第二十三幕:逃げはしない
今回は戦闘シーンが少なめです。
次話で、再び戦闘シーンを描きますが、それも少なめと思われますが、そろそろ臣下を何人か出したい、と思います。
もう少しテンポ良く書きたいもんなんですけどね。(汗)
長安の中に聳え立つ城。
その中にある奥宮は蝋燭が灯されておらず、真っ暗に近かった。
何時もなら夜空の光で辛うじて明るいが、今宵は月の無い夜。
即ち新月だ。
だから、蝋燭が無ければ明かりは無いに等しかったが、その奥宮を一人の男が疾走している。
身なりは武将で、それなりに地位は在る方だろう。
左腰には両刃の剣が鞘に収まっており、右手には長柄の武器---槍が握られていた。
ただ、穂先が在るだけの槍---即ち直槍だが、下手な物を取り付けるよりは安価だし、使い方も良い方である。
その槍を握り、男は走った。
彼の首には一匹の蛇が巻き付いており、縦眼で真っ暗に近い廊下を照らしている。
『このまま進め。今頃は姫様が呂布と戦っているだろう』
誰かの声がした。
それは男ではない。
・・・・・蛇の声だ。
何故なら、男が答えたからに他ならない。
「新月の時、姫様は・・・・どれ位、戦えるのですか?」
こんな事を一人で呟く訳ない。
明らかに蛇に対して問いを投げていた。
『今の状態で言うなら、持って僅かだ。前世の身なら一日でも戦えるが、やはり力は多少なりとも衰えた』
今の状態では月の力に依存し切っており、その月が出ない新月では・・・・・・時間で言うなら30分くらい持てば良い方だろうか?
「・・・・・・・」
『案ずるな。姫様は何があろうと、我等の為に生き抜いてみせる。逆に我等も姫様の為に生き抜いて、都へと連れて行く義務がある』
あの都は姫と自分達の場所で、他者は何人だろうと寄せ付けない。
近年では・・・・・常人も行けるが、それは表向きの事だ。
本当の場所には行けない。
人間が如何に背伸びしようと・・・・・・行ける訳ないのだ。
そこが姫が治める都で、自分達が帰る場所。
『あの地に戻るまで、姫様は生き抜いてみせる。しかし、その前に・・・・・邪魔者は排除するか』
「邪魔者、とは?」
男は蛇に尋ねた。
『今回の件・・・・・貴様は呂布だけが考えた、と思うか?文秀』
蛇が男の名を言い、問い掛ける。
「いいえ。呂布様は強い方ですが・・・・ここまで頭が回るか、と問われたら否と答えます」
呂布は伊達に騎馬軍団を率いている訳じゃない。
引くべき時は引き、攻める時は攻めるという“戦の呼吸”を熟知している。
かと言って、それが政治的な面で役立つか?
問われたら否だ。
今回の件も呂布だけが考えたにしては出来過ぎている。
いや、それ以前に・・・・・・・・・・・
「姫様が新月の時、力が殆ど無いなど・・・・・・貴方くらしか知らない筈です。ヨルムンガルド殿」
文秀は己が首に巻き付く蛇---ヨルムンガルドに言った。
『我を疑うか?』
「疑う、と言うより・・・・何を隠しているのですか?今回の首謀者も貴方様は既に知っているのでしょ?」
主人である姫様を半ば窮地に追い込む事で、姫君の覚醒を早める。
とてもじゃないが、そう簡単に出来る事じゃない。
それを平気な顔でやる辺り・・・・・既に誰が裏で動いているのか・・・・理解している筈だ。
『中々に鋭いな。ああ、知っているとも。首謀者は・・・・・・姫様の妹だ』
姫君の妹?
「居たの、ですか?」
初耳である文秀は聞いたが、ヨルムンガルドは詳しい事を話す気はないらしく・・・・・・・・・・・
『妹と言っても、姫様を逆恨みしている。だから、滅ぼすべき敵だ。情など要らん。見つけたら、有無を言わさず殺せ。それだけの相手だ』
それだけヨルムンガルドは告げた。
「・・・・・・・」
ここまで言うのだから、余程の関係なのだろうと文秀は思い好奇心を抑えた。
『何れ姫様が自ずと言う。さしずめ連合軍に戻れば、そなたに説明するだろう。今の時点では、そなたが一番気に入られている故な』
最後の部分は何処となく棘があった。
しかし、文秀は敢えて気にせず先を急ごうとした時である。
「そこの者、待て!!」
背後から鋭くてドスの利いた声がして、文秀は反射的に槍を構えた。
暗闇でも以前より眼が見える文秀には・・・・・・・誰なのか判った。
「と、董卓様!胡しん様!華雄様!!」
背後に居たのは旧自分の上官三人だった。
「その声は文秀か」
董卓が暗闇なのに正確な足取りで近付いて来る。
「見えるの、ですか?」
「見えるとも。辺境では、このような事も日常茶飯事だった。それより夜姫は何処だ?」
「それが・・・・・呂布様と、戦っているとの事です」
「・・・・・・・」
董卓の気が明らかに昂っている、と文秀は分かった。
「・・・・何処か分かるか?」
「はい。ですから、これから行く所です」
「それなら行くぞ・・・・・もはや、呂布は手に余る存在となったからな」
それは殺す、と告げた瞬間である。
「ですが、それでは・・・・・・・・・」
呂布の軍団が黙っていないだろう。
「案ずるな。呂布なくして、あ奴等では戦えん。飛将と謳われた呂布だからこそ、奴等は従っておる」
しかし、呂布の性格は董卓同様に苛烈な面もある。
怨みを抱く者は多いだろうから、董卓は付け入る隙を既に見つけているのかもしれない。
文秀は敢えて考えるのを止めた。
そんな時間は無い。
今は一刻も早く・・・・・姫君の所へ行くのが先決である。
文秀が先頭を走り、董卓、胡しん、華雄の三人が続く。
彼等の共通点は唯一つ・・・・・・・呂布と戦っているであろう、至高の姫君の安否を気にしている事だ。
その姫君はと言うと・・・・・・・・・・
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「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
新月の中庭で、腹から出されたような声が響き渡る。
同時に火花が散るのも見えた。
明らかに金属がぶつかり合って生じた火花だ。
その火花を散らしているのは二人だが、一人は男で一人は女という組み合わせである。
「ふんっ。先ほどに比べると、刃の切れが衰えたな!!」
闇夜の中で男は罵声を浴びせながら、白刃を振った。
「・・・・・黙りなさいよ」
対照的に静かだが、激怒した声が返ってくる。
暗闇に眼が慣れたら・・・・・・二人の姿は鮮明になった。
男は鎧を着ており、格好からして一軍の将か、それ以上だろう。
娘は宮廷の姫君、と思われる衣服を身に纏い銀と紫の髪を暗闇の中でもキラキラと輝かせながら剣を振っていた。
しかし、男から言わせれば切れが無い。
「どうやら、妹の言う通り新月の夜は弱くなるようだな・・・・・このように!!」
剣を合わせた男だが、凄まじい力で娘を剣ごと弾き飛ばす。
「くっ・・・・・・」
娘は受け身を取ろうとするが、弾き飛ばされた力が強過ぎて・・・・・無残にも地面を転がった。
「はははははは。良い眺めだな・・・・・天の姫---織星夜姫よ」
下駄な笑みを浮かべて、男は娘の名を言った。
「気安く名前を呼ばないで・・・・・貴方に名を呼ばれるだけで、虫唾が走るのよ」
土などで汚れた顔を拭きながら、娘---夜姫は立ち上がる。
「その割には先ほどに比べると、力が劣っているではないか?」
男が剣を再び構えると、夜姫は少しばかり後に身を引いた。
土で汚れた端正な顔には・・・・・・汗が流れており、些か疲労の色も感じられた。
「逃げるのか?この俺---天将呂布から」
男---呂布が言えば、夜姫はジッと月色の瞳を細める。
明らかに挑発だ。
自分の力は・・・・・かなり少ない。
新月まで溜めていたが、それは使えない。
外の様子が・・・・・明らかに異様だった。
恐らく妹辺りが先導しているのだろう。
無知蒙昧で、愚かな下種共を・・・・・・・
となれば、ここだって危険だから力は蓄えないといけない。
しかし、この男を退かなくてもならない。
何とも難しい局面だが、夜姫は剣を握り締めて笑った。
「逃げる?誰が逃げるもんですか・・・・・・・・・」
挑発に乗る気はないが、やられっぱなしは嫌いだった。
だから、一矢でも報いてやろう。
そう思いながら・・・・・・夜姫は呂布に向かって地を蹴った。