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コード・ギャザリング

 目的地の場所、羽須川駅に到着した電車から降り、翼は改札口を通って外に出た。

 

 電車に乗って四十分。到着した羽須川エリアは、東京内で区分された三十六のエリアの中で一番人口が少なく、目立った高層ビルもない田舎のような場所である。日が沈み始めている事もあってか、人の姿が見られない道路はどこか寂しげだ。

 

 空は境界線を作って橙色と黒色に分かれ、建物やアスファルトが沈みかけの夕日の光で輝いている。

 駅から扇野家までは二十分程度の距離があり、その間に道を曲がったりはしない。ただ道を真っ直ぐ歩いていれば、いずれ扇野家が見えてくるだろう。

 歩き慣れた道のり。哀愁さえ感じる周りの景色は、長くこの地に住んでいる翼にとってかげかえのない日常の一部。

 

 だからか、その雰囲気の中に紛れている違和感に翼は気付いた。


「……こそこそ隠れていないで姿を見せたらどうだ?」

 

 そう翼が呼び掛けたのは、駅から五分程度歩いた場所にある十字路での事だった。

 違和感が先程よりも強くなる。動揺からか乱れている『気』で、違和感の発生源が分かってしまう程に。

 

 場所を把握すると、翼の体は自然とその場へと動き出す。曲がり角を曲がると、そこに潜んでいた人物が「なっ」という声を上げて後ろに下がった。 

 

 相手が次の動作へ移る前に足を払いその人物を転倒させ、翼は相手の胸に足を乗せ、遠慮なく体重を加える。

 静寂に満ちていた空間に、男の苦悶が響き渡る。足をどけようと男は足首を掴むが、翼の足は動かず、変わらず男に苦痛を与えている。


「質問に答えてもらおうか。お前はなぜ俺の後をつけていた?」

 

 プログラムの人間でないのは翼には分かっている。目の前でもがいているこの男から発せられている雰囲気は、真奈とは正反対に悪意で溢れていた。プログラムでないのだとすれば、最近動きが見られるというコロイドの構成員で間違いないだろう。

 

 答えようとしていないのは、それがルールだからか、それとも仲間を売るような真似は出来ないと考えているからなのか。どちらにせよ、話そうとしないのなら無理矢理吐かせるまでだ。

 更なる力が足に加わった瞬間、胸骨が嫌な音を立てる。苦悶の声は叫びへと変わり、男は激痛に表情を引き攣らせた。


「黙秘が可能な状況だと解釈しているのなら、今ので分かっただろ? お前に選択権はない。改めて問うが、質問に答えてもらおうか?」

「ひっ」

 

 背筋が凍るような、冷徹な光を宿した瞳を直視した男は、情けない悲鳴を上げて体を震わせる。

 悪魔を見るような目で、男は翼を見つめる。


「わ、分かった! 情報なら吐く! だから、命だけは!」

「分かったなら早く言え。長い間待ってやるつもりはない」

 

 足に力を加える素振りを見せると、男は苦痛に顔を歪め、


「だったら、ここで死にやがれえええええっ!」

 

 つんざくような絶叫。

 翼の後方。今まで距離を取っていたコロイドの構成員が翼へと接近。攻撃態勢を取る。

 そちらへ一時的に翼が視線を向けた際、踏みつけられている男もまた、異能による攻撃を実行しようとする。完全に不意をついた。そう確信したかのように男は狂気的な笑みを浮かべる。

 

 しかしその歓喜も、たった一瞬にしか過ぎなかった。

 

 発生する筈の異能が、標的に当たるどころか発動さえしない。

 攻撃を仕掛けようとした当事者二名は、何が起きたのか理解出来なかった。


「自分達の式が掌握されているのに気付いていないのか?」 

 

 扇野家が代々継承してきたコード・ギャザリングは式を統べる力だ。そこから発生する他者の異能を自分の物のように操る事はもちろん、式による空間干渉を妨害して異能の発生を封じる事も出来る。

 

 翼の嘲りのニュアンスを含んだ問いを耳にして、男の表情は一瞬にして絶望のものに変わる。直後、踏みつけられていた構成員はこめかみに強い衝撃を受けて意識を落とす。

 

 それを確認せず、翼は奇襲を仕掛けてきた第二の構成員へと駆け出した。

 十メートルはあったその距離を、翼は一瞬にしてゼロにする。

 まるで時間が切り取られたかのように錯覚した構成員は防御姿勢を取るのさえままならない。

駆け出した勢いを利用して回転すると同時に、足の踵へ気を集中。空気を切り裂き放たれた後ろ回し蹴りが構成員の頭部を捉え、その身体を数メートル後方へと蹴り飛ばした。

 

 その間わずか五秒。二人が立ち上がらないのを目で確かめ、周りにまだ敵が隠れていないかを確認した後、翼は敵意を鎮める。


(コロイドが三始族の保有するセフィラ・コードの力を把握出来ていないとは考えづらい。迷いもせずに式による空間干渉を行った辺り、この二人はコード・ギャザリングについての情報は事前に知られていなかったのか?)

 

 とすれば、協力のために翼へ近づいてきたわけではない。なら、消去法で考えるに、


(……なるほど。コロイドは三始族の保有する力を消す方向で動いているというわけか)

 

 仲間に引き込むという考えよりは妥当だ。仲間に引き込むには三始族と話し合いを行わなければならない上に、コロイドは政府に反乱分子。客観的に見てもYESと言ってもらえるような立場ではない。対して、力の抹消、つまりは翼の殺害は前者に比べれば容易に見える。話し合いの手間も省けるし、決意さえあれば人の命を奪うなど容易い。奴らはきっと、そう考えたに違いない。

 

 ……つくづく、厄介な力を手に入れてしまったものだ。この力のせいで、自分の望んでいた日々からどんどん離れていく。

 

 翼自身が狙われるのはまだいい。しかし、コロイドが扇野家や翼の友人を人質にとって事を起こさないとも限らない。それだけは、絶対に避けなければならない。

 

 日常を、守るために。

 

 翼は倒れている二人のコロイド構成員へ順番に視線を向ける。日の沈んだ暗闇の中、その瞳はただ冷たく二人の男を見下ろしていた。

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