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使者との遭遇

 高校の入学式が終わって早一月。桜も落ちきり、外の気温は夏へ向けて上昇中である。地球温暖化が更に進んでいる今年は、まだ五月だというのにジリジリと暑い。

 

 思わず日差しの強さに目を細め、翼は手で自らへ降り注ぐ光を遮る。この分では、六月になる前に夏と同様の気温になるかもしれない。

 学生服がブレザーからシャツに変わるのは六月の上旬だ。それまでブレザーを着ていないといけないのかと思うとため息をつきたくなる。


 かざしていた手をゆっくり下ろすと、温度とは反対に清々しく感じられるような雲一つない青空が広がっている。まあ、それで温度が下がるわけでもなかったので、翼の気分は変わらない。


 外の明るさにも慣れてきて翼が道を歩き出そうとしたその時、


「ねえ、この家から出てきたって事は扇野の関係者?」

 

 急に声を掛けられ、翼は声のした方へ振り向いた。

 

 家の入り口の壁に背中を預け、腕を組んで翼を見つめるその人物は、見覚えのない少女だった。

 年代的には翼と変わらない。腰の辺りまで伸ばされた黒髪は日の光で美しく輝いており、それは見方によれば、粒子を振りまいているように見えなくもない。

 そして鳶色の瞳に小さな瑞々しい唇。誰が見ても美少女と判断するであろう少女の姿を視界に捉え、


「…………」

 

 翼は何事もなかったかのように、アスファルトの道を歩き始めた。


「ちょっと! 私の姿を視界に納めておきながら、何さりげなく行こうとしてるのよ! 待ちなさい!」

 

 余裕のあった表情は一変、無視されると思っていなかった少女は、慌てて翼を引き止める。

 が、あえて聞こえない振りをして、翼は歩みを止めずに少女の下から離れていく。

 調子を狂わされた少女は歯を軋ませ、翼に近づかずにその場で手を前方にかざした。


「待ちなさいって、言ってるでしょうが!」

 

 怒号と共に突如、彼女の周りに光が発生する。白にも銀にも見えるそれは、かざされた手へと収束されていき、そして放たれた。

 空を切り、高速で翼へと飛来する光。振り返り、それを確認する頃には目前に光が迫っていた。

 

 だが翼は慌てない。ただ深く嘆息し、接近してきた光の束に対して払うように腕を振るう。少女が光を周囲に発生させ、放ったような不可思議な現象は全く起きていない。

 翼の手と光の束がぶつかった瞬間、光は二つに分断され、すぐにその形は跡形もなく消失する。

驚愕に目を見開く少女に対し、翼は手を擦りながら彼女の方へと目を向けた。


「君は普段、(コード)による攻撃を挨拶代わりにしているのか? だとしたら、随分と手荒な挨拶だな」

 

 躊躇いもなく攻撃を仕掛けてきた彼女に対して、翼は顔をしかめながら言った。

 

 式は人の中に存在する回路のようなものだ。周りの空間に散らばる波動、それに干渉し起こりえない事象『異能』を発生させる役割を持ち、誰もがそれを自分の身に宿している。


「挨拶に関してあなたにとやかく言われたくないわ! 私の事を無視したくせに!」

 

 声を荒げた後、小さく息を吐き出して、少女は高ぶった感情を落ち着かせて続ける。


「しかし、驚いたわね。式によって発生した異能を素手で防ぐなんて」 

「そんなに難しくはないだろう。自分の纏っている気を腕に集めればある程度の式による攻撃は防げる

し、君が俺へ攻撃を仕掛けてくる気配を感じ取れば、攻撃を防ぐ準備をする時間も充分確保出来る」

「……それじゃあ何? あなたは私が攻撃を仕掛ける瞬間にはそれが既に分かっていて、攻撃に対しての防御体勢を整えていたってこと?」

「まあ、そういう事になるな」

「……それほどの技を難しくないと言うのね。流石扇野家。化物じみているわ」

「勘違いしないでほしいんだが、気を感知したり、操れるのは俺と親父だけで、他は全員一般人だ。それに、これは扇野家に伝わる技じゃない。ただ親父に仕込まれただけで扇野には関係ないぞ」

「……訂正するわ。扇野家が化物などではなく、あなたとあなたの先代、扇野(おうの)(れん)()が化物じみていると」

 

 関係のない夏帆や椿が化物と認識されなくなったのはいいが、結局、自分が化物扱いされているという事実は変わらない。 

 

 不機嫌を隠そうともせず、翼は少女に問う。


「で、挨拶のなっていない野蛮なお嬢さんが化物である俺に何か用か?」

 

 相手と自分を皮肉るその言葉に少女はたじろぐ様子を見せ、しかし数秒後には表情を引き締めた。


「まずは自分の正体を名乗らないとね。私は秋草真奈あきくさまな。式統括組織『プログラム』の命により、扇野家次期当主、扇野翼と協定関係を結ぶためにここへ来た」


「プログラム……テイクオーバーを管轄下に置く組織か」

 

 テイクオーバーとは、式によって異能を発生させる人物を指す。全ての人間は生まれつき式を身に宿しているが、大抵の人間は式のコントロールを行えず、ゆえに異能を発生させる術を知らない。それでも、ここ百年間で異能の力を扱える人物は増えていて、現在では日本の総人口の内、二百万人が式をコントロール出来るようになっていると言われている。


「あなたが昨日、扇野蓮哉から力を受け継いだのは知っている。その力がテイクオーバーにとっては脅威であり、同時に式神に対して数少ない対抗策になるという事も。だからお願い、私達に協力して」

 

 そう言って彼女、秋草真奈はゆっくりと頭を下げた。

 さっきの強気な態度とは違う助けを請う態度。一男子高校生ならば、美少女から助けを求められて悪い気はしないだろう。無論、翼もその例外ではないのだが、


「悪いが、俺は君達に協力するつもりはない」

 

 翼が間を空けずに、彼女からの――彼女達からの――協力の要請を拒絶した。


「……一応、理由を聞かせてもらえる?」

「プログラムはテイクオーバーを管轄下に置き、同時に反逆するテイクオーバーへの対処を行う組織だ。そこまではいい。けど、その対処方法が殲滅という事には賛同しかねる」

「それは国の治安を守るためよ。日本総人口一億人の内、二百万人がテイクオーバーなのは一般教養だから知っているでしょう? そんな力を持った存在を野放しにしていたら国は乱れるわ。それに……テイクオーバー同士で協力しあわなければ、時折発生する式神コードゼクスには対抗出来ない」

「式神か……確かに、あれは個々の力を集めないと対処出来る相手ではないだろうな。けど、今までどうにか退けてきたのなら、俺が協力する必要はないだろ?」

「協力する意思は全くないのね」

 

 顔を上げた真奈の表情は、一見冷静そうに見える。だが、瞳に奥に映る憤りの感情と、底冷えするかのような声が彼女の心中を表していた。

 

 対して、翼は真奈に怖気づく事なく、無表情に「ああ」と返答する。


「……いいわ。なら、力ずくであなたを連れて行く」

 

 真奈の周りに、先程と同じ様に光が発生する。それは収束されずに、小さな個々の弾丸として翼へと射出された。

 光の速度は先の攻撃よりも遥かに速い。殺意にも近い敵意によって放たれた光の弾幕は避けるスペースさえも与えない。

 

 それは、射出された瞬間翼にも理解出来た。だからこそ、彼はその場から動かずに手の平へと気を集中させる。

 残像が残る程の速さで突きだされた手と弾幕の内の一つがぶつかり轟音が鳴り響く。光と気の衝突によって発生した衝撃波が、他の弾幕を巻き込みことごとく消滅させていく。

 

 本気で放った攻撃があっさりと防がれ、真奈は一瞬焦りを覚えた。顔に表れそうになるのを抑え、再度攻撃を仕掛けようと光を展開し、


「!?」

 

 真奈の視界が反転した。

 

 突如体にもたらされた浮遊感。それはほんの一瞬で、しかし彼女にはとても長い時間に感じられた。

 受身も取れず、背中から地面へと倒れる真奈。肺の空気が強制的に吐き出され、彼女が咳き込んでいる隙に、翼は彼女の両腕を掴んで地面に押し付ける。


「ど、どうして」

 

 空いていた距離を一瞬にして埋められたことを聞いているのだろう。


「君が動揺して視線を一瞬下げたとき、真っ直ぐではなく、曲線を描くように地面を走っただけだよ。そうすれば、直線に進むより君の視界に足が入りづらくなる」

 

 わざわざ教えるようなことではないが、翼はあえて説明した。


「くっ……」

 

 真奈は悔しげに唇を噛み、翼を睨みつける。


「さて、君が戦闘を続けるというのなら構わないが、その後の事は保障できない。例えば、君が攻撃を仕掛ける仕草を見せた時、淫らな行いを君にしたとしても、君に文句は言えないよ?」

「!」

 

 翼の言葉に、真奈は今更ながらに自分がどのような状態になっているのかを把握する。

 傍からすれば、翼が真奈を押し倒しているかのような図だ。この地区はあまり人が住んでいないので、今の所通行人の姿はない。それはつまり、助けを求める人すらいないということ。

 

 悔しげな顔はやがて朱色へと染まっていき、憤りの感情を表していた瞳は不安気なものへと変わっていく。


「俺としては、一旦引いて体勢を立て直すのを進めるよ。この場で変なことはされたくないだろ?」

 

 先程までの強気はどこに行ったのか、彼女は素直に首を何度も縦に振った。

 

 抑えていた手首を離して真奈を立たせてやると、彼女はきっと再び翼を睨み、その場から逃げ出した。捨て台詞もなしに、顔を赤く染めながら。


「…………はあ」

 

 訪れた静寂に重く吐かれた溜息。退いてもらうためとはいえ、女の子に手荒な真似をして気分が良い筈がない。

 それに、諦めろではなく一旦引けと言ってしまったのも気分を消沈させる要因になっている。しかし、ああでも言わなければ真奈は強情にも首を縦に振らなかったかもしれないし、一時的に退いてくれたのだからプラス思考に捉えよう。

 

 そう思い直し、ふと家の入り口へと視線を向けた時、翼は体を硬直させた。

 何時からいたのか、そこに夏帆が立っていたのだ。

 翼の頬を汗が伝い、地面に落ちる。しばしの沈黙の後、翼は恐る恐る夏帆への質問を口にした。


「……いつからそこにいた?」

「翼様が女性を道の真ん中で倒された辺りからです」

「…………」

 

 一番見られたくない所を第三者に目撃されてしまったという事実に、翼の心は挫けそうになる。右の手の平で顔を覆う仕草がその証だった。


「その、ええとだな、夏帆。言い訳がましく聞こえるかもしれないが、俺にはそんな気は微塵もなかったんだ。ただ、うっかりああなってしまったというだけで」

 

 詳細な説明をするわけにもいかないので、本当に言い訳がましい弁解の言葉になってしまう。自分はただ、自らの身を守るために行動しただけなのに。

 そんな翼の内心を知ってか知らずか、夏帆は慈悲深い笑みを滲ませる。


「ええ、理解しております。翼様も男の子。年頃の男性が異性の体に対して興味を抱くのは当然の事で

す」

「あの、夏帆さん? 理解のベクトルがとんでもない方向に向いてしまっているようなんですけど」

「ただ、人通りが少ないとはいえ、外で女性を押し倒すのはどうかと」

「人の話を聞いてくれ!」

 

 たまらず声を上げる翼の様子を見て、夏帆はクスッと微笑を浮かべる。


「冗談です。翼様が女性へ興味を示さないのはよく存じていますから」

「……興味がないわけではないんだけどな」

 

 からかわれた感の否めない翼としてはあまり面白くなかったが、完全に誤解されていた場合に比べれば大分マシと言える。

 

 何にせよ、これでこの話題が終わろうとしている事にほっとして、翼は小さく息を吐いた。

 その安息も、次の言葉を聞くまででしなかったのだが。


「急に話が変わるようですが、翼様、学校へは行かれなくてよろしいのですか?」

「……あ」

 

 自分がこれから学校へ行こうとしているのをすっかり忘れていた。ポケットに入れてある携帯端末の画面を覗き込み、現在の時刻を確認する。

 画面上右端に表示された時刻は午前八時四分。

 ポケットに携帯端末を戻した翼は、夏帆への挨拶もなしに駆け出した。

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