第二十一幕:臣下論と己が矜持
次が呂布と夜姫の戦いになります。
かなり急展開と思いますが、ご勘弁下さい・・・・・・・(汗)
長安の中に在る城。
そして、その城に在る一室では一人の男が淡々と酒を飲んでいた。
壮年で荒々しくも、キチンと整理された髭が男の厳つい顔を更に厳つくさせる。
しかし、杯と酒の入った器を持つ手は意外と繊細だった。
「・・・・・・・」
男は無言で杯に注いだ酒を見た。
つい先ほど・・・・・親族に言われた。
『己は一族を滅ぼす気か?!』
そう言われた。
そうだ、と言えなかったが・・・・・・強ち間違いとは言えない。
何故なら、失敗すれば間違いなく一族は滅ぶ。
一か八かの大博打を自分でしたのだから、そう言われても仕方なかった。
ただ、一人だけ・・・・・・もう老いとし短い母は違う。
『まったく、貴方は・・・・亡き父君---董君雅様と似ていますね』
男の亡き父は小役人だったが、潁川郡綸氏県の尉にまで出世した。
その前に小役人時代から、老いた母と共に居て、苦楽を共にしていたらしい。
亡き父は自分と同じく一か八かの大博打をして・・・・・・尉にまで出世した。
かなり差はあるが、母は次男坊の自分と亡き父を重ね合わせたのだろう。
しかし、母はこうも続けた。
『ですが、董君雅様が成功したのに対して、貴方は失敗するでしょう。余りにも掛け値が高すぎます』
それは一族が滅ぶ、と暗に告げていたが、母は自分の願いを聞き届けてくれたし他の者も同じだった。
「・・・・・・・・」
男は何も言わず、杯に注いだ酒を飲み干す。
幾ら飲んでも酔わない。
ここ最近は何時もそうだ。
親族を高い位に就けて、食料を備蓄して、城壁なども強化した。
逆らう者は残酷な刑罰で望んで、それは今までは甘い顔をしていた文官にもした。
これによって文官も放棄していた仕事をやり始めたが・・・・・・・長続きはしないだろう。
巷では噂だ。
『真の天の姫が、悪逆非道を重ねる董卓一味と偽物の女に天罰を喰らわす!!』
「真の天の姫、か・・・・・馬鹿馬鹿しい」
男は嘲笑った。
真の天の姫など居ない。
あの娘---連合軍から連れ去った娘は天の姫じゃない。
天よりも至高の存在に居る姫だ。
だが、悪逆非道を重ねる自分達に天罰を下すのは・・・・・・当たりだろう。
「何れ、我が董卓の身体は晒しにされるであろうな」
男---辺境の一将軍でしかなかった董卓は自分の死を予言した。
このような所業をした者が、古今東西を通して安らかな死を得られた試しは・・・・無い。
だいたいは罪に相応しい最後だ。
自分も罪に相応しい罰を、親族諸とも受けるだろう。
世の中とは・・・・・・そういう風に出来ている。
かと言って、何もせず他力本願の民達みたいな生き方はしたくない。
一人の背に隠れて、仕事を放棄していた文官達のようにも、だ。
どうせ死ぬなら太く短く生きてみせよう。
それが董卓の持論だったし、死ねば肉体は抜け殻でしかない。
なら、どうなろうと知った事か。
死ねば自然に帰るのだから・・・・・・・・・・・
「・・・・・む」
董卓は指先に微かな痛みを覚えた。
見れば杯が独りでに割れており、指先を軽く切っていたのだ。
こんな事は無いからこそ・・・・不吉な前触れとされてきた。
「・・・・・・・」
あれから王允は特に変わった様子を見せていない。
呂布も牢から出されたが、警備が厳重なのか夜姫に何かした、という話は聞いてない。
しかし、どういう訳か・・・・夜姫の様子が気になった。
王允の噂が出てから警備は強化したが、決して完璧とは言い難い。
董卓は傍に置いた剣を手に立ち上がった。
夜姫に愛剣は渡したが、それでも利剣の一振り位は持っている。
部屋を出て、後宮に向かっていると胡しんと華雄が現れた。
「殿、後宮に向かうのですか?」
「そうだが、何か遭ったのか?」
胡しんの様子を見て、董卓は少し顔を険しくした。
「はい。実は呂布が、後宮に行く所を見た、という情報が・・・・・・・・・・・・」
それを確かめに行く積りだったらしい。
ああ、では杯が勝手に割れたのは・・・・・・・・・
「・・・直ぐに行くぞ」
董卓は先頭を進んで、後宮に向かう足を速めた。
その後宮では・・・・・・・・・・・
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
「姫様、朱花殿、翆蘭殿?」
後宮に住む天の姫こと織星夜姫の従者となった文秀が、部屋に戻って来たが誰も居ない事に首を傾げる。
典医を探しに行ったが、見つからずに帰って来たのだ。
しかし、部屋には誰も居ない。
いや、居た。
「あのー、貴方だけ、ですか?」
文秀は恐る恐る夜姫が座っていた横で、とぐろを巻いていた蛇---ヨルムンガルドに尋ねた。
この蛇は自分など足元にも及ばない、と身体が告げている。
故に腰を低くして尋ねた。
答えなど返って来る訳・・・・・・・・・・・・
『見て分からんのか?小僧』
答えは返ってきた。
「し、喋れるんですか?!」
文秀は腰を抜かしそうになるが、ヨルムンガルドは落ち着いた状態だった。
『喋れる。というか、それも分からなかったのか?姫様も生き返らせてもらって、ただ悪戯に生を貪っていたのか・・・・何と情けない』
「す、すいません・・・・・・」
蛇に説教されて、文秀は肩を落とす。
『まぁ良い。それはそうと、姫様なら居ないぞ。呂布が連れて行った』
朱花と翆蘭を人質に取り、勝負を挑んだらしい。
「な、なぜ、助けないのですか?貴方は姫様の・・・・・・・・・・・・・」
『臣下であり家族だ。しかし、これも姫様の覚醒を早くする為。我らが力を増幅させる為だ』
淡々とヨルムンガルドは言った。
「で、ですが、最近の姫様は身体が良くありません。それなのに勝負など・・・・・・・・・」
『ああ、それは新月だからだ。それ位は・・・・・解からないか。今の時点で姫様は月の力が源だ。ゆえに新月ともなれば、大幅に力は落ちる。入れ知恵とは言え、あの呂布も頭が回るな』
「新月に力が劣るのなら、我々が助けに行かないと姫様が・・・・・・・・・・!!」
『小僧、貴様・・・・臣下だというのに、姫様を疑うのか?』
縦眼で文秀は射抜かれて、身体が硬直する。
『小僧・・・・貴様の前世は姫様を信頼していたぞ。唯の一度も疑った事は無い。貴様は生まれ変わりだ。ならば、前世と同じく姫様を信頼せんか。それとも、あの誓いは偽りか?』
この身も心も姫様の為だけに・・・・・・・・・
『偽りの誓いなら認めろ。さすれば、我が一飲みしてやる。魂もろとも我が汚物として、吐き出してやる』
ヨルムンガルドは身体を立てて、真っ直ぐに文秀を睨み据えた。
「・・・・・・・・」
文秀はジッとヨルムンガルドを見返した。
身体は動かないが・・・・・心は憤っている。
「・・・姫様を疑う訳じゃありません。あの誓いに嘘偽りはありません。ただ、姫様を心配する。それが私の臣下としての考えです」
相手は呂布だ。
夜姫に何度も苦い汁を舐めさせられた。
となれば、如何な事をするか分からない。
心配して当たり前だ。
真っ直ぐに見返して、自分の思う臣下を伝えるとヨルムンガルドが今度は縦眼を細めた。
『ほぉ、それが貴様の臣下論か。中々の出来だが、甘ったれな論だ。まぁ良いだろう・・・・兄上も貴様同様に姫様を心配している事だろう。そろそろ行くとするか』
ヨルムンガルドは床を這って、文秀の脚元まで行くとスルスルと上に登り、文秀の首に巻き付いた。
『さぁ、行くぞ。その双眸で見るが良い・・・・・貴様の考えなど、姫様は一笑する。例え、今は弱っていようと、呂布に何をされようと己が矜持を最後まで貫く方だと焼き付けるが良い』
さすれば、如何な困難に夜姫が陥りようと決して疑いも、心配もしない。
「・・・・・・」
文秀は何も言わず、槍を片手に部屋を出た。
それから間もなく董卓達が部屋を訪れたが、誰も居らず文秀を追う形で部屋を辞したのは間もない事だった。