幕間:飛将の帰還
はい、次は呂布です。
彼の死に様をどうするかは思案中ですが、史実から離れてみると・・・・・中々に面白い感じになりそう、と勝手に思っております。www
洛陽から遷都されて、新たな都になった長安。
かつては栄華を誇った都だが、洛陽に遷都されてからは荒れ放題で人も殆ど居ない。
しかし、再び遷都する事は儒教において大罪だった。
そのため今まで洛陽が都だった訳だが、つい先日に洛陽から長安へ遷都された。
皇帝が遷都した訳じゃない。
ある一人の男が洛陽を焼き払い、民達を無理やり連れて長安へ来たのだ。
これも一応の遷都、と言えるだろう。
男の名は董卓。
字は仲穎と言い、辺境の一将軍だった彼だが、乱世を巧みに活かして軍事力を背景に頭角を現した。
そして後漢の第12代目皇帝“霊帝”の死亡で政治的混乱に陥った際、少帝を廃して献帝を擁した事で政治の実権を握った。
だが、彼は辺境の一将軍でしかないし、何より彼のやり方は反感を買う方法だった為、何時しか群雄達が集まり“反董卓連合軍”が結成されたのだ。
所が、元から烏合の衆だった連合軍は、最初から董卓と戦う気のある者は殆ど居なかった。
お陰で真面目に戦う方が馬鹿みたいに思えるが、ある時を境に連合軍は戦うようになった。
それは・・・・天の姫が天界から下りて来たからに他ならない。
天の姫は連合軍の中でも規模が小さく、殆ど伝手の無い義勇軍の所へ下りた。
これは群雄達にとって我慢できないものだが、戦で活躍を見せれば良いと開き直る。
そのため連合軍は洛陽から董卓を追い出したのだ。
もっとも・・・・その時には天の姫を董卓に取られ、更に洛陽を焼かれるという失態を演じてしまうが。
だが、何より痛いのは連合軍が空中分解---仲違いをした事だろう。
元から烏合の衆だったが、天の姫が来た事で団結できた理由がある。
その姫は攫われて、一部の武将しか寵愛していない、と在らぬ噂が広まり・・・・・攫われたのを契機に仲違いしたのだ。
それでも目指す場所は同じで、倒すべき敵も同じである。
単身では倒せないが、手を組めば・・・・・倒せなくない。
これは誰もが理解している事だが、仲違いした群雄達に原因が双方共にあり手を組めない。
そんな形で、仲違いしながらも・・・・彼等は長安を目指し続けている。
しかし、彼等より一足早く長安へ到着する集団が居た。
先頭を馬に乗り進む男は年齢が二十代半ばから後半で、赤、黒、黄の三色が混ざった鎧を身に纏い、右手に方天戟画を握っている。
この方天戟画は戟---戈や矛の機能を備えた武器に、三日月状の刃---月牙を片方取り付けた武器だ。
両手で持つ事で、やっと振り回せる代物だが・・・・男は軽々と片手で握り締めて、もう片手で馬の手綱を握っている。
馬の色は普通の馬と毛色などが違う。
赤い毛並みをしているのだ。
どんな馬も、赤い毛並みではない。
しかし、男が乗る馬の毛並みは間違いなく・・・・・赤い。
ブルルルン・・・・・・
赤い毛並みをした馬が僅かに首を動かす。
「どうした?赤兎」
男が馬--―赤兎に問い掛ける。
・・・・この名を聞けば、皆は震え上がる事だろう。
赤兎とは・・・・・飛将と謳われる董卓の養子---呂布の愛馬---赤兎馬の名前なのだ。
名の意味は「赤い毛色を持ち、兎のように素早い馬」というもので、実際の所だが赤兎馬は速くて並大抵の馬では追い付けない。
その馬に「天下の飛将」と謳われている呂布が跨っている。
これを見て、恐れぬ者は居ないだろう。
養父は政権を掌握している董卓なのだ。
呂布は洛陽を出る董卓達の為に殿を務めており、見事に殿を務め上げて今やっと長安へ辿り着いた。
しかし、呂布の顔は何時も以上に険しい。
いや、確かに険しいが、同時に・・・・喜んでいた。
『忌々しい事もあったが、ついに長安へ辿り着いた。これで・・・・俺は、あの女に会える』
あの女?
誰の事だ?
『ふふふふふ・・・・待っておれ。直ぐに貴様の眼前に現れて、手始めに手首を折ってやる』
随分と物騒な事を考えているが、呂布から言わせれば挨拶代わりだ。
この男が会おうと思っている女は・・・・・手首を折られても泣かない。
勝手に想像しているのだが、呂布には確信があった。
『この俺を何度も打ち負かした女だ。手首を折られても、決して俺に屈したりしない』
呂布を打ち負かした・・・・これを聞いても、大抵は信じないだろう。
だが、彼を打ち負かした場面を、彼の部下---五原騎兵団、反董卓連合軍、董卓に連れて来られた民の一部は知っている。
民達の場合は、己に刃を向けられたが。
話を戻すと、呂布は陽人の戦いで負けた。
たった一人の娘---天の姫に、だ。
その娘に手傷を負わされて、洛陽へ攫われた時は寝込みを襲ったが、そこでも負かされた。
飛将と謳われた自分を、二度も倒した娘は・・・・・自分を見下していた。
いや、見下す以前に・・・・眼中に無い、と言う感じであり、それが呂布には我慢できない。
しかし、ここまで来れば最早・・・・・逃げ道は無い。
『待っていろよ。必ず貴様を打ち負かして、俺の女にしてやる』
天の姫---いや、織星夜姫よ。
暗い笑みを浮かべて、呂布と五原騎兵団は長安の門を潜った。
そんな彼の帰還を天の姫は・・・・・・・・・
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「呂布が長安へ来ただと?」
長安の奥の間---皇帝の后などが住む場所にある一室に居た、董卓の武将---胡軫は報告に眉を顰めた。
それは彼の部下であるが、董卓に上司の胡軫以上に重宝されている華雄も同じだ。
「はい。つい先ほど五原騎兵団を伴い来たそうです」
彼等の部下が心配そうな口調で二人に伝える。
「どうします?呂布殿が来たとなれば・・・・・・」
華雄は続きを言わないが、胡軫も解かっていた。
「・・・・華雄。そなたは夜姫様の傍に居ろ。そなたは董卓様を呼べ。それまでは私が相手をする」
胡軫は僅かな時間で考えた“最良”の選択を口にする。
呂布と胡軫は仲が悪い。
同属嫌悪の面もあるが、それでも口喧嘩に今までは留めていた。
だが、今の呂布は以前より性質が悪い。
それは胡軫と華雄も解かっている。
彼等の眼前にある寝台で、何も知らず寝息を立てる娘の存在だ。
年齢は二十代に手が届いた位で、透き通るような肌に、銀と紫の髪、綺麗な衣装が印象的である。
しかし、何よりも印象深いのは・・・・閉じられている瞳にあった。
彼等は見ている。
この娘の瞳を・・・・・・・
誰にも屈さず、時に冷酷、時に苛烈、時に残酷・・・・・と色々な感情を宿すが、その中でも印象的なのは・・・・・・・・
とても悲しそうに歪む月色の瞳だ。
あの眼は忘れられない。
胡軫より華雄の方が、娘---天の姫とは話している為、知っている。
天の姫だから、両親の愛情を一心に受けて、何不自由なく暮らした・・・・と思われていたが、実際は違う。
両親の気を引こうとしたが、全て裏目に出て最終的には周囲にさえ厄介者扱いされた。
だが、それ以上に・・・・酷い事に遭ったのだろう。
それが何なのかは知らない。
知らないが、これ以上・・・・華雄達は知りたいとは思わない。
秘密の代償は重く、余り知っても良い気持ちではないのだ。
人は秘密を知りたがるが、その代償と釣り合いが取れるのか・・・・と問われるなら、否だ。
一時の好奇心で、後々まで深く後悔する。
それくらい重い代償だった。
だからこそ、華雄達は知ろうとはしない。
だが、それを呂布は知らないし、彼の事だから関係ない、と言い切る事だろう。
そんな男だから、危険極まりない。
となれば、ここは仲の悪い胡軫が行き、彼の注意を逸らす他ない。
「では、頼んだぞ」
胡軫は華雄達に再度、言いつつ・・・・・天の姫の傍らに居る侍女二人を見た。
「そなた等、夜姫様の侍女となったのだ。例え己が生命を断たれ様と、主人は護れ」
その蛇のように・・・・・・・・・
『は、はい・・・・・』
胡軫の鋭い眼差しに怯えつつ、侍女二人は眠る天の姫を護るように居る蛇を見た。
しかし、胡軫は見ずに部屋を出て行った。