第二幕:二人の侍女
董卓の部下達は侍女を一同に集めて、誰が良いか見ていた。
理由は簡単。
主人の董卓に天の姫---織星夜姫の世話をする侍女を選べ、と言われたからだ。
『誰にする?』
『夜姫様の身の回りを世話させるんだ』
『下手な女は選べねぇな』
董卓に怒られるからではない。
自分達の眼で夜姫の世話をする侍女を選ぶ。
つまり・・・・・・
“下手な侍女を選べば夜姫に害を与える”
侍女は身の回りをするだけでなく、時には主人を護らなくてはならない。
要は自分達に代わり、夜姫を護らせるのだ。
変な侍女を選べば夜姫に害が来る。
そんな真似は自分達が赦せない。
大して会話もしてない。
夜姫についても知らない。
だが、彼女が時節---刹那に見せた表情と声・・・・・・・・・
自分達の同僚であり、先輩であり、後輩である文秀。
彼の為に泣き、戦ってくれた。
『・・・・泣くだけ泣けば良いのよ』
この愚かな女の為に死んだ男の為に・・・・・・
そう言ってくれた。
単純明快だが、彼女は自分達が護るべき存在、と彼等は理解したのだ。
故に侍女を選ぶ際も細心の注意で、細心の眼をやる。
『ちゃんと選べよ?』
『分かってる』
『俺らの眼で夜姫様の世話係が決まるんだ』
小声で彼等は話すが、侍女達から見れば薄気味悪い。
洛陽でも悪行三昧をしてきた董卓と部下達だ。
いきなり呼び出されて、何かされると思うのも無理ない。
実際こんな風に並べさせられている時点で・・・・・・品定めされている気分だった。
しかし、彼等の真剣な眼差しには誠意を感じる。
本来なら有り得ない事であるが。
とは言え、やはり良い気持ちはしない。
かと言って逃げれる訳でもないから・・・・ひたすら終わるのを待つしかなかった。
だが・・・・・かなりの時間が経過するも一向に決まる様子が見られない。
お陰で侍女たちも疲れを見せ始めている。
董卓の部下達は疲れ知らずなのか・・・・疲れを見せている侍女たちを尻目に選んでいた。
もっとも傍目からはそう見えても、やはり彼等自身も疲れ出している。
『いい加減に決めないと不味いな』
『だが、決められないぜ』
『ここは・・・・・・』
“本人に聞くべし”
と情けないが、匙を投げてしまう。
本人---即ち夜姫自身に意見を聞く訳だが、彼女は寝ているだろうか?
長安へ着くまで眠り続けている、と言うし何をしても起きない。
そんな本人を起こせるのか?
無理、と直ぐに判る。
かと言って、このままでは何時まで経っても埒が明かない。
どうするべきか・・・・・・・
悩んだ時である。
「あ、あの・・・・・・・・」
一人の侍女が意を決して声を掛けた。
「何だ?」
董卓の部下の一人が侍女に尋ねる。
「い、一体、私たちをどうするんですか?一同に集めて・・・・・・・」
『そ、それは・・・・・・・・・』
侍女の質問は尤も、だと思う。
思うのだが、言って良いのか?
董卓からは言われていない。
自己判断をしろ、という意味だろうが事が事だけに・・・・どうも二の足を踏む。
「・・・・もしかして、天の姫様の侍女を選んでいるのですか?」
『・・・・・・・・』
侍女の何気ない言葉に男達は黙る。
女の勘とも言える存在は脅威で、男にとっては非常に厄介な存在だ。
今の言葉も勘だろうが、本当に厄介である。
「・・・そうだ。お前等の中から二人、天の姫---姫様の侍女を選べ、と董卓さまから命令された」
「だが、下手な侍女では面倒だ」
「どういう事ですか?私達は皇帝陛下の・・・・・・・・・」
「皇帝陛下と天の姫を一緒にするな」
「姫様は皇帝陛下より上だ。そして、誰よりも繊細にして優しい方だ」
「その姫様の世話をして、俺等の代わりに護るんだ」
「下手な侍女など選べるか」
・・・・・と、口々に夜姫を褒め称えて、尚且つ父親とも兄とも言えるような発言をする。
そんな男達に侍女たちは黙り、また途中で遮られた侍女も沈黙した。
「しかし、よく俺達に声を掛けられたな。恐かっただろ?」
兵士の一人が聞けば、侍女は頷いた。
「そりゃ・・・・あんた達、人殺しでしょ?おまけに悪名高き董卓の部下だし」
「・・・何か口調が変わってないか?」
あ、と侍女は口に手を当てるが遅い。
「どうやら・・・・そちらが地のようだな」
「・・・・そうよ。あたし、元々は地方豪族の娘なの。だけど、伝手で侍女になったのよ」
「ほぉう。礼儀見習いか?それとも帝に気に入られる為か?」
この時代では宮廷侍女になる、という事は家としても名誉な事だ。
宮廷---即ち、王朝の居城で働くのだから帝の“手付き”があるかもしれない。
そうなれば、儲け物である。
兵士の言った言葉は、どちらでも的を射ているだろう。
「それで、結局どうするのよ?」
何時の間にか侍女が主導権を握った、とばかりに尋ねる。
『・・・・それは、その・・・・・・・』
こうなると幾ら歴戦の兵士---悪行三昧をした男でも、太刀打ち出来ない・・・・・・・・
“やれやれ。情けないな”
誰かの声がするも、誰にも聞こえなかった。
“まぁ、男なんて皆・・・・似たようなもんだからな。さてはて、どうするべきか?”
声の主は現状を面白がりながらも、自分なりに考えようとしている。
そこへ・・・・・・・・・・・・
「ん?お前、変な腕輪を持っているな」
一人の兵士が侍女の左腕を見る。
「あ、これ?何でも別の国から貿易で売られてきたのよ」
侍女は自慢気に腕輪を見せる。
金色で出来た腕輪には赤い宝石が埋め込まれており、地方の豪族には手が届かない代物に見える。
「しかし、こんな物を身に付けていたら取られるんじゃないのか?」
「だから、隠していたのよ。でも、何か今日は付けておくべき、と思ったの」
「そ、それなら私もです・・・・・・」
消え入りそうな声で一人の侍女が挙手する。
その侍女の左腕にも腕輪をしていた。
こちらも金色だが、宝石は青色だった。
“ほぉう・・・姫さんの愛弟子二人か”
声の主は低かった声を更に低くさせる。
しかし、とても興味深そうな声だった。
あの侍女二人が身に付けている腕輪・・・・間違いなく、夜姫が弟子に与えた物である。
確か、あれは・・・・宴の時だったな。
『貴方達二人に渡す物があるわ』
弟子二人を眼前に呼び出し、夜姫は腕輪を渡した。
『貴方は赤、貴方は青よ。赤は紅蓮にして炎。青は蒼空にして水。貴方達二人を考えて与えるわ』
確かに、二人の性格を考えれば良い色だろう。
片方は紅蓮の炎の如く強かった。
特に彼は夜姫から戦術を学び取り、敵国に十年以上・・・という凄まじい事を成し遂げたのだ。
逆に青の腕輪を持つ者は、赤の腕輪を持つ者の弟子と言える。
何せ赤の腕輪を持つ者が夜姫の一番弟子で、青の腕輪を持つ者は二番弟子だが、正式には夜姫の弟子ではない。
ただ、夜姫の弟子だった赤い腕輪を持つ者から“実戦で学んだ”のだ。
だからこそ・・・・彼は冷静に分析して、赤の腕輪を持つ者に勝った・・・・しかし、彼もまた本国の政治争いに敗れた。
赤い腕輪の者も本国から逃亡して、異国の地で毒杯を煽り果てた・・・・・・・
ここ等辺が夜姫と似ている。
夜姫も本国---かつて自分が産まれ育った国の為に戦ったが、本国の政治争いに負ける形で・・・・追われる身となったのだ。
ただし、二人と違う点がある。
最終的には本国を討ち滅ぼして、本国以上の国を手にした所だ。
まぁ、それは自分達の力があってこそ、と彼女なら言うだろう。
話を戻すと・・・・その腕輪を二人の侍女はしている。
明らかに“運命”だろう。
“やれやれ・・・・運命とは数奇な出会いが事の他・・・・お好きなようだ”
声の主は運命という物に微苦笑する。
その声を聞く者は誰も居ないが・・・・・この時点で、三国の歴史が大きく舵を切った事は確か、と言えた。
誰にも判らない事だが・・・・・・・・・・・・