第四幕:曲者の命運
「こっちか?」
「いや、あっちじゃねぇか?」
「いや、こっちだろ?」
誰も居ない広い廊下で、みすぼらしい衣服を纏った男が数名居た。
董卓に無理やり洛陽から移動させられた民達である。
彼等の腰には刃毀れした刃物があり、何をするか大体の想像はできた。
天の姫を殺すのだろう・・・・・・
自分達を助けに来た・・・・と勝手に思っていた天の姫を、この手で殺すのだ。
明らかに逆恨みだが、それで良い。
要は自分達の気持ちが我慢できず、その捌け口を求めていたに過ぎない。
とてもじゃないが、大人のする行動ではない。
しかし、人間という生き物は生来から弱い生き物だ。
何か悪い事があれば、誰かのせいにする。
ここでは天の姫が当たるだろう。
彼女は文字通り天から下りてきた姫君で、それは自分達を助けるためだ。
何とも浅はかで自分勝手な考えだが、彼等から言わせれば天とは・・・・そういう存在なのだ。
だが、結果はそうでなく彼女は助けてくれない。
何も出来ないで、ただ寝ているだけに過ぎない小娘だ。
そんな小娘に助けを求める方も悪いが、寝ている小娘も悪いと思われるだろう。
もっとも・・・・小娘---織星夜姫を護る者が居れば、こう断言した筈だ。
『自分達で何もせず他人に助けを求めるな。愚か者が!!』
そう言って激怒し、一人残らず喰い殺す事だろう。
彼等はそういう生き物であり、人間という生き物の醜悪さを誰よりも理解しているのだ。
それは彼等をずっと見続けている男も言える事であろう。
“やれやれ。被害妄想もここまで来ると末期だな”
誰かの声がするも、その声は誰にも聞き取れない。
“まぁ良い。姫さんの為に死んでもらうんだ。教えてやるよ”
姫君の部屋を・・・・・・・
“まだ弟子と侍女たちは来てないが・・・・・まぁ、良いだろう”
姫君---織星夜姫に少しばかり刺激を与えるべきだ。
「あ、おいっ」
曲者の一人が前を指差す。
前から寝息が聞こえるではないか。
しかも、若い娘の寝息だ。
彼等は忘れていない。
シッカリと寝息に覚えがあり、自分達が探していた小娘の寝息だ。
『・・・・・・・・・・』
息を殺して曲者は寝息のする方向へ走る。
足音を殺し、息さえ殺して走り、部屋へと向かった。
どれくらいは知ったのかは知らないが・・・・・ついに到着したのだ。
あそこに居るんだな?
自分達の希望を粉々に打ち砕いた小娘が・・・・・・・
直ぐにでも行き、絞め殺したかったが護衛が居るかもしれない、と思い壁に隠れて様子を見る。
耳を澄ませれば・・・・やはり聞こえた。
『私は董卓様の下へ行ってくる。他の者---二名はここを護れ』
『分かりました。華雄様』
華雄・・・・董卓に属する武将で、自分達の仲間を殺した男だ。
出来るなら奴にも一矢報いたいが、今は天の姫を殺すのが先である。
静かに壁から覗けば、華雄と兵がドアを開けて出て、別方角へ向かう所が見えた。
そして姿が消えた所で・・・・・・・・
『・・・・・・・・・』
曲者は華雄たちが出たドアに行く。
息を殺して、ドア越しに耳を傾ける。
『しかし、本当に寝ているな?』
『あぁ。普通こんな風に寝れないもんだが、な』
二人分の声がして、寝息が聞こえてくる。
『まぁ、聞いた話だと力を蓄えている、とか言っているぜ』
『力?何だそれ?』
『分からん。だが・・・・俺達が生命を懸けて護るべき存在、とは言えるかもな』
だったら、自分達は何なのだ?
汗水垂らして働いた。
それなのに護ってくれないのか?
そんな役立たずの娘を護るのが、将兵の役目か?
ふざけるな・・・・・・・・・
『ふざけるな!!』
曲者が一斉にドアを破り、部屋へと雪崩れ込んだ。
「何者だ!?」
「こいつ等は曲者だ!!」
二名は武器を取って、曲者を倒そうとするが・・・・・部屋の中で長物は使い難い。
如何に広大な部屋とは言え、やはり難しい。
その上で近くに天の姫が寝ているから、自ずと動きも制限される訳だ。
曲者は知っており、その隙に何名かが寝台で眠る天の姫に飛び掛る。
蛇---ヨルムンガルドが威嚇するも、小さくて弱々しい。
『死ねぇぇぇぇ!!』
曲者が刃毀れした刃物を天の姫の心臓に突き立てる。
後もう少しで届きそうだった所で・・・・・・・・
「・・・・寝込みを襲うとは良い度胸ね。曲者」
スゥ・・・・と天の姫が眼を開ける。
虚ろな瞳ではなく、月色の瞳だった。
その瞳を見た途端に曲者は・・・・・・・・
『ぎゃあ!?』
曲者達は皆がドアから外へ叩き出されて、壁に激突する。
「まったく・・・・ここに来てから、反吐が出る毎日ね」
まるで昔---愚かな幼少時代と成長時代のようだ。
「ひ、姫様っ」
「御無事で?」
二名の兵が護るように立つが、天の姫---織星夜姫は二名を押し退ける。
「無事よ。貴方達は?」
織星夜姫は右手で髪を振り払い、兵に問い掛けた。
『は、はい・・・・・』
兵二名は彼女の放つ気に押されつつ、素直に答える。
「そう。それなら良いわ。さて、私の生命を狙ってきた曲者さん達・・・・・・・・」
死ぬ覚悟は出来ていて?
スラリ、と織星夜姫は剣を抜く。
両刃の剣で、特に特徴は無い。
しかし・・・・武器という人殺しの道具を極限にして具体的に表している。
「やっと廻り逢えた所で悪いけど、貴方の剣を使わせてもらうわ」
まだ肉体が無いから、自分を護る事は出来ないだろう。
だが、剣は生きており魂も宿っている。
「肉体が手に入るまで、私が使うわ。どうも・・・・力が戻らないのよ。まだ、ね」
それを聞きながら二名の兵は見た。
剣が小刻みに震えている・・・・喜んでいるんだ。
長い年月を掛けて・・・・ついに廻り逢えた事に喜んでいる。
そして二名の兵は見た。
気高い女神の背後で仁王立ちとなり、曲者を睨み据える白銀と漆黒の鎧を纏った武将を・・・・・・・
「さぁ・・・・空しく亡びなさい」
夜姫が剣を曲者に向けて、冷たいが威厳ある声で言った。
背後の武将も苛烈な視線を曲者に投げる。
「お、お、お前は、て、天の姫だろ?!そ、そんな奴が、護るべき民を殺すのか?!」
曲者の一人が夜姫に問い掛ける。
しかし、背後の武将とは眼を合わせない。
「ど、どうなんだよ!!」
ガクガク、と膝を震わせながら問い掛ける・・・・・・・・・
「護るべき民?貴方達が?」
夜姫は呆れた顔をしてから、薄らと笑みを浮かべる。
「・・・・馬鹿を言わないで。貴方達---貴様等は民達じゃない。ただ、自分の不遇を呪い、力ある者に縋り付いて、甘い汁を吸うダニよ」
そんな奴等は・・・・・・・・・
「死んでこそ本当の民の為になるのよ。だから、死になさい。その首を切り落として高台に掲げて上げるわ」
「こ、この小娘がぁぁぁぁ!!」
曲者が刃物---包丁を手に夜姫へ突進する。
だが・・・・・・・
「小娘なんて名前じゃないわ」
斬!!
曲者の首が宙を舞い、空しく仲間の所へ飛んで行く。
首が無い胴から血が出るも・・・・夜姫には振り掛らず、そのまま仲間達を血で染めた。
「あ、ああああ・・・・・・・!!」
「ひ、ひぃぃぃ!!」
「あ、あああ・・・・・・た、たす、たすけ・・・・・・・・」
「私を殺そうとした曲者を・・・・私が生かすと思う?私の文秀を・・・殺した者を赦すとでも思うのかしら?」
冷たい眼で夜姫は曲者を睨み据える。
背後の武将も瞳で殺せそうな眼力で、曲者を睨み据えた。
『ひぃぃぃ、助けて!!』
曲者達は武器を持ったまま逃げ出した。
だが、夜姫は後を追い掛けようとして、入口へ行き二名の兵士も従う。
入口を出ると、長い廊下があり曲者達は必死に走っていた。
一刻も早く夜姫から逃げる為に。
しかし・・・・・・・
「そいつ等を捕まえろ!!」
前方から胡軫と華雄が兵を連れて現れて、曲者達の前を塞ぐ。
彼等の後ろには二人の侍女らしき娘が居たが、夜姫は二人が身に付けている物に眼を細めた。
「・・・・・貴方達は」
消えそうな声で言ったので二人の兵士は聞こえなかった。
いや、その前に曲者だ。
前後を挟まれた曲者の命運は尽きた、と言えるだろう。
それを曲者達が認めるか、どうかは別にしても・・・・・・だ。




