第二十幕:新月の夜に・・・・・・・・
長安に在る城。
その城にも皇帝の寵姫達が暮らす後宮は存在する。
だが、生憎と今の後宮には数名しか住んでいない。
後宮を覗いてみよう。
ガランとした廊下を進んで行けば、幾つかの部屋が在り・・・・・・・更に奥へ行けば、また部屋が在る。
幾つ部屋があるか分からないが、その内の一部屋から声が聞こえるではないか。
『・・・・・・もう、いりません』
『もう、ですか?まだ、こんなに残っているんですよ』
『何だか、身体が重くて食欲が湧かないんです』
『そう言えば、最近は気分が優れませんね。ヨルムンガルドさんも・・・・・・・・・・・』
『姫様、典医殿に診てもらっては?』
部屋の中からは数名の声が聞こえる。
その内三人は女性で、同い年くらいの声だ。
残る一人は男の声だが、三人より年上と思われる。
扉を開けて、中に入ってみれば・・・・・・・・・
麗しき娘が三人居り、一人の娘に二人の娘が心配そうに見つめていた。
その娘は二十歳になった位だが、容姿が人間ではない。
銀と紫と言う有り得ない髪色をしており、一本一本も艶やかで絹みたいだ。
服装は高貴な者が着る黄色などを使用していた。
対照的に二人の娘は、人間らしい容姿---黒髪に黒眼だった。
そして三人の傍で控える者が居た。
年齢は三人より年上で、十歳程度だから兄などにも見える。
鎧から察するに、それなりの地位に居るのだろう。
四人そろって、口元を抑えて眼前にある料理を食べられない、と称した主人である娘を心配そうに見つめる。
その娘の左手には一匹の蛇が巻き付いているも、四人から見れば以前より元気が無い。
娘の名は織星夜姫、と言い蛇の名は北欧神話に出て来るヨルムンガルドだ。
二人の侍女は朱花と翆蘭と言い、男の名は文秀である。
この四人は夜姫の臣下、と言えるだろう。
文秀は一度こそ死んだが夜姫に蘇らされて、朱花と翆蘭の方は董卓から任命されたが、夜姫自身---正確に言えば月の瞳を宿した、夜姫に任命されたのである。
話を戻すと、ここ最近の事だが夜姫は元気が無い。
元から大人しい性格だが、日を追うごとに食欲が無くなって行き、身体も鉛のように重いのだ。
ヨルムンガルドも最近は水さえ碌に飲まない。
まるで・・・・・力を失い掛けているようだ。
「ごめんなさい・・・・・もう、身体が重くて、食欲も湧かないんです」
夜姫は口元を抑えると、軽く息を吐いた。
「夜姫様、やはり典医に診てもらいましょう」
文秀が膝をついて夜姫に言う。
「いえ、そんな事は・・・・・・・・・・・」
「ですが、ここ最近の様子は明らかに変です。どうか、一度で良いので典医に診てもらいましょう」
彼にとって夜姫は新しい主人だ。
その主人が、こうも弱っていては見ていて辛い。
「文秀様の言う通りです。夜姫様、やはり典医を呼びましょう」
「そうですよ。一度だけでも診てもらわないと」
金色に赤い宝石を付けた腕輪をした侍女---朱花が言えば、同じく金色に青い宝石を付けた腕輪をする侍女---翆蘭が言う。
「・・・・・では、お願いします」
三人に押し切られる形で夜姫は承諾した。
「では、私が・・・・・・・・・・・」
文秀が立ち上がり、部屋を出て行く。
朱花と翆蘭は料理を片す為に部屋を辞した。
一人となった夜姫は鉛のように重い身体を、寝台に横たえたくなる。
「何で、こんなに身体が重いのかしら・・・・・・・・?」
こんな事は初めてだ。
いや、この世界に来てからは、だ。
向こうの世界---自分が居た世界では月の無い夜---新月の時も身体が重かったが、ここまで酷くない。
せいぜい微熱程度で、だるくなるだけだ。
所が、ここに来て初めて新月の夜を過ごすが・・・・・自分の居た世界より症状は酷かった。
「ヨルムンガルド、貴方も大丈夫?」
とぐろを巻いて、舌を弱々しく出す蛇---ヨルムンガルドを空虚な双眸で見た。
ヨルムンガルドは縦眼の双眸を向けるが、やはり弱々しい。
「どうして、かしらね?新月の時に弱まるなんて・・・・・・・」
このまま寝たいと思った時である。
ガチャ、と扉が開く。
「あ、お帰りな・・・・・・・・・・・」
文秀か、朱花と翆蘭が帰って来たと夜姫は思い声を掛けようとしたが、雰囲気が違う事に言葉を止める。
だが、部屋に入って来た者は違う。
「久しいな。天の姫---いや、織星夜姫」
男の声だ。
聞いた事があるが、雰囲気が前と違う気がした。
何だ、この禍々しい気は・・・・・・・・・
「覚えているか?俺を何度も地面に倒して、冷たく見下しただろ?この・・・・・・飛将と言われた男を、な」
飛将・・・・・・・・
「あ、貴方は・・・・・呂布」
夜姫は初めて部屋に来たのが男の名を口にした。
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夜姫は呂布の名を口にしてから、身体を硬直させた。
頭の中に・・・・・この男を何度も倒した光景が浮かんできたのだ。
『私が、飛将と謳われた呂布を・・・・・倒したの?』
あんな風に・・・・・・しかし、途中で眼が見えた時に、出会った真紅の髪を持つ女と呂布が会う光景も見えた。
あの女は・・・・・・・・・・
「どうした?この俺に怖気づいたのか?」
呂布は夜姫を見て、口端を上げて嗤ったが・・・・・・・・・・
「・・・誰に対して、そんな口を叩けるのよ」
薄らと夜姫の眼が空虚から月の瞳になる。
「ほぉ・・・・それが、あの女---妹が言っていた姉の貴様、か」
真紅の髪をした女は夜姫の妹だ。
そして、その女が言うには月の瞳を宿した方が姉らしい。
もっとも転生したから、どちらも姉だと言うが・・・・・・・・・
「あの女---私の妹が小細工をしたのね?」
夜姫は立ち上がり、右手で髪を梳いた。
「左手は使わんのか?嗚呼、そうだな・・・・・左手は使いたくないのだな。その布が良い証拠だ」
呂布が更に嗤った。
「・・・・相変わらず性格が悪いわね。私の妹と良い勝負よ」
スウ、と夜姫は月の瞳を細めて傍に置いてあった無骨な両刃の剣を取る。
「さっさと消えなさい。自分の部屋を血で汚したくないの」
「断る。貴様は何度も俺を虚仮にして、更には見下した。だから、決めた・・・・貴様を倒して、俺の女にする、と」
「前にも言ったけどタイプじゃないの。それでも来るなら来なさい・・・・・大事な部分を切り落として女にしてあげる」
「それも断るが・・・・・場所を変えようじゃないか。断るなら大事な侍女が死ぬぞ」
おい、と呂布は声を扉に掛ける。
すると・・・・・・・・・・
『ひ、姫様!!』
兵隊二人に拘束された朱花と翆蘭が現れた。
「・・・・人質を取るなんて、飛将の名が泣くわね」
「知るか。他人の御下がり名など俺は欲しくない。欲しいのは天将と貴様だ。さぁ、場所を移動しようじゃないか。そうすれば・・・・・二人は解放してやる」
「・・・・・・良いわ。今度こそ、貴方の息の根を止めて後顧の憂いを断つわ。その後で、妹に“お仕置き”するから」
夜姫はバッ、と動いたが、呂布が速く背を向けて扉に向かう。
そして人質とされた朱花と翆蘭を合わせた計六人は・・・・・・後宮の廊下を歩き出す。
残されたヨルムンガルドは弱々しかった舌を・・・・・強くして、更に縦眼の双眸で“笑った”のだ。
“くくくく・・・・・愚かな事を。新月の時に姫様を狙うのは褒めてやるが、逆行を利用して勝利を得るのが得意だと忘れるとは、な”
誰かの声がしたが、部屋には・・・・・・ヨルムンガルドしか居ない。
つまり、彼が喋っているのだ。
“これで覚醒は早まる。同時に・・・・近衛兵の二人と弟子二人が肉体を手にする。そして我と兄上、斥候二匹の力は増す”
そうすれば・・・・・・こんな城など一飲みだが、それは夜姫が望まないだろう。
“姫様も恋多いな。しかし、あの董卓は使えるな。いやはや・・・・・覚醒前とはいえ、既に相手を虜にする術を会得するとは流石ですな。我らが主人”
戦の舞姫にして、戦場の女王・・・・・そして・・・・・・・・・・・・




