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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
長安編
86/155

第十三幕:前世の名前は・・・・・・

長安にある兵達が行う訓練場。


そこに一組の男女が現れて、対峙していた。


男の方は槍で、女の方は無骨な剣だ。


その二人を、娘二人が静かに見守っている。


槍を構えた男は静かに腰を据えて、ジッと動きを停止していた。


相手の出方を窺っているように見えるが、額を見れば尋常じゃない汗が流れている。


相手は二十になった女で、しかも自分は長物の槍だ。


槍の長さは剣よりある。


つまり自分の攻撃は相手に届くが、相手の攻撃は自分に届かないのだ。


何より男女という性別も、単純に言っても男の方が有利である。


それなのに男は汗を流す。


眼前の相手は・・・・・そんな物を全て投げ出しても、勝てない相手に等しい。


対峙した男は、それを肌で感じ取ったのだ。


『・・・・・この気、下手な将軍より強い』


男---元死人の文秀は槍を構えつつ、対峙している娘---自分を生き返らせて新たな主人となった人物を評した。


娘は剣を右手だけで握り、ぶらりと刃を下に向けている。


つまり構えていない訳で、打ち込もうと思えばいつでも出来るのだが、文秀には出来なかった。


先ほど評したように、気が下手な将軍より強い。


見た目は華奢なのに気---即ち身体から放たれる精神は強く、どう頑張っても文秀は敵わない。


「どうしたの?文秀・・・・構えただけで、ちっとも動かないけど」


娘が静かに声を放ち、文秀に問い掛ける。


透き通った楽器のような声で、凛としていた。


また容姿も、その声に合っている。


銀と紫が混ざり合った髪、陶器のような白い肌、宮廷侍女より綺麗な服・・・・・全てが娘の存在を引き立てる“装飾品”でしかない。


それだけ娘の存在は大きかった。


娘の名は織星夜姫。


日本と言う国の大学に通っており、劇団員でもあるのだが、今は三国志の時代に居る。


そんな娘が文秀の新しい主人だ。


傍に居る二人の娘は朱花と翆蘭、と言い地方豪族の娘だったが、今では夜姫の侍女である。


これまでの経緯を手短に説明するなら、こういう事だ。


主人である夜姫は「舞をしましょう」と言い、自分を訓練場に連れて来た、という訳である。


舞---彼女から言わせれば、訓練は舞なのだ。


となれば自分は相方で、先に動かなくては舞手である夜姫に申し訳ない。


「・・・・・・」


文秀は自らの身体を叱咤して、槍を力強く握り締めた。


そして・・・・・・・・・・


「・・・・・りあ!!」


腰を深くして、両手で握り締めた槍を鋭く夜姫に繰り出す。


空を切り、槍は真っ直ぐ夜姫の月色の瞳を貫こうとした。


しかし、右手に握られた剣が蛇の鎌首みたいに走り、突き出された槍を弾き飛ばす。


ビリビリ、と文秀の手に強い衝撃が走る。


『女の細腕で、これだけの強さが・・・・・・・・・・』


改めて自分の主人は強い、と思わずにはいわれないが、同時に・・・・・・・・・・・・


『この感覚・・・・私は遥か昔に覚えている。嗚呼、そうか』


彼の女は・・・・・・・・・


「流石です・・・・流石は戦姫!戦場の舞姫!!流石は戦場を稲妻の如く翔ける我らが戦乙女にして、戦女神!!」


文秀は腹の底から大声で、夜姫の異名を叫ぶ。


長安中に響くような声であったから、何事かと兵達が来たのは言うまでもない。


その中には華雄と胡しんも居た。


「少し前世の記憶が戻って?」


夜姫が月の瞳を細めて問えば、文秀は僅かに薄らと笑った。


「はい・・・・貴女様の手で、あの“退屈な都”から抜け出せた所までは記憶に入ってきました」


退屈な都・・・・・・?


「やっぱり貴方は生粋の戦士ね。神々の都を退屈、と称するんだから」


「それは貴女様にも些か理由がある、と入って来た記憶の中から推測しますが・・・・・・・・」


他の者達は何が何なのか解からない顔だ。


「まぁ、私にも理由があるわね。でも、最初は貴方が悪いのよ」


私を袖にしたのだから・・・・・・・・・


「え、私が、ですか?!」


文秀は驚きの声を上げるが、夜姫は違っていた。


「ほら、隙があるわよ」


瞬時に距離を詰めて、文秀の横腹を剣で斬ろうとする。


しかし、それを先ほどでは考えられない速さで、文秀は槍で受け止めた。


「ふふふふ・・・・記憶だけでなく、身体の方も戻って来たのかしらね?私を袖にした殿方」


「あの、私、袖にしたのですか?」


何だか周囲から痛い視線が来たので、文秀はオズオズと尋ねた。


「正確には前世よ。まぁ、私も初心だったからいけなかったけど、貴方は私の告白をこう言って拒絶したの」


『今は女子と恋に戯れる時ではない』


「その時は戦闘中だったから、無理もなかったわ。でも・・・・・その後で私が助力する、と願い出た時の方が頭に来るわ」


『女子の力など不要だ』


「あの時は激怒したわね・・・・これでも力はある、と自負していたわ。それなのに貴方は私を袖にして、別の女に恋心を抱いていた」


女としての誇りはズタズタだ。


「だから、色々と邪魔したわ。貴方の気を少しでも引きたかったのよ」


『・・・・・・・』


皆の視線が更に鋭くなり、文秀は委縮する。


「でも、貴方ったら敵だった私の手当までしたのよ。何度も貴方を殺そうとした私を」


それが何を意味しているのか・・・・・・?


「貴方に対する恋心が余計に燃え上がったわ。何としてでも、貴方を臣下に加えたい、と思ったわ」


しかし・・・・・・・


「貴方は死ぬ運命にあった。だけど、死ぬ間際に私へ言ったのよ」


『この身は滅ぶが、何れは再び巡り逢うだろう。その時は・・・・・この身と魂は貴女の物にして構わない』


「そして巡り逢ったのよ・・・・・私の愛しい臣下となった“クー・フーリン”!!」


クー・フーリン・・・・・・・・


誰もが聞いた事のない名前に首を傾げるが、文秀だけは違っていた。


「その名・・・・その名こそ我が前世の名!ぐわあぁぁぁぁぁう!!」


突如、獣の声を出して文秀は一気に跳躍して、空中から槍を繰り出した。


それを夜姫は避けるが、一度だけではない。


少なくとも空中に居る時点で、数十回は鋭い突きを繰り出し、見事に着地しても隙を与えず長さを活かして、攻撃を続けるのだ。


先ほどとは違う。


胡しん達は眼を見張るが、夜姫は軽やかに舞うような形で避けては微笑み続ける。


「うふふふふふ・・・・・貴方と舞うのは久し振りだけど、相変わらず荒々しいわね。まぁ、見た目は以前より断然良いけど」


文秀は聞こえないのか、黙って槍で攻撃を続けて夜姫を壁へと追い詰めようとした。


しかし・・・・・・・・


「うがあっう!!」


ブンッ、と豪快な一突きが夜姫を襲うも、それを寸での所で避けると柄を掴んだ。


そして剣を柄に当てる。


「ふふふふ・・・・・捕まえたわよ」


妖艶に微笑みながら、ゆっくりと柄を剣で辿って行く。


「うっ・・・・・ぐぐぐぐぐぐっ!!」


文秀は槍を引こうとするが、まったく槍が引けずに焦り出す。


そして・・・・・・・・・・


セイッ!!


中間で槍の柄を一刀両断して、そのまま流れるように残りの柄を辿り・・・・・・・・・


ヒュン・・・・・・・


文秀の首筋に両刃の剣を当てる。


「私の勝ちね?文秀」


「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・・」


夜姫に言われて文秀は悔しそうに唸るが、手はピクッ、と動いている。


しかし、それも僅かで直ぐに彼は静かになった。


地面に音を立てて倒れたのである。


「もう、余計な真似をしたわね。ヨルムンガルド」


夜姫は文集の脚元から這い出る蛇---ヨルムンガルドを叱りつける。


「あ、あの、夜姫様。文秀は・・・・・・・・」


胡しんが夜姫に問い掛ければ、夜姫はヨルムンガルドを顎で指した。


「この子が毒をやったのよ。たぶん・・・・神経性の痺れ毒かしら?」


主人が問えば、ヨルムンガルドは頷いた。


「え、や、夜姫様。あ、あたし、この蛇に咬まれたんですけど・・・・・・・・・!!」


朱花が慌てて問えば、夜姫は何でもないように答えた。


「大丈夫よ。この子は自分で毒を注入できるの。もっとも、持っている毒は・・・・・神さえ殺す猛毒だけど」


神さえ殺す猛毒・・・・・・・・


「私の為にやってくれたんだろうけど、余り良い事ではないわよ。ヨルムンガルド」


夜姫に叱られつつも、ヨルムンガルドは黙って文秀を一瞥した。


彼なりに「未熟者ゆえ、主人の手間を省きました」と言いたいのかもしれない。


「今回は不問にするけど、次は罰を与えるわ」


それだけ言って、夜姫は剣を振り布で拭いてから鞘に収めた。


そんな彼女を・・・・・・静かに見つめる者が居るも、誰も気付いてはいなかった。


いや、ヨルムンガルドと空の者は気付いていたが、敢えて何も言わなかった、と言った方が正しいかもしれない。


見つめる者は一体・・・・・・・・・・・


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