第四話:ハカセと夏美
私とハカセが向き合っている姿を、私がみている。
「な、夏美・・・?」
「初めまして、ハカセさん!
私、夏姫っていいますっ!よろしくねっ!」
ハカセは呆然としている。私だってそうだ。私の姿をした、明らかな私が目の前で、今まで私がこの世に発したことのない、明るく媚びた声をだして、目の前で猫を三枚ぐらいかぶりまくってるんだ。これ本当に私?っていう状態。中の人が変わるとここまで違うのか。
「私、ハカセさんのこと、一目で気に入っちゃいました!
あ、私チョコレートケーキっていうのが食べたいです!昨日ハカセさんが食べていた奴です!」
”何か”だった私、この際、夏姫と呼んでやろう。夏姫はハカセにやたらとベタベタしながら、チョコレートケーキが食べたいとか言い出す。
「えっと、これは憑依が成功した……のかな?
夏美はそこにいるのかい?」
いるよ、私はここにいるよ!声にならない声はハカセの耳には届かない。
「うーん、とりあえずえっと、夏姫さん?どうして成仏せずに
この世に止まっているか、教えてくれないかな?」
ハカセは夏姫に優しく問い掛けている。夏姫は私の声にはピクリとも反応しない。聞こえていて無視されているのか、ハカセのように聞こえないのかは見分けることができない。
「私は未練があって成仏できないのですー。」
「そ、そうなんだ。ずいぶんと明るいから未練とかないと思ってたよ……。
えっと、それで未練ってどういうの?僕に力になれるかな?」
「それでは、私チョコレートケーキが食べたいです!
さっきもいましたよ、私ケーキが食べたいです!」
本当に、目の前の私に私が赤面してしまう。今まで私は誰にも媚びず、
熱くクールにかっこいい女性を目指して生きてきたんだ。
それこそ、夏のように輝く美しい女性を目指して。
それがこの目の前の、デレデレした女はなんだ。
上目遣いとか見え見えな挑発やめて。アヒル口とか私は生涯やらないって愛犬のポチと誓ったんだ。おねがい~とか甘えた声だすな、私の声紋が砕け散る。
「そ、そうだなー。ま、まぁ成仏するためなら仕方ないよな、うん。
えっと、確かまだ残りがあったんだよな。」
「わーいっ!ハカセさん、優しいっ!大好きっ!」
デレデレとケーキを用意しだしたハカセに、夏姫は私の体をつかって、ハカセの腕にしがみつく。腕をわざと胸にあてるようにして……。
わ、わ、私の……私のAカップはそんなことをするためにあるんじゃなーい!!!
「この、ハカセ野郎!!!!!」
私の怒りが限界を超えて繰り出された、ボクササイズ仕込みのフィニッシュブロー。
透けた拳で振りはなった私の一撃は、私の体から夏姫を突き飛ばし、私は気が付いたら元の体に戻っていた。そして、そのまま元に戻った体は勢いで、近くにいたハカセを殴り飛ばし、彼は手に持っていたチョコレートケーキを顔中にぶちまけてしまった。
「ぶへらっ!!
あ、あれ……?な、夏姫さん……?」
「何が夏姫さん?よ、このうすら馬鹿ハカセ!」
「あ、あれ、夏美に戻ってる?あれあれ?」
ハカセがキョロキョロと辺りを見回している。夏姫、夏姫って本当にこの馬鹿は……。
夏姫は、私がハカセ野郎への怒りに燃えたぎり、この体を奪い返した時に、成仏してしまっていた。その最後の瞬間、彼女は私にこういって消えたのだ。
「ホラ、ヤキモキ、シタデショ?」
彼女の最後の顔は清々しいまでの笑顔だった。彼女の言い分は断じて認めないけど、来年の誕生日には、このハカセ野郎を誕生日パーティーに招待してあげるのも悪くはない。その時は、もちろんお騒がせな”何か”も一緒に呼ぶつもりだ。
藤堂夏美。霊能力者レベル3。私の霊能力もどんどんあがる一方だしね。