第七幕:西楚の覇王
長安へ無事に入城した呂布と五原騎兵団を誰も見向きしない。
しかし、それを彼等は気にしていない。
何処へ行ってもそうだ。
自分達を皆は嫌っているが、戦いになれば勝利して帰って来てくれ・・・・・・・
思い切り勝手な他力本願なのだが、それが人間であり人民という奴だろう。
それを呂布たちは半ば理解しているし、同時に取るに足らない者、と見ている。
要は彼等にとっては・・・・・そんな存在なのだ。
何より呂布自身は人民など視野に入っていない。
いや、ここには居ない者---たった一人の娘に眼が行っている。
『もう直ぐだ・・・・もう直ぐ貴様の所へ行くぞ。天の姫---織星夜姫よ』
自分を何度も倒しているが、自分を視野に入れていない。
それは彼女の態度を見れば・・・・一目瞭然だった。
謎の声---恐らく男の化物は夜姫に仕える者、と言ったが・・・・・自分を倒せる者など居ない。
夜姫位だろう。
赤子の手を捻る位に自分を倒せるのは。
胡軫、華雄は言うに及ばず、関雲長などは少々手こずるが、負ける相手ではない。
となれば、自分に勝てる者は居ない。
これを過信と言わず、何と言うのだろうか?
しかし、そうとは知らない呂布は城に入り、部下達と共に馬小屋に馬を預けると・・・・・呂布は一人、
城内奥へと進んだ。
まるで自分の城、とばかりに歩く呂布だが、それを咎める者は居ない。
それが彼を更に過信させるが・・・・・・
「・・・・来たか、呂布」
彼の前に一人の男が現れた。
呂布より年上の武将---胡軫だった。
彼を見るなり、呂布は顔を険しくさせる。
「胡軫か。何の用だ?」
「別に。ただ、殿を務めた割には遅い到着だな、と思うがな」
「貴様に関係ないだろ・・・・・・」
呂布は痛い所を突かれた、とばかりにバツの悪い顔をする。
「あぁ。関係ない。だが、貴様の事だ。どうせ、余計な事もしたのではないか?」
「殿をせず、親父殿に付いて行った貴様には教える義務などない」
「・・・・粋がるなよ」
胡軫は顔を険しくさせた。
「貴様は偉そうに言うが、所詮は董卓様の力があってこそだ」
董卓だからこそ、毒とも薬ともなる貴様を飼い傍に置いている。
だが・・・・・・・・・・
「他の者ならどうか?答えは簡単だ。誰も相手にしない」
仮にしたとしても、いつ寝首を掻かれるか判らない。
それなら前線に送り出したまま、帰って来させないようにする。
「貴様には“前科”が二つもある」
一つは主人を裏切る癖。
もう一つは・・・・・・・
「命令無視だ。天の姫をあろう事か寝室に侵入し、首を絞め殺そうとした」
「だから何だ?俺は、あの女に叩き伏せられた!その遺恨を返す為にしただけだ!!」
「愚か者が!遺恨あろうと、女子が寝ている所を襲うなど、武将として言語道断!飛将の名を持つ故李広将軍の名を汚したも同然だ!!」
「あのような老い耄れ将軍の渾名など俺は欲さん」
胡軫の激昂に対して、呂布は涼しい顔をして笑った。
いや、この場合は胡軫と李広に対して“嗤った”のだ。
「飛将は文字通り空さえ飛ぶであろう。しかし、あくまで“地上の将”でしかない」
俺は飛将ではない。
呂布の意味あり気な言葉に、胡軫は眉を顰める。
「地上の将でしかないだと?貴様、何を考えている」
「俺は天の姫---織星夜姫を物にする。そして俺は・・・・・天の将になる。天将呂布だ!!」
天将呂布・・・・・・・・
「ふ、ふふっふ、ふふふふ・・・・・ふはははははっ!!」
胡軫は最初こそ呂布の言葉に驚いたが、直ぐに声を出して笑い出した。
「何がおかしい!!」
呂布は当然、胡軫の笑いに不快感を示して怒鳴る。
「天将?天将だと?馬鹿が!夜姫様は決して、天などの姫ではない」
「ほぉう。では、何処の姫君だ?」
「知らないのなら知らないでいるが良い。しかし、夜姫様を物にするなら・・・・・その首を晒すのだな」
あの方を護る近衛兵団の長---覇王と呼ばれた男に、己が首を刎ねられて!!
「覇王・・・・・・?」
呂布は近衛兵団の長、という男について思い出した。
『姫さんの周りには大勢の強者が居る。お前なんて、足元にも及ばない奴等が・・・な』
その覇王と呼ばれた男が、近衛兵団の長か。
覇王・・・・・か。
「ふん。覇王も所詮は地上の王でしかない。つまり・・・・・天の将である俺には勝てんさ」
「・・・・その言葉、聞き捨てならないわね」
胡軫の背後から一人の娘が現れた。
銀と紫の髪を持ち、透き通るような白い肌、そして・・・・誰もが跪く月色の瞳を両の眼に宿している。
しかし、左腕には蛇が一匹巻き付いている事から、些か恐ろしい印象を受けてしまう。
驚いている胡軫を押し退けて、娘が前に出る。
その後ろには華雄と兵達、そして二人の娘が居た。
恐らく侍女だろう。
「どう聞き捨てならないのだ?」
呂布は娘にだけ両の眼を向けて尋ねた。
「全部よ。貴方は天将になるんでしょ?」
娘は銀と紫が混ざった髪を、右手で振り払いながら呂布に問う。
「そうだ。お前を物にして、な」
「お断りよ。貴方は私のタイプじゃないの。それに・・・・・天では私の都には届かないわ」
“あの男”同様に・・・・・・・・・
「あの男?誰だ?」
「教える義務も義理も無いわ。思い出したくもないのよ」
「ほぉう・・・・つまり、お前にとっては“忘れ得ぬ男”、という訳か」
呂布は意地悪そうに口端を上げた。
「・・・・貴方の性格って最低最悪ね。でも、鋭いわね」
娘は美しい貌を険しくさせつつも、呂布の指摘を素直に評した。
「えぇ、そうよ。私にとっては忘れ得ぬ男よ。悪い意味で」
「では、俺も忘れ得ぬ男になれるかな?」
「なれないわ。何故なら貴方は私の家族を侮辱した。二人も、ね」
二人?
「誰の事を言っている」
「知らなくて良い事よ。そして・・・・貴方は直ぐに死ぬんですもの」
娘が右手に握っていた剣に、左手を掛ける。
「面白い・・・・ここで再び刃を交えるか?」
呂布は待ち兼ねた、とばかりに自身も腰の剣に手を掛ける。
しかし・・・・・・・・
娘は剣から手を離して、薄らと笑みを浮かべた。
「ぐごっ!!」
突然、肩を掴まれて呂布は顔面を殴られて・・・・・床に顔を埋める。
「・・・・衛兵、この馬鹿者を牢に閉じ込めろ。わしの命令があるまで出すな。四肢を鎖で縛りつけて、窓の無い牢に放り込め。早くしろ!!」
『は、ハッ!!』
呂布を殴り倒した壮年の怒声に、衛兵は急いで呂布を拘束して連行する。
「親父殿、俺は殿を務めて、見事に帰って来たのですぞ!それを酷いではありませんか!!」
「黙れ・・・・この娘に手を出す事は誰だろうと赦さん」
壮年の男は顔を向けずに言い放った。
それでも呂布は叫び続けるが、何時しか・・・・・聞こえなくなる。
「・・・・・怪我は、ないか?」
男は娘に問い掛ける。
「ないわ。この状態で会うのは初めて、かしら?董卓・・・・いえ、仲穎と呼ぶべきかしら?」
娘は右手に持っていた剣を愛おし気に撫でつつ、男---董卓に問い掛ける。
「なぜ、字で呼ぶべき、と思う・・・・・・?」
「何故?この剣が誰に使われていたのか、貴方は知っているでしょ?」
「・・・・知っているが、そなたとは・・・・・どういう関係だ?」
「私の近衛兵団の長よ。今まで巡り逢えるように願っていたけど・・・・・・貴方は逢わせてくれた」
この剣を私と巡り逢わせた恩人だから・・・・・・・だから、字で呼ぶべき、と娘は言う。
「やはり、その剣は・・・・・・・・!?」
董卓は慌てて前倒れになった娘を抱き止めた。
「直ぐに寝室へ運べ!!」
急いで彼は華雄に娘を渡した。
ついに触れてしまった・・・・・今まで、ずっと触れないようにしていたのに。
血塗れの両手で、娘を抱き止めてしまった。
しかし、別の事を思う事で現状から逃れようとする。
娘の柔肌を服越しとは言え、触れてしまった己から逃げる為に・・・・・・・・・・
剣の元主人は・・・・・かつて、こう言われていた。
“西楚の覇王”と・・・・・・・・・・