第十七幕:与えられた歪み
董卓の暗殺計画を考えた男・・・・・杓子定規で、非情な事もやりますが、最後は割と潔い。
ここ等辺が私的に難しい感じで、これからの内容に迷う次第です。(彼女は嫌いなタイプだから、とことん悪役にする考えですが)
夜姫は寝室を出て、夜の後宮を杖で道を探っては歩き続ける。
杖が床を叩く音だけが、小さく木霊しては夜姫の耳に入る。
「・・・・・・・」
何処に行く訳でもなく、ただ宛ても無く歩き続ける。
後宮は基本的に皇帝以外は男子厳禁で、入るには宦官か侍女くらいだ。
今は董卓が支配しており、夜姫が住んでいる事で必要最低限の人数しか居ない。
それもあり、こうして歩ける訳だが・・・・・・・・・・
『董卓・・・・・ここが、彼の死に場所となるのかしら?』
歴史では長安に着いてから、董卓は枷が外れたように専横を極めた。
自分の血族---母、息子夫婦などを呼んで、高い地位に就けたりして、更には貨幣政策も行って価値を大きく低下させた。
最後は・・・・・養子の呂布に殺されて、血族諸とも死体を晒しにされる。
蜀漢と西晋に仕えた官僚の“陳寿”は、董卓を以下のように評した。
『董卓は心拗け残忍で、暴虐非道であった。記録に遺されている限り、恐らく是程の人間はいないであろう』
つまり、彼の時代でも董卓の非道は眼に余っていたのだ。
所が、ここの董卓は・・・・・そうじゃない気がする。
自分を天の姫、と称しているが、態度は無愛想だが、何処かで怯えている節を感じた。
陳寿の評と、自分が調べた限りの董卓なら・・・・・あんな態度は取らないだろう。
それなのに・・・・歌を頼んだ時、切望しているように聞こえたのは間違いじゃない。
しかし、それよりも気掛かりなのは・・・・・・・・・・・
「私、本当に・・・・どうなっているんだろ」
自分は大学生で、家族は居ないし、特に取り柄も無い。
だが、幼い頃から見ている夢が・・・・・この世界に来てから、妙にリアルな程に見えてきた。
同時に自分が、変わり始めていると実感し始めている。
「・・・・・・・・」
足元に微かな感触を覚えた。
温かい・・・・・
太陽とは違う温かさがあり、夜姫には懐かしい感触さえ感じる。
その感触を感じる方角へ、脚を向ける。
杖で障害物が無いか、確認すると段差があった。
気を付けて段差を下りると、温かい感触が身体全体を覆う。
中庭、だろうか?
空虚な眼差しで、夜姫は夜空を見上げた。
嗚呼・・・・・・温かくて懐かしい。
「・・・・今は、三日月かしら?」
この温かさだと、満月ではない。
満月が欠けた月---三日月だろう、と推測する。
月の光を浴びて、夜姫は空虚な眼差しを閉じた。
開けていても見えないが、眼を閉じれば感じる事が出来る。
懐かしい感触で、この温かさが夜姫は好きだった。
幼い頃から、ずっと・・・・・月は自分を見つめて、何時も自分を慰めてくれた。
今は、地上に居るが何れは・・・・・・・・・・
「帰って、みせる」
口に出した言葉は何を意味しているのか?
言った本人も判らない。
ただ、口に出す事で・・・・・決意したのかもしれない。
自分は必ず・・・・・帰る。
そして今度こそ、皆で幸せになるのだ。
あの月の・・・・・・・・・
「誰、ですか・・・・・・・?」
夜姫は背後から視線を感じて、顔を向けた。
盲目だが、その分は他の感覚が冴え渡っており、誰かが背後に居ると判った。
「夜分遅くに、申し訳ありません。天の姫」
男の声が夜姫の耳に入る。
董卓と同い年か、少し年下だろうか?
温和そうな声だが、素直に受け取れない面がある。
それは男の雰囲気、だろうか・・・・・・・・?
「どなた、ですか?」
夜姫は声の主を警戒して、身を軽く引きながら尋ねた。
「これは失礼しました。私の名は王允。漢王朝に仕える文官です」
王允・・・・・・・
『確か、董卓暗殺を呂布に実行させた、計画犯だったわね』
頭の中から王允について、調べた限りの内容を夜姫は思い出す。
この王允は十九歳で役人となり、それからは仲間に怨まれたりもしたが、人望と実力を徐々に身に付けてきた。
そして董卓の下でも働いたが、長安に着いた董卓の専横振りに・・・・・とうとう暗殺計画を始めたのである。
計画を立てる際、彼は友人の黄琬、部下の士孫瑞だった。
三人で暗殺計画を考えて準備もしたが、肝心の実行犯は見つからなかった。
専横を極めて、非情な行いも平気な顔でした董卓であるが、部下に対する恩賞は惜しまなかったりと、部下の手綱は握っていたのである。
そのため、下手に計画を話せば董卓の耳に入るのは必定。
だから、三人は準備などもしたが、肝心の実行犯を見つけられなかったのである。
そんな中で、暗殺を請け負ったのは他でもない。
董卓の養子にして、飛将とも謳われた呂布その人だ。
王允とは同じ土地の出身であるが、董卓から手槍を投げ付けられた事もある。
そして侍女と密通していた事で、それが知られないか呂布は心配だった。
付け入る隙を見つけて、王允は彼を計画に参加させて・・・・・長安で董卓を殺害させたのである。
しかし、そこから二人の仲は急速に悪化して、王允は長安において一族諸とも晒し首にされた。
この世界で王允とは初めて会うが、夜姫は警戒心を解けなかった。
『何か、この男・・・・・似たような感じがあるわね』
夢の中で、王允に似た男と会った事がある。
杓子定規的で物事を判断するが、エゲツナイ手も使う男だった筈で・・・・・・・・
『私を陥れた男・・・・・・・』
詳しい事は夢の世界でも見たことはないが、眼前の男---王允は夢の中で見た男と似ている。
見た目ではなく雰囲気が、だ。
「天の姫、少し時間を頂けませんか?」
「・・・・・何を、話すのですか?ここは後宮です。董卓の許しを得なければ、入る事は出来ない筈ですよ」
王允の事を警戒しながら、夜姫は強く出て相手を退かせようと試みる。
「確かにそうですが・・・・・貴女様が、董卓に告げ口するとは思えませんが?」
自分を連れ去って、あまつさえ後宮という場に幽閉している。
「董卓を憎んでいますよね?怨んでおるのでしょ?連合軍に帰りたいとは思いませんか?」
催眠術でもするように、王允は畳み掛けて言葉を投げる。
同時に距離も縮めて行くのが、足音で判った。
「・・・・連合軍に帰りたい、とは思います」
王允の足音が停止した。
夜姫は後ずさりながら、董卓の事を考えた。
確かに、彼には連れ去られた怨みはあるが、殺したい程ではない。
悪逆非道な事をした男だが、自分の前では・・・・・そんな風には見えなかった。
いや、人だから当たり前か。
人は良い事も悪い事も同時にやる。
それが人であり、董卓も人なのだ。
寧ろ・・・・・・・・・・
「貴方は私を利用しようとしていますよね?」
空虚な眼差しで、王允を射抜き尋ねる。
疑問を付けたが、夜姫から見れば確信があった。
この男が董卓を殺したがっているのは本当だろう。
漢王朝に仕える身に誇りを持っている事も解かるが・・・・・・・・・・・・
「貴方は、この私を利用して董卓を殺して、漢王朝の権威を復興させようとも考えておるのでしょ?」
「・・・・流石に鋭いですね。確かに、その考えはあります」
王允は静かに肯定した。
「知っていると思いますが、現在の漢王朝は既に権威など無いに等しいです。それでも辛うじて王朝として威厳は残っております」
「・・・・・・・・・」
「ですが、それでは乱世を治められないのです。董卓を野放しにしておけば、何れ漢王朝は滅び去ってしまい、今以上に民達は苦しい生活を虐げられるでしょう」
「だから、殺すんですね?それは解かりましたが・・・・・私を利用する魂胆は気に入りません」
この男は何時もそうだ。
杓子定規的に物事を考えるも、エゲツナイ手も使い目的を遂行する。
昔の自分もエゲツナイ手は使ったが・・・・こんな風に杓子定規で物事を考えたりはしない。
「知っておりますか?乱世とは地が乱れた時に起こります。つまり・・・・・・董卓が権力を握れたのは漢王朝の腐敗も原因です。その責任を董卓だけに押し付けるのですか?」
「・・・・・物事は綺麗事で済ませられない時が、多々あるのです。貴女様も解かるでしょ?」
「えぇ、知っております。ですが・・・・・・私は貴方の計画には加担しません。今夜の事は聞かなかった事にしますが、次は董卓に言います」
「・・・・・・・」
王允は無言になる。
夜姫は警戒心を抱きながらも、気丈な態度を崩さず彼の横を擦り抜ける。
しかし・・・・・空虚な眼差し故に、王允の眼が僅かに歪んでいたのを知らない。
その歪みは王允という人間の歪みではなく・・・・・・“与えられた歪み”だったのだ。