幕間:連合軍再編成
今回は閻象が、どちらかと言えば動きます。
で、次が袁術と袁紹となる予定です。
「・・・・ついに長安に董卓達は入ってしまった、か」
長安から離れた場所に一先ず陣を置いた者達が居る。
彼等は反董卓連合軍の者達だったが、つい先日---では語弊があるも、結果を言えば連合軍は瓦解した。
それは天の姫から寵愛されている、という言い掛かりに等しい妬みと、天の姫が攫われた事で枷が外れたからである。
洛陽までは何とか連合軍は機能していたが、逃げる董卓軍の殿は飛将と名高い呂布だった。
彼の軍---五原騎兵団に成す術もなく蹴散らされて、曹操軍を始め多くの群雄達が脱落した。
そんな中でも董卓を打ち倒して、天の姫を助け出そうとしている者達が居る。
袁術、劉備、孫堅、そして袁紹であるが、この内三人は同盟を結んでいた。
いや、同盟と言うよりは天の姫--―織星夜姫に寵愛されている、と言われていた三人だ。
だからか、自然と彼等は一緒に行動しており、連合軍を離反したのである。
逆に袁紹の方は違う。
連合軍では曹操、孫堅、袁術と並び総大将の一人でもあった。
袁術とは腹違いの兄弟だが、仲は極めて悪い。
袁術が名家と言われる袁家の嫡男であるのに対して、袁紹の母は身分が低く到底袁家の跡継ぎにはなれなかった。
しかし、だ。
何と嫡男の袁術を抑えて、袁紹が袁家の当主になったのだ。
これが原因で、二人の関係は完璧に割れた。
連合軍が出来上がってからも、何かと口喧嘩はしたから・・・・・仲の悪さが窺える。
ここに加えて、天の姫が問題の的になった。
夜姫は最初、義勇軍の下で保護されたが、後に袁術の陣に入ったのだが、そこから問題は起こった、と言えるだろう。
袁術と劉備が夜姫を出来るだけ宴に出さないようにしたのだ。
これを他の者達は寵愛を一人占め、と取ったのも無理はない。
事実、彼等は自分達を悪人に仕立てる事で、夜姫を護ろうとしたのだから・・・・・・・・・・
とは言え、それが仇となり、結果的に連合軍内の罅は夜姫という“鑿”によって大きく割られた、と言えるだろう。
そして夜姫が董卓に攫われたのは袁紹に罪がある、と袁術は思っているから自然と溝は深まっていった・・・・・・・
だが、董卓を単独で倒せる・・・・・なんて誰も思っていない。
董卓自身の戦上手もあるが、飛将と謳われる呂布の存在も極めて大きい。
だから、単独では倒せない。
それこそ袁術と袁紹は連合軍の総大将同士だ。
ここは手を組むべきだ。
ただ、袁術と袁紹の仲は悪いし、これから先の事を考えると安易に手を組む事も難しい。
ここに陣を置いたのも、ある意味では互いに手を組もうと、話し合う為だが・・・・・何時まで経っても話し合いは始まらなかった。
今日で7日が経ているのに、だ。
互いに陣を左右に置いているが、人が出入りしている訳ではない。
同じ場所に陣を構えて、互いの軍師や武将達と話し合いをするだけにしている。
兵達から言わせれば、董卓を倒さないのか?
それとも倒すのか?
いたずらに時間を潰しているだけではないか?
そんな疑問を抱き始めている。
ただ、どうやら袁術の方では少しばかり様子が違うようだ。
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「殿、好い加減にして下さい」
袁術の居る天幕で、一人の男が主人である袁術を頭から叱り付けた。
彼の名は閻象と言い、袁術に対して辛口な事も真っ直ぐに言う人物である。
今回も恐らく、口を辛くして耳が痛い事を言っているのだろう。
「何時まで、こんな睨み合いみたいな真似をするんですか?」
「・・・・判っている。こんな真似をしても無意味、だろ?」
袁術は閻象の言葉を理解していたが、それは頭の中で、だ。
頭と身体は違う。
頭の中では武将として最良の選択---則ち腹違いの兄弟と共闘する。
それが武将として最良の選択なのだ。
しかし、身体は違う。
身体は座っている椅子から、一向に動く気配が無い。
行きたくないのだ。
あの腹違いの男とは長年、いがみ合った仲である。
そして・・・・ここに来て織星夜姫、という一人の娘の存在が袁術の身体の動かさない。
天から下りてきた娘で、袁術にとっては生命に懸けても護らなくては、と思っている娘だ。
しかし、彼女の存在は大き過ぎる。
天から下りて来た姫--―天の姫だから、誰もが己の為に得ようとしている。
袁紹も似たようなものだろう・・・・・仮に違っても、自分から夜姫を奪いかねない人物だ。
彼と手を結べば董卓を倒せるだろう。
夜姫を取り返せるだろう。
だが・・・・そこが問題だ。
もし、彼が夜姫を助けたら・・・・・どうする?
袁紹は夜姫を手放さない。
それは断言できたし、自分も立場が同じだったら、そうしている。
彼女の気持ちを大事にしたいが、そういう気持ちに襲われるし、自分は実行できる力がある。
そんな腹違いの兄弟と・・・・・手を結べるか?
否・・・・身体が言う事を聞かない。
「殿・・・・・・」
閻象が何か言うが、袁術は手を組み俯いた。
「判っている・・・・・劉備と孫堅も私が動く事を待っているのだろ?私が二人の中では一番上だ」
「・・・・その通りです。だから、貴方様が動かないと何時まで経っても動けません」
「・・・・・・・・」
袁術は黙ったが、閻象の口は止まらない。
「貴方様が一度、向こうに頭を下げるしかありません」
向こうは妾の子とは言っても、嫡男の袁術を押し退けて袁家の当主になった。
つまり、如何に袁家の嫡男である袁術だろうと・・・・・当主である袁紹には身分では勝てない。
となれば、こちらが一時ではあるが頭を下げるしかない。
頭を下げて頼めば、向こうも考えるだろう。
「しかし、それから先はどうなる?」
もし、袁紹が先に夜姫を助け出したら・・・・・・・・・・
「そうなれば、取り戻すまでの事。少なくとも私も、劉備殿も、孫堅殿も思っております」
「・・・・・・・・・」
「袁術様、ここは貴方様が折れて、袁紹様に頭を下げてください。さもないと、夜姫様を助けられません」
「・・・・袁紹の所へ行け。話がある、と伝えろ」
閻象の言葉に袁術は俯いたまま、早口に命令した。
「・・・御意に」
主人の気持ちを酌んだように閻象は天幕を出て、直ぐに袁紹の天幕へと向かった。
見張りの兵士が閻象を見て、槍を構えるが閻象は物ともしない。
「私の名は閻象。袁家の嫡男である袁術様の臣下だ。袁家の当主である袁紹様に話があって参った」
取り次ぎ願いたい、と言えば直ぐに兵士は槍を収めた。
「少々お待ちを」
兵は奥へと消えたが、直ぐに戻って来て中へ入れてくれた。
そして天幕の中に入れば、上座に袁紹が座り、左右を顔良と文醜が固めている。
まるで曹操の天幕に案内された時のようだ、と袁術は思いながら片膝をついた。
「袁術様から使者として参りました」
「用件は?」
袁紹は手短に、と言った。
「・・・・この度、我が殿は貴方様の力を借りたい、と言っておられます。ですが、それは改めて袁術様から言います」
「では、そなたは伝える為に来た訳か」
「はい・・・・・」
閻象は黙って袁紹を見ると、袁紹は親指を噛んでいた。
『この癖が出る、という事は・・・・面白くない事が起こった訳か』
そうなると、何時まで経っても来なかった袁術に怒りを覚えていたのかもしれない。
「・・・・分かった。私も袁術と再び同盟を結びたい、と考えていた。そちらから言われた事は嬉しい」
「ハッ・・・・我が主人も喜ぶと思います」
「そうであろうな・・・・私を使い、夜姫様を助け出せば株が上がる」
「・・・恐れながら、夜姫様は決して殿達を寵愛してはおりません」
「では、聞くが何故、夜姫様は宴に出なかった?どうして私の陣に泊らなかったっ?」
段々と袁紹の声が荒くなってきた。
それを閻象は知りつつも、敢えて口を開いた。
「宴に関しては我が殿の意向ですが、貴方様の陣に泊らなかったのは夜姫様ご自身の意思です」
「では夜姫様は私を嫌っているのか?」
「そうではありません。ただ、初めて泊る陣より、慣れた場所が良いと言っておりました。それは貴方様も聞いている筈ですが?」
「・・・・・・早々に袁術の所へ戻り、話し合いは私の天幕で夜にやる、と伝えろ」
「御意に・・・・・・・」
閻象は早々に立ち上がり、天幕から出て行った。
しかし・・・・背後から袁紹の・・・・どす黒い嫉妬を感じてはいた。
とは言え、これで“連合軍再編成”の第一歩は踏めた、と言えるだろう。




