第九幕:覚醒の手助け
ここで王允を登場させます。
洛陽から長安へ遷都した董卓は直ぐに武官と文官の両人を集めた。
自分の立場は低いが、発言力で言えば自分ほど上の者は居ない。
それが良く理解していたからこそ、彼は皆を一同に集めたのだ。
文官の中には自分が推薦した者が多数いるが、自分を見ないのは既に判った事である。
『幾ら頑張っても辺境の一将軍でしかない』
そう採用した者に言われた過去が頭を過り、その通りだな、と素直に思う。
しょせん自分は辺境の一将軍でしかない。
たまたま時が乱世に向かっていたから、それに上手く乗り今の現状に居るだけだ。
何より自分の地位は高くない。
自分に政は不似合いだし、決してやれる職業ではない、と理解したからこそ、巷などで知られている者を採用した。
お陰で洛陽に居た時は大して問題は起きていない、と個人的には思っている。
あくまでも“個人的”に、だ。
だから、周囲から見れば自分の行いが、どれだけ酷いか判らない。
辺境生活が長かった事もあり、彼には儒教などが余り理解できない。
儒教を始めとした思想は素晴らしい面もあるが、現実的に言うなら辺境や乱世においては・・・・・殆ど役に立たない。
生き方などの参考にするのは良いだろうが、それを人生そのものに投影するのは無理だ。
何より彼から言わせれば、支配者に対する思想的な面が気に入らない。
とは言え、自分が今では支配者の立場に居るから皮肉なものだ。
などと思う事で、天の姫---織星夜姫に触れた事を頭の片隅に追い遣る。
ついに触れてしまった・・・・・・
必死に触れないようにしつつ、触れてみたい、という矛盾した思いを抱いていたが、ついに触れてしまったのだ。
こんな血生臭い両の手で触れた。
柔らかくて、綺麗で、良い匂いがした。
まるで幼い頃に母親に抱き締められた感じ、と言えるだろう。
だが、それから既に十数年も経過しており、それまでに自分は血の道を歩み続けていた。
もう触れる事など出来ないのに・・・・・・・それでも求めてしまい、ついに触れたから彼としては判らない。
どうすれば良いのか・・・・・・・?
その答えが得られないからこそ、彼は頭の片隅に追い遣ったのだろう。
「・・・・皆、これからの事について話をしたい」
彼は口を開き、更に頭の片隅へ、と追い遣り来た者に考えを尋ねる。
文官の方は連合軍に降伏する、と言う者が多数であるが、武官の方は戦うと、言う者が多かった。
ここ等辺に文官と武官の違いを感じるが、どちらの意見も具体的ではない。
「具体的に、どうするのか教えろ」
董卓が言えば、皆は考え出した。
「董卓様、それを聞くなら先ずは自分の考えを教えて下さい」
一人の文官風の男が董卓に尋ねた。
年齢は董卓と同じ位だが、顔立ちを見れば如何にも「融通が利かず、潔癖で強情」男だ、と判る。
「我々に尋ねるのなら、先ずは自分の考えを言うべきと思います」
男は董卓を恐れず、真っ直ぐに見て言ったが、他の者から見れば恐ろしくてハラハラする。
「・・・・・王允」
董卓が男の名前---王允と言い、真っ直ぐに見つめた。
「私の質問---貴方様の考えを教えてくれませんか?」
王允は怯まず董卓に尋ねた。
「・・・孫堅を倒せば、講和できる。いや、倒さずとも奴に我々の有利さを見せつければ良い」
「我々?御冗談を」
董卓の言葉に王允は鼻で嗤った。
「私は少なくとも貴方様に仕えている身ではありません。この身は帝に仕えております」
「・・・・では、そなたの考えは何だ?」
歯に衣を着せぬ言葉に対して、董卓は眉一つ動かさず尋ねた。
「そうですね・・・・貴方様が死ねば事態は収まるでしょう。もしくは天の姫が向こうに・・・・・・」
「二度と言うな・・・・あの娘は何処にも行かん。そして、わしも死なん。」
初めて董卓が王允に殺気を放った。
これまで王允などを始め、文官などには極力だが、話を聞いたりして怒らなかった。
彼等の存在が、学の無い自分には大事と理解していたからだ。
王允に関しては歯に衣を着せぬ物言いが、実に素直で的を射ていたから、怒らずに聞いていた。
だが、今回、彼が発した言葉は我慢できない。
「もう一度、言う。天の姫は何処にも行かんし、わしも死なん。何れ死ぬが、まだ死なない。二度と・・・・わしの前で天の姫を口にするな。良いな?」
「・・・分かりました」
董卓は本気だ。
本気で自分を殺す気だ、と王允は理解して素直に頷く。
「では、続きだ。皆の考えを教えてくれ」
そう董卓は言った。
それに対して王允は黙って、董卓を見つめていたが・・・・・・・瞳の奥底は爛々と光っていた。
明らかに危険な光だが、董卓は不覚にも気付いていない。
彼に取って生命取りとなるが、逆に言えば王允にとっても生命取りとなった。
“口は災いの元、と言うからな”
誰かの声がするも、その声を聞いた物は誰も居ない。
“やれやれ、こういう奴は何処にでも居るんだな”
融通が利かない上に、潔癖症で強情な男、という者は。
それが悪い、という訳ではない。
だが、この男---王允は潔癖症であるが、目的達成の為なら手段は選ばない節がある。
演技では呂布を自身の養女---“貂蝉”で骨抜きにして、董卓を殺させた。
正史では董卓の侍女と密通していた事を知られまい、と董卓を殺したのだ。
どちらも似たようなものである。
話を戻すと、彼は潔癖性の割にエゲツナイ手も使う。
それも人間らしい、と言えば人間らしいが。
“さぁて、ここでは・・・・どんな手を使うんだか”
“そんな事はさせんぞ。道化”
“左様。この男、あろう事か我らが姫君を利用する腹だ”
誰かの声がした。
二人だが、どちらも似ていて、どちらがどちらか判らない。
“へぇ、姫さんを利用するのか。という事は、あの糞餓鬼辺りか”
道化、と呼ばれた声の主は呂布を連想した。
あの男は強い。
一騎当千を具現化した相手、と言えるし伊達に軍団の長ではない。
指揮に関して言っても、申し分ないが些か性格に難があるし、思慮に欠ける。
とは言え、長安に入ってから董卓の政は非情を極めた。
何れ呂布でなくても、誰かが董卓を亡き者にして・・・・・本格的に乱世に突入するのは時間の問題だろう。
ただ、養子であり護衛でもあった呂布が、主人であり養父でもあった董卓を殺した、という劇的な展開になっただけである。
“つまり、貴様は王允が姫君だけでなく呂布も利用すると?”
“兄弟よ。ここは直ぐにでも王允と呂布を殺すべきだ”
どちらの声か、分からない二人の声に道化は低く笑った。
“止めておけ。王允がやらなくても、俺の元婚約者がやる”
この言葉に二人は驚いたが、道化は笑い続けていた。
“本当に良い婚約者だぜ。わざわざ自分から姫さんの覚醒を助けるんだ”
宿敵と言える元婚約者だが、夜姫とは血族である。
似た所があるのも、血が証明しているのだが・・・・・・違う点がある。
“恐らく元婚約者は感情に任せている。そこが姫さんと違う点だ”
夜姫は転生する前も、転生した後も感情に任せた事は殆ど無い。
ここぞ、という時や譲れない時は感情的になるが、それ以外は自分の感情を殺している。
“姫君が感情的になった時を、見た事があるのか?”
二人の内一人が道化に尋ねた。
“あぁ。姫さんを可愛がっていた老臣を自ら殺した時だ”
“何っ?”
二人同時に声を発した。
それだけ道化の言った言葉は驚愕なのだろう。
“姫さんの老臣達、と言えば爺達だが、幼い頃から元服(大人と認められる年齢)になるまで、ずっと面倒を見た老臣が居たんだよ”
その者が夜姫には祖父であり、父であったらしい。
“だが、元婚約者が裏で糸を引いて・・・・老臣を人質に取り、姫さんの力を削ごうとした”
縄で縛られて、むざむざと夜姫の領土から遠ざかり、川を挟んだ自領へ引き上げようとしたらしい。
“姫さんは悔しがっていたぜ。しかし、老臣は違う”
『姫様、何を躊躇っておりますか?!この爺ごと敵を殺しなされ!領主たる者が私心に振り回されてはいけません!このような老い耄れを生かす為に末代まで恥を晒す積りか!!』
これを聞いて夜姫は苦渋の決断をしたのだ。
“弓隊、前に出ろ。射て、と命令したんだよ・・・・射て、射て、射て!射てぇ!!”
泣き叫ぶようにして命令したらしい。
そして老臣ごと敵は殺されたが、敵は纏めて四肢を八つ裂きにされて、領中を引き回しの上に腐り果てるまで晒し刑にされたようだ。
“・・・・それで、姫様は感情を抑制したのか”
“何と惨い”
二人は最初に会った時の事を思い出して、何とも言えない雰囲気を出したが、道化は違っていた。
“仕方ねぇよ。姫さんは長女だが、どういう訳か嫌われていたんだ”
あれも、また起こり得るべくして起こった出来事、だったのだろう・・・・・・・・・・・
“話を戻すが・・・・・恐らく元婚約者は、今回もそういう手を使うだろう”
となれば・・・・・・・・・
“姫さんの覚醒は確実に早まる。そうなれば、一気に乱世へ突入する”
漢王朝は残るが、ただの形と成り果て、誰もが天下を狙い争う乱世になるのだ。
“そこを利用して、姫さんは覚醒するんだ。そして俺達も呼び出される”
夜姫が覚醒すれば・・・・・いや、力を戻して行けば、自分達も来れるようになる。
そうなれば、願いも叶う事であろう。
今度こそ皆で幸せになる、という夢が・・・・・・・・・・・・