幕間:月夜の歌声
この幕間ですが、次の話にも続く形です。
で、その次が連合軍の話になると思われます。
長安に建つ城の一室では三人の男が囲む形で、酒を飲み交わしていた。
三人の名は以下の通りである。
董卓、華雄、胡しんだ。
後ろの二人は言わずと知れた、悪名高き董卓の片腕的存在である。
そして董卓は天下に名を轟かす大悪人だ。
辺境の一将軍でしかない彼だが、時世の流れを味方につけて今では帝を操る存在だが、それは悪人の証拠でもある。
儒教では墓荒らし、遷都などは大悪と称されており、董卓は二つともやっていたのだから、何を言われても仕方ない。
しかし、それを許す漢王朝も悪であるし、同時に衰退を表している証拠だ。
話を戻すと、董卓は片腕の華雄と胡しんと久し振りに酒を飲み合っている。
と言っても、話す内容は血生臭い戦の話だ。
「現在、連合軍は二つの勢力です」
華雄が酒を飲み干してから、董卓に説明をする。
遷都する前の都---即ち洛陽に居た時の連合軍は総大将が四人も居た。
袁紹、袁術、孫堅、曹操の四人で、その下に群雄たちが属している形だったが、先ず曹操が殿を務めた呂布により、脱落している。
これで三人だが、孫堅の場合は袁術の部下と言う形なので、どちらかと言えば総大将とは言えない。
それでも実力があり、彼に従っている群雄たちに押される形で総大将になったのだ。
所が、今では袁術の部下として徹しているから・・・・・・総大将は袁術と袁紹の二人、という事になる。
この二人の関係だが、異母兄弟であり、互いに敵同士みたいなもので、仲は決して良くない。
元から仲の悪かった二人であるが、ここに来て天の姫---織星夜姫の存在が絡まり、更に仲は悪化して最早・・・・・・修復は不可能となった。
そんな二人が同盟を結び、再び連合軍となって・・・・・・こちらに対峙している。
華雄の説明を聞き終えて、董卓は静かに問い掛けた。
「どちらを潰すべきだと思う?」
「勿論、孫堅が居る方かと」
だろうなと董卓は華雄の言葉に頷くが、もう一人の男---華雄の上官に当たる胡しんにも問うた。
「そなたはどうだ?」
「私も華雄と同意見です。ですが、逆に袁紹を潰すか、または味方に付ければ良いとも思いました」
味方につけなくても、二人の仲を更に悪化させるだけで良い。
元から仲の悪い二人だから、互いに疑心悪鬼にさせれば手を出さずとも自滅する。
「とはいえ・・・・難しいと思います」
胡しんは最後まで言わない。
董卓も華雄も判っているからだ。
二人は仲が悪いも、同盟を結ばなければ自分たちは倒せないと理解している。
こちらを倒さなければ、夜姫は手に入らないのなら・・・・・・握り拳を解いて、握手だってしなくてはならない。
それ位の認識力は互いに持っているのだ。
「・・・・・今、下手に攻撃するのは良くない」
董卓は酒杯を置いて、嘆息する。
先日の会議で、彼に直言した男---王允は言った。
『貴方様が死ぬか、天の姫が向こうに行けば・・・・・・・・・・』
最後まで言わせなかったが、彼の言いたい事は解かり切っている。
彼の忠誠は漢王朝にのみあり、他の者---文官たちも同じ事だろう。
それ位は学がない、と蔑まされている董卓にだって判る。
自分は辺境の一将軍でしかない。
だから、儒教との折り合いも出来ず、こんな真似も出来る訳だ。
しかし、だ。
学があろうと、体力などでは自分の方が上である。
体力などがあったからこそ、こうして今も生きていられるのだ。
幾ら学があっても、体力が無ければ生きていられない。
少なくとも文官みたいに媚を売るよりは、学が無い方が良いと思っている。
とはいえ・・・・・・ここまで来たからには意地でも悪人を通すと彼は思う。
『天の姫を渡す位なら生き恥を晒しても良い』
あの娘を手放す時は自分が死ぬ時、と彼は決めている。
それまでは指一本たりとも触れない・・・・・・一度こそ触れてしまったが、もう触れたりはしない。
何があろうと、だ。
董卓は華雄に注がれた酒を再び飲もうと、口元へ運んだが、寸前で止める。
何かが聞こえる。
これは・・・・・・・・
「・・・・歌だな」
静かに酒杯を置き、董卓は耳を澄ませた。
華雄と胡しんも習う。
『ああ、私は何処へ行くのでしょうか?
この身は風となり、何処へでも行けるでしょう。
でも、私は留まりたい。
愛しい貴方の所で、ずっと身体を休めていたいのです。
どうか、お願いです。
私を貴方の所で、休ませて下さい。
ああ、月よ。
夜に、全てを照り輝かせる愛しい月よ。
お願いだから、あの方の足元を照らして下さい。
あの方が夜道で転ばないように、帰られる時まで照らして下さい。
それを私は何時までも見続けていたいのです・・・・・・・・・永遠に。
どうか、月よ・・・・長旅で疲れた、あの方を癒させて下さい。
誰も癒さないであろう、あの方を・・・・・・・・』
歌は何時までも続く。
誰かを想う歌、だろうか?
その割には何処か悲しいが、敢えて抑えているように聞こえる。
誰が歌っているのだろうか?
「・・・・・・・」
董卓は徐に腰を上げた。
そして華雄と胡しんは主人に従う形で、部屋を出て付いて行く。
声の方角は後宮から聞こえてくる。
後宮には数人しか、今は居ない。
天の姫---織星夜姫と、その侍女二人、そして護衛の文秀だ。
文秀は本来ならば、董卓の部下である華雄の部下で、夜姫の部下とは言えない。
しかし、それは“生前”の話だ。
この生前とは文字通り・・・・・生きていた時の事である。
彼は一度、死んだ身だったが、後に夜姫の手によって生き返った身だ。
その事もあり、夜姫は文秀を臣下とし、文秀も承諾したのである。
胡しんと華雄は一部始終を董卓に伝えて、董卓は何も言わず承諾した、と言うのが流れだ。
そういう事もあり、彼は男の身でありながらも、後宮で夜姫の護衛を務めている。
後宮は皇帝の寵姫たちだけが住み、男は皇帝一人だけが行ける場所だ。
もしくは男の一物を切った宦官だが、今の後宮には先ほどの者達しかいない。
宦官の大半は皆殺しにしたし、侍女は後宮に入れさせていない。
これは下手に多くの侍女を与えると、夜姫に変な事を吹き込むか、或いは自分を快く思わない者たちに利用されるかもしれない、という事情からだ。
董卓は黙って後宮に通じる扉を開けた。
そして一歩踏み出す。
もう、この時点で後宮に入った事になる。
本来なら胡しんと華雄は入れないが、董卓は首を動かして「付いて来い」と無言で告げたから問題ない。
後宮は静かだが、歌声は何処までも綺麗だった。
歌声に導かれるように、董卓たちは部屋に到着する。
ここから歌声は聞こえてきて、彼の手を戸の取っ手に誘う。
静かに取っ手を押せば、歌声が彼らの耳に直接入ってきた。
だが、扉が開いた事で歌声は止む。
「誰・・・・ですか?」
歌声同様に、酷く悲しい声だ。
「・・・・董卓、だ。華雄と胡しんも居る」
歌声が聞けなくなった事と、何処か怯える歌声の主---織星夜姫の態度に傷つきながら董卓は入室した。
文秀と2人の侍女---朱花と翆蘭は董卓たちの入室に驚き、同時に慌ててしまう。
しかし、董卓は静かに朱花と翆蘭に言った。
「わしの部屋から酒などを持って来てくれ」
『は、はい・・・・・・・・』
二人は急いで部屋を出て行き、夜姫は暫し困惑していた。
「あの、何か、用ですか?」
「・・・・歌が聞こえたので、足が向いた。ちょうど酒の肴が欲しいと思ったのだ」
「・・・・・・・・・」
夜姫は何も言わないが、少しばかり突然すぎたかもしれない、と董卓も理解していた。
しかし、もう少し歌を聞きたい。
傍で聞いていたい、という衝動は抑えられなかった。
「酒の余興になるかは分かりませんが・・・・もう少し歌います」
寝る積りで、少し歌ったと夜姫は言い董卓は僅かに顔を俯かせる。
やはり迷惑だったか、と思う反面で・・・・・傍で聞ける、という気持ちがあるのだ。
それから暫くして朱花と翠蘭が酒などを持ってきた。
董卓たちは黙って腰を下ろして、それを気で夜姫は感づいてから息を吸い・・・・・・・・・・
『私は、何時も貴方を想っております・・・・・・・この闇の中で・・・・・・・・・・・・・』
と歌い出し、それを肴に董卓たちは酒を飲み始めた。