第十五幕:切ない歌と憎悪の声
すいません、今回は袁術達側と夜姫側に分けます。
次から、少しずつ物語を進めていきたいと思います。
長安にある城。
そこと向き合う形で、城郭の外には陣が構えられていた。
しかし、二つある。
これには理由があった。
彼の二つある陣は同盟こそ結び、共通の敵を互いに眼前としているが、仲は非常に悪い。
更に血縁関係もあり、かなりドロドロした関係なのだ。
所が、同盟を結んでおり共通の敵を討たんとしている。
その為、両人は互いの陣の中心部に席を設けて、同盟の盃を交し合う事にした。
そして、その席を見れば・・・・・・・・・
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人の男が向き合う形で、席に座っており腕を組んでいた。
いや、右側の男は親指の爪を噛んでいるが、左側の男は腕を組んでいたのである。
右側の男は袁術。
本名は本初と言い、天下に四世三公(四世代に渡り三公という役職を輩出したという意味)で名高い袁家の現当主だ。
対峙しているのは袁紹とは腹違いだが、正室の子である袁術。
本来ならば、袁術こそ袁家の当主になるのだが、実力で言えば袁紹の方が上で、亡き当主も見込んだからこそ正妻の子を退けたのだろう。
しかし、こういう事は後々まで遺恨を残す。
二人も例外ではなく、互いに敵対心を露わにして、いがみ合っていた。
それは董卓を打倒する為に、群雄達が連合した時も変わらない。
いや、連合軍で、一人の娘と出会った事から、今以上に仲は悪くなった。
その娘は天から下りてきた娘で、この世の者とは思えない容姿と衣服を纏い、何処か儚げであるが、芯は強い娘である。
当初は義勇軍が護っていたのだが、袁術も護った事で・・・・・・二人の仲は決定的に、最悪となってしまった。
天の姫を袁術、孫堅、劉備の三人が、他の群雄達と交流させなかった、と言うのが袁紹側の意見だ。
強ち間違いではない。
とは言え、袁術達の意見を言うなら、天の姫を争いの道具にしたくない、というのが考えである。
両者共に正反対の意見であるが、どちらかに天の姫が居る以上・・・・・既に、この時点で争いの道具になっている、と言われても過言ではない。
しかし、だ。
その姫君は董卓によって、長安の城に居る。
もちろん董卓も、だ。
何としてでも董卓を倒して、天の姫を助け出さなくてはならないが、敵には飛将と言われた呂布が居るし、天の姫も居る。
単身では勝ち眼が薄い。
だが、連合軍は洛陽で崩壊しており、既に総大将の一人だった曹操が脱落して、兵力は大幅に落ちている。
だから・・・・・二人は同盟を結ぶ事にした。
最悪な同盟でしかないが、背に腹はかえられない。
そして、同盟の証として注がれた酒を二人は見つめ合っていた。
酒杯に注がれた、透明な酒を二人は見ていたが、決して喜ばしい事ではない、と顔が告げている。
あくまで、今回は特別なのだ。
天の姫こと織星夜姫を助ける為の・・・・・・・
「我、袁本初は・・・・袁公路と同盟を結ぶ」
袁紹が酒杯を持ち上げて、向き合う形の袁術に言葉を投げた。
すると、少し遅れて袁術も酒杯を持ち上げた。
「我、袁公路は袁本初と同盟を結ぶ」
酒杯を軽く合わせて、二人は口に含んだ。
これにより同盟は成立した訳だが、雰囲気は敵対関係のままである。
「同盟は結んだが・・・・・忘れるな。私は貴様と、手を取り合い戦うなど、本来なら絶対にしない」
袁将は酒杯を置き、忌々しそうに袁術へ語り掛ける。
「それは私も同じだ。貴様と私は水と油だが、今回は仕方ないから同盟を結んだ」
「ふんっ。夜姫様を助ける為か?」
「そうだ。だが、貴様も同じだろ?違うとは言わせんぞ」
「違わない・・・・・しかし、忘れるな。私は必ず・・・・必ずだ。貴様から夜姫様を取り返す」
取り返す・・・・・・・・
「違うな。夜姫様は誰のものでもない。敢えて言うなら・・・・・私を含めた者全員が、夜姫様のものだ」
夜姫は自分達より芯が強くて、同時に気高い存在だ。
だから、誰のものでもなく、寧ろ自分達が夜姫のものだ、と袁術は言う。
“強ち間違いじゃないんだよな・・・・・にしても、こういう時は言うんだな。いつもは最悪な手しか打たないのに、と閻象が言ってたが・・・・・・・本当だぜ”
誰かの声がした。
所が、その声を二人は耳にしていない。
つまり・・・・・・誰にも聞こえなかったのだ。
“まぁ、良いか。これで同盟は成立したが・・・・・ここからが大変だな”
声が一気に厳しくなる。
それは彼の者が、これからの事を予想しており、その予想が・・・・・・強ち外れてはいない、という事だろう。
“さぁて・・・・・どうやって、袁紹を誑し込むんだ?元婚約者さん”
随分と意地の悪い笑い声を出しながら、声は静かに消えて行った。
声が聞こえると、いがみ合っていた二人の耳に・・・・・・長安から、静かで切ない歌が聞こえて来たのは同時であった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
『嗚呼、愛しき殿方。
貴方は何時も、私を冷たくあしらい、他の女へ行ってしまわれますね。
私が如何に貴方を、この身を業火に焼かれる想いでいるのに・・・・・・・・・』
静かだが、切ない歌声が一室に木霊して、三人の男は黙って酒杯を傾ける。
その傍らには一人の武官と、二人の侍女が居るも、三人の方には眼を向けず、歌を歌う一人の娘に視線を向けていた。
娘の年齢は二十代になったばかりであるが、雰囲気は落ち着き過ぎる位で、見た目より大人に見える。
容姿も、どちらかと言えば実年齢より上と思わせるのだが、その容姿が・・・・・・歌と似合っており、何処か儚げな印象を与えた。
銀と紫が見事に、光沢を放ち色白の肌が、更に儚い印象を与えると同時に、手を触れてはいけない、と感じさせる・・・・・・・・
しかし、面妖なのは両の眼が空虚である、という事だ。
本来なら、髪などと同じく色がある筈なのに・・・・・空虚だった。
それは娘が、盲目という事を表している。
娘が静かに口を動かす。
『嗚呼、我が愛しき殿方・・・・・どうか、今宵は私と一夜を過ごして下さいませ。
いつも、夜明け前に貴方は去ってしまい、幾度となく私は枕を濡らした事でしょうか?
それなのに、貴方は私から離れてしまって、今では文すら送りませんね・・・・・・・』
歌は誰ぞに恋した女の心境だったが、歌詞から想像するに・・・・・男は女を捨てたか、或いは捨てようとしている。
一体、誰を指している?
歌う娘の様子を見れば、その女は・・・・・・自分だ、と言っているではないか。
三人の中で一番年上---壮年の男は酒杯を口に運びながら、娘の歌声に耳を傾け続けていた。
男の名は董卓と言い、天下の大悪人と称される男だが、今の彼を見ていると・・・・・・とても大悪人には見えない。
寧ろ、娘の歌声に涙を流しそうな、男にしか見えなかった。
娘の歌は続く。
『愛しい殿方・・・・・私を、貴方様は好いていないのですか?
私に何度も、耳元で囁いた言葉は嘘偽りなのですか?
あれだけ、私を褥の中で可愛がり、何度も愛でて下さったのに・・・・・・・・・・・・
嗚呼、愛しい殿方。
どうか、私を捨てないで下さい。
でも、もし捨てるのなら・・・・・私は待ち続けます』
ただ、待ち続けます。
『闇の奥底で。
この、業火と暗黒が渦巻く・・・・・魂の牢獄で、私は待ち続けましょう。
何時の日か、貴方様が再び私の所へ来てくれるまで・・・・・・・・・・
私は、永久に待ち続けます。
貴方様を愛する故に・・・・・・・・・』
董卓は娘を見ていたが、不意に左手に視線を移す。
娘の左手には一匹の蛇が巻き付いており、董卓の視線に気づいて縦眼を向ける。
値踏みするような眼であるが、同時に娘の左手を護るように、身体を巻き付けており、大変興味深い。
しかし、同時に・・・・・・その行為が董卓には、歌の内容が解かるヒントとなった。
『・・・・男に弄ばれて、己が傷を傷つけた、か』
歌の女は娘自身---織星夜姫で、魂の牢獄とは即ち・・・・・・自傷の事、だろう。
捨てられたのに、尚も夜姫は男を待ち続けているのか?
歌から察すれば・・・・・そうだろう。
とは言え、それは本当なのかは判らない。
ただ、もし、そうならば・・・・・・・・・
『男を見つけ出して、殺すだろうな』
自分は触れられない夜姫を、そいつは何度も触れて挙句の果てに・・・・・・捨てたのだ。
赦せる訳が無い。
だが、それは夜姫の為と言うよりは・・・・・自分の為だ。
夜姫に何度も触れた、顔も名も知らない男に対する嫉妬でしかない。
『器が小さい男だな。わしは・・・・・・・・』
自嘲して、董卓は酒杯を口に運びながら、歌に耳を傾け続けた。
他の者も同じだが・・・・・・・・・・
“忌々しい。とは言え、貴女には似合いの歌ですね。姉上”
誰かの声がした。
女の声で、声だけで年齢を察するなら・・・・・・夜姫より年下だろう。
声は憎悪に満ちているが、同時に皮肉も混ざっていた。
“貴女様は私から、愛しい方を奪った。今まで、私に勝てなかったのに、あの方を奪い去る事で勝利したと思っているのでしょうが、そうはいきませんよ。貴女様が愛した男は、私が送った者なのですからね”
夜姫を陥れる為の・・・・・・そして結果を言えば、夜姫を陥れる事に成功したが、完璧ではなかった。
“貴女は輪廻転生をした。転生すれば、もはや他人も同然。それなのに・・・・・・私の殿方は貴女を見捨てず、今も助力している。解かりますか?この、私を貴女は愚弄している。赦せるものですか”
この世界で再会したのは偶然ではないが、双方の力でもない。
とは言え、今ではどちらでも良い。
“見ていなさい。直ぐに、貴女を殺して上げます。今度こそ、貴女の息の根を止めて、私の殿方を取り戻させてもらいますよ”
既に、駒となる者は何人か見つけた。
後は・・・・・どうやって、夜姫を倒すか考えるだけだ。
“楽しみにしてなさい。真綿で首を絞める如く、貴女をジワジワと苦しませて上げます”
声は残酷に笑いながら、歌を歌う夜姫を見下すように・・・・・・更に、高笑いを上げ続けた。
これが董卓達を含め・・・・・・この世界を、大きく変える事になった。