第二十二幕:天将対月姫
長安の中に聳え立つ城。
その城の中は皇帝などが戯れる庭などがある。
最初こそ手入れはされていたが、董卓が来てからは手入れはされていない。
ゆえに雑草なども生えているし、植えられた木も枝が伸び放題である。
そんな場所に・・・・・一組の男女が訪れた。
男の方は二十代半ばから後半で、赤、黄、朱など複数の色を使った鎧を着ている。
腰には両刃の剣があり、右手には柄が長い武器を持っていた。
逆に女の方は一振りの剣を右手に持っているだけだった。
それ以外は正に姫君、と言えるような衣装である。
衣装も同じ事だが、容姿も姫と称するに相応しい。
銀と紫という有り得ない髪色、雪のように白い肌は着ている衣装もあってか、高貴さを限界まで高めていた。
もっとも、娘の双眸---月色の瞳が、衣装などは飾りと暗に言っているが・・・・・・・・・
男の脚が止まり、身体を振り向かせた。
「ここなら良いだろ?誰も来ない」
「・・・・女を誘っておいて、こんな場所に連れて来るなんて、性格と同じく最低ね」
娘は男に侮蔑の眼差しを送りつつ、男の背後に居る・・・・・・男の部下に言った。
「私の侍女を離しなさい」
「おい、離してやれ」
男が先に来た部下に命じると、暗闇から二人の侍女らしき娘が、剣を持つ娘の所へ駆け寄る。
『姫様!!』
二人は自分達が仕える主人---天の姫の所まで行くと、嗚咽を漏らし出した。
「泣く暇は無いわよ」
胸に甘える侍女の耳元に、娘は静かに語り掛ける。
「・・・・・あの男---呂布は私を含めて、貴女達を返さないわ」
『!?』
主人の言葉に二人は驚愕する。
「貴女達を返せば、自ずと董卓が来るから・・・・捕えるか、殺すかの二つよ。でも、ここでは私が阻止するわ」
『え?』
二人は主人の言葉に疑問を覚えた。
私が阻止する?
「ここは私が受け持つから、貴女達は逃げなさい。こうなったのも、私の責任だから」
『で、でも、姫様は・・・・・・・・・』
『御身体の具合が・・・・・・・・・・』
この数日、主人である天の姫は余り身体の具合が良くなかった。
それは姫に寄り添う一匹の蛇も同じ事だが・・・・・・・・
「大丈夫よ。あの男一人くらいなら、何とか出来るわ。それに・・・・何があろうと、私は死なないわ」
約束したのだ・・・・・・遠い日・・・・・・遥か昔に・・・・・・・・
「皆で都へ帰り、今度こそ幸せになるの」
その約束を違える事は出来ない。
約束を果たすまでは死ねないし、何があろうと・・・・・汚されようと、何としてでも都へ帰る。
「大丈夫よ。妹の力を借りている奴なんて、私の敵じゃないわ」
最後の部分だけ、姫は男---呂布に聞こえる大きさで言った。
呂布という名を知らぬ者は居ないだろう。
飛将と謳われる騎馬軍団の長であり、董卓の養子でもある。
その呂布が、他人の・・・・・しかも、女の力を借りる。
これだけでも誇り高い彼の自尊心は傷つく。
そうなれば、感情は荒れて攻撃にも出る。
言わば、言葉で先手を姫は仕掛けたのだ。
だが、呂布は眉一つ動かさない。
このような子供だましの手は通じない、という所か?
いや・・・・彼の歪んだ眼を見れば、明らかに怒りを宿している。
それは彼だけの怒りでは・・・・・ないだろう。
『見ているかしら?私の妹さん。貴女の夫は私の男。貴女みたいな女には、呂布みたいな男が似合いよ』
姫は月の瞳を細めて、呂布の歪んだ眼から見ているであろう妹に語った。
「・・・・・・・」
呂布は部下に眼をやり、何かを合図する。
「さぁ、行きなさい」
姫は二人の侍女を後ろに下がらせて、剣の鯉口を切る。
刹那・・・・・夜風が吹いて、姫と呂布の間を通った。
「行きなさい!!」
この言葉を聞いて、二人の侍女は走り出すが、それは呂布の部下も同じだ。
しかし・・・・・・・・・
「ぐぎゃ!!」
一人の兵士が額を抑える。
いや、額ではなく右眼だ。
右眼からは血が流れており、右手から漏れている。
その眼には・・・・・長い箸が刺さっていた。
「女を追うなら・・・・花くらい持って行きなさい」
そう言って、両刃の剣を振り下ろして、その者を袈裟掛けに斬る。
鎧の隙間を狙った切り口で、見事に敵兵は斜めに斬られて息絶えた。
しかし、まだ敵兵は一人居る。
その敵兵は味方を囮に、既に姫の背中を越えて二人を追っていた。
「逃がす訳ないでしょ?」
姫の左手が真後ろに飛んだ。
「ぐぎ!?」
敵兵が悲鳴を上げて、左脚を引き摺る。
箸が左脚を貫いたのだが、それでも敵兵は二人を追い掛けようとした。
姫が止めをさそうとするや・・・・・・・・・
「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」
前方から呂布が来て、姫は剣で受け止める。
「行け!!」
呂布は部下に命じて、部下は応えるように後を追い掛ける。
「逃がさんぞ・・・・・貴様は俺の物だ!!」
ググググッ、と呂布は剣を押して姫を一刀両断しようとした。
「生憎だけど・・・貴方みたいな男の女にはならないわ。永遠に、ね」
ガギィン、と音を立て姫は剣で呂布の剣を捌き、左脚を軸に反転する。
そのまま呂布の背後に回り、肩口を斬ろうとした。
しかし、そこは呂布も予想していたらしい。
「ふんっ!!」
今度は呂布が脚を軸にして反転して、両刃の剣で横を薙ぐ。
それを姫は剣で受け止めるが、力で負けたのか後方へと吹き飛ばされた。
「逃がさんぞ!!」
呂布は地を蹴り、吹き飛ばした姫に襲い掛かるが、姫は空中で体勢を整えて、地に足を軽くつけると一気に跳躍した。
一本の矢となった姫は呂布に突っ込む。
「死になさい」
両刃の剣を真っ直ぐに繰り出すが、刃は縦ではない。
水平にしてある。
これにより左右のどちらかに逃げても敵は斬れる仕組みだ。
途中まで来ていた呂布は繰り出された突きに呻く。
「ちっ!!」
両刃の剣を横にして、突きを捌こうとしたが今度は逆に力負けして後方へ吹き飛ばされる。
無様にも呂布は地面を転がり、何度も顔を擦り付けた。
「ふははははは!流石は俺の女だ。強いな!しかし・・・・負けんぞ!!」
呂布は直ぐに起き上ると、再び切り掛かろうとする。
姫は敢えて動かず、両手で剣を構えるに留めた。
切っ先は下に向いており、柄の部分は臍の辺りだ。
剣には幾つか構えがあるも、下に向ける構えは下段と言われており、玄人が使用し易いと言われている。
下段は土の構えとも言われており、どちらかと言えば防御色が強いのだが、逆に言えばカウンターを狙い易く戦いに慣れている証拠だ。
「ぬぉぉぉぉぉ!!」
呂布が右手に持った剣を頭上に掲げて、左手で柄を握り唐竹割りに打ち込む。
それを下段で構えた剣が煌めき、呂布の剣を上に跳ね上げた。
今度は姫の剣が頭上に掲げられる番となり、呂布の剣は背中に回された形となる。
姫が右袈裟に剣を振り下ろしたが、突如として・・・・・呂布は信じられない速さで避けた。
「・・・・・・・」
姫は月色の瞳を細めて、剣を再び構え直した。
対する呂布は自分の身体を凝視する。
『い、今の動きは・・・・・・・・・』
『私が与えた力よ。天将呂布』
彼の脳内に女の声が聞こえてきた。
自分に助言した姫の妹だ。
『お前か。なるほど。これが貸し与えられた力、か』
『えぇ。焦るのは禁物よ?このまま行けば、貴方は勝つもの。姉上、ああ見えて疲労しているのよ』
今の状態を考えると、後もって僅かな時間しか満足には戦えないだろう。
『ジックリと嬲りなさい。私の方も後もう少し時間が掛るの』
今も民達の中には恐がる者も居るらしいから、説得に時間が掛っているようだ。
『そうか。なら、少しばかり遊ぶとしよう』
そう言って呂布は残忍な笑みを浮かべた。
しかし、これが彼と彼の女が犯す失態だった。