第二十五幕:近衛兵の長は・・・・・・
今回は近衛兵の長を紹介しまして、それから残りを紹介していきたいと思います。
長安の中に聳え立つ城と向き合う形で設けられた野営陣。
その野営陣では、数人の男達が天幕の中で会議を開いていた。
「袁紹と同盟は結んだが、奴は一向に動く気配が無い。だから、我々だけで戦うと考えてもらいたい」
四角の机に向き合う形で座った男の一人が、同盟を結んだ異母兄弟の名を言った。
彼の名は袁術。
名家である袁家の嫡男だが、妾の子である袁紹に当主の座は奪われて、些か屈折した感情を持っていたが、現在では真っ当な将となっている。
その袁術だが、現在は異母兄弟の袁紹と同盟を結んで連合軍を再編成させた。
洛陽を陥落させたが、その時の戦いで総大将の一人である曹操が呂布に破れて、彼と軍は連合軍から離反した。
残ったのは袁術、袁紹、孫堅、そして義勇軍の劉備と群雄達だが、相手は董卓と飛将の呂布だから誰も正面切っては戦えなかった。
更に言うなら、最大勢力を誇る袁術と袁紹は仲が悪くて、董卓と戦う所の話ではなかったのである。
理由は幾つかあるが、今の時点で一番大きな理由と言えば・・・・・・天の姫の寵愛、だろう。
ある時、義勇軍の陣に姫は降りたが、そこから袁術と劉備は寵愛を受けた、と袁紹は考えている。
その寵愛を一人占めしている、という考えが広まった。
お陰で今の現状になっても、やっと同盟を結び合えたという感じなのである。
「我々だけと言っても、下手に動けば先陣を我らで切った、と後で言われませんか?」
孫堅は袁術に聞いた。
ただでさえ袁術と袁紹の仲は悪いが、ここに来て天の姫---織星夜姫の存在も重なって最悪だ。
ここで同盟を結んだが、勝手に自分達が攻撃すれば難癖を言われるのは想像できる。
それだけなら良いが、袁術の話では・・・・・・かなり袁紹は腹に据え兼ねている、というから危険だ。
運が悪ければ、背後から・・・・・なんて事も考えられる。
「そこが問題だ。袁紹の様子は数日前より今日は酷くなっていた。どういう訳か・・・・・瞳が血走っていた」
『血走っていた?』
袁術の言葉に他の者は首を傾げる。
血走った、とは文字通り血が走るほど激情したりする事だ。
生憎と、ここ最近は双方に喧嘩は無い。
それが血走っていた、となれば・・・・・・・・・・
「これは早く急いだ方が良いですね」
孫堅が思案するように顎へ手を当てた。
「ですが、下手に動けば背後から・・・・・・・・」
劉備としては袁紹と下手に事は起こしたくない。
夜姫を護ると決めた時から、どんな事でも退けると決めていたが・・・・・袁紹とは戦いたくない。
彼と曹操などは義勇軍を評価していたし、眼も掛けていた。
それなのに恩を仇で返す真似をしたから・・・・・・これ以上はしたくない。
かと言って、このまま手を拱いているのも問題だ。
『ふーむ』
皆が思案している中で・・・・・・・・・・・
ウォォォォォォン
狼の遠吠えが天幕の外から聞こえてきた。
「フェンリル、か?」
袁術は夜姫に従う一匹狼---フェンリルを思い出した。
ここ最近は元気が無かったのに、急に吼えるのは・・・・・・どういう事だ?
フェンリルの遠吠えに首を傾げる袁術達とは対照的に、長安では動きがあった。
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「貴様ら、何者だ?」
長安の中にある庭で、天の姫こと織星夜姫と戦っていた呂布だが・・・・・・彼女の前に現れた四人の男に眉を顰めた。
「姫様の臣下であり家族だ」
『同じく』
一人の男---呂布と同い年くらいの男が言えば、残る三人も答えた。
「・・・・・・・」
呂布は自分と同い年の男をジッと見た。
銀と黒を主体にした鎧は・・・・・自分の鎧より頑丈そうだが、身体を動かし易そうに見える。
そして整った顔立ちは如何にも、という感じだが・・・・・・それ以上に身体から放たれる“修羅場の数”が自分を上回っていた。
しかし、その雰囲気を少なからず感じていたのは董卓を護るようにして立つ男二人だ。
董卓の腹心である胡しんと華雄だ。
彼等は夜姫を護る四人の内一人に覚えがある。
曲者を退治した時・・・・・薄らとだが、見たのだ。
自分達では足元にも及ばない。
「姫様、ご無事ですか?」
男が背中を呂布に見せて、息を整える夜姫に膝をついた。
「えぇ・・・・何とかね。それにしても久し振りね?」
「はい。ですが、それは他の者達も同じです」
「姫様、相変わらず無茶をなさいますな」
「姫様、そのように衣服を汚して・・・・・・」
「姫、先ずは再会できて嬉しく思います」
それぞれが互いに夜姫と再会できた事を喜びつつ、自分の思いを口にした。
「皆、久し振りね。でも、積る話は後にするわよ。今すぐにでも、ここから出ないと・・・・・妹が嗾けた屑どもが押し寄せて来るわ」
「夜姫様、どういう事ですか?」
ここで臣下に成り立ての文秀が尋ねた。
「ヨルムンガルドが教えるわ。私は・・・・・呂布と決着をつけるわ」
と言って、立ち上がろうとしたが銀と黒を主体とした男が止めた。
「それは私に任せて下さい。姫様」
「どうしてよ?あの男は・・・・・・・・」
「貴女様を護るのが近衛兵です。そして私は長。どうか、この場は私めに・・・・・・・・・」
「姫様、爺からも願います」
男が頭を下げると、四人の中で一番年齢が高い老人が声を掛けた。
立派な白髭に赤と黒を主体とした鎧を纏っていて、一番貫録があるのだが、夜姫に対しては優しそうな眼が滲み出ている。
「爺、貴方まで言うの?」
「爺だからです。姫様を孫娘のように思うからこそ・・・・・・たまには爺の言う事も聞いて下さい」
「・・・・・・・・」
夜姫は残り二人にも眼を向けるが、その二人も同じ事を言うのは解かっている、と経験から知っているのだろう。
「・・・・分かったわよ。今回は貴方に譲るわ」
膝をついて頭を下げ続けた男に夜姫は嘆息しながら言った。
「ありがとうございます」
「では・・・・・返すわ」
貴方の愛剣を、と言い夜姫は鞘と剣を男に返す。
男は鞘を腰に差して、剣を抜き身のまま持つと呂布に視線を向けた。
「さて・・・・・今度は私が相手だ。小僧」
覚悟しろ、と男は呂布に言う。
「貴様は、姫様を愚弄したばかりか傷つけた。それは万死に値する」
「ふんっ・・・貴様などに天将になる俺が倒せると思う・・・・・・・・!?」
呂布が最後まで言う前に男は一瞬にして距離を詰めた。
そして呂布は後方へと弾き飛ばされる。
「ぐ、ぐほっ・・・・・・・・」
腹に強烈な痛みを覚えて呂布は呻く。
「この程度で天将を名乗るとは・・・・・・情けない」
男は先ほどまで呂布が立っていた場所に、己が立って冷たい眼で呂布を見下している。
「き、貴様っ・・・・・・」
今も痛む腹を抑えて呂布は立ち上がって、対峙する男を睨み据えた。
「嗚呼、まだ名乗っていなかったな?小僧」
男は呂布の睨みを涼しい顔で受け止めて、名乗っていない事を詫びた。
「すまんな。姫様が係わると、どうしても手が先に出るのでな」
と言って男は静かに己の名を言った。
「姓は項、名は籍、字が羽だ」
「な、んだと・・・・・・・」
呂布は男の名に眼を見開く。
いや、胡しん、華雄、そして文秀も眼を見開いていた。
この名を知らぬ者など武を志す者でなくても・・・・・知っている。
何せ一度は天下を物に出来そうになった男なのだから。
だが、男は違っていた。
「何だ、名前が分からないのか?なら、貴様のような小僧にも知られた名で言ってやろう」
そう言って、男は再び言い直した。
「我が名は“項羽”だ。かつては“西楚の覇王”だ」