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望まぬ再会

 ともあれ、目的地であるファミリーレストランする頃には、そのぎこちなさも殆どなくなっていた。

 

 食事所――生徒間ではフードエリアだったり、食事エリアと呼ばれている――は一年側、二年側、三年側の三つのエリアで分けられている。別段、一年生が二年側に行ってはいけないという決まりはないのだが、近い場所で昼を済ませようと考える人は多いらしく、辺りを歩いている生徒にはどうやら二年生が多そうだ。

 

 自動ドアが開くと、客の来店を知らせる音楽が店内に鳴り響く。寄ってきた店員に待ち合わせをしているという旨を伝え、歩き出した二人の後を翼も続いて進む。


「待ち合わせをしている女の子はどんな人なんだ?」

「ん~と、外見は文句なしの美少女だね! 二年生男子が集計を取っている『付き合いたい女の子ランキング』では常に上位をキープしているという強者だよ!」

「それに、とっても優しいんです。人当たりもいいですし、翼さんもすぐ仲良くなれると思いますよ」

 

 前を歩いていた二人が振り向き、翼の質問に答えた。


「どこら辺にいるかな~。あっ、ほら、あそこにいるよ」

 

 彼方が指差した場所は入り口から少し離れた窓際にある席だった。ストローで飲み物を吸いながら視線を外へ向けているその少女は、確かに彼方が言った通りの美少女だ。

 

 美少女だが、遭遇したくない人物だった。

 

 思わず歩が止まってしまうが、翼の変化に気づく事なく、二人はその少女に話しかける。

 近づいてきた二人に笑顔を向ける少女。そして、その視線がゆっくりと翼に向けられると、少女の表情は驚きのものに変わった。


「……どうして、あなたがこんな所に?」

「……いや、それはこっちが聞きたいくらいなんだが」

 

 望んでもいない人物との邂逅。その人物とは、今朝方翼に攻撃を仕掛けてきた人物、秋草真奈だった。

 プログラムに属している彼女がどうしてこの学校にいるのか? 体が臨戦態勢を取ろうとしたところで、楓が不思議そうに言葉を発する。


「あの、二人はお知り合いなんですか?」

 

 さっきの二人の口ぶりを聞けば、誰だってそう思うだろう。もっとも、それが友好的な関係かどうかは置いておくとして。


「……ええ、彼とは面識があるの。久し振りにあったものだから驚いちゃって。少しだけ、彼と二人きりで話をしてきていいかしら?」

「う、うん、それはいいけど」

「ありがとね。扇野君、ちょっと」

「あ、ああ」

 

 戦闘の意思がないと理解して、翼は立ち上がった真奈と共に入り口の方へと向かった。


         ◆   ◆   ◆


 二人の後姿を見ながら、彼方は「ははーん」と面白そうに笑みを浮かべた。

「私が見るに、あの二人はできてるかもしれないね~」

「で、できてるってつまり、付き合ってるってこと?」

「う~ん。そこまでとは言わないけど、その一歩手前ぐらいの距離っていうのかな? とにかく、このままだと持っていかれちゃうかもしれないよ楓! 仕掛けるのなら早めにね!」

「もう、そんなんじゃないってば~!」

 頬を赤らめ、必死に抗議する楓。その姿を眺め、楽しそうに笑う彼方。

 扇野翼と秋草真奈がどんな関係なのか、二人には知る由もない。

 

         ◆   ◆   ◆


 二人の話題にされている事など露も知らず、翼と真奈はファミリーレストランの外に出た。

 

 後ろから着いて来られていないかを確認し、真奈は入り口付近で歩みを止める。

 先に切り出したのは、真奈だった。


「……まさか同じ学校の生徒だったとはね。上層部からもそんな事は聞かされていなかったし、あなたが楓や彼方と知り合いだったなんて知らなかった」

 

 溜息混じりに口から出た彼女の言葉は、どこか言い訳をしているかのような響きがあった。

 あまり翼はその事を意識せず、彼女の言葉に対して首を横に振る。


「俺が彼女達と知り合ったのはついさっきだ。もし俺が彼女達と知り合いだったのなら、君とはもっと早く戦っていただろうね」

 

 戦う事を前提に話をすると、真奈は小さく溜息をついた。


「話し合いであなたがプログラムに来てくれれば、私だって攻撃を仕掛けたりはしないわよ。それに、どちらかと言えば私の方が被害者だわ。いきなり無視されたり……その、道のど真ん中で、押し倒されたり」 

 

 言っている最中にその時の光景を思い出したのか、真奈は頬を朱色に染めて目を背けた。そんな話題が出るとは思わず、翼は慌てて取り繕う。


「あ、あれは君に引いてもらうために、仕方がなく……」

「ふーん。あなたは引いてもらうためなら女の子を平気で押し倒したり出来るのね」

「ち、違う! 俺はそんな」

「あーやだやだ。これだからケダモノは」

「うぐ……」

 

 取り繕おうが反論しようが、この話題に関しては真奈の圧倒的優勢に変わりない。抵抗が無駄だと分かった翼は、なおも自分を弁護しようとする口を懸命に塞ぎ、呻き声を出すに留めた。

 咳払いをし、翼は話題の修正に入る。真奈も、それを妨害しようとはしなかった。


「話が逸れたが、その口ぶりだと俺をプログラムに連れて行くためにこの学校へ忍び込んだ、というわけではなさそうだな」

「ええ。万が一あなたの言う通り忍び込んだのだとしても、この学校は人目につく場所が多過ぎる。任務を遂行するのは難しいでしょうね」

「つまり、学校内にいる間は攻撃を仕掛けるつもりはないと?」

「上から命令が出たりでもしなければね。ただ、それは恐らくないと思うわ」

「そうか」

 

 無いと言える理由は少し気になったが、深く関わればどうなるか分からない。興味よりも身を優先し、翼は簡潔に返答した。


「深く聞いてこないのね」

「どうしても知りたいというわけでもないし、深く関わりたいとも思わないからな。ただ、強いて知りたい事があるのだとしたら、なぜ君のような女子高生がプログラムから命を受けるような立場にいるのか、だな」

 

 プログラムはテイクオーバーを管轄下に置く組織だが、その中でプログラムから直接命令を受けて行動するテイクオーバーは全体の五パーセント程度。そしてその殆どは成人男性で、女子供がその五パーセントの立場に置かれるというのは珍しい。

 

 興味深げな視線を送る翼に、真奈はただ、視線を逸らしただけだった。お前に教えるつもりはない、と態度で表すかのように。

 

 考えてみれば当然か。彼女からすれば翼は友人ではなくプログラムに指定された接触対象に過ぎないのだから、そのような人物に自分の情報をわざわざ与えようとは思わないだろう。

 居心地の悪い沈黙が続く。適当な理由をつけてこの場を離れたいと思えるぐらい、二人の間には気まずい空気が流れている。

 

 そもそも、今朝のような戦闘を行った二人が、少しの間とはいえ会話を普通にしていた方がおかしいのだ。敵対関係とまでは言わないが、お互いが相手に持っている印象は決して良いものではない。

 

 しかし、このまま黙り込んでいても時間が過ぎていくだけ。それなら、早いところこの場を離れてしまった方がお互いのためになるだろう。

 

 重苦しい沈黙を破ろうと翼が口を開こうとした時、どこからか着信メロディーが聞こえてきた。

 真奈がポケットから携帯端末を取り、翼から端末の画面へと視線を移す。


「……急用が入ったわ。私はこれから現地に向かうから、楓と彼方には適当な理由を言っておいて」

 

 返事を待たぬまま、携帯端末をポケットにしまって真奈は歩を進め始める。遠ざかっていく彼女の背中を、ただ翼は何の感慨もなく見つめる。

 と、彼女は数メートル離れた所で足を止め、翼の方へと振り返った。


「最後にこれだけは言わせて。なぜあなたは、プログラムと協力関係を結ぼうとしないの? やり方が気に食わないから、という理由だけではないんでしょ?」

「……他に理由なんてないさ。君達のやり方は好きじゃない。それに、俺はただ普通に暮らしたいだけで、戦いに巻き込まれたくないんだよ」

「……そう」

 

 翼の瞳には一切の揺らぎもない。これ以上言ったところで意味はないと判断したのか、会話はそこで終了した。

 残念そうな表情を浮かべ、真奈は再び歩き出した。彼女はもう、振り返ろうとしなかった。

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