第十四幕:姫君を知る者達
次は幕間あたりを投稿するかもしれません。
長安に建てられた城の一室では・・・・・・三人の男が酒を飲みながら、会話をしていた。
上座の席に座っていた男は壮年で、三人の中では一番貫禄がある。
如何にも戦場を駆けて、その度に名を挙げたという感じであるが、何処か陰がある男であった。
「クー・フーリン?」
男は酒杯を口元へ運びながら、男は聞き慣れない人物名、と思われる言葉を口にした。
「はい。その人物が、文秀の前世と姫様は言われました」
左の座に着いた男が上座の席に座る男に答えた。
「何者でしょうか?」
今度は右の座に座る男が、上座の男に問い掛ける。
「さぁな。しかし、文秀は覚えておるのだろ?いや、前世の記憶が戻り始めた、と言うべきか」
男は酒杯に満ちていた酒を一気に飲み干す。
それを見てから、二人は頷いた。
「はい。最後の方は・・・・・・何やら、得体の知れない気を感じましたね」
左の席に座る男が言えば、右に座る男が続きを口にした。
「得体の知れない気---まるで、戦いを生き甲斐とする者のような気だったな」
「戦いを生き甲斐、か・・・・・いずれ、その生き甲斐が現実と化すだろうな」
『・・・・・・・』
左右に座る男二人は、上座に座る男の言いたい事が理解できた。
乱世が間近に迫っている、と言いたいのだろう。
これは文秀の新しい主人にして、死んだ文秀を蘇生させた人物---通称を天の姫という娘が言った事でもある。
『漢王朝の影響力は今以上に落ちるでしょうね。乱世になれば・・・・・・・・』
ここで乱世を大雑把に言うなら、時代の流れであろう。
時代が新しくなろうとすれば、必ず人は争いを始める。
歴史を振り返れば、一時代が終われば・・・・・必ず一騒動起こる。
それが乱世だ。
現在の王朝は後漢であるが、すでに宦官たちの腐敗政治によって、正常な政は出来ない。
一端を担っているのは・・・・・眼前の男でもあるが、彼に全てを押し付けるのは酷である。
だが、もはや眼前の男に全ての罪は押し付けられる。
何故なら、彼は都を移す行為---遷都をした上で、墓荒らしもした。
そして・・・・・天の姫を手中に収めている。
天の姫は即ち天帝の娘な訳だ。
手中に入れたのなら恐れる物はないが、逆に言えば天に弓を引いたも同然である。
天の姫は誰にも触れさせてはならない、というのが地上の者たちの考えだ。
とは言え、それは表向きでしかない。
本心を明かすなら・・・・・天の姫ほど利用価値がある娘は居ない。
天を手中に収めれば、地上を支配する事も容易い・・・・・いや、地上を見下ろせる事になる。
人間は聖人君子ではない。
例外は居るにしても、大半はなれないし、最初からなる気もない。
誰もが他人より良い思いをしたい、と考えるのだ。
それを実現できるのが天の姫である。
だから、彼女を誘拐して第三勢力になろうと・・・・・・長安に連れて来られた民たちは思った訳だが、最早そのような考えはない。
城の中から外に出て、都の町中に居る彼らの眼を見れば解かる。
誰もが恐れていた。
あの娘は・・・・・天の姫ではない。
天の姫なら、あんな酷い真似はしない。
あんな酷い真似をするのは化け物だ。
“ふんっ。これだから、愚か者共は・・・・・・・・・!!”
誰かの声がした。
酷く老いた声だが、それでいて覇気がある。
それなのに誰にも聞こえない。
いや、逆に良かったのかもしれない。
今の声でさえ覇気があり、常人なら怯え出す。
もし、聞こえていれば・・・・・・死ぬ者も出る筈だ。
それだけ、声の主は激怒していた。
“我らが姫様を、あろう事か化け物呼ばわりとは・・・・・今すぐ、その汚れた首を撫で斬りにしてやりたいわい”
この言葉振りなどから、察するに相当な怒りだ。
“化け物とは即ち人間だ。醜い顔を仮面で隠すのだからな。何より、己が言動を考えれば・・・・・・姫様を愚弄する権利などない!!”
“おいおい、そう怒るなよ。爺”
誰かの声がした。
しゃがれた声だが、先ほどから聞こえる声に比べれば若い。
“道化か。怒って何が悪い。わしは姫様の爺だぞ。姫様も、わしを大事にして下さっておる。その孫娘に等しい姫様を愚弄されて、黙っているほど大人しい性格ではないぞ”
“だろうな。自尊心の塊だからな。あんたは”
老いた声に比べて、若い声は何処までも冷静でいるが、皮肉な言葉は絶えず投げ続けた。
“あんたは自尊心の塊だが、あいつらも同じだ。人間ってのは自尊心が強すぎると思うぜ”
“ふんっ。貴様みたいに達観した目線を持てんのだよ。一部の人間しか、な”
“だろうな。で、何処に居るんだ?”
少なくとも彼に関係のある馴染みの品は無い。
つまり、己が魂を宿らせる依り代が無い訳だ。
“姫様の傍に居る。もっとも、魂だけ故に存在は知られておらん・・・・・が、何れは姿を出すさ。覚醒は始まっている”
それは力を使い切らずに、適量な力を使っているので判る。
“以前なら、あのような真似は出来ん。使い切れば眠ったのが良い証拠だ。しかし、姫様は自覚し始めている。転生した身も理解しようと努めている。何れは一人の人格になるであろう”
“やけに嬉しそうだな”
声からは嬉々とした色が含まれており、そこが不気味に聞こえる。
“老いた身にとって、孫娘は可愛い。今の姫様は大人しい。だが、自分の芯はシッカリしておる。爺としては嬉しいのだ”
以前より娘らしさがあり、それが爺として嬉しいのだろう。
“それを聞いたら、爺共---五臣たちが嫉妬するだろうな”
五臣たち?
何者だろうか?
ただ、五という数字から人数は五人であるのは確かの筈だ。
“あの者たちか。姫様が御幼少の頃より傍に居る、と言っていたが実際は違うのだろ?”
“まぁな。実際は元服するまで会っていない。幼い頃に仕えていたのは確かだが、暫くして引き離されたんだよ”
“そなたの元婚約者にか?道化よ”
老いた声は皮肉を込めて、若い声---道化に尋ねた。
“あぁ。しかし、五臣たちは姫さんは変わっていない、と思っていた”
“所が、再会してみれば姫様は変わっていた。そして冷たくされた、という事か?”
老いた声は自身が仕える姫君---織星夜姫の前世を思い返しながら、道化に問い返した。
自分が仕えた頃は五臣達に、夜姫が冷たく接した感じは見られない。
だが、聞いた話では・・・・・かなり冷たかったらしい。
理由こそ聞かなかったが、あれでは親の仇を見つけたような態度、だったとは聞いている。
“まぁ、再会した時期は姫さんも気が立っていたし、反抗期盛りだった点も考慮するがな”
五臣たちと夜姫が再会した時期は、育ての親と言える老臣が死んだ時期で、おまけに色々な事が起こり夜姫の機嫌は悪かった。
そこに、昔みたいに接してきたのだから気が立つのも無理ない。
“なるほど。しかし、些か憐れだな。あれだけ蝶よ、花よと育てた姫様から嫌われるのだ”
男にとっては辛いが、老いた声は同情しない。
これでも死ぬ前は家族を持っていたから、それなりに接し方は存じているし、年だって取っていた。
だが、五臣に比べれば子供みたいな年齢の差だが・・・・・・・
“爺も泣いてたぜ。何かある度に『あんなに可愛かった姫様が・・・・・・・・・・・』と言うんだ。だが、暫くは来ないから一安心だな”
ただでさえ煩いのだから、暫くは来なくて良い、と道化は暗に言った。
“相変わらず性格が悪いな。まぁ良い。では、そろそろ我は戻るぞ”
“あぁ。俺も一度、戻る。可愛い姫様を湯に入れる時間なんでな”
それだけ言って二つの声は消えた。
彼らが何者かは判らない・・・・・
しかし、織星夜姫を知る者達は・・・・・これからも増える。
それは判った。




