第十八幕:与えられた歪み2
今回は呂布ですが、そろそろ董卓の横暴も描かないと・・・・・とは思います。
長安の城に在る地下牢・・・・・・
そこは大罪を犯した者が収容される場所で、明かりなどは一切無い。
窓も無いから、昼か夜かすら判別できない。
その上、看守なども基本的に用が無い限り来ないから、他人と会話をする事も出来ないのだ。
これだけでも苦痛以外の何でも無いが・・・・・・鎖で両手足を拘束された男は違う。
『おのれ・・・・この俺を、こんな風にしやがって!!』
男は自分を拘束した養父であり、上司に当たる壮年の男---董卓に憎しみを抱いた。
自分は今まで董卓に仕え続けて、何度も彼の窮地を救い出したではないか。
それこそ他の武将たちよりも、だ。
だが、その礼がこれか?
『見ていろよ・・・・・必ず、ここから出てやる。その時は天の姫---織星夜姫を物にする時だ!!』
自分を三度も打ち負かした小娘だが、男にとっては何としてでも手に入れたい娘である。
男の名は呂布。
董卓の養子にして、五原騎兵団を指揮する武将だ。
遊牧民の生まれだけあって、呂布の騎馬戦は眼に留まるものがあり、董卓軍を始め、連合軍でも一目置かれている。
しかし、その実力が彼の性格を驕らせており、敵は味方にも多い。
こういう眼に遭ったのも、元を正せば彼自身の言動が実を結んだに過ぎない。
それでも怒りたい気持ちは強く・・・・・復讐を決意する。
「見ていろ・・・・・必ず織星夜姫を物にして、董卓・・・・・貴様を殺してやる!俺が王になってやる!!」
呂布は鎖を引き千切らんとばかりに暴れたが、鎖はシッカリと固定されてビクともしない。
『それほどまでに・・・・・董卓が憎い?織星夜姫が欲しい?』
誰かの声がした。
「誰だ!!」
聞いた事もない声に呂布は声を荒げて、牢内に響き渡る。
『一言で言うなら・・・・・貴方に力を与える女、と言うべきかしら?』
「俺に力を与えるだと?」
『えぇ、私は織星夜姫を憎んでいるの。一度こそ殺し掛けたけど・・・・・・失敗したの。だけど、ここでは殺すわ。だけど、私の力だけじゃ駄目なの』
この世界の住人ではない。
だから、力も出し切れない・・・・・・・いや、自分は明らかに夜姫に劣っている。
幼い頃は有利だったが、今にして思えば両親が健在で、自分に味方していたからだ。
両親が亡くなり、自分の力で夜姫と対峙した途端・・・・・劣っている、と痛感させられた。
この世界でも一度、戦ったが軽くあしらわれたのが証拠である。
とは言え・・・・・負ける訳にはいかない。
あの女は自分から奪った。
自分が持っていた物を全て奪った。
愛して止まず、将来は夫にする筈だった男でさえ・・・・・・・自分から奪い、あろう事か臣下にしたのだ。
赦せる訳ない・・・・・・・・・
『私は夜姫に復讐したいけど、貴方が夜姫を物にするのは関係ないわ』
「つまり・・・・夜姫を見返したいのか?」
呂布は少し考えてから聞いた。
『それに近いわね。どうかしら?私の力を貸して上げるから、夜姫を倒さない?それとも飛将という名を持つから恥と思う?』
愚問、と呂布は笑う。
「飛将など他人の御下がりだ。大して執着していない。良いだろう・・・・・女の力だろうと、あの女を倒せるなら構わん。俺に力を貸してくれ」
『ありがとう。でも、ちょっと待って。もう直ぐ牢から貴方は出るから、その時に改めて力を貸すわ』
「判った。しかし、名前くらいは教えても良いのじゃないか?」
抜け目なく呂布は声の主に問う。
名前には力があり、下手に本名を教えれば生命を危険に晒す。
太古の時代では、そうだった。
今も、そのような形は残されており、余程の事で無い限り本名は誰にも呼ばせない。
しかし、姿を見せない相手を手放しに信用は出来ない。
故に名を問うたのだ。
『悪いけど、名前は言えないの。知っていて?織星夜姫という名も・・・・・あの女の名前じゃないわ』
織星夜姫とは転生した名前であり、本当の名前は別にある。
「では、本当の名は別にある訳か?」
『その通りよ。でも、それは私も同じ事。じゃあ、そういう事だから、暫くしたら・・・・再び会いましょう。天将呂布』
静かに声は途切れた。
それから数日ほど経って・・・・・呂布は牢から出された。
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呂布は牢から出されて、数日は何もせず愛馬の赤兎馬の世話をした。
遊牧民の彼にとって馬は家族の一員で、心を許せる友である。
牢に入れられていた間の分も世話をしたが、牢で聞いた声の事が頭から離れない。
『後日また会いましょう』
一体いつ現れるのか?
他人の力・・・・・それも女の力を借りるなど、武将として恥以外の何でもない。
しかし、今のままでは織星夜姫に勝てない。
それは嫌でも・・・・・・自覚していた。
あの女の力を借りれば、夜姫を倒す事が出来る。
そうすれば自分は天将になれて、夜姫を物に出来るのだから・・・・・・・・迷う事は無い。
赤兎馬が僅かに鳴いた。
まるで主人を心配するような鳴き声で、呂布はハッとする。
「すまん・・・・だが、これは俺自身の問題だ」
如何に心を許しても、これだけは自分が解決しなければならない。
しかし、赤兎馬は心配そうな顔をしていたままだった。
そして夜となった。
呂布は赤兎馬の居る馬小屋を出て、自分の部屋に行こうとした。
流石に赤兎馬の所で寝る訳にはいかない。
所が・・・・・・部屋に行く途中---中庭の前で足を止める。
「・・・・誰だ?」
何処かで気配を感じて、呂布は腰の剣に手を掛ける。
ここ長安は・・・・・・憎悪の坩堝だ。
董卓を怨む民達、漢王朝を復興せんとする者達の憎悪、そして・・・・・・織星夜姫を憎愛する呂布の憎悪だ。
そんな坩堝の中では・・・・感じた事が無い気があれば、否応なく腰の剣に手を掛けるのも無理はない。
『流石は天将。私が出した僅かな気を・・・・・直ぐに感じ取るんだもの』
クスッ、と笑う声を出しながら向かい合う形である柱から・・・・・・一人の娘が現れた。
あれは・・・・・・・
「・・・・・夜姫」
呂布の双眸に映ったのは一人の娘だが、思わず夜姫と言ってしまった。
似過ぎだ。
年齢、顔立ち、衣服・・・・・全て似ているが、決定的に違う点は髪の色だ。
夜姫は銀と紫だが、こちらの娘は真紅の髪をしており雰囲気も・・・・・剣山のようにトゲトゲしく、それを隠しているように見える。
もっとも、剣山のような雰囲気は隠しても出ているが。
「こんばんわ。天将呂布。貴方に牢の中で声を掛けた者よ」
娘は薄らと笑い、呂布に近付く。
「・・・・貴様が夜姫を倒す為に力を貸す女、か。似ているな。夜姫と」
「私としては似たくないけど、同じ両親だから仕方ないわよ」
つまり・・・・・・・・
「姉妹、か。なるほど。それでは改めて聞くが・・・・・・名は?力を貸してくれるが、俺の名を知っているんだ。名前を教えろ」
「・・・・・傲慢ね。姉上が嫌うタイプだけど、私的には好みね。良いわ。教えて上げる。でも、私を倒そうとか考えないでね?」
私は貴方に倒されない。
「分かるでしょ?」
歴然とした壁の大きさが・・・・・・・・・・・
「・・・・・あぁ」
呂布は腰の剣から手を離した。
この娘に勝てない・・・・・それは一瞬だけ出した剣山を露わにした雰囲気で解かった。
「良い子ね。それじゃ名前を教えるわ。私の名は・・・・・・・よ。貴方に力を貸すけど、助言もするわ」
「助言?」
「えぇ。あの女---姉上を確実に倒したいなら、月の無い夜---新月を狙いなさい」
「新月に?」
「そうよ。姉上の力は月に依存しているの。今は、ね。だから、倒すなら月に依存している今の時に倒しなさい。それも新月なら、一番力が弱まるから最高よ」
「・・・・・そこまで夜姫を怨んでいるのか。分かった。新月の時に狙えば良いんだな?」
「えぇ。貴方は傲慢だけど、お利口さんだもの。私の助言を直ぐに聞き届けてくれる、と思っていたわ」
それでは・・・・・・・・・・・
「力を貸して上げるわ。さぁ、手を出して」
言われるままに呂布は手を出した。
すると、娘は手を取り・・・・・自らの気を送り込んだ。
それによって呂布の体内に、自分ではない気が流れ込んで来る。
嗚呼、力が漲って来る。
同時に・・・・・織星夜姫の過去なども、少しばかり中に入って来て・・・・・・あの女が、左手をああも庇っているのか理解できた。
「はい、終わり。どう?身体から力が漲る?」
「・・・・・・あぁ。礼を言うぞ。これで夜姫を物に出来る」
呂布は双眸で娘を見るが・・・・・・その眼は前以上に歪んでいた。
王允同様に・・・・・・“与えられた歪み”だったのである。