第十六幕:夜の散歩へ・・・・・・・
そろそろ、物語を進めて行きたいと思います。(汗)
長安の城にある後宮。
その一室で、一人の娘が眠っていた。
年齢は二十になったばかりで、髪色は銀と紫の二色だが、絶妙に混ざり合い変な色ではない。
清楚さと妖しさの二つを、見事に色が調和して両方の色を・・・・・・表現していた。
寝巻は白いが、それ以上に白い肌は生唾を男は飲み込むだろう。
髪の色と、肌の色がアンバランスで、同時に整えられた顔立ちが、男心を刺激する。
しかし、そこには誰も居ない。
故に、娘は心安らかに眠れるのだ。
娘の名は織星夜姫。
都内の大学に通う二年生で、劇団員でもあるが、突然にも三国志の時代に来た現代人である。
所が、眼は見えず、おまけに容姿なども変わっていた。
そればかりか、自分を天の姫と仰ぎ、色々と内輪揉めも連合軍で発生してしまい、挙句の果てに董卓に連れ去られて・・・・・長安に来ている。
だが、今は静かに眠っていた・・・・・筈だった。
『聞け、者共!我が名は・・・・・・・。戦場の舞姫なり!!』
『我が名は・・・・・。戦場の舞姫で在らせられる・・・・・・様に仕える近衛兵団の長だ』
『同じく・・・・・・。近衛兵団の副将なり!!』
誰かの声が、頭の中で何度も聞こえる。
段々と場面も鮮明となり、そこが・・・・・・戦場だと判る。
剣、槍、斧、盾、弓矢、馬、象・・・・・様々な武器と動物が入り乱れて、互いの生命を断たんと血飛沫を上げる。
そんな中に自分---昔の自分が居た。
今の自分と同じ容姿だが、着ているのは藍色を主体とした女物の鎧であった。
左腰には反りのある片刃の剣---“太刀”を佩いて、手には斧と槍を一体化させた“ハルバート”を握り、羽のついた兜を被っているではないか。
そして、先ほどの名乗りを挙げた訳だが、その傍らには二人の男が居た。
一人は銀と黒を主体とした鎧姿で、年齢は夜姫より10歳程度年上だ。
両刃の剣を一振り握り、自分を護るように立っている。
もう一人は老人で、自分から見れば祖父みたいなものだが、こちらは黒と赤を主体にしており、夜姫と同じくハルバートを握っていた。
3人の中で、一番貫録があり、立派な髭と眼が、戦場を渡り歩き、将兵を率いた貫録を更に強めている。
『さぁ、舞いましょう』
昔の自分が、妖艶に笑い敵兵に告げる。
敵兵が一斉に、昔の自分に殺到して来たが・・・・・・・・・・・
『むん!!』
老人が、ハルバートを横に一閃するなり、横一列に居た敵兵およそ二十人が・・・・・・一気に胴を2つに薙がれて、血飛沫を上げながら事切れた。
『ちょっと爺。私が舞う相手だったのよ』
昔の自分は邪魔された、とばかりに老人を怒る。
『お言葉ですが、姫様。貴女様は総大将です。その総大将が、近衛兵を率いて前線に出るなど・・・・恥ずべき行為です』
老将は戒めるように口酸っぱく言うが、自分は気にしていない。
『良いのよ。ちゃんと指揮を執る相手は居るんだから。そうでしょ?・・・・・・』
自分を護るように立っていた、男に問い掛ける。
『仰る通りですが、老将の言葉も尤もです。もう少し自嘲して頂かなくては、我らの立つ背も無くなりましょう。特に今の状況では尚更かと』
『貴方まで言うの?はぁ・・・・・早く来なさい。クー・フーリン』
クー・フーリン・・・・・・
ケルト神話に出て来る伝説の人物で、半神半人でありながら、その猛々しい力は何人にも引けを取らず、正に一騎当千を画に描いたような男だ。
普段は容姿端麗で、如何にも英雄的な感じだが・・・・・一度でも戦に出れば、その容姿とは百八十度も違う化物になる。
愛槍“ゲイボルグ”と言い、投げれば30の鏃となり、突けば30の棘となる。
そればかりか、必ず敵に当たり・・・・・当たれば一撃必殺で敵を葬れる代物だ。
これを持ち、クー・フーリンはケルト神話に名を残した。
その人物を、どうして昔の自分は・・・・・・・・・・・
『戦場の舞姫!その首、もらった!!』
背後から敵の大軍が現れて、突撃と叫ぶ!!
背後の敵は凡そ千人以上・・・・・・・どう考えても、三人では太刀打ち出来ない。
しかし・・・・・・その千人以上の敵が、一斉に血を噴き出して倒れる。
皆、身体を串刺しにされて、一撃で葬られていたのだ。
所が、一撃で葬られた敵兵だが、身体には30の鏃が刺さっていた。
まさか・・・・・・・・・・・
グアアウ!!
獣みたいな雄叫びを上げて、一人の男が自分の前に跪く。
額からは光線を発して、顎が頭くらいの大きさだ。
両眼の間には七つの瞳が生じており、片方の眼は頭の内側、もう片方は外側へ飛び出している。
両頬には黄・緑・赤・青の筋が浮かび上がり、電流のように逆立った髪は根本は黒いが、先端に向かうほど赤く変色していた。
その強靭な身体を、あちらこちらが千切れた鎧が、頼りなく身につけられていた。
化物という言葉が相応しいが、その者を自分は、優しく見つめているのが印象深い。
『女を待たせるなんて、罪深い男ね。貴方って』
瞳もそうだが、声もまた皮肉を込めているが、棘は感じられなかった。
『申し訳ありません。しかし、敵を葬り去ったのだから、赦してくれまいか?我が姫君よ』
犬歯だらけの歯を剥き出しにして、男---クー・フーリンは言う。
あの姿は正にクー・フーリンその人だった。
『赦すわ。でも、今度からは遅れないでよ?私、待つのも待たされるのも嫌いなの』
『相変わらず、厳しい性格ですな。ですが、以後は気を付けると致しましょう。それで、どうなさいますか?』
『知れた事ね。我が領土を侵す者は、何人たりとも赦さないわ。全員を血祭りにするわよ!!』
ハルバートを振り上げて、自分は敵兵に宣言した。
『さぁ、我が舞を双眸に宿して、冥途の手土産にするが良い!!』
そう言って・・・・・・舞をする如く、敵兵の群れに飛び込んだのだ。
しかし、そこからが判らない。
「・・・・・・・・」
眼が覚めたからだ。
「・・・・何の夢、かしら?」
娘は空虚な眼を宿しながら、身体を起こして嘆息する。
娘の名は織星夜姫。
彼女こそ天の姫と称されて、董卓に連れ去られた娘で、先ほど夢を見た人物だ。
あのような夢は、生まれてから何度も見たが、今回は・・・・・・以前より、かなり背景などが鮮明である。
同時に人物の姿も鮮明で、その内の一人が・・・・・・昔の自分、とも理解できた。
あの娘は、昔の自分だ。
漠然とした気持ちだったが、どういう訳か解かった。
しかし、それが一体、何なのかは判らない。
とは言え・・・・・何か、とても大事な夢だとは解かった気がする。
「・・・・・・・・」
手探りで杖を見つけて、夜姫は寝台から起き上った。
寝台の傍らには、とぐろを巻いた一匹の蛇---ヨルムンガルドが寝ている。
彼女の侍女---朱花と翆蘭は別室で、護衛の文秀は言うに及ばず。
その為、一人だ。
夜姫は杖で、道を探り扉まで行き、静かに開けて外へ出る。
ヨルムンガルドを起こさないようにして、扉を閉めて軽く息を吐いた。
「はぁ・・・・・・・」
こういう事は度々あった。
眠気は無く・・・・・眠る気にもなれない。
先ほどは、あの夢だったが・・・・・・次みる夢は・・・・・・・・・・・
それが恐くて堪らなくて、眠る事が出来なかった事は、これまでもあり、その度に時間を潰したものだ。
後宮は自分、朱花、翆蘭、文秀しか居らず、また入るのも制限がある。
だから、暫く一人で歩いて時間を潰そうと夜姫は思った。
しかし・・・・・・その後宮には、既に一人の人物が来ている、とは思いもしない。