第五幕:姫君の怒り
どうもです。
色々と別作品の事もあって編集できませんでしたが、何とか一話編集できました。
「袁術様・・・・・」
夜姫は袁術の名を呼んだ。
「何でございましょうか?夜姫様」
袁術は夜姫に名を呼ばれて嬉しそうに尋ねたが、その仕草といい表情といい・・・・誠に気持ちが悪い。
それは同性から見たものだが・・・・夜姫にも見えた。
眼は見えないが、袁術が如何なる表情を浮かべているか・・・・手に取るように見えたのである。
「・・・・・・・・」
無言で夜姫は杖を右腰に下から差すと扇を取り出した。
もっとも古代中国で使用された扇ではなく、日本の平安時代で使用された檜扇---女が使用していた「袙扇」である。
衵扇を開くと顔半分を覆うようにしつつ軽く仰ぐ。
これで袁術の臭いを・・・・遠ざけたのである。
「あ、あの夜姫様・・・・・・・・」
袁術は夜姫の動作を敏感に感じ取り戸惑いつつ声を掛けた。
「嗚呼、失礼しました。どうも・・・・臭いが嫌だったので」
何の臭い・・・・とは言わないが、それが自分と袁術は悟り「し、失礼しました」と謝罪する。
「何を謝るのですか?」
「え?あ、いえ・・・・・・・・」
「袁術様、貴方様は天下に名を馳せた四世三公(四世代に渡り三公という役職を輩出したという意味)の袁家の出。そして御若い時は・・・・いえ、昔は侠人として名を馳せたのですよね?」
「え、ぇ・・・・昔の話ですが」
「そうですか。私が知る限り侠人とは仁義を大事にし、強者を挫き弱者を助けるのが基本の筈ですが間違いはあるでしょうか?」
「いえ、ありません」
袁術に問いを投げたが、それを劉備が真っ先に答えた。
「その教えを侠人は死を賭してでも守るのが常です」
「えぇ、そうですね。それを劉備様は今も実践しておられているのは私が一番・・・・傍で理解しておりますわ」
劉備の方を夜姫は見て可憐な微笑を浮かべてみせたがこうも続けた。
「私が聞きかじった侠人とは、男の中の男---真の漢でした。ただ・・・・調べれば調べる程・・・・そういう人物は時代が下るに連れて少数になっていくと痛感しました」
だから不安だったと夜姫は語ったが直ぐに劉備へ視線を向けた。
「ですが劉備様に出会い、その人柄に触れた事で・・・・今も"本当の殿方"は居るんだと実感しました」
「私如きを称賛して下さるとは光栄の極みでございます」
劉備は夜姫の言葉に膝を折って礼を述べたが、夜姫は自らも膝を折り「どうぞ、御立ち下さい」と言った。
「私は貴方だからこそ膝を折ったのです。そんな貴方に膝を折られては私の立つ瀬がありません。それに私が・・・・を・・・・も・・・・る・・・・と・・・・ました」
「夜姫様、それは・・・・・・・・」
「そ、それでしたら私も行っております!!」
ここで袁術は自分にも見せて欲しいと思ったのか、声を張り上げて断言した。
しかし・・・・彼の願いとは裏腹に夜姫は冷たい視線を向けてきた。
「・・・・本当に行っておるのですか?」
「や、夜姫様は失礼ながら劉備の言葉は信じながら、この袁術の言葉を何故に信じて下さらないのですか?」
『さっき劉備様を散々に詰った口で・・・・よく言えるわね』
そう思う夜姫だが、それは皆も同じである。
「袁術様、貴方は私が劉備様を信じて何で貴方は信じないのかと問いましたが・・・・貴方様の耳は飾りですか?」
「何を仰られますか!飾りではありません!!」
では・・・・自分で言った言葉は聞けないのか?
夜姫は呆れた口調で問うと・・・・やっと袁術は解ったから部下が居れば頭を痛めるか、胃を抑える事だろう。
「袁術様・・・・私に信じて欲しいと思うのなら先ずは謝って下さい」
「は、ハッ!この度は貴女様に対して誠に無礼な・・・・・・・・」
「私に謝るのではなく・・・・先ほど貴方が無礼な発言をした劉備玄徳様に謝罪して欲しいのですが」
「劉備に謝れとは・・・・・・・・?」
「・・・・劉備様は確かに義勇軍の長です。貴方様のように名門の出はありませんが、それでも軍を率いて数多の戦いに参加しました」
それは先ほど自分が言った仁義を守る狭人としての誇りがあるからだ。
「それを蔑むのは道理に反しておりますし相手に失礼です。違いますか?」
「は、いえ、その・・・・・・・・」
「何より貴方様も昔は狭人だったと言いましたよね?なら・・・・劉備様の気持ちを酌む事は袁紹様のように出来た筈です」
ところが・・・・どうだ?
「貴方様の言動を聞く限り・・・・とても狭人だったとは思えません。嗚呼、違いますね」
「元」が最初に付くか。
「しかも狭人とは名ばかりで酒を飲んで、女を抱くなりした碌でもない狭人ですね」
辛辣な台詞を流れるように夜姫は言うが、それを袁術は否定できなかった。
対して袁紹、孫堅、そして最後の一人は尤もだと頷く。
逆に劉備は夜姫の言動に些か困惑し、そして危うい気持ちにさえなった。
今の夜姫は感情が昂ぶっているのか・・・・別人みたいだ。
しかし自分を守護しようとしている様子が・・・・嬉しいのは事実であるが、やはり止めさせるべきだ。
「夜姫様、もう・・・・・・・・」
「いいえ、これは譲れません」
劉備の言葉を夜姫は遮った。
「私は貴方様に何の恩返しも出来ませんが、それでも・・・・貴方様を侮辱されたなら怒る位は、します」
「ですが、私は・・・・・・・・」
「袁術様。劉備様に謝って下さい」
「い、いや、しかしですね・・・・・・・・」
尚も袁術は食い下がるから・・・・諦めが悪い。
「袁術様、私は命令しているのではありません。謝って下さいと“お願い”しているんです」
食い下がり続ける袁術に夜姫は強い口調で言い・・・・こう続けた。
「袁術様は・・・・私のような小娘の願いは聞けないのですか?そうですか」
「いえ、断じてそのような!!」
「では私を小生意気な女だと思っているのですか?それで御不快な思いをなさったなら鞭で打つなり剣で斬るなりして下さい」
夜姫は本心で言っているかのように悲しそうな顔をしてみせた。
しかも、追い打ちを掛けるように怒りたいなら罰を与えろとまで言ってみせた。
この言葉は嘘であるが、袁術に謝罪をさせる為にと夜姫は演技をした。
『流石は劇団員。裏方とは言え良く出来た演技だぜ。おまけに絶妙なスパイスを効かせている所が何とも・・・・・・・・』
誰かが言ったが、それは誰にも聞こえなかった。
「い、いえっ。そんな事はありません!!ですから、どうかそのような御顔をなさらないで下さい!!」
袁術は汚い唾を吐きながら夜姫に取り繕った。
夜姫が言った言葉は袁術から言わせれば侮辱に近い。
もし、夜姫がただの小娘なら言う通りその場で斬り殺すなり鞭で叩いていただろうが・・・・夜姫は天の姫だ。
そして美人でもある。
そんな女性を悲しませたとあっては男としての面子に係わる上に印象も悪くなってしまう。
現に自分を除く男性全員から非難の眼差しを受けているのが良い証拠だ。
もっとも袁術の場合は日ごろの行いが悪すぎるから批判されて当たり前であり、同情も庇う義理立てをする気にはなれない。
要は自業自得であるが、当の本人は違う。
『な、何としてもこれ以上の事は避けなければ!!』
袁術は心の中で慌てふためいた。
恐らく夜姫は自分が謝罪しなければ・・・・自分の陣には来ないだろう。
そうなれば他の誰かに奪われるは必須であり何としてでも避けたい。
しかし劉備みたいな男に謝罪するなんて・・・・・・・・
『何か・・・・何か手はないか?』
考えあぐねく袁術だが、そんな袁術に夜姫は追い打ちを掛けた。
「では・・・・劉備様に謝って下さるんですか?私の願いを叶えて下さるんですか?」
夜姫は悲しそうな顔で袁術に尋ねた。
「勿論ですっ」
袁術は背に腹はかえられないとばかりに答えつつ顔を歪めた。
「・・・・劉備よ」
「様とは言いませんが殿を付けて下さい。それでは私が命じたから渋々謝罪するようではありませんか」
ピシャリと夜姫に言われて袁術はグッと拳を握り締めるが、それは夜姫の言葉に正当性を感じたからである。
『そうだ・・・・夜姫様の言う通り、謝罪するならば腰を折って頭を下げなくてはならない』
しかし、劉備みたいな男に名家の自分が頭を折るなんて屈辱であるが夜姫の願いを叶えずして近付く事は・・・・・・・・
「・・・・劉備玄徳殿。此度は、私が軽はずみな発言をして・・・・貴方様に不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳・・・・ありません。どうか、お赦し下さい」
袁術は歯軋りし怒りで身体を燃やされる気持ちになりながらも劉備に頭を下げた。
それを皆は必死に笑いを噛み殺して見ているから人が悪いも袁術の自業自得と言えば自業自得だが・・・・ここで夜姫が再び声を発した。
「皆さん、もしかして笑いを噛み殺してはいませんよね?」
いま袁術は自分の非を改めて劉備に謝罪しているのだ。
「それなのに笑うなど・・・・将以前に大人として恥ずべき事ですが、皆様は御立派な方々。笑うなんて在り得ませんよね?」
『御意に』
夜姫の言葉に皆は声を揃えて答えるが、女の勘が鋭い事に内心では肝を冷やした。
だが、夜姫は気にせず袁術の謝罪を聞き劉備に「どうなされますか?」と問い掛ける。
「私は一向に気にしておりません。そして夜姫様、この度は私如きの為に行動して下さり嬉しく思います。ですが、余り行動は御慎み下さい」
「それは承知しておりますが・・・・私も意地や名誉があります。いえ、それ以前に大事な方を侮辱されたら怒ります」
「そうでしょうが、どうか私のような男の為に御怒りにならないで下さい。これは私からの御願いです」
「・・・・気を付けます」
夜姫は自分が言った台詞を今度は劉備に言われて・・・・ぐうの音も出ないのか、少し拗ねたように頷いた。
しかし、それでも劉備には良かったのか温和な笑みを浮かべる。
だが・・・・それは夜姫に対してだけで袁術には真っ直ぐ睨み返した。
袁術も彼を睨み激しい火花を散らす。
『必ず・・・この屈辱を貴様の首で払ってもらうぞ』
『何があろうと夜姫様を貴様のような男には渡さない』
二人は火花を散らしていたが、それを止めろと言わんばかりに袁紹が咳払いをした。