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月の姫と英雄たち  作者: ドラキュラ
長安編
85/155

第十二幕:姫君の背中

「おい、聞いたか?」


「何がだ?」


長安に建てられた城の廊下で、一組の兵士が噂話をしていた。


「天の姫が死んだ筈の文秀様を生き返らせたらしいぜ」


「死人を?まさか・・・・・・」


「いや、本当らしいぜ。それで自分の近衛兵に任命する、と言ったらしい」


近衛兵とは俗に言うなら、皇帝などを護る兵士たちの事だ。


家柄は言うに及ばず、実力も最強でなければ務まらない。


正に由緒正しく精鋭中の精鋭と言われる軍団である。


「そんな軍団に、文秀様は抜擢されたのか?」


兵士が聞けば、相方の兵士は頷いた。


「あぁ。生命懸けで自分を護った、という事でな。少なくとも・・・・・あの方---天の姫様は情を理解しているな」


「そう、だな。とは言え、俺には信じられないな・・・・・死人が生き返るなんて」


「すまないが、少し良いか?」


不意に声を掛けられて、二人の兵士は振り返るが、開いた口が閉じなかった。


閉じられないのだ。


何せ、眼前に立っているのは話に出ていた死人---文秀その人なのだった。


「驚くのも無理ないが、私は文秀だ」


男---文秀は何度目の言葉だ、と自問自答しながら兵達に話し掛ける。


「すまないが、槍を調達してくれ。出来るなら丈夫な槍を頼む」


『は、はははははは・・・・・はいっ。ただ今!!』


二人は直ぐ様、走り出した。


まさか、本当に死人である文秀が生き返ったとは!?


信じられなかったが、眼前に現れて話してきたのは・・・・・・・・誰でもない文秀だ。


それが信じられなかった・・・・・とは言え、再び槍を持って来た時には信じる事が出来るだろう、と二人は思った。


「・・・・やはり、良い気持ちはしないな」


走り去った二人の兵士を見て、文秀は嘆息してしまう。


天の姫---織星夜姫に生き返らせられてから、見世物小屋に入れられた気分だ。


死んだ筈なのに、こうして五体満足の状態で生前と変わらない。


所が、他の者から見れば自分は死人だ。


嫌でも、彼等の様子を見れば理解できる。


とは言え・・・・・・・・・・・


「この身は夜姫様に捧げた」


あの綺麗な月の瞳を宿す娘に、心身は捧げたのだ。


あくまで仮初めであり、まだ正式な臣下とは言えない。


それは彼女に従う蛇---ヨルムンガルドを見て判った。


ヨルムンガルドも自分と同じ立場であるが、文秀は一目見て次元が違う、と理解したのだ。


自分では万に一つも勝ち目が無い、と判ってからは出来るだけ近寄らないよにしている。


夜姫も見越したかのように「槍を用意しなさい。少し私と舞いましょう」と言った。


舞とは、恐らく稽古の事だろう。


敢えて舞と称したのは彼女なりに洒落っ気を出そうとした、と文秀は考えている。


とは言え、これで何とかなる筈だ。


後は夜姫の所へ戻り、槍が来るのを待つだけである。


文秀は来た道を戻って、夜姫の居る部屋に向かった。


その間は誰にも合わなかったので、下手に興味の眼に晒される事はなかったのが、文秀なりには幸いであった。


部屋に戻ると、寝台に一人の娘が座っており、その傍らには同い年の娘が二人いた。


「あら、意外と早かったわね。文秀」


寝台に座っていた娘は銀と紫が混ざった髪をしており、透き通るような肌をした手で、髪を振り払った。


振り払われた髪で、両の眼が隠れるようになったが・・・・・隙間から見える月の瞳を文秀は見落とさない。


『相変わらず綺麗な瞳だ』


内心で思いながら、文秀は娘の前まで行き臣下の礼を取った。


「先ほど兵士に頼みましたので、もう少々お待ち下さい」


「それなら少し話でもしましょう・・・・余り良い気分ではないでしょ?」


娘の問いに文秀は顔を伏せたまま、静かに答えた。


「確かに・・・・余り良い気分ではありません。知っていた者も、私をまるで化物のように見るのです」


「それは仕方ないわ。何故なら貴方は一度、死んだんだもの」


容赦なく娘は文秀に現実を叩き付ける。


しかし、と区切りを入れた。


「だから何?貴方は私の臣下であり家族。少なくとも主人である私は貴方を見捨てたりしないわ」


「・・・・・・・」


「貴方の手足が無くなろうと、女に捨てられようと、袋叩きにされようと、ね」


裏切らない限り・・・・・・・・


「う、裏切るなど・・・・・・・」


文秀は娘の言葉に、うろたえながら否定しよとした。


しかし、娘は遮った。


「裏切りは何かしらの理由があるのよ。それによっては私も対応を変えるわ。ただ、言っておきたかったのよ」


言っておきたかった?


「どういう意味でしょうか?」


文秀だけでなく、控えていた娘二人も気になったように耳を傾けた。


「私は・・・・これまで何度も裏切られてきたわ」


誰とは言わないが、何度も裏切られ続けてきたのだ。


それこそ信頼していた相手にも・・・・・・・・・


「だから、裏切りには慣れているの」


「・・・・・つまり私が貴女様を裏切っても、傷ついたりしないのですか?私が裏切ると思うのですか?」


「判らないじゃない。誰が誰を裏切るかなんて」


何処までも娘は冷静に言うが、それを聞く方は耐えられたものではない。


「・・・・・姫様、貴女様は先ほど言いましたね?」


自分は臣下であり家族だ、と。


「つまり貴女様は私を裏切らない」


ならば・・・・・・・・


「私も同じです。仮初めの儀しかしてないので、私は本当の臣下とは言えません」


しかし、と文秀は続ける。


「改めて、この身も心も捧げます。それは仮初めの儀で誓いました。ですから、私には・・・・・どうか、信頼して下さい。私は貴女を裏切りません」


「・・・・昔、そういう言葉を言っておいて裏切った者が居たわ」


文秀は愕然とするしか出来なかった。


こんな言葉を吐いておきながら、裏切る者が居るとは・・・・・・・・・・!!


「でも、最後は私を護って死んだわ」


『・・・・・・・・・・・』


文秀、左右の娘は沈黙した。


裏切っておきながら、やはり姫を護らんとして死んだのか・・・・・・・・・・


「馬鹿な男よ。裏切るのなら、最後まで裏切り続ければ良かったのよ」


娘は辛辣な言葉を投げたが、止めの一言を述べた。


「裏切り続ければ、少なくとも私の刃で殺して上げたのに」


何とも酷い言葉、と取れるが・・・・・そうではない。


そんな中途半端な裏切りをするなら、どうして裏切ったりしたのだ?


自分を裏切らなければ、死ぬまで面倒を見たのに・・・・・・・・


そして裏切ったのなら、最後まで裏切り続ければ良い。


何処までも見つけ出して、主人として理由を聞いてから自らが殺す。


だが、その者は裏切りながらも、途中で姫を護って死んだ。


娘から見れば、中途半端な裏切りと取れたのだろう。


同時に、憐れな死に様と投げているのだ。


「・・・・姫様。先ほどの言葉、言い直させてもらいます」


文秀は言った。


「私は貴女を裏切るかもしれません。しかし、裏切るなら最後まで裏切り続けます」


その時は・・・・・・・・・・


「貴女様の刃で、この文秀の首を刎ねて下さい。さすれば、死後は貴女様の背中を護りましょう」


「良い言葉ね・・・・・でも、今は私の臣下として戦い続けて。今宵から私の背中を任せるわ」


「!?」


背中を任せる・・・・・・・


つまり全面的に自分を信頼する、という証拠だ。


「もし、それで私を殺しても怨まないわ。私の眼が駄目だった、と言われても仕方ないもの」


違う?


「・・・・いいえ。では、今宵より貴女様の背中は私が護ります」


「えぇ、そうして」


と二人の会話は終わって、それを合図にしたように扉が開いた。


「あの、槍を持って参りましたが・・・・・・・・・」


消え入りそうな声が扉から聞こえてきたので、娘は剣を持って立ち上がった。


「さぁ・・・・舞を始めましょう。文秀」


「御意に。我が姫君」


二人が先に扉へ行き、その後を二人の娘---侍女が追い掛けた。


“やれやれ、いきなり背中を任せるとは、相変わらず型破りだな”


誰かの声がしたのだが、その声は誰にも聞こえなかった。


“まぁ、こいつは大丈夫だな。しかし、これからが大変だな”


もう直ぐ娘---織星夜姫の老臣であり、近衛兵団の副将と再会する筈だ。


あの男---老将は自尊心が高い。


それは近衛兵団の主将にも言える事だが、年齢的な事を考えれば老将がある。


同時に娘---織星夜姫を孫のように溺愛しており、夜姫の背中は自分が護っている、という自負もあるのだ。


それなのに、こんな若造に任せたとあっては・・・・・・・・・・・


“眼も当てられないな・・・・・・・”


会うなり切り結ぶなんて、事も安易に想像できてしまい、声の主は頭を抱えたくなるが、それもまた楽しそうだ、と笑いながら夜姫たちの動向を暫し見守る事にした。


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