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翼の決意

「翼兄。おかえりなさい!」

「おかえりなさいませ。翼様」

「ああ、ただいま」

 

 出迎えてくれた椿と夏帆に自然と笑みを浮かべる翼。先程のような戦闘があった後だから、いつも以上に心が安らぎを覚えている。


「聞いたよ翼兄~。今朝、家の前で女の子とイチャイチャしてたんだって~?」

「……夏帆。椿にデタラメな事を吹き込まないでくれないか?」

「すいません。翼様は女性との交際の話をあまりされないものですから」

 

 悪戯っぽく笑う夏帆に苦笑する翼だが、今はからかわれている事が、なぜか心地よいとさえ感じる。

 ……いや、別段翼に異常な性癖があるというわけではないのだが。


「翼兄にもやっと彼女が出来たんだね~。翼兄ってあんまり恋愛とか興味なさそうだから、一生彼女が出来ないかもって気が気でなかったんだけど安心したよ~」

「……椿、お前は俺をそんな風に見ていたのか」

 

 内心で、あれは彼女でも何でもないんだけどなあ、と思いつつ、実の妹に一生彼女が出来ないと認識されていたのには多少ショックを受けた。

 肩をがっくりと落として見せると、椿は慌てて両手を横に振る。


「別に翼兄がかっこ悪いって言ってるわけじゃないんだよ? むしろ、どちらかと言えば翼兄はカッコイイ部類に入ると思う! この間遊びに来た友達も、翼兄のことカッコイイって言ってたし!」

「椿、憶えておくといい。フォローというのは逆に人を傷つけたりする事もあるんだ」

「翼兄が心を閉ざしてる!? フォローじゃなくて、本心からの言葉だよ!」

 

 兄妹の掛け合いを楽しげに見つめ、夏帆は「ふふっ」と微笑を浮かべる。その笑みを知ってか知らずか、椿は話を少し前へと戻し、


「まあ、いいじゃん翼兄。何はともあれ彼女さんが出来たんでしょ? 格好良かろうが悪かろうが、もう関係ないんだし。まあ、私としては、夏帆姉と翼兄がくっついてくれるのが一番嬉しかったんだけど」

 

 六年も一緒にいるからなのか、椿は夏帆の事を自分の姉のように慕っている。蓮哉も夏帆に対しては使用人としてではなく、ある意味家族みたいに接しているので問題にはなったりしない。


「私、でございますか?」

 

 突然自分を話題に出され、夏帆の浮かべてみた笑みはぽかんとした表情へと変わる。頷きながら、椿は愉快そうに笑んだ。


「翼兄と夏帆姉って、すごいお似合いだと思うんだよね~。仲も良いし、歳もあまり離れてないし。私としても、知らない女の人よりは夏帆姉の方がいいなあって。翼兄、今からでも遅くない! 新しく出来た彼女さんとは別れて、夏帆姉と付き合いなよ!」

「お、俺と夏帆が付き合うはずがないだろう! 夏帆も言ってやってくれ」

「そうですね。椿様、私達は確かに親しいかもしれませんが、あくまで主従関係です。翼様と交際するような事にはなりえません」

「えーっ! そんな~」

 

 ですが、と付け足して、夏帆は翼の方へ視線を向ける。


「もし私がここに仕える身ではなく、ただの女性として翼様と出会っていたならば、恐らく私は翼様に恋をしていたかもしれません」

「なっ」

 

 よもやそのような事を言われるとは思っても見なかった。不意を突かれ、翼はその場で硬直してしまう。

 慈しむような微笑を浮かべる夏帆。本心からなのか、はたまた翼をからかっているだけなのか。恐らく後者だろう、と翼は考えるようにした。


「さあ、いつまでも玄関にいるわけにもいきません。翼様、お荷物をお持ちいたします」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 微妙な雰囲気のまま話は中断され、椿と夏帆は先に家の中へと入っていく。遅れて、翼も靴を脱いで家の中へ入った。

 

廊下を進む途中、離れに電気が点いているのに気付く。


「夏帆。鞄は俺の机の上に置いておいてくれ。俺は少し、離れに寄ってくる」

「分かりました」

 

 夏帆と椿の姿を見送り、翼はサンダルに足を通した。


 昼は暑かった気温も、まだ初夏という事もあって夜には落ち着いている。風が頬を撫でるのを感じながら、翼は淡い月明かりの下を歩く。

 と、見えてきた離れの入り口から、蓮哉が出てくるのを翼は視界に捉えた。


「ただいま、親父」

「翼か、帰っていたのか」

 

 簡単な言葉のやり取り。いつもならこれで終わっているのだが、蓮哉には色々と言っておきたい事がある。


「親父、あんたはコロイドやプログラムの連中から俺を守るって言ったよな。けど、守ってもらう必要はないから」

「……やつらと接触したのか?」

 

 さほど驚いた様子もなく、だが真剣な眼差しを送ってくる蓮哉に翼は頷いた。


「俺はね親父、大事な人に怪我をさせたり迷惑を掛けたりしたくないんだ。それで日々の在り方が変わってしまうのが怖いんだよ」

 

 蓮哉は言葉を返さない。ただ、翼の紡ぐ言葉に耳を傾ける。


「大事な人を誰も巻き込まず、日々の在り方を変えない方法。それはたった一つだけだ。分かるだろ?」

「……全ての決着をお前一人で着けるとでも言うのか?」

「ああ」

 

 決意の込められた短い返事。蓮哉は表情を曇らせながら、首を横に振った。


「誰にも頼らず、全てを自分で背負おうというわけか。……馬鹿者が。そんな考えた方では近い内に命を落とすぞ」

「背負おうなんて気負っちゃいないさ。ただ、自分の身は自分で守れる。そう言いたかっただけだよ」

 

 身を翻し、翼は母屋へと歩き始める。蓮哉は翼を呼び止めようとはしなかった。

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