第二十四幕:臣下達の登場
やっと、臣下達を出せました。(汗)
新月で殆ど闇に包みこまれた後宮を、複数の足音が聞こえる。
しかし、ガシャガシャと音を立てる辺り・・・・・武官か?
眼を凝らして暗闇に慣れると、その姿が鮮明となる。
先頭を走る男は槍を手に、首には一匹の蛇を巻いていた。
そして背後を壮年の男達が三人居て、前を走る男の後を追い掛ける。
先頭を走る男の名は文秀で、背後の三人は董卓、胡しん、華雄だ。
文秀は暗闇だと言うのに、まるで昼間と思わんばかりに道が見えた。
『不思議だ・・・・・こんなに眼が見えるのは初めてだ』
今までは、ここまで夜目が利いた事はない。
しかし、今は昼間同様に見えるから不思議なのも無理ない。
『姫様の加護を得たのだ。夜目程度なら、な』
誰かの声がするも、それは文秀にしか聞こえなかった。
『ヨルムンガルド殿、それは一体どういう意味ですか?』
文秀は董卓達に聞こえないように、頭の中で尋ねた。
首に巻き付いている蛇---ヨルムンガルドが話せる、という事は董卓は知らない。
その為、文秀は頭の中で聞いたのだ。
『分からんのか?貴様は生き返ったが、それは前世も関係しているが、姫様の力が今の時点では大きい』
依存している、と言っても過言ではない。
『だから、夜目は利く』
簡潔に言われて文秀は取り敢えず納得した。
すると・・・・・・・・・
「だ、誰か助けて!!」
女の声が二人分した。
この声は・・・・・・・・・・・
「朱花殿と翆蘭殿!!」
自分を生き返らせた新しい主人---織星夜姫の侍女---朱花と翆蘭の悲鳴を聞いて、文秀は速度を上げた。
暗闇を走り続けていると、二人は誰かに追われていたのが分かる。
背後に男の姿を見たが、片脚を引き摺っているので傷を負っているな。
『文秀様!!』
二人は急いで文秀に駆け寄って、文秀は二人を庇うようにして立った。
「貴様か・・・・・・・」
片脚を引き摺って、鎧姿の男が文秀を見て顔を険しくさせる。
「貴様は呂布の部下だな」
文秀を押し退けて、董卓は前に出ると兵に聞いた。
「そうだ。しかし・・・・飛将の呂布様ではないぞ」
「何?」
男の言葉に董卓は眉を顰めた。
片脚を痛めているのに、男は既に痛がる素振りを見せていない。
それでいて・・・・・眼が異常に歪んでいた。
『この男、何かに憑依されたか?』
雰囲気が禍々しくなり、董卓は腰の剣に手を走らせる。
「あの方は天将だ。そして俺は天将の部下だ!!」
男が片脚だけで地を蹴り、董卓に突進してくる。
まるで猪の如く・・・・力強くて俊敏だ。
「うぬっ!!」
剣から手を離して、董卓は両手で男を抑えたが・・・・・・少しばかり押された。
『この男、わしを・・・・・押しただと!?』
これでも力に自信はあるのに、こんな雑兵と言える男に押されるなど・・・・・・・・・
「俺は天の姫の加護を得ている。あんな偽物じゃない・・・・・本当の、な!!」
「・・・・愚か者が」
言うが早いか、董卓は右手を一閃させた。
男の手が董卓の腹から落ちて、少し経つと・・・・・首も落ちたが、血は噴き出さずに首の無い部分からドロドロと垂れ落ちるだけである。
「・・・あの娘は天の姫ではない。故に偽物ではないのだ」
織星夜姫は天より至高の存在に居る姫だ。
そう言いたいのだろう。
「・・・・・そなた等、夜姫は何処だ?」
董卓は血を吸った剣を握りながら、朱花と翆蘭に尋ねた。
「こ、この先の庭に・・・・・・あの、私達」
「姫様が、呂布と一対一で、戦っていて、それで・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
最後まで聞かず董卓は走り出して、文秀達も後を追った。
どうも嫌な予感がしていたが・・・・・まさか、それが現実になろうとは。
『無事で居てくれ』
あの呂布が相手では、無事とは言えないだろうが・・・・・・それでも董卓は安全を願わずにはいられなかった。
そして・・・・・・・朱花と翆蘭が言った場所へ着くと、自分の願いは無残に打ち砕かれた、と思わずにはいられない。
「どうした?先ほどの言葉は嘘なのか?」
残忍な声を出す男の声がする。
暗闇に眼が慣れたら、よく背景が見える。
鎧を纏った男が・・・・・・土などで汚れて乱れた衣服を纏い、汗だくで僅かに血の気が無い顔をして剣を握る娘を詰っていたのだ。
娘は銀と紫という高価な髪色をしていたが、それも土などで汚れている。
衣服も上等なのに土と汗などで汚れており、更に乱れているから何とも言えない。
しかし、暗闇でもハッキリと月色の瞳は輝いており・・・・・・何があろうと気品を失ってはいなかった。
娘の名は織星夜姫と言い、その夜姫を詰るように見ているのは董卓の養子である呂布だ。
「・・・・・・呂布!!」
董卓が腹の底から怒りを込めて叫ぶと、呂布は気が付いたように顔を向ける。
「これはこれは・・・・・・義親父殿。どうかなさいましたか?」
「貴様・・・・夜姫に何をしている」
自分の身体がグツグツ、と音を立てて煮え繰り返るのを董卓は自覚しながら尋ねた。
「何を?俺がやられた事をしているだけです」
悪びれた様子も見せず呂布は答えた。
「俺は何度も負かされましたが、今は俺が有利で・・・・・こうして夜姫を何度も地面に打ち倒したんですよ」
しかし、それも終わりだ。
「そろそろ本気で倒してやろう。その暁には俺の女にしてやる」
「・・・ごめんだわ」
呂布の言葉に夜姫は静かに拒否したが、前に比べると力が無いように感じられる。
「貴方、さっき私の臣下達を・・・・・・私の家族を侮辱したでしょ?」
ああ、と呂布は思い出したように頷く。
「あぁ、言ったな。その剣---かつては覇王と言われた男で、貴様が寵愛した男だったな」
己が力を過信して、後一歩という所で・・・・・・自害した。
「そんな男を寵愛した貴様も馬鹿だが、覇王などという地の王にもなれなんだ男は愚かで馬鹿さ」
自分は違う。
「俺は地など望まん。欲しいのは天だ。天の王こそ本当の王だ!!」
言うが早いか呂布は地を蹴り、満身創痍と見受けられる夜姫に切り掛かる。
夜姫は振り下ろされた白刃を己が持つ剣で受け止めたが、直ぐに横に移動して胴を薙ごうとした。
それを呂布は神速で避けると、剣を縦にして夜姫の背中を叩いて飛ばす。
背中を叩かれるようにして夜姫は地を転がり、柱にぶつかった。
「ははははははは!良い様だな!!」
呂布は腹の底から愉快そうに笑い、董卓は身体が震え出して止まらない。
華雄、胡しんも同じだった。
今の光景は戦いなどとは程遠い。
明らかに一方的な嬲り殺しだ。
朱花と翆蘭は主人の様子に涙して、呂布を睨み付けるが意味など無い。
文秀は直ぐにでも助けに行きたかったが、首に巻き付いた蛇---ヨルムンガルドが牙を立て止めている。
何より彼は・・・・・・・夜姫の様子をジッと見ていて、既に助ける必要は無い、と分かったのだ。
敢えてヨルムンガルドは知りながらも、保険という形で牙を立てているに過ぎない。
ただ、董卓だけは動く気配を見せていた。
自分も悪人だが・・・・・・この呂布だけは我慢できない怒りを覚える。
触れたくても触れられない存在の夜姫を・・・・・・こんな風に扱っているのが赦せない。
しかし、今の呂布に自分は勝てるか、と一瞬の気持ちが出来た。
呂布の眼は・・・・・あの雑兵と同じだった。
つまり誰かの力がある、という事である。
勝てるのか?
いや・・・・勝つか負けるかなど二の次だ。
今は・・・・・・・・・・・・
「・・・何の真似ですか?義親父殿」
呂布は眉を顰めた。
夜姫の前に董卓は立って剣を抜いたのである。
「この娘は・・・・・貴様の女ではない。無論、わしの女でもない」
「ほぉ、では・・・・誰の物ですか?」
「・・・・・誰の物でもない。何れ夜姫は己の都へ帰るであろう。その時は、わしも貴様も死ぬ時だ」
しかし、今は時期ではない。
「貴様は今夜限り勘当だ。今すぐ出て行け」
「ふんっ・・・・・俺が居なければ、当の昔に死んでいたくせに。だが、勘当は有り難い」
呂布の身体から殺気が放たれた。
「心おきなく・・・・・・あんたを殺せるからな!!」
「うぬっ!!」
一気に距離を縮まり、両者は鍔迫り合いをする事になった。
「くくくく・・・・・・弱いな。所詮は人間だな。ええ、義親父殿」
「ほざくな・・・・・・」
力負けして刃が近付いて来たが、董卓は怯えずに脚を力ませた。
「他人の力を借りて、己が力と過信する男が・・・・・・・・」
「・・・・貴方の言う通りね」
背後から声が聞こえた。
自分が護ろうとしている織星夜姫の声である。
「あの男も・・・・そういう所はあったもの。私の寵愛を受けた事で、少なからず自分の力を過信した」
だからこそ、最後は破滅したのであるが・・・・・・・・・・・・
「あんたと彼の違いを教えて上げましょうか?」
「面白い・・・・言ってみろ!!」
呂布がバンッ、と董卓の剣を弾いて・・・・・・・左袈裟掛けに白刃が光る。
「ぬぉっ!?」
董卓は剣で防ごうとしたが、その剣もろとも折られて・・・・・・鮮血を迸らせた。
『殿!!』
華雄と胡しんが叫びも、董卓は意識を手放そうになり倒れそうになったが、地面に倒れる事はなかった。
「・・・・・・・・」
夜姫が優しく董卓を背後から抱き止めたからだ。
「あんたと彼の違いは・・・・・・矜持よ」
静かに夜姫は月色の瞳を細めて断言する。
と同時に朱花と翆蘭の腕輪が光り始めた。
「な、何?」
「え?え?」
二人は腕輪が光って慌てるが、文秀は静かに落ち着かせた。
「ご安心を・・・・姫様の臣下が・・・・・・現れようとしているのですよ」
文秀には理解できた。
ヨルムンガルドが姫様は大事ない、と告げた理由が・・・・・・・・・・・・
「矜持だと?」
呂布はジロッ、と夜姫を睨み据えるが、夜姫は何処までも静かだった。
土で汚れて、衣服も乱れて、汗ばんでいるのに・・・・・・何処までも綺麗で、己が信念を貫かんとする様子が呂布には気に喰わない。
しかし、耳は傾けずにはいられなかった。
この女を物にしたいが・・・・・・今のままでは無理だ。
どうしてか分からないからこそ、耳を傾けて理由を知りたいのである。
「私の寵愛した男は・・・・・最後まで私に頼ろうとしなかったわ」
寵愛を受けていたから、助けを求めれば自分は助けた。
「でも、あの男は最後まで助けを求めなかったわ。何故だか分かる?」
それこそが己が矜持だからだ。
「自分の力を過信して、四面楚歌に追われたけど元を正せば自分の行いが原因。なら、主人である私の力を借りるのは道に反するわ」
何より自分の矜持を貫けない。
「死ぬまで己が矜持を貫いて、私に助けを求めなかった彼だからこそ・・・・・・私は彼の最後を看取らないで、代わりに誓わせたのよ」
何時の日か再び逢わん、と・・・・・・・・・・・
「そんな彼と妹の力を借りたあんたじゃ・・・・・・・器が違い過ぎるのよ」
董卓を静かに寝かせて、夜姫は剣を構えた。
「私を物に出来ないわ。己が矜持も貫けない男なんて・・・・・・興味が無いの」
「ほざくな!!」
呂布は我慢できなかった。
こんな風に言われたのは初めてだし、今まで虚仮にされた以上に・・・・・・・腸が煮え繰り返る。
女にするのは変わらないが、その前に完膚なきまで叩き伏せようと思いながら白刃を振り下ろした。
だが・・・・・・・・夜空に月が出た時、彼は後方の柱へと吹き飛ばされた。
「がはっ!?」
強い力で柱に打ちつけられて、呂布は呻いた。
「・・・・汚らしい手で、我らが姫君に触れるな。下郎」
「全く、このような童が飛将の名を持つとは・・・・・元祖飛将である、わしを愚弄しているとしか思えんな」
「それが人間というものですよ」
「左様。大体二代目などは初代に比べて、著しく劣るのが世の習いだ」
言いたい事をズバズバと何者かが言い捲る。
呂布が顔を上げると・・・・・・見知らぬ男四人が夜姫を護る如く立っていた。
“くくくく・・・・・さぁ、空しく滅べよ?自称天将様”
誰かの声がするも、誰の声にも聞こえなかった。
ただ・・・・・・薄れ行く意識の中で董卓は僅かに聞こえた気がする。




