第六幕:姫君の怒り2
皆様、新年明けましておめでとうございます。
昨年は傭兵の国盗り物語のアガリスタ共和国編を書き上げるのに全力を注ぎ、こちらはおざなりになってしまい申し訳ありませんでした。
ですが、今年から再び書き直しつつ「流浪編」を投稿していきたいと思います。
咳払いをする袁紹に夜姫は空虚な眼差しを向けた。
「夜姫様は心優しいですね。それに引き換え我が異母兄弟は何と情けない事か・・・・またしても我が異母兄弟が失礼な真似を致しまして申し訳ありません」
袁紹は袁術を視線で叱り付けながらも夜姫に謝った。
「私は気にしておりません」
夜姫は興奮していたが、それを抑えて平静な口調で返す。
だが先程の言動が自分ではない誰かが言ったという錯覚---感覚は覚えており内心では戸惑っていたが。
「そうですか。では、ここにお呼びした訳を改めて説明させてもらえませんか?」
「・・・・お願いします」
また同じ言葉を言われると夜姫は内心で嫌だったが、ここは袁紹の顔を立てようと「今度」は自分の意思で頷いた。
「では先ず・・・・夜姫様はただ今、劉備殿の陣に居りますね?」
「はい、居ますね」
「劉備殿の陣は失礼な言い方ですが・・・・義勇軍の陣です」
「・・・・・・・・」
袁紹は夜姫の様子を窺ったが先程に比べて大人しくなったと踏んだのか、咳払いをしてから説明を続けた。
「天の姫である夜姫様の事を考えると・・・・もっと安全で快適な場所に移動させるのが良いのではないかと思いました」
ここも先ほど説明したが改めて袁紹は言う事で夜姫の言葉を待った。
「・・・・劉備様の陣ではない所に来いという事は先ほどの話で解りました。では誰の陣へ?袁紹様の陣へ来いという事ですか?」
「いえいえ。私の陣に来いとは言っておりません。いえ、そもそも私達は貴女様に命令なんて出来ません」
天の姫に命令なんて言語道断である。
「ただ、やはり・・・・もう少し安全な誰かの陣へ来るのが貴方様の為になるのではと思っております」
袁紹は出来る限り言葉を選び夜姫を刺激しないように努めた。
先ほど異母兄弟が馬鹿な発言をしたせいで夜姫は興奮している。
これでまた先ほどみたいに怒らせては堪らない。
運が悪いと陣から出て行き悪印象を与えるだろう。
そのため強くは言わず・・・・曖昧とも取れる言い方をした。
「どうでしょうか?夜姫様」
袁紹は夜姫に尋ねたが、こうも続けた。
「ですが、先程も貴女様が言った通り直ぐに決めろとは言いません」
「・・・・・・・・」
「先ずは我々4人の陣に1夜ずつ泊り、それで気に入った場所に来て下されば良いかと思います。それで決められないなら最初と同じ通りにしても構いません」
「・・・・・・・・」
夜姫は袁紹の申し出に困惑した。
別に劉備の陣が住み辛いとは思わない。
それ所か自分などの為に色々と工面している事を考えると・・・・迷惑を掛けているのではないか?
そう夜姫は思っていたが、口に出しては・・・・確かめられなかった。
もし、劉備が「はい、迷惑です」なんて言われたら・・・・それを考えるだけで夜姫は嫌な気持ちになった。
『嗚呼、煙草が吸いたい・・・・・・・・』
夜姫は無性に煙草が吸いたい衝動に再び襲われた。
煙草なんて百害あって一利なしとマンションの老人は言いつつ・・・・プカプカ吸っていたのが頭に浮かぶ。
確かに煙草を吸うと気分が落ち着くなんて屁理屈でしかない。
だが・・・・吸えば・・・・いや、何でも良いから今の気分を落ち着かせる何かを夜姫は欲した。
それがないのでどうするべきかと思った時・・・・裾の部分が重い事に気付いて右手を入れてみると煙草とライターがある事に驚く。
『どうして煙草とライターが?しかも、この形って確か高級ライターじゃない?』
老人からライターの事を聞かされた事があったのを夜姫は思い出し手で形を推測し驚くが・・・・それを見せずに再び外へ出す。
その手にはライターと煙草が握られていた。
「夜姫様、それは?」
袁紹が夜姫の手に握られた2つを目敏く見て問う。
「私の嗜好品です・・・・どうも、ここは臭いので」
グサリと袁術の胸に何か刺さったような音を皆は聞いて袁術を見ると・・・・袁術はガクリと片膝をついていたから本当に何かが刺さっているのだろう。
もっとも袁術の胸に深く何かを刺した夜姫は気にしていない様子で煙草を銜えるとライターで火を点けた。
ライターは銀色の長方形で、端に溝が掘り込まれた代物---ダンヒルだった。
煙草に火を点け静かに紫煙を夜姫は肺に入れると・・・・口の隙間を僅かに開けて紫煙を吐いた。
フゥー・・・・・・・・
柱に背を預け紫煙を吐く夜姫の姿は退廃的な姿だったが、酷く画になったのか皆は一瞬だが眼を奪われる。
いや、それ以前に火を点けた不思議な箱と、その紫煙を吐く細長い棒に興味を抱くが夜姫は気にせず紫煙を吐く。
「・・・・・・・・」
紫煙を吐いた夜姫は眼を閉じて暫し何も考えなかった。
この煙草は・・・・良い。
全てを忘れさせてくれる味だ。
同時に・・・・別れを意識しても胸は痛まない。
ただ・・・・自分の気持ちは今ここで言うべきだとは決めていた。
『例え・・・・断られても私の気持ちは揺らがない。それで良いじゃない』
もう・・・・その手の「経験」は積んだのだからな。
煙草を1本ほど吸うと夜姫は地面に捨て靴底で揉み消した。
そして劉備の方に眼をやると・・・・自分の意思を伝えた。
「劉備様。私は・・・・貴方様の陣に居ても迷惑ではないでしょうか?」
「迷惑など・・・・」
夜姫の声は否定して欲しいという色が含まれているのを劉備は直ぐに感じ取り否定した。
「ですが貴方様は私の為に色々と苦慮しております。その事で迷惑を掛けていますか?いるのでしたら出て行きますので正直に申して下さい」
夜姫は劉備に顔を向けて言い続けたが・・・・やはり否定して欲しいという色が含まれていた。
劉備も夜姫の気持ちを理解できたのか・・・・微苦笑しながら答えた。
「何を言います。貴方様を迷惑など誰も思っておりません」
皆、貴女様が訪れた事で活気に満ち溢れている。
「それに私は寧ろ貴方様を迎えられて光栄に思っております。貴方様が良ければ何時までも我が陣に居て結構ですよ」
こう言われた夜姫は安堵の息を吐いた。
まるで否定されるのを怖がっているように劉備には見えたが、安堵するのを見て彼自身もまた安堵した。
これで夜姫の気持ちは解かった。
夜姫はどの陣にも行かない、という事。
「・・・・ありがとうございます。ですが私のせいで連合軍を追い出されても私は貴方様となら地の果てで暮らす事になろうとも構いません」
貴方様と一緒なら・・・・・・・・
何とも熱い台詞であり夜姫みたいな娘に言われたら・・・・どれだけ男として幸福だろうか?
そう誰もが思うも劉備と一部は違う。
男としての幸福感を抱くより・・・・庇護者の気持ちになった。
「そのような言葉を私みたいな男に言ってくれるのは助かります。ですが、そういう言葉は心から好いた男に言って差し上げるべきです」
劉備は父親になった気分で夜姫に言った。
しかし、それを夜姫は首を横に振って否定する。
「いいえ・・・・それは、出来ません」
「どうしてと・・・・尋ねても?いえ、止めておきます」
ここで尋ねていい内容ではないと劉備は直ぐに考え直したが夜姫は・・・・それより早く口を開いた。
といっても消え入りそうな声で・・・・その声を聞いた者は居ない。
「私は・・・・だから・・・・で・・・・から・・・・です・・・・・・・・」
断続的な言葉を劉備は聞いてしまったが、肝心の部分は聞こえなかった。
それが良かったのか劉備は「何れ、貴女様にも来ますよ」と慰めるような言葉を掛ける事で話を打ち切った。
これによって夜姫は「はい」とだけ頷き・・・・話は一先ず終わった。