・はっ!ぎゃーー!殺さないでくれーーー!!」


店主はよろけながら立ち上がると、裏口から一目散に逃げ出した。

どうやら店を占拠していたチンピラ達がムジンによって殺されたと勘違いしていたようで、口封じに自分も殺されると考えたのだろう。

ムジンとしては飯が食べたいだけなため、そんな気などある訳もない。

だが、結果として店の中でまともに意識があるのは、椅子にポツンと座っているムジンだけとなってしまった。


 「むぅ、まさか、店主が逃げ出すとは・・・。仕方ない、勝手に何かいただくと」


 「おやおや、これは一体?」


店の入り口から聞こえた声に反応してムジンは振り向いた。

そこに立っていたのは軽装の鎧をつけ、長剣の入った鞘を腰から下げる青年だった。


 「なんじゃ、お前さんは?」


 「おや、貴方は・・・?私はこの街の警備団長、シリウスです。占拠しているチンピラを追い出してほしいと言われて此処に来たのですが、察するに貴方がこれを?」


笑みを浮かべながらシリウスは倒れて気絶しているチンピラ達を指差す。

ムジンは呆れた様な顔をしながら息をついた。


 「ワシは飯が食いたいだけだったんじゃが、コイツらが襲ってくるもんでな」


 「ほう、なるほど。・・・それなら私と一緒に来てください。詳しいお話をお聞きします」


 「それは強制かね?」


 「いえいえ、ただの任意同行です。拒否していただいても構いませんが、街の警備を預かる私としては詳しい経緯が知りたいので出来ればお願いいたします。それに、解決していただいたお礼として御昼食と謝礼を出しましょう」


 「それなら同行させていただこうかの」


席を立ったムジンはシリウスに先導されるまま、街中を歩いた。

警備団長と異様な格好の老人が並んで歩いているだけあって、人目はさっきよりも集まっていた。


 「注目の的じゃな、お主」


 「いや、多分貴方の方だと思うんですが・・・。あ、あそこに見えるのが警備団の本部です」


シリウスが指差す先には石を積み上げられて作られた民家よりも一際大きい建物があった。

門の前には鎧を着込んだ門番も立ち、中々に威厳のある建物だった。

さっきのチンピラ達ならば、絶対に近寄りたくもない場所だろう。


 「中々大きいところじゃな」


 「ええ、この街の治安を守るので組織としても規模がそれなりに大きいので、建物も一際大きいんです。申し訳ないですけど、お住まいなどの事も聞かせていただきますよ」


 「構わん、飯が食えるならな」


 「保障しましょう」


上機嫌なムジンと終始笑みを崩さないシリウスは警備団本部へと足を進めた。







 小さい個室の中でテーブル越しに面と向かったムジンとシリウスだが、その様子はひどく対照的だった。

用意された何皿かの料理に次々とがっつくムジン。

その前でシリウスは紙にペンで聞いた内容を書き取っていたが、ムジンの食欲に呆れながらペンを止めた。


 「え~と、大体の事情は分かりました。弟子を探して旅をしているだなんて変わった事情をお持ちの様で」


 「そうなんじゃよ。わしも高齢じゃからそう出歩きたくないが、しょうがなくな」


 「その・・・無刃流、ですか?私もそこそこ剣は使っているのですが聞いた事もないですし、その剣を見せてもらっても?」


食べる手を止め、ムジンは刀をシリウスの前に突き出した。

受け取った刀をシリウスは抜き、刀の表面に走る波に桜が散っている様な紋様に思わず見惚れる。

芸術品と言っても過言ではないほどの美しさに、シリウスは自然と息を呑んだ。


 「これは・・・綺麗な・・・」


 「『桜花おうか』という刀じゃ。名のある名匠の最後の一振りじゃ」


シリウスはムジンの言葉に我に返ると刀を鞘におさめ、ムジンへと返した。

刀が戻るとムジンは再び食事のために手を動かし始める。


 「刀、ですか。確か、歴史の文献で今は亡きシン国の兵士が使っていたとか・・・」


 「わしはそのシン国の生き残りじゃ」


ムジンの言葉に驚いたシリウスは思わず立ち上がった。

ずっと浮かべていた笑顔は消え、目を見開いて表情も驚きの色に染まる。


 「まさか!?シン国が滅んでからもう30年以上経ってるんですよ?」


 「正確に言えば35年前じゃ。当時の最後の戦争でわしは運悪く生き残ってしまっての。友も家族も全てが死に絶えた中、わし1人山奥で隠れ住んで生き延びた・・・昔の話じゃ」


ムジンは遠くを見つめる様に顔を上げる。

その哀愁漂う顔にシリウスはこれが嘘ではないと確信を抱く。


 「そ、それで貴方はこれからどうする気なんですか?まさか、今頃になって復讐を!?」


 「そんなもんヤル気があったらとうの昔にやっておるわ!さっきも言ったが今のわしは無刃流の後継者探ししか目的が無い」


安心したのかシリウスは腰を下ろし、元の笑顔へと表情を戻していく。


 「それならよかった。ただ、気を付けてください。昔の事と言えど、シン国の生き残りだとばれれば処刑されるかもしれませんよ?」


 「ふむ、それは困るな」


 「とりあえず、その恰好から何とかしましょう。幸い、ここには着替え用の服が何着もある。今取ってきますから此処にいてください」


そう言うとシリウスは背後のドアから外へと出ていった。

気にせずムジンは飯を食べ続けたが、しばらくするとドアが蹴破られ、狭い室内に全身鎧を着込んだ者達が中へと流れ込んだ。


 「なんじゃ、お主らは?」


ムジンはあくまで落ち着き払い、飯を食べながら問いかける。


 「お前がシン国の生き残りであるかもしれないと通報があった。王宮に連行して査問を行う」


 「ふ~ん、・・・なるほどのぅ」


こんな状況下でありながらもムジンは食べる手を止めない。

そんなムジンに兵士は苛立ち、ムジンを指差して叫ぶ。


 「食べるのを止めないか!ええい、捕えろ!」


命令に従って何人もの兵士達が狭い室内にもかかわらず一斉にムジンを取り囲む。

両側から屈強な兵士に挟まれたムジンだが、あくまで食事の手は止めない。

兵士達がムジンを捕まえようと手を挿し伸ばした時、ムジンはちょうど全ての料理を食べ終え、挿し伸ばされた手を状態を反らしてかわすと刀を掴んでそのまま後ろへと下がった。


 「どれ、食後の運動といくかの」


小さく笑ったムジンは刀を腰に挿し、今にも抜きそうな前傾姿勢をとる。

その途端、兵士達は共通して嫌な感覚を感じていた。

まるで大型の猛獣に立ち向かうかのような圧倒的な威圧感と、殺されるかもしれないと言う身の竦むほどの恐怖。

兵士達の間に戦慄が走り、ほぼ本能的に兵士達は剣を抜いた。


 「くっ!な、なんだというのだ!?たかが老人1人に気圧されるなど!」


たった構え一つ取っただけで慌てふためく兵士達に、ムジンは笑みを浮かべる。


 「よしよし、しっかり構えてるんじゃ。いいか?いくぞ!」


 「?」


言葉の意味が分からず、兵士達が疑問に思っている瞬間だった。

ムジンの体が蜃気楼のようにぶれたかと思うと風が兵士達の間を吹き抜け、気がつけば今までいた場所にムジンの姿はなかった。


 「な!?ど、どこにいった!」


 「駄目じゃな、少なくとも何処にいるのか察知できるくらいの素質は欲しいんじゃが」


 「っ!?」


後ろからの声に兵士達は慌てて後ろへと剣を構える。

そこには残念そうな顔をしたムジンが『桜花』を鞘にしまっていた。

完全に鞘へと収め、小さく鞘と鍔の音が鳴った途端、兵士達の剣は幾つにも分断され、更に体を守っていたはずの鎧も同じように輪切りにされていた。

何が起こったのか理解できない兵士達だが、斬られた事に気づいて自身の体を見るものの何処にも傷はついていなかった。


 「な、にが・・・!?」


 「軽い運動としてはこんな所かの。それじゃ、わしは失礼させてもらうとしよう」


言葉も出ない兵士たちをよそにムジンは窓から外へと飛び出し、一回転して綺麗に着地してみせる。

老人とは思えない俊敏な動きで警備団から出て行こうとすると、ちょうどそこへ服を持ったシリウスが歩いていた。


 「あれ?どうしてこんなところに?」


 「追手が来たらしい。すまんがこれで失礼させてもらおう」


 「え?ちょ、ちょっと」


 「邪魔だ、どけ!」


警備団から去っていくムジンの後を追って鎧を脱ぎ棄てた兵士達が表れ、その1人がシリウスを弾き飛ばそうとする。

だが、逆に弾け飛んだのは兵士の方であり、地面の上に腰をついてしまう。

それどころかシリウスは何事もなかったかのように落ち着いて兵士へと手を伸ばしていた。


 「あらら、大丈夫ですか?急に来るものですから」


 「き、貴様がさっさとどいていればよかったのだ!」


 「どうもすいません。でも、他の方達、行っちゃいましたよ」


 「っち!これで奴を取り逃したら貴様のせいだ!」


兵士はそう言うと他の兵士に続いてその場から居なくなった。


 「中々面白い事になってきたかな」


笑顔を浮かべているシリウスの口元が歪み、ムジンの走っていった方向を見据えていた。

一方、ムジンは人が行き交う街中を軽快に、そして誰ともぶつかることなく風のように走り抜ける。

その後を追って兵士達が走るが、軽快に走るムジンと違い、兵士達は疲労困憊で足が次第に止まり出していた。


 「ぜっ!はっ!ば、化物か、あのジジイ!」


 「やれやれ、こんな年寄りにも追いつけん、と・・・?」


そう言うムジンの足も不思議と次第に止まり始めた。

疲れているというよりは気だるそうに足が止まり、眠そうに瞼が閉じかけている。


 「まったく・・・なさけ・・・ない・・・」


地面に倒れると大の字になって寝息を立てるムジン。

そこにようやく追いついた兵士達が、集まる野次馬たちを押しのけて横たわるムジンを捕えた。


 「ぜぇっぜぇっ!て、てこずらせやがって!おい、運ぶぞ!」


眠りこけたムジンを数人の兵士が抱え上げ、周囲の目に晒される中でムジンは城へ連れて行かれた。






 「もう一度聞こう。お前の国を35年前に滅ぼしたラール国に何の用だ?」


その質問に飽き飽きしたムジンは広い室内のどこからでも聞こえるほどの深い溜息をついて答える。


 「だからいっとるじゃろ?ただの後継者探しじゃ!」


 「貴様、王に向かって何と言う口の聞き方を!」


今にも斬りかかりそうだった兵士を王は手を上げて止めた。

ラールを治める王が座る玉座の前にムジンは体に縄を巻かれた状態で床の上に座らされており、その周りには万が一に備えての兵士達、更にその後ろには王の側近達が立ち、皆が苛立った様子のムジンに注目していた。

滅んだはずの国の者が35年も経ってから現れたのだから、皆の好奇心を集めてしまうのも無理はない。

ムジンとしてはこの状況に苛立っているらしく、王との謁見場に連れて来られてからずっと眉間にしわを寄せていた。


 「よい。とりあえず、お前に敵意が無いのは分かった。とは言っても、敵対した国の民だったなら見逃す事も出来ぬ」


 「・・・それで?どうするつもりじゃ?」


ムジンは眼光鋭く、王を威圧するように睨みつけて言う。

だが、王は涼しげな顔のまま、ムジンの威圧に屈したりはしなかった。

それどころか、次の発言にムジンも固まらされることとなる。


 「ふっ、そこでだ。我が息子にその技を教えてみんかね?今まで剣の指導は兵士の中で一番の者、街中の腕の立つ者などにやらせてみたのだが一向に上達しないものでな。それが終わればお前の事は見逃そう」


その言葉に辺りが騒然とし、どよめきが起こる。

王の側近達は慌てて王へと押し寄せる。


 「王よ!それはいけません!いくらなんでも滅ぼした国の技など」


 「そうです、それに刀の使い方など覚えた所で無駄です!」


 「今のうちに色々な剣技などを覚えさせておいた方が後々役に立つ。それにいろんな剣や武器を見知った方がいい」


 「で、ですが!」


側近たちと王とで議論が始まり、兵士達も仲間内での話し合いが始まった。

さっきまでとは打って変わって騒がしくなる中、放置された当事者であるはずのムジンは苛立ちが頂点に達しそうだった。

それに気づいた王は側近を強引にあしらい、ムジンと目を合わせるがムジンは顔をそむけて言う。


 「ふん、無刃流は一子相伝。そんな簡単に出来る物ではない上に、それなりの素質が無けりゃ無理じゃ!無刃流をなめてもらっては困る!」


 「こ、この無礼者!」


主への態度に我慢の限界を迎えた兵士が剣を抜いてムジンに斬りかかる。

咄嗟の事に誰もが反応できない中、王はその場ですぐに立ち上がった。


 「ええい、やめんか!」


王の怒号の命令に兵士は体をびくつかせて止まり、青ざめた顔で剣を納めて元の場所に戻っていく。


 「出来る出来ないは一度やってみれば分かる事だ。息子に修練所へ行くよう伝えよ。その男も連れて行け」


 「やるとも言っとらんがの」


終始、不貞腐れたままのムジンは両脇を兵士に抱えられて立ち上がり、そのまま謁見場を後にする。

扉が閉じられ、兵士に促されてムジンは不機嫌な顔で歩く。

終始、互いに無言のままかと思われたが、人気の少ない修練所への道に来た途端、片方の兵士が突然押し殺した笑い声を上げた。


 「クククッ、これでお前も終わりだな爺さん」


 「どういう意味じゃ?」


 「なぁに、すぐにわかるさ」


重厚な修練所の扉の前へとたどり着くと、扉は鈍い音を上げながら開く。

土を固められた地面でそれなりの広さを持つ屋内の部屋だが、いくつかの小さい窓から光が差し込むだけの陰湿な雰囲気の部屋だった。

まるで拷問部屋と言われても誰も疑問には思わないだろう。


 「ほらよ!」


両脇の兵士達が修練所へとムジンを放り込み、兵士達は扉を閉めた。

地面の上を転がったムジンが止まった先には、防具に身を固めて剣を持った15歳程度の男が立っていた。

彼はムジンを見下ろし、鼻で笑いながら言う。


 「ハッ、貴様が私に教えるという奴か?」


 「・・・」


無言で睨み返すムジンに顔をしかめた彼は、拍手を2回打った。

すると、隅に控えていた兵士により扉が開かれ、次々と兵士達が中へと入り込んだ後に壁際へと整列する。

石造りの壁の前に隙間なく剣を持った兵士が並び、その視線がムジンへと集中する。


 「貴様が教える奴か、と私は聞いたのだ」


 「・・・」


 「早く答えんか!王子が聞いておられるのだぞ!」


一斉に騒ぎ立てる兵士達に、ムジンはどこか納得したようにため息をつくと呆れた顔で答えた。


 「ああ、そうじゃな。と言ってもわしが教えるのは刀の技じゃ。お前さんが持っとる剣は使えん」


 「ッチ!父上め、めんどくさい事を言うものだ!おい、刀とやらを持て!」


王子が叫ぶと壁際に立っていた兵士の1人が刀を持ってきた。

王子は剣を放り投げ、渡された刀を握る。

見慣れない初めての刀に興味深々な王子は、柄を握ると鞘を抜いて投げ捨てた。

そして、湾曲した刃に表れた桜が散っている様な紋様に目を奪われ、自然とうなっていた。


 「おお、これは見事な」


 「むっ!?それはわしの『桜花』じゃ!」


 「なるほど、貴様の物か。残念だが今からは私の物だ。いいな、早く試し切りがしてみたい。早く私に技を教えろ」


 「・・・お断りじゃ」


その一言に壁際の兵士達がムジンへと剣を構える。


 「まさか、今の状況が分かっていない訳ではあるまい?私の意にそぐわない事をすれば、即座に兵士達がお前を殺す。当然だが、私を襲おうとしてもお前を殺す。最も、その縛られた状態では何も出来る訳が無いがな」


 「どうせそんな事じゃろうと思うとったわい。この捻くれた糞ガキめ」


 王子・兵士達『な!?』


堂々と侮辱したムジンの言葉に全員が驚きで固まる中、彼は縛られた状態で立ち上がると続けて言い放った。


 「王がお前は剣術が上達しないと言っておった。だが、実際は剣術が上達しないのではなく、お前が剣術を教わろうとしておらんのじゃろ!大方、今までも兵士達で脅しながら我侭の限りを尽くしておったんじゃろうが、そんなやり方で上達するわけもない!お前はただの自己中心的なガキでしかないという事じゃ!」


 「こ・・・、この・・・!」


うまく言葉が出ない王子の顔は瞬く間に真っ赤になっていく。

今まで見たこともないほどの怒りの様子に兵士たちは顔が青ざめ、王子へのフォローもいれられない。

何しろ、彼らも内心ではその通りだと認めているからだ。

王子はムジンを睨みつけて『桜花』を上段に構えると、あきれ果てた顔のムジンへと斬りかかった。


 「こ、このような侮辱!し、死んで詫びろおおおぉぉぉ!!」


王子が『桜花』を振り下ろす。

その瞬間、ムジンは体を器用に捻り、体を縛るロープのみを切らせ、束縛のなくなった右手で瞬時に王子の右手を手刀ではたいた。

痛みで握りの甘くなった『桜花』をムジンはあっさりと奪いとる事に成功した。


 「・・・ふう、構え方がなっとらんし、腰も入っとらん。素質も全く感じられん。こりゃ考えるまでもなく、失格じゃな」


 「き、貴様!私に刃向かうのか!」


 「おい!王子から離れ、その刀を捨てろ!」


王子が激怒し、兵士達が剣を構えてムジンとの距離を詰める中、ムジンは落ち着いたように足元に転がっていた鞘を拾い上げて腰に挿す。

動揺の一つもなく、更にその近くに王子がいるだけあって兵士たちは迂闊に近寄れない。

ムジンは喚きたてるだけの兵士達を見回すと、残念そうに溜息をつく。


 「むう、城のお抱え兵士なら強いと思ったのじゃが、どうやらロクなのがおらんようじゃな」


その隙に王子は後退し、ムジンとの距離を詰める兵士達の後ろへと逃げた。


 「やれ!もう殺してしまって構わん!」


 「分かりました、王子!・・・おい、全員でかかる!いくぞ!」


兵士の命令を合図にムジンへと一斉に襲いかかる兵士達。

それでも尚、ムジンは焦りの色を見せない。


 「やれやれ、お前達にもちぃとばかし教えてやるかの。相手の力量を見極めないとどうなるか・・・」


腰に挿した鞘に刀を収めたムジンは、右手を柄に当て、力を貯める様に体を前傾姿勢で止める。

兵士達が目前に迫る中、ムジンは右足を一歩踏み出すと同時に腕がぶれたように消える。

消えた腕が一瞬で同じ位置に戻り、刀から澄んだ音が辺りに響き渡る。


 「無刃流・絶円斬」


小さくムジンが技の名前を呟く。

まるで何も起こっていないかのようだったが、変化はすぐに現れた。

襲いかかろうとしていた兵士達が白目を剥いて歩みを止めたかと思うと、次々に倒れて兵士の格好をした者で立っている者は誰一人としていなかった。


 「ひいいぃぃっ!?な、なんだ!何が起こった!?」


唯一無事だった王子は腰を抜かし、ムジンを化け物でも見るかのような目で見る。

そんな王子にムジンは体を起こして歩み寄る。

近づいてくる得体の知れない存在に王子は腰が抜けたまま、更に後ろへと下がっていく。


 「安心せい、殺してはおらん。ただ、目に見えないほどの斬撃による衝撃でお前以外の全員の意識を飛ばしただけじゃ。そのうち目覚めるじゃろ」


 「お、おい!それを教えろ!そうすればさっきの無礼はなかった事にしてやる!」


 「・・・お前、ただの馬鹿じゃな」


現状が見えていない王子にムジンは呆れ果てる。

またの侮辱に食って掛かろうとした王子だが、背中が壁についてしまい、逃げ場を失った事で言葉が詰まる。

そこへムジンはゆっくりと走ることなく、差を詰めていく。


 「お前、今、一番危険な事が分かっておらんのか?お前を守る兵士もおらんし、わしが殺そうと思えば何時でも殺せるんじゃぞ?」


 「え!?はっ!?」


 「・・・見逃そうとも思ったがお前が生きてもまともな王にはなるまい。ならば、わしが引導を渡してやろう」


 「ま、待て!!私はこの国の王子なんだぞ!?やめろ!!」


顔を青くしながら言う王子だが、ムジンは確実に1歩ずつ壁際の王子へと歩み寄る。

その表情は固く、冗談を言っているようには見えない。


 「や、やめてくれ!!」


無言で詰め寄るムジン。

王子の恐怖は高まり、目の焦点もぶれ始める。


 「誰か助けてくれ!やめろーーー!!わ、私が悪かった!だから助けてくれ!いや、助けてください!」


もう一歩歩み寄ったムジンの眼下には、そこだけ地震が来たのかと思える程震える王子の姿があった。

先ほど、兵士達を使っていた時の勝ち気などまるで感じられない。

ムジンは冷たい目でそんな王子を捉え、『桜花』を振りあげて叫び声を上げる王子へと振り下ろす。


 「ぎゃーーーーーーーっ!!!!」


その時だった。

王子に刀が当たりそうになった寸前、気絶する王子の前に甲高い音を立てて『桜花』の動きを止めている剣が現れた。

特に不思議にも思っていないムジンはその剣の出た元を見る。

横から突き出された剣を握っていたのはどこからか表れた兵士の姿をしたシリウスだった。


 「ふん、ようやく現れたか。全く、兵士の中に隠れてこっちを窺うどころか、気絶したフリまでするとは、お主、本当にただの警備団長か?」


 「・・・私が出てきた事には驚かないんですね」


 「当然じゃ、それぐらい気付いておるわ。それに警備団で兵士の来たタイミングと言い、飯の中に睡眠薬を仕込んだのと言い、お主が手を回さんと無理じゃろ。狙いが今一つ分からんかったが、王子を更生させるのにダシとして使われた、と言った所じゃろうか?」


苦笑いを浮かべながらシリウスは剣を押し、ムジンを王子の前から弾き飛ばした。


 「まぁ、そんな所です。権力を振りまわしてロクでもない事ばかりやっている息子に王も困り果てていましてね。どうしようかと悩んでいた所に貴方が来たものですからちょうどいいなと」


笑みを崩さずあっさりと言ってみせるシリウスに、ムジンは何度目かの溜息をつく。


 「全く、近頃の若い者ときたら」


 「すいません、貴方には感謝してますよ。最後のはやりすぎたかもしれませんがね」


 「・・・まぁいい、お主が後継者になってくれれば問題ない!それで許そう!」


瞬間、場の時が止まった。

本当に止まったわけではないが、少なくともシリウスはそう感じるほど、意識が遠くにあった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」


 「見所があるしな」


そう言いながらムジンは『桜花』を正眼に構えた。

逆にシリウスは顔を引きつらせ、いつも浮かべていた笑みを崩して反論する。


 「ちょ、ちょっと待って下さい!なんで私が後継者に!?」


 「ふん、隠しておる様じゃがお主が十分な素質を持ち、それを生かすための訓練をしているのは分かっとる。ワシを罠にはめたんじゃ、それぐらいはしてもよかろう」


 「それぐらいって、それで前の後継者は死んだって聞いたんですけど?」


 「まぁ、大丈夫じゃ」


 「何処がですか!?」


 「・・・ぬぅ、じゃあ、こうしよう。ワシを倒したらその話しは無しじゃ」


 「一方的な言い分ですけど、罠にかけたのは事実。しょうがないです・・・ね!」


話の途中でシリウスはムジンへと斬りかかった。

その速さはムジンほどではないにしろ速く、あっという間にムジンとの距離を詰めると空気を切り裂く様な突きが放たれた。

ムジンは口の端を吊り上げて笑うと、突きを『桜花』で跳ね除けて強引に軌道を変え、がら空きになったシリウスに斬りかかる。


 「フッ!」


シリウスは体を捻ってかわし、ムジンが続けざまに切り返したのシリウスは後ろへと飛んでかわす。

更に着地したと同時に突撃し、構えた剣を振り下ろした。

刀で受けようとしたムジンだが、何かに気づいた彼は途中で刀を斜めに構え、剣を受け流す。

受け流されて地面へとシリウスの剣は突き刺さる。

ムジンがその隙を狙おうとした途端、シリウスの拳がムジンの鼻先をかすめ、思わずムジンは後ろへ飛び退いた。


 「ふむ、力はワシ以上じゃな。それに中々機転が良い」


 「全てかわされるんじゃ意味もないでしょう?」


 「いやいや、ワシから学べば簡単に当たるようになる。どうじゃ?」


 「お断り・・・です!」


再びムジンへと斬りかかったシリウス。

それをムジンは涼しい顔で防ぎ、次々にシリウスが繰り出す攻撃を防いでみせる。

傍から見ればムジンが防戦一方のように見えるが、シリウスは内心で攻めきれないことに焦りを抱いていた。

何十回目かの攻防の後に生じた一瞬の隙をついてムジンがシリウスを蹴り飛ばした。


 「ぐっ!・・・っ!?」


壁際に追いやられたシリウスの目の前には『桜花』の美しい刀身があった。

その後ろには見下ろすムジンがおり、必然的に目が合う。


 「さて、ワシの勝ちじゃな」


 「ま、まだです!」


シリウスが剣に力を込めようとした時だった。

勢い良く修練所の扉が開くと同時に訓練所に大量の兵士がなだれ込み、倒れた王子を見つけた。


 「王子、大丈夫ですか!・・・王子!?おのれ、よくも!」


 「ふむ、めんどくさくなりそうじゃな。これで失礼するとしようかの」


 「どうやって逃げる気ですか?唯一の出入り口は兵士で埋まってますよ」


 「まぁ、見ておるが良い」


シリウスの胸倉を掴んで迫ってくる兵士達へと突き飛ばすムジン。

兵士達がシリウスに押されて動きが止まった隙に刀を鞘におさめ、壁に向かって体を静めた。


 「まさか、壁を斬るつもりですか!?」


 「そのまさか、じゃ!」


ムジンが壁に向かって刀を振り抜くや否や、辺りにあるはずのない突風が吹き荒れる。

その強風に兵士達が皆たじろぐ中、シリウスは見た。

振りぬいた『桜花』に風が集まり、巨大な刀となったそれがムジンの斬る動作にあわせて壁を削っていた。


 「無刃流奥義・極風刃」


ムジンが刀を鞘に納めると同時に風が止む。

その先にはまるで災害でもあったかのような巨大な大穴が開き、大きさは人一人は楽に通れそうなほどだった。

兵士達がまだよろけている間にムジンは自らが作り出した穴へと乗る。


 「じゃ、おいとましようかの」


 「っく!ま、待って」


止めようとしたシリウスを尻目にムジンは外へと飛び出した。






 夕暮れ時、街を見下ろせる郊外の高台にムジンは立っていた。

その眼下に広がる街の中ではまだ王子暗殺未遂としてムジンの捜索が続けられている。

ムジンはその様子に頭を掻くと、無言で振り返って歩き出した。


 「見つけた!」


 「ん?」


声に反応して振り向いた視線の先には、息を切らせたシリウスが立っていた。


 「なんじゃ、お主か。お?もしや無刃流後継者に」


 「なりません!」


 「ッチ!じゃ、何しに来たんじゃ?お主、1人ではワシに敵わんのは分かったじゃろ?」


 「王がこれを貴方にと」


シリウスが懐から取り出した袋をムジンへと放り投げる。

受け取った袋を開けると中には何枚もの金貨が収められていた。

ムジンが不思議に思っていると、呼吸の整ったシリウスは言葉を続けた。


 「伝言です。『この度は内の馬鹿息子が迷惑をかけた。貴殿に非が無い事は承知しているが、世間体としてわが国では貴殿を犯罪者扱いしなければならない。金貨はお礼と無礼に対しての詫びとして受け取ってもらいたい。すまなかった』だそうです」


 「やれやれ、王族というのは何時の時代も。まぁいい、それならさっさと行くとしようかの」


 「まだです!」


シリウスが手を前に出して留まる様にムジンへと促し、溜息をつきながらムジンも止まる。


 「まだ何かあるのかの?」


 「貴方はこれから後継者探しの旅をするんですよね?」


 「まぁ、そうじゃな」


 「それに私も同行したいんです!」


決意が堅いのか真面目な表情で叫ぶシリウスに対して、ムジンは面倒くさそうに呆れた顔になる。


 「弟子でもないのについてくるな。大体、どうしてワシに付いてきたいんじゃ?」


 「面白そうですからね」


いつもの笑顔で言い切ったシリウスにムジンは渋い顔をする。


 「お断りじ」


 「今、貴方は重犯罪人として手配を受けている」


言葉を遮ったシリウスにムジンは目を見開いて言葉を止める。


 「・・・」


 「国の外へ逃げるためには国境を抜けなければいけない」


 「それがどうした?」


 「私は知っているんです。簡単な国境の抜け方を、ね」


 「ふん!そんなもの、ワシが」


 「強行突破すればこの国ならず、その隣でも手配を受けますが、後継者探しの邪魔になりますよ?いいんですか?」


 「ぬぅ・・・」


 「それに、貴方が山篭りしていた間、世界は色々と変わっているんです。何も知らずに探すより、ある程度教養のある者がいた方がいいんじゃないですか?」


 「ぬぬっ・・・」


目を閉じて眉間にしわを寄せながら考えるムジン。

シリウスもそれ以上は言わず、ただ笑顔を浮かべてムジンの返答を待った。

一分ほど経った所で、諦めたようにムジンは答えた。


 「しょうがない。付いてきていいぞ」


その一言にシリウスはより一層感情の篭った笑みを浮かべる。


 「よし!では、行きましょう!」


予測どおりの展開に気分も上々なシリウスに向かって仁王立ちのムジンが叫ぶ。


 「その代わり!」


 「っ!?な、なんですか・・・?」


 「お前を後継者にするのは諦めたつもりはないからな!」


 「・・・まぁ、好きにしてください。お断りしますけどね」


諦めたようにシリウスは言うと、足元に置いてあった旅の道具が入った袋を背負う。

ムジンが先を歩き出すとその後にシリウスもついていく。


 「なぁ?」


 「はい?」


 「気が変わって後継者にな」


 「なりません!」


 「ッチ!」


ムジンの後継者探しの旅はシリウスと言うお伴を連れて始まった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 以前にあった原作者になろうで投稿したものを改変したものです。なので、内容的には続くような感じですが一話読みきりです。

 

 気晴らし程度に投稿したので誤字脱字表現等おかしいところがあれば、ご連絡を。

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