第五幕:覇王と呼ばれた男
次は幕間で、呂布辺りを出したいと思います。
「これは胡軫様」
華雄は部下と共に廊下を歩いていたが、上司である胡軫を見て声を掛ける。
「華雄よ。曲者が潜入した」
「・・・・つい先ほど、ですか?」
曲者、という言葉に華雄は眉を顰める。
「数名の鼠だが・・・・狙いは天の姫、だろう」
董卓は単身でも強い。
よほど策を弄して戦わない限り・・・・民では殺せない。
となれば、狙うのは天の姫となる。
「・・・・直ぐに参りましょう」
「うむ」
二人は兵達を引き連れて天の姫---織星夜姫が眠る部屋へ向かおうとしたが・・・・・・・・・
「どうなされました?殿」
背後から声を掛けられて振り返れば、董卓から侍女を探して来い、と命令された兵達が侍女二名を連れて立っていた。
「ちょうど良い。そなた等も来い。曲者が潜入した」
狙っているのは夜姫様だ、と胡軫が言う。
「では、直ぐに参りましょう」
兵達は直ぐに頷いて、侍女達も取り敢えず兵達に付いて行く。
長い廊下を急いで進んで行くと・・・・・・・
『曲者だ!!』
離れた部屋から叫び声が聞こえた。
「急げ!既に曲者は部屋に潜入したぞ!!」
胡軫と華雄が先頭を切り、廊下を走る。
流石は部下を持つ身。
鎧と武器を持ちながらも、雑兵より素早い。
だが、侍女二人も兵達に負け時と走る。
そして角を曲がった所で・・・・・・・
「あれは・・・・・・・」
華雄が声を漏らすが、その次が言えない。
「夜姫様・・・・・・・」
胡軫が華雄の言葉を続けるように言うが、その眼は驚いており言葉が続かない。
彼等の前には曲者を前にしても毅然として、尚且つ剣を向ける夜姫と二名の兵が居た。
いや、違う・・・・・・・
『あの武将は・・・・・・』
夜姫の背後には白銀と漆黒の鎧を着た武将が見える。
鎧は前漢時代の物か?
それにしては些か鎧の造りが違う。
遥かに・・・・向こうの鎧は優れている。
それにしても誰だ?
顔は薄れて判らない。
だが、自分達より上位の者で実力も・・・・自分達など足元にも及ばない雰囲気だ。
誰だ?
あの武将は・・・・・・
「さぁ・・・・空しく亡びなさい」
夜姫が月の瞳を宿したまま、曲者に言うが・・・・・・・・
「・・・・貴方達は・・・・・・」
彼女が月の瞳を驚愕に染める。
胡軫は二人の侍女を見た・・・・・いや、二人の腕に装着された腕輪を見た。
赤と青で、どちらも・・・・・輝いている。
まるで夜姫に逢えた事を喜んでいるようだ。
どういう事だ?
しかし、今は・・・・・・・・
「皆の者、曲者だ!捕えろ!刃向かえば斬って捨てろ!!」
胡軫は我を取り戻すように兵達に命令する。
兵達は直ぐに動いた。
曲者は背後から来た兵達と、前方に居る夜姫に挟まれる形となり迷った。
“何を迷うんだか?”
誰かの声がするも、曲者達にも胡軫達にも聞こえなかった。
“前門に虎、後門に狼だ。何を迷う?いいや、どちらを選んでも死は確実だ”
誰にも平等に訪れるのが死であるが、彼に訪れる死は・・・・・・・・・
“ただの死じゃないぜ。お前等には万死が似合いだ”
声の言う通り彼等---曲者の運命は・・・・・・・・・
『くそぉぉぉ・・・・・ぎゃああ!!』
曲者達は破れかぶれに刃向かうが、付け刃みたいなもので彼等は斬死、という形で己が運命に幕を閉じる。
「姫様、御無事で?」
華雄と胡軫が走り寄り、夜姫に問うが夜姫は二人の侍女に眼を向けていた。
何時の間にか武将は消えていたが、今はそれ所ではない。
夜姫は澄んだ声で侍女二人に尋ねる。
「・・・・貴方達、その腕輪は?」
夜姫は侍女二人がしている腕輪を指差す。
「え、えと・・・・えと・・・・・」
「あ、あの、その・・・・・・・・」
「その腕輪は何処で手に入れたの?何処から来たの?答えなさい」
『い、異国の地から来た物です。何処かは判らないです』
二人は夜姫の威圧的な言葉に恐れながら答えた。
「・・・・何か、夢を見ていない?」
「夢、ですか?いえ、あた・・・・私は特に」
「わ、私も・・・・・・」
侍女二人は夜姫の問いに戸惑いながらも答える。
「・・・・そう。見てないの」
夜姫は一人納得するが、眼は腕輪から外していない。
まるで何かを見ている感じだ。
その何かは判らないが・・・・・・
「・・・・どうして、人として死なないのよ。私の傍に居ても、碌な事に遭わないのに」
腕輪を見つつ夜姫は言うが、二人の侍女が付けている腕輪は光を放ち、震え続けている。
「・・・・師であり、姫である私を助ける為?馬鹿言わないで・・・・・私は愚かな女よ。どうして・・・・皆して助けるのよ。どうして自分から来るのよ」
本来なら自分が皆の下へ行くべきだ。
それは罰、という見方でもある。
何を言っているのか皆は判らないが、黙って耳を傾け続ける。
「・・・・馬鹿な弟子であり臣下たち。でも、そんな所が嬉しいわ」
良い弟子であり臣下を持った、と夜姫は言い剣を見る。
剣には血が付着していない。
しかし、夜姫は華雄を見た。
「華雄。布を貸して」
「ハッ」
華雄は布を夜姫に差し出す。
それを夜姫は受け取り剣を拭った。
「あの夜姫様。どうして剣を拭くのですか?血は付いておりません」
胡軫が尋ねれば、夜姫は何でもないように答えた。
「この剣---私の近衛兵団を率いていた長が言ったのよ」
『如何に血を吸っていなくとも、一度でも鞘から抜けば拭かなければなりません』
何故なら・・・・・・・・
『血を吸わなくとも鞘から抜いた。その時点で拭かなければなりません。言わば、剣に対する礼儀です』
「そう言ったの」
何だか、最初の頃に剣を握り教えられた時を胡軫達は思い出した。
武器は人殺しの道具だが、自分の命を預ける。
だから、気を使い、礼を尽くさなくてはならない。
そう教えられた。
「失礼ながら、貴方様の背後に武将が居りました。その者が・・・・・・・」
「そうよ。私の近衛兵団の長。あんな男---呂布なんて足元にも及ばないわ」
実力も人格も・・・・・・・・・・・・・・
「だけど、最後は自分で首を刎ねたわ」
覇王、と呼ばれながら・・・・・・・・
覇王?
かつて覇王と呼ばれた男が居た。
前漢時代---正確に言えば、前漢が出来る前に居た伝説の武将だ。
三万の兵力で五十六万の敵軍を蹴散らした、二十八騎で数千の敵陣を突破する、などの逸話は絶えず彼が出れば必ず勝った。
とは言え、住民を皆殺しにしたり、人材を活用できないなど人間的な面に問題は多く、最終的には優秀な部下に逃げられてしまう。
だが、幼子に説得されて皆殺しを止めたり、部下に優しく接するなど完全な悪人とは言い切れない。
そんな男は覇王と呼ばれた。
前漢を築き上げた初代皇帝最大の宿敵、と言えるだろう。
覇王と呼ばれた彼だが、最後は夜姫の言う通り自らの首を刎ねた。
「夜姫様、その武将が貴方様の・・・・・・・」
「近衛兵の長にして、私が寵愛した男よ。最後は見届けてないけど」
さらり、と夜姫は何でもないように言ったが、彼等から言わせれば違う。
『姫様が寵愛した男!?』
殆ど知らない夜姫に対して変だが、彼等から言わせれば妹か娘みたいな存在だ。
何より彼等には無くなり出した・・・・温もりがある。
その彼女が持つ温もりを寵愛---一人占めしていた・・・・・・・・
まるで知らずの内に好きな男が出来て既に子を身籠った、と言われた父か兄みたいな心境に胡軫達は襲われる。
かと言って、何か出来る訳でもないが・・・・・・・
そんな彼等を尻目に夜姫は剣を拭い終える。
「終わり。はい、華雄」
「は、ハッ」
華雄は夜姫に渡された布を懐へ仕舞う。
そして夜姫は剣を鞘に収めて・・・・・再び眠りへと旅立った。