第三幕:曲者の侵入
かつて都だったが、後に洛陽へ移動して廃れた長安。
その歴史は古く護りも洛陽に比べれば・・・・遥かに強く敵からの攻撃に耐えられるだろう。
そんな長安だが、やはり廃れた印象がある。
人は居るも活気に満ちていない。
ただ、暗い瞳が途轍もない狂気を孕んでいるように見えた。
気のせいではないだろう。
何せ何人かの民達は武器を手にしている。
「殺してやる・・・・あの小娘を、殺してやる・・・・・・・」
「殺すのは良いが、その前に皆で犯すぞ。犯して、犯して、犯しまくって俺等の餓鬼を孕ませてやる」
それから・・・・・・・・
『首を絞めて時間を掛けて殺す』
彼等は洛陽に住んでいたが、董卓が洛陽を燃やして強制的に連れて来た民達である。
一度こそ反乱を起こすも、敢えなく鎮圧されたのは記憶に新しい。
しかし、彼等の中には諦めが悪い者も居り・・・・・鎮圧に一役買った一人の娘を狙っていた。
天の姫だ。
あの娘は自分達を助けに来てくれた訳じゃない。
それを天の姫自身が言った。
これが民達にとっては我慢できなかった。
天の姫なら虐げられている自分達を・・・・何で助けてくれない?
自分達は助けて欲しいのに・・・・どうして何もしてくれない?
だから、一度は反乱を起こした。
彼女を人質に取り、自分達が望む国を創ろうとしたのだが、彼女の働きもあり敢えなく鎮圧された次第である。
その怨みを忘れない。
忘れられない。
今、彼女は城に居るが、長安に来たばかりで人々は疲れ切っている。
董卓の兵達も同じ事である。
『やるなら今だ』
もう国を創るとか・・・・そういう事はどうでもいい。
だが・・・・天の姫に対しては一矢報いなければ・・・・・・・・・・・・!!
「行くぞ・・・・・」
一人の男が武器---短い剣を懐に仕舞い、一緒に行く仲間に言う。
『おう』
仲間も武器を仕舞い、静かに頷いた。
しかし、それを他の者は気にも留めない。
以前なら無事を祈る、など言ったに違いない。
それを今、言わないのは・・・・・何処かで彼等が失敗する、と判っていたからだ。
もし、下手な事を言えば、自分達に火の粉が飛んで来る。
誰だって、自分の方へ飛んできた火の粉は振り払う。
彼等の行動は間違いでない。
彼等は反乱の時に見て、体験したから無理も無い。
天の姫が家族、と称した蛇---ヨルムンガルドが大蛇となり、民達を丸呑みにしたのだ。
それを自分達は唖然と見ていたが、その大蛇が自分達を見て、赤くて先が斜めに割れた舌を出した所を見て・・・・・確信する。
『姫様に手を出せば、貴様等を丸呑みにする』
大蛇は自分達に釘を刺したのだ。
仲間を丸呑みにする所を見せて・・・・・・・・
あんな釘を刺されては、天の姫に手を出すなど出来ない。
しかし、天の姫を殺す為に城へ向かった彼等は知らない・・・・・・
言う気は起きない。
言えば、自分達にも害が及ぶ。
それだけは・・・・避けたい。
『・・・・赦してくれ』
心の中で無残に死ぬであろう仲間に・・・・・誰もが赦しを乞わずにはいられなかった。
そんな事を知らない彼等は城へ向かう途中で、どう天の姫を殺すか考えていた。
「天の姫は何処に居ると思う?」
「恐らく皇帝の妃たちが住んでいた場所、だろうな」
「それが普通だ。しかし、部屋数は多いだろうし・・・・・虱潰しに探すか?」
時間は余り無い。
幾ら長安へ来て間もないとは言え・・・・・不審者が入った事など、直ぐに知れ渡るだろう。
そうなれば、必然と直ぐに見つかって殺される。
いや、恐らく天の姫を殺した時点で殺されるだろう・・・・つまり、見つからないように城へ潜入して天の姫を探し出す。
ここまでが勝負だ。
後の事は知らない・・・・ただ、あの娘だけは殺したいのだ。
これだけは絶対に譲れない。
余りにも理不尽で自分勝手な動機だが・・・・罪を犯す者の動機など大抵はそんな物だ。
だからこそ、皆に軽蔑されて嫌悪される。
世の中そんな物だ・・・・・・・
夕暮れになった頃合いを見計らって、彼等は城の中に潜入した。
この時代の夕暮れとなれば、真っ暗に近く松明がある程度の距離を照らすだけに過ぎない。
余程の事でもしなければ・・・・・そう簡単に見つからないのだ。
若しくは相当な武将でなければ・・・・・・・
「ん?」
壮年の武将---胡しんは何か妙な気配を感じた。
城に潜入した者達---民達が潜入した場所から離れているのに、だ。
稀に居る・・・・こういう風に獣みたいに遠くの気配も感じる者が・・・・・・・・
“伊達に歴史のページに名を残している訳じゃない、な”
誰かの声がするも、それは誰にも聞こえなかった。
“まぁ、今の時代だ。こんな第六感が無ければ早々に死ぬけどな”
声の主は胡しんの事を、肯定的に評した。
現在---夜姫の居た時代に比べれて、この時代---三国志の時代は大きく人間の感覚などが違う。
研ぎ澄まされている、と言って良いだろう。
何も無い所であり、血生臭い事が日常茶飯事に起こる。
嫌でも五感などは研ぎ澄まされて、生き残れるようになる訳だ。
それこそ胡しんなどの武将ともなれば、尚更と言えるだろう・・・・・・
「どうなされました?」
胡しんに従っていた部下が声を掛けると、胡しんは黙って気配を感じた方角を指差す。
「何かを感じた・・・・行ってみるぞ」
「は、はぁ・・・・・・」
突然の言葉に部下は首を傾げるが、胡しんが歩き出したので仕方なく後を追った。
そして気配を感じた場所に行ってみると・・・・・・・・
「これは・・・・・」
明らかに人が登った痕跡がある。
しかも、まだ新しく数名は一緒、と判る痕跡だった。
「殿、これは・・・・・・・」
「・・・直ぐに董卓様の下へ行け。どうやら曲者が城内に潜入したようだ」
「は、はいっ」
部下は急いで走り出し、胡しんも曲者を探そうとした。
その時、彼の頭に一人の人物が過る。
『曲者は董卓様を狙っているのか?仮にも董卓様は武将で、雑兵なら簡単に殺せる。まさか・・・・・・』
天の姫---織星夜姫を狙っているのでは?
長安に着くまで民達の間で反乱が起こった事は知っている。
それを鎮圧したのが夜姫だという事も。
もし、彼女に憎悪を燃やして潜入したら?
間違いなく殺すだろう。
しかも、相手は寝ているから・・・・・殺そうと思えば殺せる。
仮に護衛が居ても、隙を突けば何とでも出来る。
「・・・・・・・」
胡しんは急ぎ夜姫の下へ向かう。
『私の気のせいであれば良いが・・・・・・・・・・』
“所が現実では悪い予感ほど当たるんだよな”
また誰かの声---先ほどの声がした。
だが、胡しんは急いでおり聞こえない。
“まったく悪い予感ほど当たる。しかし、姫さんなら大丈夫だがな”
夜姫は寝ていても強い。
いや、昔の夜姫は寝ていても必ず武器を手元に置いていた。
そして何処かの神経は必ず起きていたから、曲者が不意を突いても直ぐに反応出来たのだ。
今の夜姫は・・・・・違う。
ほぼ無防備に近いが、それでも声の主は焦ったりしない。
何故なら・・・・・・・・・
“近衛兵長と愛弟子2人。更にヨルムンガルドに侍女2人。へへへへ・・・・この鉄壁を潜り抜けられるかな?”
仮に抜けたとしても夜姫自身に殺される運命だ。
無防備に近いが、それでも自己防衛反応は起こる。
洛陽で寝ている所を襲った呂布が良い例だ。
しかし、彼等---曲者は違う。
犯して殺す積りだから、先ず生命は万に一つも無い。
それこそ指一本触れる事すら出来ないだろう・・・・・・
酷い現実だが、現実なんて大体そんな物だ。
声の主が言った通り・・・・・曲者は指一本触れられず死ぬ。
それが彼等の運命だった・・・・・・・